1話 きっかけはコップの落下
東京の大学に進学し、上京してきたばかりの松井廉と竹林友梨菜。趣味が料理の男子と、なぜか料理だけは上手くいかないスポーツ女子。2人の出会いのきっかけとは?
登場人物
松井廉・・・実家で喫茶店を営む父に料理を教わった影響で、趣味は料理。腕前はなかなかのもので、同級生の早川隆哉からは大絶賛されるほど。
竹林友梨菜・・・インターハイ優勝だけでなく、全日本選手権や国体でも上位に入るほどの剣道の実力者。女子剣道部の強豪校である大学に進学し上京するも、料理下手が影響して入学早々家計がピンチ。
早川隆哉・・・廉の高校からの同級生。陽キャや遊び人といった言葉がしっくりくるような性格。廉の手料理は、高校時に食べて以降好きな食べ物の1つ。
友梨菜が上京し、引っ越しの片付けを済ませた数日後。入学式が終わり、徐々に講義が始まり出した。部活をこなしながら講義に出て、帰宅後の家事をこなす日々が始まった。友梨菜は、掃除や洗濯はなんとかこなせるものの、料理は全くと言っていいほどダメだった。最初の数日はなんとか自炊したものの、すぐにお手上げ状態でコンビニへ向かう。しかし、地元との物価の差に目が回りそうになる。
「お昼は何とかなっても、朝夕コンビニだと、お母さんに入れてもらったお金もなくなっちゃうなぁ……。」
そんなことを考えるが、解決策は浮かばずに通帳の残高のみが減っていく。しかしある日の昼時。いつものように学食で料理を受け取り、空いている席に着くと隣のテーブルで弁当を食べている男子学生が目に留まった。
「ん?男子が弁当?彼女の手作りとかかな?」
そんなことを考えるが、どう見ても彼と一緒にいるのは、男友達である。ふと、一緒に机に置いてある教科書が目に入った。
「あれって、私も持ってるよね?」
次の時間の講義を確認すると、その教科書を使う科目になっている。しかも、自分と同学年しか取れない全学科共通の選択講義だ。なるみは、『めんどくさそう』と言って取らなかったので、実質1人である。
「よし。あの人を観察してみよう。」
友梨菜は、その男子学生を追いかけることにした。
同じ日。廉は、早朝からキッチンにいた。部屋の段ボールは粗方片付いたが、講義が始まってからは、あまり余裕がない。引っ越してから買った真新しい弁当箱に、その日の昼食を詰めていると、スマホがメッセージを受信した。送り主は、高校の同級生で同じ大学に進学した友人の早川隆哉だ。
「おはよ。朝早くからわりぃ
ロック画面に表示される通知で文面だけ確認すると、返信を後回しにして弁当を詰めきる。熱を逃すために、テーブルの上に移してから返信する。
「1と3。」
既読はすぐについて、間髪入れずに返事が来た。
「サンキュ。寝てた?」
「いや、弁当作ってた。」
「マジかよ。お前そこまでいったのな。」
隆哉は、廉の料理好きを知っている。高校時代に実家の喫茶店で食べてから、廉の作る料理に興味津々だった。
「別に。お前こそこんな早くに何してんだよ?」
「ん?俺か?朝帰りw」
「そこ笑えないから。」
最後だけリアルにツッコミを入れて、スマホを置く。再びキッチンに戻ると、朝食の支度を始める。廉は、自炊のテーマとして"作ってから食べる"を立てた。理由は、父が喫茶店で料理を出す時、何よりも出来立てにこだわっていたからである。その父に教わった以上、まずは同じ事を大切にしようと思った。今日の朝食は、フレンチトーストと野菜スープ。一見お洒落だが、簡単な作り方を母に教わったので試してみる。調理自体は、約15分程度で終わった。
「やべ。スープ作り過ぎたかな?」
野菜の量を適当に入れていたら、一人前にしてはやけに多くなってしまった。そこは、まあよし。後で消費することにして、冷蔵庫にしまう。朝食を食べ終え、ちょうどいい時間になったので、支度を済ませて大学へ向かった。
一限目の講義を終えると、隣でウトウトしている隆哉を叩き起こして、学食へ向かう。隆哉も根は真面目なので、朝帰りでも授業には来るようだ。
「お前、よく朝帰りで来れるよな。てか、寝てて大丈夫か?」
「ん?お前のノート見れば大体書いてあるし。後で見せて?で、どこ向かってんの?」
「学食。そこでノート見せてやるから。3限までだぞ?」
「お?サンキュー。」
そんな会話しながら学食に向かう。学食といっても、時間帯によっては時間潰しをしている人間の方が多い。廉と隆哉もその仲間だった。学食に着いて席を確保すると、廉がノートを渡す。
「なあ廉。3限って何だっけ?」
「んーと、ちょっと待てよ。」
鞄から時間割を引っ張り出すと、目的の欄を確認する。
「えーっと、あった。英語基礎だって。」
「マジかよ。英語とかマジで無理な科目。ん?基礎?ならいけるか?」
自問自答に入り込んだ隆哉を無視した廉は、机の上に自宅近辺にあるスーパーのチラシを広げた。
「ん?何それ?」
いつの間にか、自問自答から抜け出した隆哉が覗いてくる。
「ん?スーパーのチラシ。帰りに買う物チェックだよ。」
講義の最初の時間は、ガイダンスになるパターンがあり、課題も出ないので暇な時間が増える。加えて今日は、午後の頭の講義だけなので、帰りにスーパーに寄ることにした。
「マジかよ。主夫じゃん。」
「いいから、お前は勉強しろ。ノート貸さんぞ?」
隆哉は、再びノートに視線を移す。そんなこんなで時間が過ぎ、昼時になった。廉が弁当を広げると、昼食を買ってきた隆哉が覗き込む。
「おっ美味そう。玉子焼きちょうだい。」
廉が玉子焼きを差し出すと、頬張った隆哉が脱力する。
「あー美味い。お前、親父さんに近づいたろ?」
「いやいや、んなわけないでしょ?」
廉は謙遜するが、隆哉は満足したのか買ってきたカレーライスにスプーンを入れた。食べ終わって荷物をまとめ、移動しようと立ち上がると、少し離れた場所で物音がした。振り向くと、1人の女子学生が急いで立ち上がったのか、反動でコップを落としたようだった。幸い、中身は入っていなかったようなのでスルーする。隆哉と3限の教室へ向かい、席に着く。やがて、授業が始まった。どうやら初回からガッツリ講義するらしい。すると途中で、隣に座る隆哉が小声で話しかけてくる。
「おい。左後ろの女の子。こっち睨んでね?」
小さく振り返ると、少し離れた席に座る1人の女子学生がこちらを凝視していた。彼女に見覚えのあった廉は、学食を出る時にコップを落としていた女子学生だと気付いた。
「あの子、同い年なのか……。」
廉はそんな風に思っただけだったが、彼女の事が小さく引っかかっていた。
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