3話 まずはオムライスから
男子大学生の松井廉は、大学で出会った同級生の女子学生である竹林友梨菜に、弁当作りを依頼された。しかし、自分の信条からすぐに了承できなかった廉は、友梨菜に自分の手料理を振る舞い、彼女の口に合うのであればという条件を付け加えて引き受けた。そして、即日実行されることになった約束のため、帰宅途中にスーパーに寄って買い出しをするのだった。
学食を出た友梨菜は、廉の家に向かいながら静香に連絡を入れた。
「はい。友梨菜ちゃん?どうしたの?」
「あ、すいません静香さん。今日の部活、休ませてもらってもいいですか?」
電話越しの静香は、突然の連絡に少し考えると、理由を聞いた。
「別に大丈夫だけど、何かあったの?」
静香に現状を話していない友梨菜は、言葉を選びながら答えた。
「えーっと、ちょっとトラブルに巻き込まれて……。解決に時間がかかるかもしれないので、今日はお休みしたいです。」
「トラブル?大丈夫なの?私行くわよ?」
「あっ、本当に大丈夫なので心配しないで下さい。」
「そう?ならいいけど、どうしようもない時は頼ってね?」
「はい。ありがとうございます。失礼します。」
友梨菜は、電話を切るとほっと一息ついた。
「トラブル、ね。」
そんな友梨菜に突っ込む廉。
「ごめん。そうじゃなくて……。」
「分かってるよ。竹林さん、何食べたい?」
廉が、からかったあとに質問すると、友梨菜にひとつ訂正された。
「ごめん松井君。その竹林さんっていうの、すごい距離を感じるから、友梨菜でいいよ。さんもできればとって欲しい。」
友梨菜がそう言うものの、廉にはハードルが少し高い。
「じゃあ、竹林でいい?ファーストネームはハードル高くて。」
友梨菜は、頷いて答えた。
「うん。ありがとう。それで、食べたいものだよね?えーっとそうだ!オムライスがいいな。」
その意見をもとに献立を考える廉。ふと、朝作った残りのスープが頭をよぎった。
「分かった。野菜スープもつけていい?」
「うん。いいよ。」
友梨菜が承諾したところで、大学の最寄り駅に着いた。
大学の最寄り駅から電車に乗って2駅。そこが、廉のマンションの最寄り駅だ。駅からマンションへ帰る途中で、スーパーに寄って買い出しをする。
「ねえ松井君。お金を払うって言ったのは私なんだけど、具体的にはどうすればいい?あんまり金額は出せないんだけど……。」
少しばつが悪そうに聞く友梨菜。廉は、野菜の良し悪しを見ながら答える。
「そうだな。とりあえず、今日は無料でいいよ。お試しだし。それから決めればいい。」
廉の提案に少し明るくなる友梨菜。すると、野菜を見比べる廉の様子を見て、ふと思ったことを口に出した。
「松井君って、なんか主夫みたいだね。今も、安いのを探してる感じ?」
「まあ。少なくとも俺は気になるかな。」
友梨菜は、「そっか。」と少し気になる程度の返事をして、廉の後をついてくる。買い物を済ませてマンションに帰ると、カバンを置いて準備をし、早速調理に取り掛かる。友梨菜は、キッチンに来ると手伝うと言い出した。
「私、なんか手伝おうか?料理じゃなければできると思うけど……。」
手伝いを買って出るには、弱々しい口調だが、ただ待っていれる性格でないのは分かったので、何かやる事を探してみる。
「そうだ。」
廉は、冷蔵庫から今朝作った野菜スープを取り出す。
「これ、温めてくれる?そこに鍋があるから、それに移して火にかけて。」
友梨菜の顔が一瞬強張るが、なんとか笑顔で頷いた。
「わ、分かった。」
それに気付いた廉は、彼女に余程のトラウマがあると感じ、段取りを整えることにした。IHコンロの下から片手鍋を取り出し、友梨菜に野菜スープを移してもらう。火加減を調節すると、彼女に見守りを頼んだ。
「これで大丈夫。あとは、沸騰するまで待ってて。」
友梨菜は、ホッとした顔で「分かった。」と言った。彼女がスープの番をしている間、廉はオムライス作りに取り掛かる。まず、冷蔵庫からご飯を出して少し置いておく。野菜を取り出してカットする。ふと、友梨菜がこちらを見ているのに気付く。彼女の方を見ると、無意識に見ていたのか少し慌てる。
「あ、ごめん。気にしないで。すごく手際がいいから見惚れちゃって。」
「いいよ。見てても。」
廉は、小さく笑って返す。野菜をカットし終えると、友梨菜に呼ばれた。彼女は、鍋の蓋を開けてのぞいている。
「ねえこれって、大丈夫なの?」
鍋の中では、小さな泡が底から上っている状態だった。
「もうちょっとだね。泡が大きくなったら大丈夫だよ。」
そう答えると、彼女は笑顔で「ありがとう。」と言った。片手鍋の隣にフライパンを並べ、野菜を炒める。途中でスープが温まり、友梨菜にテーブルまで運んでもらう。
「竹林。そうしたら、あのご飯温めてくれる?電子レンジで少しだけ。」
「はーい。」
野菜スープが何事もなく温められたのが嬉しかったのか、若干嬉しそうな弾んだ調子の返事が返ってきた。どうやら電子レンジは問題ないようで、冷蔵庫から出してあったご飯を、何事もなく中に入れて温め始める。
「電子レンジは、出来るんだ。」
廉が意外そうに言うと、友梨菜は反論してきた。
「だって、レトルト食品とか冷食は電子レンジでしょ?」
言われてみればそうだ。あまり縁がなかった廉の頭に、浮かばなかっただけらしい。
「そういえばそっか。」
ご飯が温まると、野菜を炒めた中に入れる。塊をほぐした後にケチャップをかけ、味を整えればチキンライスが完成する。それを一旦お皿に空けると、卵を溶いてフライパンに入れ、薄焼き卵を作る。薄焼き卵の上にチキンライスを乗せると、ここからが正念場と言わんばかりに友梨菜が目を輝かせていた。廉が、卵でチキンライスを綺麗に包むと、友梨菜が拍手してくれた。
「松井君。やっぱりすごいね。私には到底無理だよ。」
彼女ならではの感覚で手放しに褒められた廉は、なんだか照れ臭くなってしまった。2人分のオムライスを作り終え、テーブルに座る友梨菜の前に置く。廉が、友梨菜の向かいに座ると、彼女が手を合わせた。
「それじゃあ、いただきます。」
友梨菜がスプーンをオムライスに入れると、照明の光でキラキラ光る卵の割れ目から、白い湯気が立ち上る。更にそこから、鮮やかなオレンジ色をしたチキンライスが覗く。友梨菜は食欲をくすぐられて、スプーンに乗ったオムライスを口に運ぶ。彼女の口の中には、柔らかい卵とクセになるチキンライスの味が広がった。久しぶりに誰かの手料理を食べた友梨菜は、味の優しさと絶妙な温度感に人の温もりを感じ、頬を涙が伝う。しかし、その反応に少しだけ慌てる廉。
「た、竹林?大丈夫?」
友梨菜はその声に目を開けると、少し鼻を啜りながら震える声で答えた。
「あ、ごめんね。手料理を食べたのがしばらくぶりだったから、なんか温かさを感じて涙が出ちゃった。すっごく美味しいよ!」
廉はホッとすると、自分もオムライスを口に運ぶ。自分でも満足の出来だった。食べている間、終始美味しそうに食べる友梨奈の様子に思わず口元が緩む。
「なんか竹林って、すごく旨そうに食べるよな。」
気付いたら、思ったことが口から出ていた。それを聞いた友梨奈は、顔を真っ赤にして固まっている。
「…………竹林……?」
廉が恐る恐る声をかけると、友梨奈はビクンッと震えてから、スプーンを置いた。
「ごめん……。見苦しかった、よね?」
赤い顔のままそう言った友梨奈に、思わず吹き出してしまう。すると、少し膨れた友梨奈が視界に入ったので慌てて訂正した。
「ごめんごめん。見苦しいなんてことないよ。むしろ、嬉しい。すごく旨そうに食べてくれると、俺も嬉しいんだ。ありがとう。」
その言葉に、友梨奈は顔の赤みをさらに濃くして、食べることに集中してしまった。
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