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有翼の機甲師団  作者: ソルティー
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第二話 出撃

昭和十九年七月十一日 香川県坂出市 坂出港 貨物置場


 征人に避難するように言われた一真と拓斗は、逃げまどう人々の中に、親とはぐれた幼い子供を発見し、保護していた。


 子供の両親を探していると母親が現れ、子供を抱きしめて一真と拓斗に何度も礼を言った。


その時だった。


「兄さん?」

 突然、一真が港の方角を振り仰いだ。


「どうした?一真」

 拓斗が尋ねる。


「今、兄さんの声が聞こえた」

 そう言って一真は駆け出した。


「お、おい」

 拓斗が慌てて追いかける。


 一真の向かった先は港近くの開けた貨物置場だった。そこでは、2機の人型をした機動兵器が刃を交えていた。

征人の操縦する濃緑の零式と、ギリアム大尉の赤いコルセアだった。


「どうした?動きが鈍いぞマサト。艦長になったそうだが、パイロットは引退か?」

 拡声器でギリアムが問いかける。


「君に撃墜された時に腕を傷めてね。だが心配は無用だ」

 征人も拡声器で答えた。


 ギリアムのコルセアが、細剣の先端で一直線に突きを入れる。

 征人の零式は僅かな動きでそれを横にかわし、中段の構えから切り下げる。

 零式の日本刀が、コルセアの装甲の一部を切り裂いた。


 2人が操縦しているのは、航空機が変形して人型となった機動兵器、「有翼機甲兵」だった。


 一般に戦闘機と呼称されることが多いこの兵器は、空では航空機として空戦、雷撃、爆撃を行い、地上においてはその強靭な装甲で戦車となり、拠点制圧時には歩兵としても運用される、まさに万能兵器だった。 


 第二次世界大戦勃発の直後に突如として登場したこの兵器は、それまでの戦艦による砲撃戦になり代わる次世代の決戦兵器として、各国で急速に開発が進められていた。


 有翼機甲兵は機銃の弾丸を跳ね返す程の驚異的な装甲を持つため、空戦では搭乗席や発動機を直撃しない限り、撃墜するのが不可能とされていた。


 そのため、装甲以上の硬度を持つ鋼鉄で鍛造された、実剣による白兵戦が唯一有効な攻撃方法だった。


 日本軍の操縦士は、剣での戦いでアメリカ軍のパイロットを圧倒する強さを誇っていた。

 さらに日本古来の製法で鍛え上げられた巨大な日本刀は、敵の有翼機甲兵の装甲を易々と切り裂いた。

 そのため、物量では劣勢な戦況にあっても、日本軍はアメリカ軍と互角に戦う事ができていた。



「やるな、マサト」

 ギリアムが舌を巻く。


「今度は負けんと言ったはずだ」

 

 

 

 一真と拓斗の二人は、零式とコルセアの闘いを見守っていた。

 拡声器から聞こえて来るのは、まさしく征人の声だった。


「あれは兄さんだ、兄さんがあそこで戦っている」

 一真が濃緑の零式を指差して言った。


「征人さんが?でもどうして?もう戦闘機を降りたんだろう?」


「わからない。よほどの理由があるんだろう」


「もしかして・・・あれのためか?」

 拓斗は、港の造船ドックを指さした。




坂出港 造船ドック


 氷室は、烈風をハンガーから降ろすよう、作業員に指示していた。

「急げ!敵がここに来る前に機体を脱出させるんだ!」


「しかし、組み上げたばかりで、まだ未調整の機体ですよ?」

 作業員が答える。


「飛べればそれでいい」


「ですが、操縦士が到着しません。大河の戦闘機乗りは、緊急出動しています」


「なんだと?」



坂出港 上空


 コナーのヘルキャットは、前方の零式を追っていた。

 零式二号機は、巧みな回避軌道でヘルキャットの追撃を躱しつづけていた。


「よし、このまま付いてこいよ」

 零式二号機の操縦士である片桐伍長は、後方のヘルキャットを振り仰いて呟いた。


 コナーは、両機の戦闘空域が坂出港から離れつつあるのに気付いた。


「すばしこい奴だ。自分たちをドックから離すため、あえて遅滞戦闘で逃げ回っているのか」

コナーが舌打ちする。




巡洋艦「大河」 艦橋


 通信士が鬼塚副長に報告する。

「一番機、撃墜されました。二番機は未だ交戦中」


「艦長はどこにいる?」


「湾岸にて地上戦闘中との事です」


「敵の狙いはドックの中の新型機だ。対空砲で敵が接近した所を狙い打て。主砲発射用意。当たらなくてもかまわん」


「了解。主砲発射用意」




坂出港 貨物置場


 征人の零式が中段から振り下ろす斬撃を、ギリアムのコルセアが細剣で受け、そのまま互いの剣圧で押し合っていた。

 まさに鍔迫り合いの状態だった。

 交差させた互いの剣から、鋼鉄が軋み合う音が聞こえていた。


 しかし、馬力の違いから、零式は次第に押し負ける。負荷に耐え切れず、零式の肩の関節に火花が走った。

 コルセアは更に剣圧を込め、零式の刀を押し込んだ。

 細剣の尖端が零式の喉元に迫る。


「残念だがマサト、その機体では私に勝てない」


「むうぅっ」


 征人の零式は、後方に跳躍して間合いを取った。


 コルセアがすかさず、左手に細剣を握ったまま、右手で腰に装備したM19に似た巨大な拳銃を抜いて発砲した。

 驚くべき早撃ちの技術だった。


 ギリアムは、フェンシングの剣術と拳銃の早撃ちを組み合わわせて、これまでに何機もの日本軍の有翼機甲兵を倒してきた。


 零式は横向きに飛んで銃弾を躱しながら、同様に九十四式に似た拳銃を抜いて応戦する。


しかし、コルセアは両腕の装甲を盾に、銃弾を斜めに逸らした。


「この距離で弾くのか!」

 征人は改めて、コルセアの性能に舌を巻いた。


「その通りだ。そしてこれは、スポーツではなく戦争なのだ。奥の手を使わせてもらう」


 ギリアムはコクピットの中で素早くサングラスをかけ、操縦桿のボタンを押す。

 そしてコルセアの機首から閃光弾が発射され、地面で炸裂して眩い光を放った。


「ぬううっ」


 征人は、操縦席の中で右腕で視界をかばった。


「すまないな、マサト」

 ギリアムは、そう言ってトリガーに指をかけ、コルセアは拳銃を撃った。


 しかし、閃光が消えた目の前に、零式の姿はなかった。


「何っ」


 ギリアムが上を見上げると、征人の零式は跳躍し、日本刀を上段に振りかぶっていた。

 太陽を背にしていたため、ギリアムは一瞬、目が眩んだ。


「むうっ」


 斬撃を避けたコルセアは後退し、右腕でコクピットを防御した。

そのコルセアの右腕が切り落とされ、どんっという音を立てて拳銃とともに地面に転がった。

 片膝をついたコルセアの両脚の間の地面を、零式の刀の切っ先が叩きつける。


「まだだっ」


 コルセアが膝をついたままの姿勢で、左手の細剣で零式の操縦席に突きを入れようとする。


 零式は掌の中で刀の向きを変え、下段から切り上げた刀で、コルセアの細剣を跳ね上げる。「燕返し」という剣技だった。


 甲高い音と共に跳ね上げられた細剣は空中でくるくると回転し、落下して地面に突き刺さった。


 再び、零式が刀を中段に構えた。半歩前に出て、切り下げる体制になる。

 武装を失い、動けないコルセアは絶体絶命だった。


「ギリアム!」

「マサト!」


二人は、お互いの名前を呼び合った。


 その時、征人の左肩を激しい痛みが襲った。


「古傷が・・・くそっ、こんな時に」

 征人が右手で左肩を抑える。刀を振り下ろす零式の動きが一瞬止まる。


ギリアムはその隙を見逃さなかった。

 コルセアが立ち上がって走りざまに左手で拳銃を拾い、零式に向かって乱射した。


 数発の弾丸が征人の零式を襲った。そのうち1発が操縦席の風防を直撃した。風防のアクリルガラスが砕け散った。


「ぐはっ」

 腹部に銃弾を受けて、征人は吐血した。


 征人の零式は、刀を構えたまま、仰向けに倒れた。


「ああっ!兄さん!」


 離れた場所でその様子を見ていた一真は、思わず零式に向かって駆け出した。


「お、おい一真!」

 拓斗が慌ててその後を追う。

 


「今の動き、怪我をしていたのか?。しかし見事な戦いぶりだったぞ、マサト」


 ギリアムはコルセアのコクピットから征人の零式を見下ろした。零式は大破し、完全に沈黙している。


 ギリアムの視界の端に、白い軍服を着た少年兵が2人、走ってくるのが見えた。


「ギ、ギリアム・・・」

 零式の拡声器から、征人の声が聞こえた。


「マサト?」





「はあっ、はあっ」

 一真が荒い息を吐きながら、全力で疾走する。征人の零式までもう少しだった。

一真の耳に、征人と敵の操縦士が、拡声器越しになにかを話しているような声が聞こえて来た。しかし、会話の内容まではわからなかった。



「わかった。憶えておこう。さらばだマサト」


 征人との会話を終えたギリアムは、そう言ってコクピットの中で征人の機体に向かって敬礼すると、コルセアのプロペラを回転させ、低く滑空してその場を離脱した。

 一陣の風が舞い、一真の周囲を砂埃が巻き込んだ。


「うっ!」

 一真は片腕で視界を守りながら、それでも怯む事無く前進して、征人の零式に辿り着いた。

 操縦席の風防を両手でこじ開ける。


「兄さん!」

 一真が操縦席の征人に呼びかけた。


「か、一真か・・・」

 征人が一真の姿を認めて言った。


「兄さん!しっかりしてくれ!」


「征人さん!ああっ!」

 遅れてやって来た拓斗が操縦席を覗き込んで、その光景に絶句した。


 征人は吐血し、腹部に銃弾を受けている。


「そんな・・・」

 拓斗は蒼白になった。征人の傷はどう見ても致命傷だった。

 

 一真の腕を掴み、苦しげな声で征人は言った。

「一真。お前は生きろ。いいか、どんな事があっても命を無駄にするな。生き延びて、この国を・・・未来を・・・」


「兄さん!嫌だ!兄さん!」

 一真は叫んだ。


 その時、零式の機体の被弾した箇所から小さな爆発が起こり、一部が炎上した。

 さらに燃料タンクから燃料が漏れ出していた。

 炎は次第に激しく燃え上がり、操縦席に迫って来た。


「駄目だ一真!爆発するぞ!」

 拓斗が一真を羽交い絞めにし、零式の操縦席から引き離そうとする。


「行け!」


 征人が最後の力を振り絞り、一真の胸を押す。

 一真と拓斗は操縦席から後ろ向きに落ちて、背中から地面に倒れこんだ。


 次の瞬間、零式の燃料タンクが引火して、機体全体が炎に包まれた。


「兄さあん!」

 一真は力の限り叫んだ。




坂出港 ドック前


 ドックの前に待機していた移動式高射砲に砲手と観測手が乗り込み、歩行形態に変形して、対空防御を行っていた。


 歩く砲台とも言えるこの機動兵器は、弾幕を張って、低空から接近するギリアムのコルセアと、上空を旋回するクラウドの接近を許さなかった。


「厄介だな。クラウド、接近して砲台を排除する。援護しろ」

 ギリアムがクラウドに指示を出す。


「了解です」 


 ギリアムが一気に前進しようとしたその時、「大河」が主砲を放ち、コルセアの前方に着弾する。

 直撃はしないが、爆風でコルセアが煽られた。


「隊長!大丈夫ですか!」

 通信機から、クラウドの慌てた声が聞こえた。


「ああ。やはりそう簡単には、やらせてくれんようだ」




坂出港 貨物置場


「兄さん・・・そんな・・・」

 一真は、炎を上げて炎上する零式の機体を見つめ、呆然としていた。


「一真・・・」

 拓斗は、肩を震わせて立ち尽くす一真の背中を見て涙ぐんだ。かける言葉が見つからない。


 しかし、一真は、軍服の袖でぐいと涙を拭うと、顔を上げた。


「拓斗、兄さんは、あれを守って戦っていたんだよな」

 一真は腕を伸ばし、造船ドックを指さした。


「あ、ああ。きっとそうだ」


「わかった」


 そう言って振り返った一真の顔を見て、拓斗はぎょっとした。いつもは穏やかな一真が、初めて見せる決死の形相だった。


「一真?いったどうする気だ?」

 拓斗は思わず、そう問いかけた。


「俺も戦う。兄さんの仇を討つんだ」

一真は、拓斗の脇をすり抜けて歩き出した。


 その背中に向かって拓斗は叫んだ。

「馬鹿野郎!征人さんの言葉を聞かなかったのか?お前まで死んでどうするんだ?」


「俺は死なない」

そう言って一真は、走り出した。


「待てよ!有翼機甲兵相手にどうやって戦うんだ?武器もないのに?」

 拓斗が一真の背中を追いかけながら叫んだ。


「武器ならきっと、あそこにある!」

 そう言いながら、一真は更に早く走った。

 その足は造船ドックに向かっていた。


 拓斗も後を追うが、走り出した一真の速力に、拓斗は決して追いつけなかった。




坂出港 造船ドック内


「操縦士はまだ見つからんのか!飛ばすだけでいい!誰かいないのか!」

 ドック内に焦りを帯びた氷室の声が響いていた。


「駄目です!見つかりません!」

「技術大尉殿!ここももう危険です!」

 作業員達が口々に答えた。


 氷室は歯ぎしりして呟いた。

「ここまで来て・・・また試作機の製作からやり直す事になれば、量産化の工程が半年は遅れるだろう。

それまで我が軍が持つかどうか・・・やむを得ん。万一鹵獲されるようなら、自爆させてでも止めなければ」


 その時、ドックの入り口から、一真の声が響いた。

「自分を乗せてください!」


 純白の軍服を着た一真を見て、氷室は問いただした。

「君は誰だ?」


「自分は、海軍兵学校、士官候補生、早瀬一真であります!」

 一真は敬礼して名乗った。


「早瀬だと?」


「はい。早瀬征人は、自分の兄です」


「早瀬艦長が、君をここへ呼んだのか?」


「いえ、兄は・・戦死しました。たった今」


「なんだと?」

 氷室は絶句した。作業員達からの報告で、ドックの付近で交戦があった事は知らされていた。


「それでは、零式で戦っていたというのは早瀬艦長だったのか」


「はい。お願いします。俺をこの戦闘機に乗せてください!」


「ううむ・・」

 氷室は逡巡した。


 その時、拓斗がようやくドックに辿り付いた。肩で荒い息をしながら、ドック内の「烈風」を見上げた。

「はあ、はあ・・新型機だ・・・本当にあった・・」


「早瀬候補生、戦闘機の飛行訓練は受けているのか?」

 氷室が一真に尋ねる。


「はっ、単独飛行を修了済みであります」


「こいつの腕は保証しますよ大尉殿。飛行も格闘も兵学校一です。あ、自分は、早瀬の同期で相馬拓斗であります」

拓斗が氷室に言った。


「拓斗、いいのか?」

一真が拓斗に聞いた。


「ああ、一真。お前死にに行くんじゃないんだろ?」


「ああ。勿論だ」


「よろしい。それでは早瀬候補生。君をこの十七式艦上有翼機甲兵「烈風」の臨時搭乗員に任命する」

氷室が言った。


「烈風・・・これが・・・」

 一真が、烈風の白い機体を見上げた。


「しかし、君の任務は、この烈風を巡洋艦「大河」まで送り届けることだ。敵との交戦は許可できない」


「はっ!了解です」


 烈風は、白兵戦形態で片方の膝をついて待機していた。すでに発動機が始動している。



 一真は、烈風の操縦席に素早く乗り込み、計器類を点検すると、安全帯を締めて大きく深呼吸した。


 そして、自らに気合を入れるように、力強く発声した。

「早瀬一真、烈風、出撃します!」


 一真はシート両脇のレバーを胸の前に引き上げ、烈風を自立させた。



 その時、ドック正面のシャッターから爆発音が起こり、爆風がドック内を襲った


「何だ?」

 拓斗が、両腕で顔を覆う。


「来たか。総員退避」

 氷室は、烈風のハンガー付近に残っていた作業員たちに指示を出した。


 変形したシャッターが、外から巨大な力で殴られて何度か内側へ凹み、突き破られた。


 赤い機体色の人型のコルセアがドック入口に現れ、太陽の光がドック内に差し込んだ。

 コルセアは片腕を失ったままだった。


「あの機体は!」

 一真が叫んだ。その赤い有翼機甲兵は、まさに今しがた、征人の零式を倒した敵の機体だった。


 コルセアの背後にもう1機、人型に変形したヘルキャットの姿が見えた。

 手に巨大なショットガンを構え、移動式高射砲を散弾で撃って破壊していた。


「見つけたぞ。日本軍の新型有翼機甲兵フリューゲルパンツァー

 ギリアムが呟いた。


「隊長、まもなく作戦終了時刻です」

 クラウドが時間を告げる。


「マサトとの戦いに時間をかけ過ぎたか。鹵獲する余裕はなさそうだ。破壊させてもらう」


 ギリアムのコルセアは左手で拳銃を構え、烈風に向けて乱射した。

 雷のような轟音が、ドック内に響きわたる。


 しかし、烈風は右腕に装備した盾で銃弾を斜めに弾いていた。


「弾いただと?」

ギリアムが驚愕した。


「おお・・・」

 氷室が歓喜した。


「すごい・・・」

 拓斗が眼鏡を持ち上げながら、興奮した表情をする。


 烈風は、盾を構えて銃弾を弾きながら、一歩一歩前進する。その歩みは次第に速くなり、やがて地響きを立てて駆け出した。


 コルセアの拳銃の残弾がなくなり、空撃ちの音を立てる。


「お前が兄さんを!」


 烈風は、走りながら盾を捨て、実剣を抜刀してコルセアに肉薄する。ギリアムは戦慄した。


「ちいぃっ」


 コルセアが、プロペラを回転させ、後方に跳躍して烈風との距離を取る。


 ギリアムは昔、征人が教えてくれた『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉を思い出していた。片腕を失った今、戦うのは危険だった。


「撤退する。敵の戦力は未知数だ。各機上空に離脱しろ」

 ギリアムは僚機に指示を送る。


 コルセアは低く滑空して、造船ドックから離脱を始めた。


 その時、クラウドのヘルキャットが、巨大なショットガンを構えて烈風とコルセアの間に割り込んだ。


「隊長!俺が仕留めます!」

 クラウドのヘルキャットが烈風に向けてショットガンを構える。


「クラウド、よせっ」

 ギリアムはクラウドを制止しようと叫んだ。


「邪魔をするな!」

 一真が叫んで、両腕で握った操作レバーを押し込み、足元のペダルを踏みこんだ。


 ヘルキャットがショットガンを発砲する。

 無数の散弾が正面から烈風を襲う。


 しかし烈風は怯む事なく前進し、刀を中段に構えて跳躍する。

 散弾を全てかわし、着地しながらヘルキャットを袈裟切りに両断した。


「うわあっ!ギリアム隊長!」

 クラウドの機体はエンジンごと刀で両断され、炎に包まれて爆散した。


「クラウド!」

 ギリアムが叫ぶ。


「隊長!今の爆発は?」

 コナーからギリアムに通信が入る。


「コナー、クラウドが撃破された」

「何ですって?」

「撤退するぞ」



造船ドック 内部


 烈風を追いかけてドックから走って出ながら、氷室が叫んだ。

「いかん、敵を深追いするな!」


 拓斗が追いかけながら聞く。

「何故です?」


「烈風はまだ、武装が完了しておらんのだ。機銃は使えない」


「ええー!」



坂出港沖 瀬戸内海海上


 ギリアムのコルセアは、速度を上げて離脱をはじめていた。飛行形態に変形して加速する。


 烈風がそれを追って走りながらプロペラを回転させた。跳躍して空中で変形すると、一気に加速した。


「一瞬で変形しただと?それになんて加速だ!」

 急速に接近する烈風を見て、ギリアムは驚愕した。


 回避行動を取るが、烈風はコルセアの後ろをついて離れない。


「ちいっ、振り切れんか!なんという運動性だ!」

 ギリアムが舌打ちする。


「よくも兄さんを!」

 一真が照準器にコルセアを捉え、機銃の発射釦を押す。


 しかし、銃弾は発射されず、機銃の連射機構だけが空打ちする乾いた音を立てた。


「まさか、弾がないのか?」

 一真が呆然と発射釦を見つめる。


「今のタイミングでなぜ撃ってこない?」

 ギリアムが訝しむ。


「だったら!」

 一真は、スロットルレバーを倒し、烈風をさらに加速させる。

 先行するコルセアとの距離が一気に縮まって行く。


「馬鹿な、体当たりする気か?」

 ギリアムが驚きの声を上げる。


 烈風はコルセアに肉薄し、空中で人型に変形して、抜刀した。


「うおおおおおっ!」

 一真が咆哮し、刀でコルセアの片翼を切り裂いた。


「なんだと?」

 ギリアムが驚愕する。


 片翼を失ったコルセアが降下を始め、機体が半回転した。

 空中ですれ違う烈風の機体が目の前に迫る。

 操縦席の風防越しに、操縦士の姿が見えた。純白の軍服を着た少年兵だ。


「あの時の少年?」

 ギリアムは、征人の零式を倒した後、駆け寄ってきた少年を思い出した。


 その時、後方から1機の戦闘機が急速に接近してきた。


「ギリアム隊長!」


「コナーか!」


 それはコナー少尉のヘルキャットだった。


 ギリアムは空中でコルセアを変形させ、片腕でコナーのヘルキャットの機体に摑まった。


 ヘルキャットが加速し、失速する烈風との距離が次第に離れる。


「逃げられる?」

 一真が叫んで、変形レバーを操作する。


 しかし、変形が起こらない。

「変形しない?どうして!」


 操縦席の計器のひとつ、「発動機過熱」のランプが赤く点灯している。


「発動機が!」


 機体の各所の放熱機構が作動し、冷却水が蒸発した水蒸気を放出する。

 烈風はプロペラでかろうじて高度を保ったまま、全身から白煙を上げて静止した。


「隊長!ご無事ですか」

 コナーが無線でギリアムに呼びかける。


「ああ。助かったぞ、コナー」


「クラウドがやられるとは。あれが日本軍の新型ですか」


「恐ろしい性能だったが、エンジンがオーバーヒートしたようだ。先程の銃撃もそうだが、機体の調整が済んでいなかったようだ。おかげで私は命拾いしたのだな」


 後方で静止したまま離れていく烈風を振り返りながらギリアムが呟いた。


「だが、そんな機体を自在に操って戦っていた。あんな少年が・・・彼はいったい何者だ?」


「は?今なんと?」


「いや、なんでもない。帰還するぞ。輸送機に回収指示を」


「了解」


 ギリアムとコナーの機体は上昇を始めた。離れていくその機影を、一真は呆然と見送った。


「逃げられた・・・兄さん・・・」

 一真は悲痛な表情で拳を振り上げ、操縦席の座席をどん

っと叩いた。


 プロペラを回転させたまま浮遊する烈風の白い機体を、夕日が赤く染めていた。



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