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プロローグ1 松井廉(まついれん)

 都内のマンションの一室。引越しの片付けが終わっていないのを物語るように、段ボールが積まれている。そんな中、キッチンのそばに置かれた段ボールが真っ先に開いた。この部屋に越してきた19歳手前の男子が取り出したのは、真新しい1人用のフライパンだった。早速、IHコンロの上に置いてみる。

「よし、大きさも文句なしと。」

彼の名前は、松井廉(まついれん)。この春から大学生になる。趣味は料理。きっかけは、父の一言だった。

 高校一年の夏休み前。休暇中のバイト探しのため、本屋でもらった求人誌を見ていると、喫茶店を閉めた両親が帰って来た。

「お?何だ廉。バイトか?」

父が求人誌を覗き込む。

「夏休みだから、何かやろうかなと思って。でも、短期バイトがあんまなくてさ。」

廉がもらった求人誌には、飲食店やコンビニの求人は多いものの、どれも長期雇用が条件だった。

「だったら、長期でやればいいじゃない?」

と言う母。しかし、廉の所属していたテニス部は平日みっちり練習があり、その後の時間にバイトをやる元気はなかった。夏休みは練習が午前中になるので、それならと短期バイトを探していたのだった。その時父が、何かを閃いたように言った。

「そうだ廉。うちで働くのはどうだ?」

「え?あの喫茶店?」

両親が経営する喫茶店は、駅前という立地もあり客足はやや多めだ。サラリーマンの人達が朝や昼頃に立ち寄ることも多い。その為か、コーヒーや紅茶、ソフトドリンクだけでなく、食事も提供している。

「まずは、接客でもどうだ?母さんも少し楽になるだろ?」

両親の役割分担は、父が調理を担当し、母がドリンク担当兼接客をしている。

「そうねぇ。楽にはなるわ。」

父の提案に、母も同調しているようだ。廉も、当てのないまま探し続けるより楽だと思い、父の申し出を受けた。

 夏休み初日。今日は部活が休みなので、両親と共に喫茶店へ向かい、調理の下準備をする父とドリンクの準備をする母に変わって、店内の掃除や机拭きなど開店準備を整える。初日に店の制服を着て、外の掃除や立て看板の設置をしていると、街ゆく人々から声をかけられる。

「おはよう廉くん。お手伝いかい?」

この人は、近所に住むお婆さん。母によると、毎日喫茶店で寛いでいく常連さんらしい。蓮のことも、幼い頃から知っているので、孫のように接してくれる。

「おはよう婆ちゃん。今日からバイトなんだ。よろしくね。」

「そうかい。頑張るんだよ。今日も行くから、よろしくね。」

手を振って去っていく。廉は、この喫茶店の在り方が少し分かったような気がした。

 午前10時。開店準備と下準備が終わると、いよいよ開店の時間になる。入り口のドアに掛けてある札をひっくり返すのが合図だ。それからしばらくして、チラホラとお客さんが入ってくる。この時間帯は、近所のお年寄りや母の友人達が多い。お客さんに珍しがられながら注文取をしていると、合間に母に呼ばれた。

「廉。11時になったら、奥で宿題やってていいわよ。2時間くらいかな?間にご飯持ってくから。」

「いいの?仕事は?」

「その時間帯は忙しくなるから、今日は見てなさい。」

母の返事に納得した廉は、時間になると奥へ引っ込んだ。その時間帯は、早めに昼食を取りに来た営業マンや、会社員のグループなどの客が多くなり、半ば大衆食堂のようにも見えた。奥にいると、父の仕事ぶりがよく分かる。多くなってくる注文に遅れないように、手際良く何種類もの料理を作っていく。その姿に廉は、憧れのような尊敬のような、そんな眼差しを向けていた。その日父は、一度も注文に遅れず、間違えず料理を作り終えた。客足が落ち着いて来た頃、思い出したように宿題をしていると、父が出来立てのチャーハンを持ってきた。ほのかに湯気の立っているチャーハンは、一つ一つの米粒が輝き、なんとも表しきれない香りを漂わせている。その上には、ふっくらとしたスクランブルエッグが乗り、食欲を掻き立ててくる。

「おう。進んでるか?今日の昼飯だ。」

宿題を脇へ押しやると、皿が前に置かれる。少し見入っていると、小さく笑った母が奥へ戻ってきた。

「とりあえず皆さん帰ったわ。そういえば。あなたが料理している姿、廉が真剣に見てたわよ。」

その報告に、父と目が合う。

「なんだ?そうなのか?」

「うん、まあ。なんか、すごいなぁって。あれだけの量の注文を、並行して調理しながら間違えないし、遅れないし。」

廉が素直な感想を述べると、父は少し間を開けて笑い出した。

「……ハハハッ。そうかそうか。どうだ?やってみるか?」

急な提案に固まる廉。母は、少し面白そうに微笑んでいる。

「まずは、料理からやってみるか?意外と面白いぞ?」

廉は、素直に頷いていた。

 それから夏休みの間、父から様々な料理を教わり、練習を重ねるうちにのめり込んでいった廉。部活や宿題と並行していたが、休みが終わる頃には、食材が揃っている状態であればメニューを見なくても簡単な料理ができるくらいになっていた。その後も、喫茶店でバイトをしながら料理の練習をする日々が、卒業まで続いた。

 今の廉は、オーソドックスな家庭料理であれば、具材はなんであれパパッと作れる。それに、手の込んだ料理もメニューがあれば何とかなる。大学には、弁当も作って持っていくつもりでいる。とりあえずキッチン周りを片付けた廉は、他の段ボールにも手をつけるのだった。

皆様、はじめまして。新連載をスタートしたHisteelと申します。まずは、お読みいただきありがとうございます。本作は不定期更新の予定ですので、宜しければブックマーク等していただくと、更新タイミングが分かりやすいかと思います。また、作者名で開設しているTwitterでも更新案内をしていますので、よろしければフォローしていただけると嬉しいです。感想もお待ちしていますので、宜しければお聞かせください。

また他作品も公開中ですので、宜しければ併せて読んで頂ければと思います。それでは、今後ともよろしくお願いします。

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