表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有翼の機甲師団  作者: ソルティー
8/40

第八話 漂流

昭和十九年九月五日 伊豆諸島 鳥島


「う・・・」

 照りつける太陽の日差しを顔に感じて、一真は目を覚ました。

 次第に意識がはっきりしてくると、波の音が聞こえて来た。


 横たわった地面の感触から、砂の上にいるのがわかった。どうやら、砂浜にいるようだ。


 首から下は、木の木陰に入っていた。木陰で眠っていたのだが、太陽が移動したために顔に日光が当たったようだった。


「ここは?・・・」

 一真は、ゆっくりと半身を起こして、辺りを見回した。


 視界に、各坐した状態の白い烈風改と、その傍らに大破したアメリカ軍の赤いコルセア戦闘機が見えた。


「!」

 一真は慌てて立ち上がった。意識が急速に回復した。


(そうだ・・・俺は、原子爆弾を搭載したアメリカ軍の爆撃機を撃墜して、兄さんを殺した敵の戦闘機に組み付いて、それから・・・それから、どうなったんだ?)


「気が付いたかね?」

 突然、背後から日本語で呼びかけられた。


 振り返ると、サングラスをかけたギリアムが、手に拳銃を構えて砂浜に座っていた。



 一真は瞬時に身構え、空手の型を取った。


 しかし、ギリアムはゆっくりと立ち上がり、ズボンの砂を払うと、拳銃をホルスターにしまい、一真に話しかけてきた。


「やめておかないか?今はお互い遭難者だ」


「・・・」


 一真は無言で型を崩さない。ギリアムはかまわず話し続ける。

「どうやら、この島は無人島らしい」


「何だって?」

 一真は驚いた。


「周囲を探索してみたが人影はない。周囲に島影さえも見えない。孤島のようだ」


 一真は油断なく、目で周囲を見渡した。

「俺達は、どうしてこんな所にいるんだ?」


「あの時、君の機体は暴走していたのだろう。私の戦闘機を捕まえたまま、ここまで飛んできた。君の機体の燃料が切れて失速した時、私の機体が推力を保って、どうにかここへ不時着したのだ。感謝して欲しいものだな」


「お前が、あの戦闘機の操縦士なのか?」


「・・・そうだと言ったら?」


 一真の顔が怒りで歪んだ。


「はあっつ」

 一真は、縮地を使ってギリアムとの間合いを一気に詰め、正拳突きを放った。


 しかし、ギリアムは突きをかわすと、一真の腕を取って柔道の一本背負いで一真を投げ飛ばし、背中から地面に叩きつけた。


「ぐううっ」

 一真の顔が苦痛に歪む。


「やめておきたまえ。水は飲ませてやっていたが、君はもう2日間、なにも食べてないんだ。目まいがするだろう」


「俺に、水を?」

 一真はふらふらと立ち上がりながら聞いた。


「君は私の捕虜だからな。少尉なのだろう?士官として遇しよう」


「ふざけるな!お前は、兄さんの仇だ!」


「兄さんだと?・・・そうか、やはり君は、マサト・ハヤセ少佐の弟なのだな」

 ギリアムの言葉に、一真は驚愕した。


「兄さんを知っているのか?」


「ああ。彼とは友人だった」


「友人だと?」


「戦争が始まる前からな」


 一真は首を振りながら叫んだ。

「だったら、何故兄さんを殺したんだ!」


「愚問だな。たとえ友人同士でも、戦争中に敵国の軍人同士が戦場で出会ったのだ。戦うほかあるまい」


「そんな・・・」


「君は私を仇と言ったが、ならば君は、私の大切な部下を3人も殺した仇と言う事になるな」


「それは・・・」

 一真は、返す言葉を失った。


 2人の間に、沈黙が続いた。しばらくの間の後、ギリアムが一真に声をかけた。

「歩けるなら、ついて来たまえ」


 ギリアムは一真に背を向けると浜辺を歩き出した。

 一真は大人しく、その後をついて歩いた。


 海岸の砂浜を歩くギリアムの後姿を、一真は眺めた。兄を殺した仇が今、目の前にいる。


 すぐにでも殺してやりたいと思ったが、無防備な背中を見せているにも関わらず、まったく隙が感じられなかった。

 先程の柔道も、かなりの腕前だった。今戦っても勝てない気がした。


「どこへ行くんだ?」

 一真がギリアムの背中に尋ねた。


 ギリアムは振り返らずに答えた。

「食料の調達だよ。我々の戦闘機は不時着の衝撃で離陸できなくなった。通信機も壊れてしまったようだ。救助が来るまで、この島で生き延びるしかない。サバイバルの訓練は受けているか?」


「あ、ああ」


「それは有難いな。手伝って貰おう」


 数時間後、一真とギリアムは浜辺に戻った。すでに夜で、2人は焚火を挟んで向かい合って座っていた。


 ギリアムは、焚火で焼いた魚を取り、一真に渡した。

「食べるといい。君がとった食料だ。遠慮する事はない」


「・・・」

 一真は黙って食べた。正直、空腹が限界だった。


「それにしても、あんな木の棒を銛にして魚を捉えるとは、器用なものだな。そういえばマサトは海育ちだと言っていたが、君もそうなのだな」


「兄さんの話はするな」


「わかった。そうしよう」


 一真は黙々と食べた。大きな魚だったが、骨を残してすべて平らげ、水筒に汲んだ水を飲んだ。


 そんな一真の様子を見て、ギリアムは言った。

「それでいい。食べられる時に食べておくのも、軍人の務めだからな」


 一真ははっとした。それは、兄の征人が最後に会った時に、話してくれた言葉だった。


 夜がふけると、ギリアムは一真に背を向けて、腕を枕にして眠っていた。


 一真もまた、焚火を挟んでギリアムに背を向けて横になっていたが、その目は閉じていなかった。


「·····」

 ギリアムが寝静まった頃、一真はゆっくりと起き上がり、魚を獲る時に使った木の銛を地面から拾い、短く手に握った。


 音を立てずにギリアムの背後に忍び寄り、腰にある拳銃にそっと手を伸ばした。緊張で僅かに手が震える。


 その時、突然ギリアムが目を開けて喋った。

「君が私を殺すのならそれでもいいが、その前に君に聞いて貰いたい事がある」


 一真は驚いて、手に持った銛を握り直した。




昭和十九年九月六日 伊豆諸島 鳥島


 眠れない夜を過ごした一真は、翌朝を迎えた。


 一真は、膝を抱えて座り、水平線から昇る日の出を眺めていた。


 目を覚ましたギリアムが起きてきて、一真の隣の砂浜に腰を下ろした。


 それから数日、一真はギリアムと行動を共にした。


 小さな小川で2人で石を運び、簡易な水汲み場を作った。

 ギリアムが錆び付いた鉈が落ちているのを発見し、石を使って研いだ。


 一真が海に潜り、銛で魚を採り、貝を拾って来た。


 森で鹿を発見し、隠れた場所から竹槍で狙おうとする一真をギリアムが手で制し、弓で鹿を仕留めた。


 鹿をナイフで解体するギリアムを、一真が後ろから熱心に見ていた。


 鉈を使って木の枝を集め、乾かして薪を作った。


 ギリアムはナイフと棒で火を起こす方法を、一真に教えた。


 焚火で肉と魚を焼き、2人で黙々と食べた。


 雨が降った日は、2人で大きな葉や枝を集め、簡単な屋根を作って雨を凌いだ。




昭和十九年九月十一日 伊豆諸島 鳥島


 数日が経ったある日、夕暮れ時に焚火を囲んでいた時、一真が口を開いた。

「・・・教えてくれないか?」


「何をだね?」

 焚き火に薪を焚べながら、ギリアムが尋ね返す。


「その・・・俺が殺した人達の事を」


「知ってどうするんだ?」


「わからない。ただ、知っておきたくて」


「そうだな・・・」


 ギリアムは暫く黙った後、話し始めた。


「クラウド少尉は、カリフォルニアの出身だった。陽気な男で、下手なギターでよくカントリーを歌っていた。田舎の恋人によく手紙を書いていた」


「・・・」


「コナー少尉は、戦争前はプリンストンでアメフトの選手をしていた。妻とまだ幼い娘がいる。敬虔なクリスチャンで、真面目な男だった」


「・・・」


「トーマス准尉は、法律家を目指していた。軍に入り、希望すれば将来、ロースクールの学費が免除されるので、任務の合間によく勉強しているのを見た。弁護士になって家族の生活を助けたいと言っていた」


「・・・そうか・・・」


「彼らは国のために戦い、立派に死んでいった。君が気に病む必要はないが、いつか戦争が終わって、機会があれば彼らの事をもっと良く知って欲しい」


 一真は黙って頷いた。


「君が原子爆弾の投下を阻止した事で大勢の命が救われた。しかし、そのためにこの戦争が長期化するのは避けられないだろう。戦争の是非については我々軍人が判断すべきではない。ただ、勝った方の国が、後に正義と呼ばれるだけだ」



 海を眺めていたギリアムが突然立ち上がり、銃を空に向けて発砲した。


「信号弾?」


 驚く一真に、ギリアムが言った。

「どうやら、ようやく迎えが来たようだ」


「迎え?」


 海岸の沖の方に、アメリカ軍の潜水艦が浮上した。ハッチが開き、顔を出した乗組員が双眼鏡でギリアムを発見し、敬礼するのが見えた。


「私の方の通信機は、壊れていなかったのだよ。しかし、ここは日本の近海だ。堂々と艦船を呼ぶ事ができないので、潜水艦での救助を要請した」


「たった一人の士官のために、潜水艦が?」


「幸い、私の家はアメリカでは少々特別な家柄とされていてね。騙してすまなかった」


「いや・・・あなたらしい合理的な判断だよ」

 一真は首を振り、苦笑しながら答えた。


 ギリアムは、砂浜に立っていた1本の木の棒を引き抜いて、その下の砂を手で掘り始めた。棒は目印だったらしく、やがてギリアムは通信機のバッテリーを掘り出した。


「私の戦闘機の物だ。君の機体でも使えるだろう。通信機が使えるようになるはずだ」


「どうしてこれを俺に?」


「これでお別れだ。最後に君の名前を教えてくれないか?」


「早瀬一真です」


「カズマか。私はギリアムだ。君と話せて良かったよ。次に戦場で会った時には、また戦う事になるかも知れない」


「ええ」


「国同士の争いでは、戦争をすることでしか解決できない問題もある。だが、我々が本当に戦うべきなのは、誰なのだろうな」

そう言い残して、ギリアムは一真から離れ、海岸に歩み去った。


一真はその背中を見送った。


 やがて、潜水艦からボートが出され、海岸に到着した。

 ボートに乗っていた潜水艦の乗組員は、砂浜に降りてギリアムに敬礼した。


「お迎えに上がりました。大尉殿」


「ご苦労」

 ギリアムも敬礼を返す。


「あの少年は日本兵ですか?」

 乗組員が、離れた場所にいる一真を見て怪訝そうに尋ねる。


「ああ。捕虜にしていたが、まだ少年兵で何の情報も持っていないようだ。ここに残しても問題ないだろう」


「わかりました」


 ギリアムを乗せたボートは、海の上を潜水艦に向かって進みだした。

 ギリアムは島の方を振り返った。

 砂浜に残された、白い軍服の一真の姿が次第に遠ざかって行く。ギリアムは独り言を漏らした。


「マサトの弟、カズマ・ハヤセか。できれば戦争が終わるまで生き延びて欲しいものだ」




昭和十九年九月十二日 伊豆諸島 鳥島


 翌日、一真からの通信を受けた巡洋艦「大河」は、一真のいる島に急行した。


 島にいる一真の視界に、沖合に投錨してボートを降ろす大河の船体が見えた。


「おーい」

 一真は大河に手を振った。


 片桐が運転するボートが次第に近づいて、砂浜に到着する。

 拓斗、翔太、メルセデスの3人がボートから飛び降りて、一真に駆け寄った。


「カズマ!うわあああん」

 メルセデスが泣きながら、一真の胸に飛び込んだ。


「一真さん・・・良かった・・・無事で」

 翔太が嬉しそうに一真に駆け寄った。一真は、メルセデスと翔太の肩を抱いた。


「ごめん、心配かけたな、みんな」


「一真!」

 一真の名前を呼びながら、拓斗が遅れて走って来た。


「一真!この野郎、生きてたんなら、なんですぐ連絡しないんだよ、心配させやがって!」

 拓斗は右腕を一真の頭に回し、左手の拳でごつんごつんと一真の頭を小突いた。


「いててて、ごめん拓斗、悪かったよ」

 一真は謝った。


「なあんだ、絶対大丈夫とか言ってた拓斗さんが一番心配してたんじゃないですか」


「うるさいよ翔太」


「おかえり、カズマ」

 メルセデスが、泣き笑いの顔で言った。


「ああ、ただいま」

 一真は笑顔で答えた。


 大河の甲板では、鬼塚艦長以下の乗組員達が、歓声を上げて一真に手を振っていた。


 シュナイダーも、腕を組んで笑みを浮かべていた。




巡洋艦「大河」機関室 倉庫


 数時間後、薄暗い機関室の倉庫で、メルセデスが椅子に拘束されて座らされていた。


「カズマ?これは何?どういう事?」

 メルセデスが怯えた表情で言う。


 その目の前には一真が立ち、冷たい表情でメルセデスの頭部に拳銃の銃口を向けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ