第七話 撃墜
昭和十九年九月三日 巡洋艦「大河」艦橋
「司令部から入電です!」
「今度は何だ?」
「新たな敵編隊を補足しました!爆撃機です!」
「なんだと!位置はどこだ!」
「小笠原諸島の東、20kmの海上です!」
「くそっ!やられた!」
鬼塚が叫んだ。
「艦長、どういう事ですか?」
長瀬が尋ねる。
「さっきの敵は囮だ」
鬼塚は再び、地図を睨んで言った。
「本命はこいつだ。この進路だと、敵の攻撃目標は・・・」
長瀬が、青ざめた顔で聞いた。
「どこなのですか?」
「東京だ」
太平洋上 小笠原諸島東上空 高度1万メートル
「トウキョウ?敵の首都に原子爆弾を落とすんですか?」
コナーが緊張した声でギリアムに尋ねた。
「上院議員は、この1発の爆弾で戦争を終わらせる気のようだ」
ギリアムが答える。
「し、しかしそれは、あまりにも・・・」
原子爆弾を使用する事と、それによる結果の重大さにコナーは戦慄した。
「噂だが、原子爆弾の開発計画には、何度も妨害があったと聞く。それでも極秘裏に開発は進められ、実戦投入まで漕ぎつけたが、恐らく1発しか作る事ができなかったのだろう。その貴重な1発で、敵国に最大の被害を与える。これはそういう戦略だ」
「隊長・・・自分は正直、恐ろしいです。この作戦で、本当に戦争が終わるのですか?」
コナーの声は震えていた。
「わかるものか」
ギリアムは吐き捨てるように言った。
それまで、黙って通信を聞いていた僚機のトーマス准尉が進言した。
「隊長、即刻この作戦を中止すべきです。民間人や非戦闘員の保護を規定した戦時国際法に違反します。仮に原子爆弾の投下が成功して国が勝利しても、大量の民間人を虐殺した国家として、歴史上アメリカは汚名を負う事になるでしょう」
「残念だが、我々はただの護衛だ。爆撃機部隊の指揮権は私にはない。もう作戦は開始されてしまった。もう誰にも止められん」
ギリアムは苦々し気に言った。
太平洋上 小笠原諸島上空 高度1万メートル
「さっきの敵機が囮だと?爆撃機を4機も使ってか?」
大河からの通信を受け、シュナイダーが驚きを隠さずに叫んだ。
「敵もそれだけ必死で、この作戦に賭けているのだろう。敵の狙いは東京だ。原子爆弾を積んだ本当の爆撃機はそこから更に200km東を飛行していると思われる。急ぎ向かって欲しい」
鬼塚が通信を送る。
「そうしたいが、先程の戦闘で燃料も弾薬も底をついた。補給のために一時帰投しなければならない」
シュナイダーが悔しそうに言った。
鬼塚は、長瀬を振り返って尋ねた。
「彼が戻るまでの時間は?」
長瀬は、地図を見て素早く計算した。
「約1時間10分です」
「それでは遅すぎる」
鬼塚は青ざめた。
その時、伝声管より氷室の声が聞こえて来た。
「格納庫より艦橋へ、烈風改の発進準備が完了した」
「そうか。間に合ったか!」
鬼塚は胸を撫で下ろした。
巡洋艦「大河」飛行甲板
「烈風改、早瀬一真少尉、出撃します」
甲板員たちが見守る中、一真は烈風改のエンジンを始動した、主翼にマウントされた2基のジェットエンジンが、タービンの回転音を上げる。低音から高音へ次第に音量を上げ、それが爆音に変化した時、烈風改は凄まじい速度で発艦した。
「ぐうっ」
一真は、急加速に伴うGに耐えた。烈風改は一気に加速し、雲の層を突き抜けて上昇した。
巡洋艦「大河」甲板
「頼むぞ、一真」
上昇していく烈風改を見上げながら、拓斗が祈るように言った。
「しかし、これほどの短期間で烈風の機体を大改修するとは、この目で見ても未だに信じられんよ。まさに天才少女だな」
氷室がメルセデスに言った。
「烈風とMe268の機体に共通するオーパーツが多かったからできたのよ。でも、まだ完全じゃないわ。ジェットエンジンの制御にもっと調整が必要だったのに」
「ふむ・・・」
メルセデスの言葉に、氷室は考え込んだ。
(やはり日本とドイツのオーパーツの供給元は同じという事か。彼女は一体、どこまで知っているのだろうか)
太平洋上 小笠原諸島 父島上空
ジェットエンジンの加速性能を確かめながら、一真は烈風改を飛行させていた。
「よし、行けるな。不安定だがすごい速度だ」
しばらく飛行を続けると、父島の観測部隊より通信が入った。
「こちら父島要塞、敵編隊の座標を送る」
「烈風改、了解」
一真は通知された地点に向けて針路を変えた。
「健闘を祈る・・・頼む、東京を、日本を救ってくれ」
通信士の祈るような声に、一真は力強く答えた。
「了解しました」
小笠原諸島 上空
一真は、遂にアメリカ軍爆撃機の編隊を発見した。
後方に2機の戦闘機、中央に大型爆撃機、前方に1機の戦闘機の機影が視認できた。
「目標を確認。攻撃を開始する」
一真は、自分でも驚くほど冷静だった。自分が失敗すると数十万人の命が失われるという気負いはあったが、一瞬で攻撃の戦術を組み立て、自然に体が動いていた。
烈風改は、敵に察知される前に一気にジェットエンジンを噴射して急加速し、後方の戦闘機のうち1機を機銃の射程に捉えた。
「なんだ?」
後方より迫るジェットエンジンの轟音を聞いて、トーマスはコクピットの中で後方を視認した。
その時には、すでに烈風改の機銃が発射され、エンジンを数十発の銃弾が直撃した。
「うわあっつ」
トーマスは、一体何が起こったのかもわからないまま悲鳴を上げ、機体が爆散した。
「なんだと?」
撃墜された僚機を見て、コナーが驚きの声を上げる。
しかし、凄まじい速度で背後から接近する烈風改を視認して、コナーは状況を理解した。
ギリアムに通信を送る。
「隊長!後ろから敵です!日本軍の新型機です!」
「やはり現れたか」
「すさまじいスピードです。逃げきれない!うわあ!」
「コナー!?」
コナーのヘルキャットは、回避機動を取る暇もなく、烈風改の銃撃を受けて爆散した。ギリアムの通信機に爆発音と共にノイズが聞こえて来た。
「コナー!」
ギリアムは叫んだ。
前方を飛行する敵機を追った一真の視界に、赤い機体の色がはっきりと見えて来た。
「あいつは!」
それは、兄の征人の零式を撃破した戦闘機だった。
ギリアムは、後方から接近する烈風改を視認し、すぐさま回避行動を取った。
「見つけたぞ、兄さんの仇!」
烈風改は加速して追尾を始めた。
「なんだ?このスピードは!」
ギリアムは烈風改の推進力に驚愕した。
回避しながらも烈風改の機体の形状を視認して、翼にマウントされた2機のエンジンを見て驚きの声を上げる。
「ジェットエンジンだと?」
烈風改はギリアムのコルセアの後ろについて、機銃を撃った。コルセアはローリングで銃弾をかわす。
コルセアは高い運動性を発揮して、緩急をつけた回避運動を取った。烈風改は速度で上回るものの、いい位置にコルセアを追い込むことができないでいた。
「くそっ」
一真は苛立ちの声を上げる。反対に、ギリアムは落ち着きを取り戻していた。
「なるほど、凄まじいスピードだが、空戦においてはそれが全てではない」
機体の性能は烈風改が上回っていたが、ギリアムの高い技量が、ぎりぎりの所で機銃の直撃を回避し続けていた。
一真は焦った。
「目の前に兄さんの仇がいるのに・・・どうすればいい?兄さん・・・」
その時、一真は征人の最後の言葉を思い出していた。
『一真。お前は生きろ。いいか、どんな事があっても命を無駄にするな。生き延びて、この国を・・・未来を・・・』
一真ははっとした。
(そうだ。兄さんは俺に、日本の未来を託してくれたんだ)
一真は、ぐっと唇をかみしめた。
「畜生!」
一真は烈風改を転進させ、急上昇した。
上方には高層雲があり、烈風改は雲の中に姿を消した。
「雲の中に隠れたか?」
ギリアムは機体を安定させ、油断なく周囲を見回した。
「どこから現れる?右か、左か、それとも後ろか?」
しかし、しばらく経っても烈風改は現れなかった。逆にジェットエンジンの音が次第に遠ざかって行くのが聞こえて来た。
「しまった!」
ギリアムは叫んだ。
烈風改は、B29爆撃機の直上から現れた。
速度を落として空中で変形すると、両足と片腕でB29の機体の上に取り付いた。
衝撃でB29の機体が揺れた。
「なんだ?」
B29の搭乗員たちが驚いて機体の天井を見上げた。
機体は失速し、降下し始める。
ギリアムのコルセアが、B29の後方に迫った。機体を変形させ、プロペラでB29と平行に飛行しながら、拳銃を抜いてB29に取りついた烈風改に向け、照準機で慎重に狙いを定める。
「私にとっても不本意な作戦だが、貴様に邪魔をさせる訳にはいかんのだ!」
烈風改は片膝をついたまま日本刀を抜いて逆手に持ち、振り下ろして足元のB29の機体を貫いた。
B29の天井を貫いて、刀の切っ先が機内に侵入して来た。刀はそのまま原子爆弾の本体を貫いた。
「なんだと?」
ギリアムは呆気に取られた。
「うおおおおおっ」
一真は吼えた。
烈風改が刀から手を離して、B29の機体の上を走ってコルセアに突進した。
両腕でコルセアに組み付いて、両肩のジェットエンジンを噴射した。両機はB29の機体から飛び出し、そのまま飛行し続けた。
飛行する2機の後方で、B29がゆっくりと降下し、地表近くで爆散した。
一真は、機体を減速させるためにスロットルレバーを手前に引いた。
しかし、ジェットエンジンの噴射は止まらず、更に勢いを増した。
「減速しない?エンジンが制御を失っているのか?」
一真は動揺した。烈風改とコルセアの2機は、機体が組み合ったまま猛スピードで海上を飛行し続けた。
「なんだこいつは!まさか暴走してるのか?」
ギリアムが怒鳴った。
烈風改はさらに速度を増した。
昭和十九年九月五日 小笠原諸島付近 巡洋艦「大河」艦橋
「こちら片桐。撃墜した敵爆撃機の機体を発見。原子爆弾と見られる弾頭も、破壊された状態で見つかりました」
片桐伍長の乗った零式艦上戦闘機が、小さな珊瑚礁の島に墜落し大破たB29の残骸を発見して、大河に無線で報告した。
発見された原子爆弾には、烈風改の日本刀が突き刺さったままだった。
報告を受けた鬼塚は、長瀬に尋いた。
「早瀬少尉と烈風改は、まだ見つからんのか?」
「付近を捜索中ですが、未だ発見できません」
「いったい、どこへ行ったというんだ・・・」
「通信が途絶えて2日目です。海中に墜落した可能性も」
「そうだな・・・」
巡洋艦「大河」甲板
「カズマ・・・」
「一真さん・・・」
メルセデスと翔太は、二人で並んで暗い表情で海面を見つめていた。
その様子を、離れた所から腕を組んだシュナイダーが心配そうに見守っている。
「二人とも、またここにいたのか」
拓斗が二人に声をかける。
「タクト・・・カズマはどうして戻ってこないの?」
水色の瞳に涙を浮かべたメルセデスを見て、拓斗は困った顔をしたが、すぐに笑顔になってメルセデスに言った。
「大丈夫だよ。あいつは俺に約束したんだ。『俺は死なない』ってね。だから、あいつは絶対に戻って来るよ。約束は守る奴なんだ」
「うん・・・そうだよね」
メルセデスは、指で涙を拭って顔を上げた。
「そうですよね。きっと戻って来ますよね、一真さん」
翔太もそう言って顔を上げ、また二人は海の向こうを眺めた。
(一真、早く戻って来いよ。みんなが待ってるんだぞ)
2人の後ろで海を眺めながら、拓斗は心の中で一真に呼びかけた。
太平洋上 伊豆諸島 鳥島
「う・・・」
照りつける太陽の日差しを顔に感じて、一真は目を覚ました。
次第に意識がはっきりしてくると、波の音が聞こえて来た。
横たわった地面の感触から、砂の上にいるのがわかった。
どうやら、砂浜にいるようだ。
首から下は、木の木陰に入っていた。木陰で眠っていたのだが、太陽が移動したために顔に日光が当たったようだった。
「ここは?・・・」
一真は、ゆっくりと半身を起こして、辺りを見回した。
視界に、各坐した状態の白い烈風改と、その傍らに大破したアメリカ軍の赤いコルセア戦闘機が見えた。
「!」
一真は慌てて立ち上がった。意識が急速に回復した。
(そうだ・・・俺は、原子爆弾を搭載したアメリカ軍の爆撃機を撃墜して、兄さんを殺した敵の戦闘機に組み付いて、それから・・・それから、どうなったんだ?)
「気が付いたかね?」
突然、背後から日本語で呼びかけられた。
振り返ると、サングラスをかけたギリアムが手に拳銃を構えて、砂浜に座っていた。