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有翼の機甲師団  作者: ソルティー
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第四話 魔都

昭和十九年八月一日 上海市 港湾地区倉庫街


 上海市内の港の倉庫に、横一列に整列した数台の軍用バイクが、低いアイドリング音を響かせていた。


 その中央に止まった1台に、ドイツ軍の軍服を着た、アッシュグレーの銀色の髪の青年士官が、腕を組み、目を閉じたままで跨がっていた。


 やがて、彼の部下らしき金髪の青年兵士が影のように近づいて呼びかけた。

「シュナイダー中尉」


 シュナイダーと呼ばれた青年士官は、ゆっくりと目を開けた。宝石のように美しい緑色の瞳だった。


「発見しました。目標は繁華街に向かった模様です。」

「よし」

 シュナイダーは手袋を履いた手をさっと上げた。彼の部下たちが次々とバイクに乗り、エンジン音を響かせる。


「行くぞ」

 シュナイダーの乗ったバイクを先頭に、一列となったバイクが倉庫から次々と飛び出していく。


 数台のバイクは、上海の倉庫街を疾走していく。


シュナイダーは緑色の鋭い眼光で前方を睨みながら呟いた。

「絶対に見つけ出す・・・」


 彼らが出発した倉庫の奥には、整備用のハンガーに固定された人型の機動兵器が見えた。それは、銀色に輝く有翼機甲兵だった。



上海市内 繁華街


 一真と拓斗、そして翔太の3人は、上海の街並みに圧倒されていた。


 日本人作家、村松梢風により「魔都」と称された上海は、租界と言われる欧米列強諸国の自治領が複数混在した国際都市だった。巨大な商船が港を行き交い、大陸の奥地へ続く鉄道が大量の人と物資を循環させる。

コンクリートと煉瓦で造られた巨大な西洋風の建物と、アジア特有の鮮やかな色彩が混在した独自の街並みは、田舎育ちの3人にとって、初めて見る別世界だった。

 

「うわぁ、すっごい大きな街ですね、一真さん」


 翔太は目を輝かせながら、一真の腕を取って歩き出す。

 帽子を被り、白いセーラー服と半ズボン姿の翔太は、小柄で華奢な体つきのせいで、少女のようにも見える。


「おいお前、あまりくっつくなよ」


 一真の腕にすがり付く翔太を見て、横から拓斗が口を出す。


「別にいいじゃないですか。男同士なんだし。ねっ、いいですよね、一真さん」


「ああ、俺はかまわないよ」

一真は鷹揚に答える。


「そうなんだけどさ・・・ん?いいのか?それは・・・って、おおい、待てよ」


 首をかしげている間に2人に置いて行かれそうになり、拓斗は慌てて追いかけた。



黄海海上 巡洋艦「大河」甲板


 港から離れた沖合に、大河は投錨していた。

 甲板には、鬼塚艦長、片桐航海長、氷室技術大尉ほか、数人の士官がいた。


 海に浮かぶ大河の左舷数十mの海上で、水面が揺れ始めた。揺れは次第に大きくなり、海面が盛り上がると、黒い船体の潜水艦が浮上してきた。


「時間どおりですね」

 片桐が腕時計を見ながら言う。

「ああ」


 潜水艦のハッチが開き、2人の士官が甲板に姿を現した。ドイツ軍の軍服を着ている。


 潜水艦はドイツ海軍のUボートだった。艦橋に艦番U700がペイントされた、大型の攻撃型巡洋潜水艦だった。


 ドイツ海軍の士官達は、大河の甲板上で鬼塚の前に立ち、敬礼した。


「ドイツ海軍所属U700艦長、ハインリヒ少佐です」

「副長のルドルフです」


 2人ともまだ20代の若い士官達だった。鬼塚達も敬礼し、所属と氏名を名乗った。


「貴国より要望のありました新型の有翼機甲兵の試作機と、その技術情報を持参しました」

「遠路はるばる、ご苦労様です」

「我がドイツと日本は同盟国です。我が国も戦況は劣勢ですが、日本が米国相手に健闘していただければ、米国は東西に戦力を分散し、連合軍の戦力を大幅に削ぐ事ができるでしょう」

「ありがたく受領いたします」


 話が一区切りした所で、氷室がハインリヒに尋ねた。

「ところで、新型戦闘機の改良に関する技術指導をしていただける技術士官が、軍事顧問として派遣されるとの事でしたが、その技術士官殿はまだUボートの艦内なのですか?ぜひご挨拶したいと思うのですが・・・」

 氷室がそう言うと、ハインリヒはルドルフと顔を見合わせ、暗い表情をした。そして、観念したかのような表情で、ハインリヒが話す。


「実は・・・」



上海市街


「ん?何の騒ぎだ?」

 拓斗が何かに気づいて、眼鏡を持ち上げる。


 視線の先には、陸軍の軍服を着た2人の日本兵が、西洋人の少女となにか口論していた。


 少女の髪はアッシュグレーの銀髪で、昼間の繁華街には場違いなドレスを着ていた。


 身長は140cmぐらいだろうか。日本人なら12歳前後の年齢に見える。美しい水色の瞳をしていた。


 少女の後ろには、果物の籠を抱えた別の中国人の少女が、怯えた表情で立ちすくんでいる。

 周りには、中国人の数人の市民が、遠巻きに見守っている。


「何だ貴様!先程から我々に何の用だ!」

 口髭を生やした日本兵が怒鳴っている。

「あーもう、だから、 Eine Zahlung tätigenって言ってるのよ!」

 銀髪の少女が怒鳴り返す。

「な、何?何と言ったのだ?さては貴様、米国人だな?今のは英語か?」


「ドイツ語だよ」

 一真が日本兵たちの背後から話しかけた。

「な、なんだ貴様ら!」

 2人の日本兵は、慌てて3人を振り返った。


 拓斗がドイツ語で少女に話しかける。二言、三言会話すると、日本兵たちに言った。


「物を買ったのなら、ちゃんとその女の子にお金を払えって言ってるんですよ」


 日本兵たちが手に持った果物と、中国人の少女の抱えた籠を見て、翔太が納得したように手を叩いた。


「なるほど!そういう事ですか」

「ぬぅっ」


それを聞いた2人の日本兵は一瞬怯んだが、口髭の日本兵が一真と拓斗の白い軍服を見て、ふんと鼻を鳴らした。


「貴様ら、海軍兵学校の学生だな?任官前の学生が、我々下士官に意見する気か?」

 日本兵は尊大な態度で凄む。しかし、なにかに気づいたもう一人の日本兵が、凄んでいる日本兵の袖を引っ張って小声で囁いた。


「伍長、伍長」

「何だ?」

「こいつら、いえこの方々は学生じゃありません」

「なんだと?」

 口髭の日本兵は、一真達に向き直る。


 一真と拓斗の白い軍服の肩には、少尉の階級章が付いていた。


 上海に寄港した際に、2人は海軍軍令部からの通達で、正式に海軍少尉として任官を受けていた。


 2人の日本兵の顔色が、みるみる青ざめる。跳ね上がるように直立して、敬礼した。


「失礼いたしました!少尉殿!」


 西洋人の少女が、驚いて目を丸くする。


「ああ。そういうのはいいから、早く払ってください。そうしたら、もう行っていですよ」


 拓斗がそう促すと、日本兵の1人が慌てて紙幣を取り出し、中国人の少女に手渡した。


「失礼します!」

 2人はもう一度敬礼して、走ってその場を去って行った。



「すまなかったな」


 一真が中国人の少女の前でかがんで微笑みかけた。


 しかし、少女は怯えた表情を変えずに、籠を抱えて走り去ってしまった。遠巻きに見ていた中国人達も、一様に冷たい視線を一真達に向けている。


「どうも、俺達日本軍は嫌われているみたいだね」

 拓斗は寂しそうに言った。



「ありがとう。助かったわ」

 銀髪の少女が日本語で一真達に礼を言う。


「私はメルセデス。あなた達は?」

「早瀬一真だ」

「相馬拓斗です。よろしくね」

「僕は早乙女翔太だよ」


「君はドイツ人だね。日本語を話せるのか?」

 一真が尋ねると、少女は笑顔で答えた。

「今、勉強中なのよ。でもさっきは頭に血がのぼってしまって、うまく話せなかったの」

「勇敢だねえ。でも、治安が悪化しているらしいから気を付けた方がいいよ。なにしろ、治安を維持すべき日本軍があの有様だからねえ」

 拓斗が呆れたようにいった。


「君は今、一人なのか?」

「ええ、まあ・・・」

 一真が尋ねると、メルセデスは曖昧に頷いた。

「それは不用心だな。俺たちが家まで送るよ」

「本当?じゃあお願い、カズマ、ちょっと付き合って!」

「えっ?」




巡洋艦「大河」甲板上


「いなくなったですと?技術士官殿が?」

 鬼塚が大声を上げる。

「お恥ずかしい事ですが、そうなのです」

 ハインリヒとルドルフは、困った顔で恐縮していた。


 鬼塚と氷室、長瀬の3人が、深刻な顔で相談する。

「つまり、脱走兵という事か?」

「困りましたな。新型機の量産と今後の機体開発のためには、ドイツの技術協力は欠かせません」

「しかし、脱走は重罪です。発見しても、ドイツ軍の軍規により裁かれる事になります。最悪、銃殺という事も」


 ひそひそと話す3人に、ハインリヒとルドルフが、慌てた様子で口々に言った。

「いえ、なんと言いますか、脱走ではありません」

「現在、我が軍の部隊が捜索中です。御心配には及びません」

「はあ?そうなのですか?」

 鬼塚は首を捻った。



上海市街 百貨店内


「なあ、俺達、なんで女の子の買い物に突き合わされてんだ?」

 大きな箱を抱えた拓斗が、同じく箱を抱えた翔太に聞いた。


「さあ、なんででしょうね」

 翔太がつまらなそうに言う。


「カズマ、次はこっちよ」

 メルセデスが、一真の手を引いて、店の奥へ進んで行く。

「あ、ああ」

 一真は、引っ張られるままに、メルセデスについて行った。


「ああいう、押しの強い女の子に弱いんですかね、一真さんって」

 翔太が再び、つまらなそうに言う。


「そうだったみたいだな。それにしてもなんで、あんな子供が大金持って歩いてるんだ?」


「お金持ちのお嬢様って奴ですかね?」



 メルセデスは洋服店を見つけると、服を選び始めた。


「ずいぶん、たくさん買うんだな」

 一真が驚いたように言う。

「ドイツから来るとき、荷物は最小限にって言われたのよ。服を2着しか持てなくて」

 メルセデスは、自分が今着ているドレスを指さした。

「持って来れたのは、お気に入りのこのドレスと、もう1着だけだったの」

「そうか」

「そのもう1着は、あまりお洒落じゃないっていうか・・・あっ、これがいいわ。カズマ、待っててね」


 メルセデスは、1枚のワンピースを手に取って、試着室に入って行った。


「どう?カズマ」

 メルセデスは、つばの広い帽子を被り、水色のワンピースと白いサンダルで試着室から出て来た。

  

「どうって?」

「似合ってる?」

「ふむ・・・」


 一真は返答に窮した。一真の田舎では、洋装の女性を見るのは珍しかったし、ワンピースなど見るのは初めてだった。そして、メルセデスの容姿は、女性というには幼なすぎた。


「すまない。俺にはよくわからない」

「馬鹿!一真!」

 拓斗が一真の耳を引っ張って店の隅に連れていく。


「いててて、痛いよ、なんだよ拓斗」

「お前なあ、こういう時は嘘でもいいから、似合うって言っとくんだよ」

「そうなのか?」

「嘘でもいいからって、何?」

「わああっ」

 背後からメルセデスの声がして、2人は飛び上がった。

「どうせ、子供のくせにって思ってるんでしょ?これでも私、17歳なんですからね」

 メルセデスが、頬を膨らませて言う。

「そ、そうなのか・・・」

「そ、そうなんだ・・・」


 おろおろする2人を睨んでいたメルセデスだったが、やがて、ぷうっと吹き出すと、笑い出した。


「カズマって、正直なのね。気に入ったわ」

「え?なんで一真だけ?俺は?」

「だめ。タクトは許さない」

「何故だー」

 拓斗は頭を抱えた。それを見て翔太はくすくす笑った。


 そんな彼らの様子を、店の隅から見ている黒服の男がいた。


 一真達は百貨店を出ると、繁華街を歩き始めた。


 その後を、先程の黒服の男が、数メートルの距離を保ってついて来る。 


 車が行きかう交差点を曲がった時、突然、一真が拓斗達に声をかけた。


「走るぞ」

「ああ」


 一真は、メルセデスの手を握り、走り出した。翔太も黙ってその後を追う。


「ちょ、ちょっとカズマ?どうしたの?」

「尾行されてる」


 一真は短くそう言うと、メルセデスの体を抱き寄せるように、路地の隙間に身を隠した。


「尾行?」

「しっ」


 一真が、メルセデスの唇に人差し指を当てて、注意深く路地を覗く。


 一真の言う通り、後ろを歩いていた男が走って追いかけてきた。4人を見失って、きょろきょろと辺りを見回している。


 その男の肩を、拓斗が背後からぽんぽんと叩いた。


「どうも~。俺たちに、なにか御用ですか?」


 拓斗は、にこやかな笑顔で男に話しかける。


 男は答えず、振り向きざまに回し蹴りを放ってきた。


「うわっと」


 拓斗はあっさりと蹴りをかわし、片足で男の軸足を払って、柔道の体落としで地面に倒し、締め技で気絶させた。


「倒したか?」

 一真達が駆け寄って来る。


「ああ。でもこういうのは普通、お前の仕事だろ?」


「今はメルセデスを連れているからな。彼女の安全が第一だ」


「ま、いいけどね。ところでこいつ、西洋人だな。俺達を狙ったんじゃなさそうだ」


「狙いはメルセデスか・・・メルセデス、君は何者なんだ?」


「わ、私は・・・」


 メルセデスが何か言いかけたその時、数台の軍用バイクがエンジン音を響かせながら、交差点を曲がって接近して来るのが見えた。


 先頭の1台に乗っている、ドイツの軍服に身を包み、銀髪で緑色の瞳をした青年士官が、メルセデスを見て静かに言った。


「見つけたぞ、メルセデス」


「ドイツ軍?」

 接近するバイクの集団を見て、一真は驚きの声を上げた。

「さっきの男の仲間か?」

「どうするんですか?一真さん」


 一真はメルセデスに聞いた。

「君はあいつらに追われているのか?」

「う、うんっ」


 一真は、拓斗と翔太に目で合図を送る。二人は頷いた。



「それじゃ、やっちゃいますよ!」

 翔太がセーラー服の背中から拳銃を取り出して、いきなりドイツ兵に発砲した。


「何だ?」

 銃弾が地面に着弾し、シュナイダーがバイクを急停止する。 


「走れ!」

 4人は路地裏に向かって駆け出した。


「うわああ、やっちまったよ同盟軍相手に。っていうかなんで銃持ってんだよ翔太」

 拓斗が走りながら叫ぶ。


「護身用ですよ。軍人なら当然でしょ。大丈夫ですよ、ただの威嚇射撃ですから」


「そういう問題じゃねえよっ」




 メルセデスはサンダル履きだった。今にも転びそうになりながら、必死で走っている。


 一真がメルセデスに囁いた。

「掴まって」

「え?」


 一真はメルセデスをひょいと抱き上げて、そのまま走り続けた。


「きゃっ」

 メルセデスは、慌てて一真の首に両腕でしがみついた。


 少女を抱えているにも関わらず、一真の速力は衰えない。拓斗と翔太はついて走るのがやっとだった。


「はあ、はあ、相変わらず体力馬鹿だなあ」

 拓斗が息を切らせながら言った。


 一真に抱えられたメルセデスを横目で見ながら、翔太が呟いた。

「・・・いいなあ」

「いや、どっちが?」

 拓斗が翔太に尋ねる。


 一真達は路地を抜け、前方にあった幅3mほどの水路を、跳躍して飛び越えた。


 水路の手前までバイクが追って来た。しかし、水路は超えられず次々と停車した。


 4人はみるみる遠ざかって行く。


「・・・迂回するぞ。それから、Uボートに連絡を」

 シュナイダーが冷静に指示を出した。




「まったく、あんな小僧どもが士官とは、海軍はいったいどうなっておるのだ?」


「同感であります。伍長殿」


 先刻の陸軍兵士の2人はそう話しながら、上官の命令で2台の軍用オートバイを洗車していた。高級将校向けのサイドカー付きバイクだ。


 2人はまだ新しい車体をぴかぴかに磨き上げて、水滴を丁寧に拭き上げた。


「よし。これならきっと連隊長殿もご満足いただけるだろう」


 口髭の日本兵が額の汗を拭う。すると、遠くの方から大きなエンジン音が聞こえて来た。


「なんだ?」

 怪訝そうに日本兵が振り返ると、メルセデスを抱えた一真達が走って来た。その後ろを、数台の軍用バイクが迫っている。


「ああー!お前達、いえ、あなた方はさっきの!」


「拝借します!」

 一真はメルセデスをサイドカーに乗せ、バイクに乗り込んだ。


「これも借りるよ」

 翔太がもう一台のバイクに乗り、少し遅れて走って来た拓斗がサイドカーに飛び乗った。


 一真と翔太がエンジンを回し、アクセルを握った。バイクは勢いよく発進し、土埃をあげながら走り去った。

 その後ろからバイクの集団が追いかけていく。


「・・・・はあ?」

 2人の日本兵は、呆然とバイクを見送った。



巡洋艦「大河」作戦室


 鬼塚艦長と長瀬副長は、Uボートの指揮官、ハインリヒとルドルフの2人と、大河の艦内でテーブルを挟んで向かい合っていた。


 鬼塚達日本側には、重苦しい雰囲気が漂っていたが、ハインリヒとルドルフは、落ち着いた様子で、出された日本茶を湯呑で啜っていた。


 そこへ、ドイツ軍の伝令が入室し、ハインリヒに何事かを報告した。ハインリヒが頷いて、話し始める。


「現地より報告がありました。我が軍の部隊が技術士官を追跡中、日本軍の兵士3人が技術士官を拉致して連れ去ったとの事です」


「日本兵ですと?」

 長瀬が驚いて叫ぶ。


「ええ。日本軍の3名のうち、白い軍服の士官が2名、海兵服のマリナーが1名、みな若く、少年兵のようだったとの事です」


 鬼塚が飲みかけたお茶をぶうっと吹き出した。ごほんごほんと咽る。


「どうかしましたか?」

「い、いいえ、別に」


 鬼塚と長瀬はハインリヒに背を向け、額を寄せ合って相談した。


「早瀬少尉たちは、今日非番だったな?」

「上海に上陸許可を出しています」

「どういう状況だ?あいつら、何をやっとるんだ?」

「それはわかりませんが、非常にまずいですね。この事が公になれば、我が国とドイツの同盟関係に亀裂が生じかねません」


 長瀬航海長が、押し殺した声で言った。

「こうなったら、隠蔽するしかありません」

「なにー!?」

「彼らより先に、早瀬少尉達の身柄を押さえるのです」

「そ、そうだな。よし。戦闘機を向かわせろ」


 鬼塚は混乱しつつも、とにかく事態収拾のために命令を出した。



上海市 湾岸地区


 一真達の2台のオートバイと、それを追うドイツ軍のバイクは、上海市街地でデッドヒートを繰り広げていた。


 一真達はバイクを大通りに走らせて、速度を上げた。行き交う自動車の合間を縫って車体を走らせる。

ギリギリの間隔ですれ違った対向車から、けたたましい音でクラクションが鳴らされる。


 一真達は、広い交差点で車体をドリフトさせてカーブし、追っ手を引き離す。


 しかし、サイドカー付きのオートバイは、加速力で二輪に劣る。ドイツ軍のバイクが次第に距離を詰めてきた。


「まずいっ、追い付かれるぞ」


 先頭を走るシュナイダーがさっと片手を上げた。ドイツ軍のバイクの隊列は、2つに分かれて左右から一真達のバイクを包囲しようとする。


「どうする?一真!」

 拓斗が叫ぶ。


「一真さん!あれ!」

 翔太が、前方に見える運河に架けられた跳ね橋を指さす。跳ね橋は2つにわかれ、せり上がっていく。


「よし」


 一真は再びドリフト走行で追っ手を引き離し、跳ね橋に向かって加速する。翔太のバイクがそれに続く。


「ちょ、ちょっと待てよ、本気か?」

 拓斗が引きつった顔で叫ぶ。


「メルセデス、しっかり掴まっていろ」

「はいっ」


「いや無理無理無理無理だから!」

「行っけえ!」

 翔太が拳を振り上げる。


 一真達の2台のバイクは、跳ね橋をジャンプした。


「うわあああああ」

「ひゃっほう」

 拓斗と翔太が叫ぶ。


 2台のサイドカー付きバイクは、反対側の跳ね橋にどんっと着地した。

 ドイツ軍のバイクは、跳ね橋の手前で急停止している。



 運河の対岸を走り去る2台のバイクを見ながら、シュナイダーは静かな声で部下に指示した。


「お前達は迂回して、引き続き追跡しろ。それから、揚陸した整備部隊に連絡だ。シュヴァルベの発進準備を」

「ほ、本気ですか?」

「勿論だ」


 シュナイダーはアクセルを吹かしながらバイクの向きを変え、勢いよく走り出した。


 金髪のドイツ兵は、それを見送りながら、頭を抱えて言った。


「あああついに、中尉が本気になってしまった。大変な騒ぎになるぞ」



「いやー、今のは本当に死ぬと思ったな」

 拓斗がサイドカーのシートにぐったりと体を預け、上を向いて言う。


「そうですか?僕は面白かったですけどね」

 翔太が無邪気に笑って言う。


「メルセデス、どうした?」

 一真がメルセデスに問いかける。メルセデスは、青い顔をしてうつむいていた。


「ごめんなさい、私、こんな事になるなんて・・・」

「え?」

 3人が、メルセデスの方を見る。


「私、あなた達に言っていない事があるの。実は、私は・・」


 メルセデスがなにかを言いかけたが、一真が突然、メルセデスの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「えっ何?カズマ?」


「その話は、落ち着いてから聞かせてくれ。まずは安全な場所に君を送ってからだ」

 一真が優しい声で言う。


「そうそう。まだドイツ軍が追ってきてるからね。脱出がするのが先でしょ」

 拓斗が眼鏡の縁に手をやりながら言う。


「なにか事情があるんだよね?それがなんであれ、僕たちは君を信じるよ」

 翔太が明るく言う。


「みんな・・・ありがとう・・・」

 メルセデスが、水色の瞳を潤ませて言った。



 その時、どこからかエンジン音が聞こえ、上空を飛行する戦闘機の機影が見えた。


「あれは烈風だ!」

 一真が驚いて言う。


「合図します!」

 翔太が、サイドカーの座席から銃を取り出して、上空に向けて信号弾を発砲した。



 烈風は上空を1度旋回した後、ゆっくりと降下して、人型に変形して着地した。


 着地の瞬間、烈風はバランスを崩して片膝を地面についた。

 操縦席の風防が開く。


「いててて、相変わらず乗りにくい機体だなあ」

 そう言いながら、操縦席から片桐が降りて来た。


「片桐さん!」 

 一真と拓斗、翔太の3人が歓喜の声を上げる。


「よう。お前ら、なんか、どえらい事をやらかしたんだって?」

「ええっ?」

「俺は詳しい事を聞いていないけど、一真達と、一緒にいる人物を大至急連れて来いって、鬼塚艦長からの命令だぜ?」


「艦長が?」

「どうなってるんだ?」

 一真と拓斗は顔を見合わせる。


「一緒にいる人物ってその子か?西洋人の女の子だとは聞いてなかったが、とにかく、よほどの重要人物らしいな。一真、とりあえずお前とその子だけでも、こいつに乗って帰投しろよ」

「ありがとうございます。片桐さん」


 一真は烈風に乗り込んで、操縦席からメルセデスに手を差し出す。


「よし、メルセデス乗ってくれ」

「う、うん」


 一真が操縦席に座り、メルセデスが一真の膝の上に横向きに座る。ちょうど先程、一真がメルセデスを抱えていた時と同じような姿勢になった。


「気をつけてな」

 片桐が2人に声をかける。烈風は風防を閉じながら次第に上昇する。


 「ちょっと狭いけど、我慢しろよ」

 風防を閉じると、さすがに操縦席は窮屈になった。一真の端正な顔が目の前に近づいて、メルセデスが顔を赤くする。


 その様子を見ていた翔太がつぶやく。

「いいなあ、メルセデス」

「やっぱりそっちかよ!」

 拓斗が叫んだ。


 烈風は上空で飛行形態に変形し、大河の投錨した地点へ向かい、飛行して行った。


 それを見送る拓斗たちの背後から、聞いた事も無いような爆音が響き渡った。


「なんの音だ?」


 拓斗が背後の空を仰ぎ見ると、1機の銀色の戦闘機が轟音を響かせながら、烈風の進路に向かって飛行して来た。


「なんだ?あの戦闘機は。見た事も無い機体だぞ」

 片桐が驚きの声を上げる。


拓斗が眼鏡に手を添えながら言う。 


「あれは・・・ドイツ空軍のメッサーシュミット?」



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