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有翼の機甲師団  作者: ソルティー
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第三話 潜航

昭和十九年七月二十一日 東シナ海 巡洋艦「大河」甲板


 巡洋艦「大河」は、一路上海を目指して、東シナ海を航行していた。


 坂出港での戦闘の後、呉軍港に移動して補充の零式艦上戦闘機を1機受領した後、出港してから3日が経過していた。


「おら新入り、もっと気合入れて磨け!」

「はいっ!」


 甲板長が両腕を組んで見張る目の前で、一真と拓斗は、汗だくになってデッキブラシで甲板を磨いていた。


 坂出港で一真が搭乗した新型の有翼機甲兵「烈風」は、日本軍の最高軍事機密だった。図らずもそれに触れた一真と拓斗は、機密保持のため海軍兵学校への帰校が許されず、そのまま「大河」への預かりの身となっていた。


 海軍兵学校の学生は卒業後、艦隊勤務となり少尉に任官されるが、士官と言えども新兵であるのには変わりなく、最初は下働きであらゆる雑用をこなすのが慣例であった。



巡洋艦「大河」艦橋


 そんな2人を、鬼塚吾郎艦長代理は艦橋の窓に頬杖をついて見下ろしていた。戦闘中でない時の彼は、ぼんやりとした印象を受ける普通の中年男だった。


「あいつら、頑張っているなあ」


「はい。若いだけに体力もありますし、2人とも、どの作業でも呑み込みが早いと評判は上々ですよ。ましてや、早瀬候補生は早瀬艦長の弟ですからね。」

 新たに副長に任命された航海長の長瀬中尉が答える。


「短い任期だったが、早瀬艦長は乗組員達からの人望が厚かったからなあ」


「しかし、よろしいのですか?早瀬候補生は兄である早瀬征人少佐を亡くしたばかりです。いきなり新兵として雑用ばかりというのは、少々気の毒な気もします。今は少し休ませるべきでは」


「雑用ばかりだから、いいんだよ」


「はっ···?」


「辛い時ってのは、一人でいるとその辛い事ばっかり思い出しちまって、夜も眠れなくなる。そんな時はな、なんでもいいから、体や手を動かす仕事があった方がいいんだよ。

そんで疲れたらぐっすりと眠る。心の傷には寝るのが一番の薬だ。俺は昔、辛いことから酒に逃げて色々失敗したけどな」


「艦長代理・・・」


「あいつはきっと大丈夫だ。早瀬征人艦長は俺より若かったが強い男だった。その艦長の弟なんだからな」


艦橋から見下ろす甲板では、掃除を終えた一真が、腕で額の汗を拭っていた。


「そうですね。わかりました、艦長代理」


「はあ、艦長代理か。上海で早く替わりの艦長に着任いただいて、お役御免になりたいもんだ」


 鬼塚は首を回し、右腕で自分の凝った左肩をとんとんと叩きながら、艦橋を出ていった。



「鬼塚艦長代理も、かなり人望がおありなのだが、どうやらご自分では自覚がないようだ」


 長瀬航海長がそう言うと、艦橋にいた士官たちの間で笑い声が上がった。




「大河」厨房


「噂には聞いてたけど、はあ、やっぱり大変だな、こりゃ」

 目の前の籠に盛り上げられた大量のジャガイモの皮を包丁で剝きながら、拓斗が疲れたようにつぶやいた。


 隣には一真が座って、やはりジャガイモの皮を包丁で器用に剥いている。

 厨房内にはカレーの匂いが漂っていた。


「掃除に洗濯、荷物運びに機関室の点検。武器装備の整備。そしてこの、大量のジャガイモ」

 拓斗がうんざりしたように言って溜息をついた。


「でも、どれも大事な任務だ。士官になるのなら、艦内のあらゆる部署に精通しないとな」

 一真は真剣な表情で答えた。


「お前、前向きだねえ」


 暫く二人は、黙々とジャガイモを剥いた。


「・・・すまなかったな。お前まで巻き込んで」

 一真が呟いた。


「へっ?何の事?」

 拓斗が聞き返す。


「俺が軍の機密に関与したせいで、俺たち二人とも兵学校に戻れなくなって、この艦の預かりになったんだよな。お前には、すまないと思ってる」


「何言ってんの?」


「え?」


「約束しただろ?いつか俺達、一緒の艦に乗って戦おうって。俺が艦長で、お前が戦闘機乗りの隊長になるってな。今はとりあえず、念願かなって一緒の艦に乗れたじゃないか」


 一真は、呆気に取られた。


 拓斗は立ち上がり、拳を突き立てて言った。

「よおし!俺達このままこの艦で、艦長と隊長を目指そうぜ!」


 驚いた表情の一真が、やがて笑顔になり、くすくすと笑いだした。


「拓斗、お前って、俺よりずっと前向きだよ」


「そうかもな。あははっ」


「あははっ」


 二人はひとしきり笑い、そして拓斗は優しい表情で言った。


「やっと笑ったな。一真。よかったよ」


「ああ、ありがとう」


 二人はお互いに向けて片腕を伸ばし、拳をぶつけ合った。


 その時、厨房の奥から厨房長の怒鳴る声が聞こえた。

「こら新兵ども、いつまで喋ってる。さっさとジャガイモの皮を剥け!」


「了解であります!厨房長殿!」


 二人は元気に、声を揃えて言った。




「大河」艦内、格納庫


 艦橋から降りて来た鬼塚が甲板下の格納庫に入って来た。

 格納庫には、2機の零式とともに、十七式艦上有翼機甲兵『烈風』が駐機されていた。


 技術大尉の氷室が、数人の操縦士や整備兵とともに、機体の整備に当たっていた。


「氷室技術大尉殿、どうですか?」

鬼塚が氷室に声をかけた。


「鬼塚艦長代理」

氷室が振り返った。


 氷室は腕を組んで、ハンガーに固定された「烈風」を見上げながら言った。

「やはり、彼以外には扱えないようです」


「そうですか・・・」


 氷室の傍らにいた、片桐伍長が話し出した。

 片桐伍長は、坂出港での戦闘で、零式二番機で出撃した操縦士だった。


「烈風は確かに、発動機の出力も運動性も零式よりも段違いの性能ですが、そのために機体の挙動が機敏過ぎて扱いにくく、正直手に負えないんですよ。

零式と同様の感度に調整を行えば、扱えるようになりますが、せっかくの優れた機体の運動性能を殺すことになるでしょうね」


「早瀬候補生ならどうなんだ?」


 鬼塚の問いに、氷室が答える。

「この片桐伍長と模擬戦を行ってみた結果、早瀬候補生が搭乗した烈風は、空戦でも格闘でも、伍長の零式を圧倒する強さでした。機体を入れ替えてみてもう一度戦ったのですが、その結果は」


 氷室の言葉を遮って、片桐が話した。

「やはり完敗でしたよ。自分は烈風をまともに歩かせることも出来ず、早瀬候補生の零式に組み伏せられました。

あれはまさに戦闘機乗りの天才ですよ。最初はあんな少年が、と見くびっていましたが、いやあ、流石に『撃墜王』、早瀬艦長の弟です」


 敗れたにも関わらず、片桐は清々しい表情で答えた。


「そうか。ご苦労だった」

 鬼塚が言い、片桐伍長は敬礼して、格納庫から立ち去った。


氷室が鬼塚に言った。

「量産化を進めるには、普通の操縦者でも扱えるように調整するのが課題になりそうです。それも機体の性能を活かした形で。そのためにも、この試作機を失う訳にはいかない」


「そうですか。それでは、それまでは早瀬候補生をこの烈風の操縦者に任命するしかないと、そういう事ですな」


「有翼機甲兵は操縦士の練度が大きく戦力に影響する兵器です。しかも、実践を通して乗りこなすほどに操縦士と機体が一体になっていくとも言われています。現状では早瀬候補生が最も適任かと」


「そうですか。ううむ」

 鬼塚は腕を組み、考え込むような仕草をした。


「彼で何か問題でも?」


鬼塚は苦笑して答えた。

「いえ、ただね。まだ17歳だ。息子みたいな年のあいつを、できれば死なせたくないんですよ」


 それを聞いて、氷室は微笑んだ。


「私も同感です。ですが先程の片桐伍長にしても、まだ二十歳なのですよ」


「新兵たちの年齢が、どんどん下がって来てやがる。古参兵達が次々死んじまっているから仕方がないが、、、いや失礼。只の愚痴です。聞き流してください」


 鬼塚が敬礼して、退出しようとする。それを呼び止めるように、氷室が真顔になって尋ねる。


「鬼塚艦長代理。早瀬艦長から、我が軍と敵の有翼機甲兵に関する技術関係について、なにか聞いてはいませんでしたか?」


「ん?何の事です?」


「いえ、ならば結構です。なんでもありません」


 怪訝そうな顔をする鬼塚に背を向け、氷室は歩み去りながら考えた。


(早瀬艦長は、彼にはなにも話していなかったのか?完全に信用していた訳ではなかったようだ。やむを得まい。誰が敵ともわからぬ、この状況では)




(回想)昭和十九年七月十一日 香川県坂出市 坂出港造船ドック


 鬼塚は、なにかに気づいた様子で、ドックの小さな窓に目をやった。


「どうした?」


「いえ、ちょっと気になる事が。失礼します」


 鬼塚は、足早にドックの出口に向かった。

 その背中を見送って、征人が氷室に小声で尋ねた。


「それで、その後なにかわかりましたか?」


「やはり、部品の出所は厳重に秘匿されていました」

 氷室も小声で答える。


「そうですか・・・」


「この『烈風」の基幹部品も、横須賀の海軍工廠から送られて来ているものの、製造元までは辿り付けませんでした」



「やはり、『アルファ』ですか」


「しっ、整備兵に聞こえます」

 氷室は人目を気にするようにして周囲を見渡した。


「わかりました。引き続き調査を。くれぐれも用心してください。氷室技術大尉」


「早瀬艦長、あなたも」




(現在)昭和十九年七月二十一日 太平洋上

「大河」格納庫


 烈風の胴体の装甲板が一部取り外され、そこから内部機構がむき出しになり、何本かのケーブルと、その先に繋がった金属製の箱が覗いていた。


 それを見ながら、氷室は呟いた。

「早瀬候補生には話すべきだろうか。彼には知る権利があるだろう。巻き込みたくはないが・・・」




昭和十九年七月二十二日 東シナ海


 上海に向かって航行を続ける巡洋艦「大河」の後方2kmを、密かに追跡する小型の潜水艇があった。


 潜望鏡を海面から覗かせ、静かなスクリュー音で航行している。


 搭乗しているのは、非常に小柄な搭乗者だった。帽子を目深に被って潜望鏡を覗いているため、暗い艇内ではその顔を視認するのは難しい。


 潜水艇の操縦席は非常に狭いが、彼の小柄な体には充分だった。


 潜望鏡で、先行する大河との距離を確認して、搭乗者は笑みを浮かべると、潜水艇を操作して機関を停止し、浮上した。


 搭乗者は操縦席の上に立ち上がり、天井のハッチを開いて海上に顔を覗かせた。


 顔を出したのは、まだ幼さの残る顔立ちの少年兵だった。

 少年兵は眩しそうに眼をしばたたかせ、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸した。爽やかな海風が吹いて、彼の栗色をした髪を撫でる。


「ふう」


 少年兵は胸に吊るした望遠鏡で前方を確認する。


「あれが『大河』か」


 双眼鏡のピントを合わせると、甲板をデッキブラシで掃除する一真の姿が見えた。


 それを見て少年兵は、不敵な笑みを浮かべた。




巡洋艦「大河」 艦橋


「前方に敵艦隊発見!艦影3!」

「この海域でか!」

 見張り員の報告に、鬼塚艦長代理が驚いて言った。


「機関減速しろ。臨戦態勢。戦闘機発進準備」

 長瀬副長がが指示を出す。


「嫌な時に会敵しましたね。こちらは極秘任務で単艦行動中ですから」

 長瀬が冷静に感想を述べる。


「ああ。できれば、気づかれずにやり過ごしたいんだが」


「敵艦載機発進!機数3!」

見張り員が報告した。


「見つかったようですね」


「くそっ!全艦戦闘配備だ。艦載機全機発進、砲撃戦用意!」


「転進しますか?」


「敵に脇腹を見せるわけにはいかん。進路そのままだ」


「了解。進路そのまま。増速しつつ回避行動を取れ」

長瀬が指示を出した。




巡洋艦「大河」格納庫


 「烈風」の搭乗席に乗り込む一真に、拓斗が声をかける。


「頑張れよ、一真」


「ああ、行ってくる」


 一真は手を振ると、風防を閉めた。


 昇降機で上昇する烈風の機体を、氷室と拓斗が見送った。


「行ってくる、か。まるで散歩にでも行くかのようだな」

 氷室が言った。


「早瀬艦長との約束なんですよ。必ず生き延びるって。あいつは約束は守る奴ですから」

 拓斗が答えた。





東シナ海 上空


 片桐伍長以下、2機の零式が先行し、烈風がその後ろについた。3機編成で飛行する。


「会敵するぞ。一真、行けるか?」

片桐が一真に聞く。


「はっ、大丈夫であります」


「よしっ。戦闘開始だ」



 敵の編隊と、「大河」の戦闘機小隊は、散会して空中戦を開始した。


 一真は、接近してくる敵編隊の中に、大胆に直進してくるヘルキャットを発見した。


「あれが隊長機だな。でも、兄さんを殺したあいつじゃない」



 一真も機体を直進させ、正面から敵を迎え撃った。両機は急接近し、機銃を撃ち合う。


 銃弾が烈風の風防を掠める。しかし、一真は冷静に敵の機銃の弾道から機体の軸線を外し、正確に敵機に銃撃した。


 両機が衝突する寸前、烈風は機体を僅かに捻って衝突をかわし、すれ違いざま敵の隊長機は爆散した。


「なんて奴だ、、あれを狙ってやったのか?」


 片桐は驚愕した。一見、相打ち覚悟の捨て身のような戦法だったが、あえてそれを挑んだ一真の技量に驚いていた。


「しかし、これで数ではこちらが優勢になった。一真、残りは俺達で引き受ける。お前は一度帰投しろ。爆装して敵艦を攻撃するんだ」


「了解」


 烈風が進路を変え、大河への帰還コースを取る。


「対艦攻撃は危険だが、あいつならきっと上手くやるだろう」


 片桐はそう呟き、後方から迫る敵機を目視して、回避行動を取った。


「さて、自分は自分の任務を果たすとするか」


 彼の得意な戦法は、遅滞戦闘である。逃げ回って、戦闘が終わるまで時間を稼ぐ。そうすれば、敵の戦闘機1機分の戦力を削ぐことができる。

 片桐はそのための技術を磨いて、今日まで生き延びてきた。


何度出撃しても一度も戦果を挙げない彼を臆病者と謗る者もいたが、早瀬少佐はそんな彼を評価し、自分の部隊に招聘したのだった。


「さあ、鬼ごっこを始めるぞ」


 片桐は操縦桿を大きく倒した。



巡洋艦「大河」艦橋


 大河は、敵艦2隻との砲撃戦に入っていた。


「敵艦、射程距離内に入りました!」

観測員が報告する。


「よし。主砲発射!」

鬼塚が命令した。


「敵も主砲を発射しました!着弾、来ます!」


 艦の前方に数発が着弾し、水飛沫が上がり、衝撃で船体が大きく揺れる。


「敵艦の進路は?」


「敵艦、転進しました」


「次弾撃て。弾を惜しむな。撃ちまくれ!」




東シナ海 上空


 大河への帰投中、一真は海面近くで、水中を移動する黒い影があるのを発見した。


「何だ?あれは」


 一真は烈風を変形させ、プロペラで低空飛行しながら、黒い影の直上で旋回した。


 影は大河に向けて、一直線に移動している。


「水中になにかいる!」



巡洋艦「大河」甲板


 拓斗は大河の船首甲板から双眼鏡で烈風の機影を見ていた。


「烈風が変形した?一真、何か見つけたのか?」




東シナ海 海上


 烈風は腰の拳銃を抜いて、水面に向けて発砲する。

 しかし、水中の物体には効果がないようだった。


「駄目だ。大河、気がついてくれ!」



巡洋艦「大河」甲板


「発砲した?」

 拓斗は、一真の行動を見て双眼鏡を降ろした。


「新兵!そんな所にいると危ないぞ!」

甲板長が拓斗に怒鳴る。


「甲板長!伝声管を使います!」

 拓斗は甲板の伝声管に駆け寄った。


「何?」



巡洋艦「大河」艦橋


「次弾来ません!敵は後退します!」

 観測員が報告した。


「撃ってこなくなった?何故だ?」

 鬼塚が訝し気な声を上げる。


「敵も補給が足りないのか、あるいは伏兵がいるのかも」

 鬼塚の疑問に、長瀬が冷静に答える。


「敵が水中にいます!二時の方角!」

 伝声管を伝い、艦橋に拓斗の声が響いた。


「その通りだったようだな」

 鬼塚が言う。


「相馬候補生、それは確かか?」

 長瀬が確認する。


「烈風が追尾中です!」


「よしわかった。爆雷散布用意!機銃は海面を狙え!敵の魚雷を警戒しろ!」

 鬼塚が迅速に命令を出した。


 黒い影は次第に大きくなり、3つに分かれて海面に近づいた。


 それは、イギリス海軍のX型特殊潜航艇だった。有翼機甲兵と同様に人型の機動兵器に変形する、水中戦用の機体だった。


 X型は浮上し、上半身が人型の機動兵器に、下半身が高速艇に変形すると、海面を滑るように巡行し始めた。


 烈風は飛行形態に戻り、機銃を掃射するが、X型は高速で蛇行し、銃撃が命中しない。


「くそっ」

 烈風は次の攻撃のために旋回した。


 3隻のX型は、両腕を前に突き出した。すると両の掌に大きな孔が開いた。それは魚雷発射管だった。

 そして両手から魚雷を発射した。魚雷は一度海面に落ち、水中で速度を上げ、計6発の魚雷が一直線に大河に迫る。


「来るぞ!機銃掃射!」

 砲術長の号令で、「大河」両舷の機銃が一斉に放たれる。


 魚雷は全て爆雷と機銃に阻まれ、水中で爆発した。巨大な水柱が次々と上がった。


「ふう、間に合った、、、」

 甲板で、拓斗が胸を撫でおろす。


 X型は二手に分かれ、それぞれ大河の艦首方向に1隻、艦尾方向に2隻が向かった。

 艦の前後は機銃の射角から外れ、爆雷も散布できない死角だった。


「転舵しろ!取り舵90度!」

 艦橋で鬼塚が叫ぶ。


 艦が回頭する。しかし、1隻のX型は速度を上げ、正面に回り込んだ。

 X型が両腕を前に向けると、2発の魚雷を発射した。


 発射された魚雷は海中で加速し、艦首に接近する。



「やっぱり間に合わないー?」

 艦首の先頭部分の甲板から海面を覗き込むようにしていた拓斗が叫ぶ。


 その時、拓斗の背後に、人型に変形した烈風が、落下してくるように勢いよく着艦した。

 衝撃で船体がぐらぐらと揺れる。


「うわわっ」

 拓斗はバランスを崩して尻餅をつき、振り返って烈風を見上げた。


「か、一真?」


 烈風はその場で拳銃を構え、向かってくる魚雷に慎重に狙いを定めて、6発の銃弾を連射した。

 銃声が響き渡る。


 弾丸は4発外れ、5発目と6発目が命中し、魚雷が爆発した。水飛沫が上がり、海水がばらばらと雨粒のように降って烈風の機体と拓斗を濡らす。


「や、やったか?」

 どうにか立ち上がった拓斗が呆けたような声を出す。


「まだだ。逃げろ拓斗!」

 一真が拡声器で拓斗に叫んだ。


 水上を走っていたX型が、下半身の推進部を切り離して立ち上がった。


 そして、一気に跳躍し、片腕の鋭い爪を展開した。爪を船首に食い込ませると更に跳躍し、甲板上の烈風をめがけて爪で突きを放ってきた。


「来る!」

 一真は両腕のレバーを汗ばむ手で握り締めた。


 烈風は腰を落とし、右手で刀の柄に手をかけ、鯉口を切った。

 そして敵機の爪が届くぎりぎりの間合いで抜刀し、すれ違いざまに人型のX型潜航艇を両断した。

 神速の抜刀術だった。


(よし、いける。俺はこの烈風を使いこなせている)

 一真は烈風と自分が次第に一体化していくような手応えを感じていた。


 真っ二つになったX型の機体が、部品をまき散らしながら艦首甲板に転がった。


「うわぁっ」


 拓斗が走って逃げた後に、 切断されたX型の巨大な鍵爪がどんっと落下した。


「あと2隻、間に合うか?」

 一真は機体を反転させ、烈風はプロペラを回して垂直に上昇した。




東シナ海 海上


 一真のそんな戦いぶりを、潜望鏡越しに見ている人物がいた。特殊潜水艇に乗った少年兵だ。


 彼の瞳には、日本刀の居合切りでX型を両断する烈風の姿が映っていた。


「あはっ、すごいや」


 少年兵は、潜望鏡から目を離すと、操縦桿を操作して潜水艇を潜航させた。


「ようし、それじゃ僕も、戦闘開始だ!」 



巡洋艦「大河」直上


 一真は烈風を白兵戦形態のままで艦の直上に上昇させた。

 その時、敵の戦闘機と空戦を行っていた片桐伍長の零式から通信が入った。


「すまん一真!一機そっちに行った!迎撃を頼む!」


「了解!」

 一真はそう答えて風防越しに周囲を見回し、2時の方向から接近する敵のヘルキャットを視認した。


 烈風は正面に盾を構え、敵機に向かって飛行した。


 敵のヘルキャットは接近する烈風に向けて、20ミリ機銃を放って来た。

 その攻撃を、烈風は盾でことごとく弾き返した。


「この距離でも効かないのか···」

 ヘルキャットのパイロットは、烈風の強靭な装甲に驚愕し、衝突を回避するために機体を転進させた。


 烈風とヘルキャットがすれ違いざま、烈風は腰に装備した小刀を抜き、敵機に向けて無造作にぶんっと投げつけた。


 小刀はヘルキャットのエンジンに突き刺さり、ヘルキャットの機体は爆散した。


「大河は?」

 一真は大河の方向を振り返った。




東シナ海 海上


 巡洋艦「大河」艦尾方向の海上では、高速で巡行する2隻のX型潜航艇が目前に迫っていた。

 X型が両手の掌にある魚雷発射管から、それぞれ2発ずつの魚雷を発射する。4発の魚雷が一度に接近する。


烈風はまだ艦尾に向かって移動中だった。


「駄目だ!間に合わない!」


 一真が叫んだその時、大河とX型の間に、突如黒い物体が浮上した。


 それは、日本海軍の特殊潜航艇「海龍」だった。



「させないよ」


 海流の操縦席で、少年兵が不敵な笑みを漏らす。

 そして、正面の操作卓を操作し、表示を「潜航」から「白兵戦」へと切り替えた。


 海龍が、X型と同様に人型の機動兵器に変形した。


「なんだあの潜航艇は?」

 鬼塚が艦橋から海龍の姿を視認し、驚きの声を上げる。


「あれは海龍型潜航艇。友軍機のようです」

 長瀬が答える。


「友軍だと?」


 海龍が両手から魚雷を放つ。その魚雷は時限信管だった。魚雷は正確に、接近する敵の魚雷の手前で爆発し、魚雷を誘爆した。水上に巨大な水柱が上がった。


 更に海龍が自動小銃を構え、接近するX型に向けて連射する。

 数発の銃弾を受けて、1隻のX型が爆散する。


 もう1隻は戦況を不利と見たのか、機体を反転させて離脱を始めた。


「だめだめ、逃がさないよ」


 海龍のスクリューが唸り声をあげる。一気に加速して先行するX型を追いつめる。


 逃げられないと判断したのか、X型は急速に転進して、肉薄する海龍を攻撃しようと、爪を展開して身構える。


 海龍は自動小銃を構え、X型の頭部、爪、胴体と、順番に撃ち抜いた。

 X型が水上で横転し、爆散した。


 

「よし。任務完了っと」


 少年兵はそう言うと操縦席から立ち上がり、頭上のハッチを開けて潜水艇の外に出た。

 船体の上に立ち上がり、外の空気を吸い込んだ。

 少年兵が帽子を脱ぐと、淡い栗色の髪が海風によってさらさらとなびき、少年の額を撫でた。


「ふうっ」


 少年兵は満足そうに大きく深呼吸した。




巡洋艦「大河」艦橋


「敵艦隊、撤退して行きます」


「深追いは無用だ。敵も切り札を失った。しばらくは仕掛けて来んだろう」

 鬼塚の言葉に、長瀬も同意した。


「了解です。全艦、戦闘配置を解除。引き続き警戒にあたれ」




巡洋艦「大河」艦尾甲板


 烈風の搭乗席を降りた一真が、艦尾甲板から海面を見下ろす拓斗の隣に並んだ。


「誰なんだ?あいつ」

「さあ」


 二人は、海龍の船体に立つ栗色の髪の少年兵を眺めた。


 少年兵はその視線に気づいたかのように大河を見上げ、一真たちと目が合うと、にこやかに笑って二人に手を振った。



巡洋艦「大河」艦首甲板


 大河の甲板上に、鬼塚艦長代理以下の士官たちが集まっていた。


「補充兵だと?」

 敬礼する少年兵の前で、鬼塚は頓狂な声を上げた。


「佐世保より派遣されました。早乙女翔太二等海兵であります!あ、これ、命令書であります」


 翔太が差し出した命令書を受け取った鬼塚は、それを一読した。


「なになに、巡洋艦「大河」は極秘任務中のため、軍港ではなく洋上にて合流せよ、とあるな。

司令部め。艦長が戦死したのに、こんな重要な命令の引継ぎを知らせて来ないとはな」

 鬼塚は溜息をついた。


「ともあれ、命令書は確かに本物だ。早乙女二等兵。着任を認める」


「はっ!着任いたします!」

 翔太は再び敬礼した。


 翔太は、甲板の隅で見守る一真達に気づき、嬉しそうに駆け寄って来た。


「あなたが烈風の操縦士の、早瀬一真さんですか?」


「あ、ああ」


「あの『撃墜王」早瀬征人少佐の弟さんで、海軍兵学校一の戦闘機乗りなんですよね。お噂はかねがね聞いてます。自分は早乙女翔太二等兵、十六歳であります」


「あ、ああ。よろしくな」

 一真は戸惑いながら答えた。


「さっきの戦闘すごかったですね!見ていましたけど感激しました!お近づきになれて嬉しいです!」


 翔太は一気にまくしたてると、強引に一真と握手し、ぶんぶんと上下に振った。


「な、なんだこいつ?ずいぶん馴れ馴れしいな」

 拓斗が呆れた声を出した。


 甲板上には烈風と、クレーンで引き揚げられた海龍の機体が、夕日を浴びて並んでいた。





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