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有翼の機甲師団  作者: ソルティー
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第一話 強襲

日本軍の兵隊さんがロボットでアメリカ軍と戦う話です。

昭和十九年七月三日 太平洋 サイパン島


 アメリカ海軍航空隊所属のギリアム・アンダーソン大尉は、サイパン島に駐留中の士官用宿舎として与えられた邸宅の一室で、畳の床の上に敷かれた半紙に向かい、硯で墨を擦っていた。


 この邸宅は、元は裕福な日本人商人の家族が住んでいた豪奢な日本家屋で、庭には美しい日本庭園もあった。


 ようやく墨を擦り終えたギリアムは、筆先に墨を含ませると、その黒色に満足そうに頷いた。


 半紙に筆を降ろそうとしたその時、邸宅の敷地内に侵入して来た軍用ジープのエンジン音が聞こえて来た。


 ギリアムは筆を置いて立ち上がり、開け放した窓から来訪者の姿を確認した。


 ジープを運転していたのは、ギリアムの部下で、彼と同じ戦闘機パイロットであるコナー少尉だった。


 コナーが車を降りて、玄関の呼び鈴を鳴らす。

 ギリアムは扉を開いて、部下を出迎えた。


 コナーは玄関前で直立し、踵を揃えてきびきびと敬礼する。

「ギリアム隊長、お迎えに上がりました」


「ご苦労」

 ギリアムも敬礼を返す。


 2人ともに180cmを超える長身だが、海軍の軍服に身を包み、アメフトで鍛えた筋骨隆々たる体躯のコナーと比べると、和服をスリムに着こなした細身のギリアムは、ともすれば華奢にも見える。


しかしコナーは、航空隊において『鷹の英雄』の称号を持つエースパイロットのギリアムを、上官として心から尊敬していた。


 ギリアムがコナーに尋ねた。

「それでは、例の作戦にゴーサインが出たのだな」


「はい。隊長のプラン通りになりました。至急ブリーフィングを行いたいと、基地司令がお待ちです」


「それは何よりだ。だが少し待ってくれ。書きかけの書を仕上げたい」


「了解です。隊長」



 ギリアムはコナーを邸宅へ招き入れ、和室へ案内した。

 椅子のない畳の部屋に通されて、コナーはぎごちなく正座する。


 ギリアムは再び半紙に向かい、一心に筆を動かす。達筆な漢字で「 知己知彼 百战不殆 」と半紙に書きつけた。


 書かれた漢字を見て、コナーが意味を尋ねる。

「日本語ですか?何と書いてあるのです?」


「中国語だよ。戦争が始まる前に、日本人の友人に教わった言葉だ。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という意味だそうだ」


「なるほど」

 コナーが感心したように頷いた。


「我々も敵を知りに行くとしよう」

 そう言ってギリアムは軍服に着替えるべく立ち上がり、和服の懐からレイバンのサングラスを取り出して顔にかけた。




昭和十九年七月十一日 香川県坂出市


 海軍兵学校の士官候補生、早瀬一真は、祖父に借りた自転車に乗って、 親友の相馬拓斗と共に丸亀市の自宅から坂出市の港までの10kmの道のりを走っていた。


 17歳という若さは、真夏の暑さをものともせず、晴天の海岸道路を爽快に走っていく。


 純白の第二種軍装に身を包んだその姿は、凛々しいという形容がまことに相応しく、すれ違う人々の目を引いていた。


「なあ一真、まだ着かないのか?そろそろ尻が痛くなってきた」


 一真が漕ぐ自転車の荷台に跨った、兵学校で同期生の拓斗が声をかけてきた。

 一真と同じ純白の軍服を着た、いかにも秀才風の眼鏡をかけた色白の少年だ。


「座ってるだけの奴が文句言うな。それとも俺と漕ぐのを代わるか?」

 一真が振り返って尋ねた。


「いやいや、そういう力仕事は一真に任せるよ。なんたってお前は水練、柔術、剣術、戦闘機の操縦まで、兵学校でも向かう所敵なしだからな。おまけに男前と来てる。よっ、憎いね色男」

 拓斗が飄々と答える。


「調子のいい事ばっかり言いやがって。だいたいなんでお前まで付いて来るんだよ」


「つれない事言うなよ。俺だって征人さんに会いたいんだからさ」



 一真と拓斗の二人は丸亀高等小学校からの同級生で、2年前、共に広島県呉市の海軍兵学校に入学した。

 そしてこの夏、兵学校の夏季休暇で実家の丸亀に帰省していた。


 一真には年の離れた兄、早瀬征人がいた。

 海軍に所属しており、現在は少佐として巡洋艦を指揮していたが、折よく実家近くの坂出港に入港すると連絡があり、二人は征人に会いに行く途中だった。


早瀬兄弟と拓斗は、幼いころからの顔馴染みだった。


 「征人さんの乗ってる『大河』って、横須賀で進水したばかりの新造艦なんだろ?ああ、早く見たい!」

 拓斗がわくわくした声で言う。


「お前、兄貴に会いたいのか、軍艦を見たいのか、どっちなんだ?」


「決まってるだろ?両方だよ」


「やれやれ」

 一真は呆れて溜息をついた。


 拓斗は勉学では兵学校始まって以来の秀才で、その明晰な頭脳から卒業後は海軍軍令部入りを嘱望されていたが、無類の兵器好きで、それ故に艦隊勤務を希望していた。


 一真は、軍務について以来、滅多に会う事のできない兄に再開できる事を心から楽しみにしていた。


征人と一真の父親は、一真が生まれてすぐに病気で亡くなり、二人は母親と祖父母に育てられた。


 高等科で成績優秀だった征人が海軍兵学校に入学し軍人になると、一真もやがてその後を追うように勉学と武術に励み、難関を突破して兵学校に入学した。


 しかし、その時はすでに太平洋戦争が開戦しており、征人は戦闘機の操縦士として戦地を転戦していた。


 開戦から数年後、戦局は芳しくなく、南方で数度に渡る海戦に敗れた日本海軍は戦線の大幅な後退を余儀なくされ、本土が空襲に晒されるのも目前となっていた。


 征人は数度の海戦で戦闘機乗りとして数々の戦果を挙げ、敵味方から「東洋の撃墜王」と呼ばれ、大尉にまで昇進していたが、戦闘中に被弾し、負傷兵として本国に帰還した。


東京の軍病院で療養後、軍に復帰して今後は巡洋艦の艦長になり、横須賀で新造艦を受領して再び戦地に向かう所だった。


「おおっ、見えて来たな」

 拓斗が嬉しそうな声を上げた。二人を乗せた自転車は、坂出港にようやく到着した。


 坂出港には、すでに大河が入港していた。



「あれが、兄さんの艦・・・」

「ああ、すごいな」


 重巡洋艦である大河は、まだ新しい錫色の塗装を施した、山のように巨大な船体が、夏の太陽の光を浴びて威容を放っていた。


 海軍兵学校のある呉市の軍港でも、これほどの新造艦を目にするのは珍しく、兵器好きの拓斗ならずとも、一真はその迫力に興奮せざるを得なかった。


港の周囲は規制線が貼られ、一時的に立ち入り禁止になっていた。


 軍港でもない坂出港に大型の軍艦が停泊するのは異例な事で、規制線の外側には大勢の見物人が訪れて賑わい、物売りの屋台まで出ていた。


 一真と拓斗の二人は自転車を降りて、見物人達の間ろを自転車を押して歩いた。

 


「ん?ありゃなんだ?」


 突然、片手で眼鏡の縁を軽く持ち上げて、拓斗が疑問の声を上げた。その視線の先には、港の一角に建てられた造船所のドックがあった。


「どう思う?一真」


「ああ、妙だな」

 一真も、拓斗の感じた違和感に同意して頷いた。


 造船所の巨大なシャッターは閉じられ、その周囲数百メートルに渡り、規制線で囲まれていた。銃を持った兵士が周りを警備している。


 造船所のシャッターの前には移動式高射砲が2機、待機していた。


「坂出港に寄港するのは只の補給だと聞いていたけど、それにしては警備が厳重すぎるな。それに、大河の艦載機は最大6機のはずだけど、今は3機しか駐機していない」

 一真は、兵学校で学んだ諜報術で分析した。


「って事は・・・残りの3機はきっと、あのドックの中だ。それも多分、新型の戦闘機かも知れないぞ」

 拓斗が、興奮気味に話す。


「まさか、こんな田舎の港で?」


「田舎だからだよ。極秘作戦って奴さ。おっ、あそこからなら、ドックの窓から中が覗けるかも知れないぞ」

 拓斗は近くの倉庫の塀に向かって走り出した。


「お、おい待てよ拓斗」

 一真は慌ててその後を追いかけた。



坂出港 造船ドック


 一真の兄である早瀬征人少佐は、副官の鬼塚中尉を伴って、坂出港の造船ドックの中を歩いていた。ドックの建物の中は蒸し暑く、薄暗かった。


 建物の奥では、新型の機動兵器の最終組み立てが行われていた。

 作業服を着た技師や作業員たちが見上げているその巨大な機動兵器は、全高が十数メートルもあり、人のような形をしていた。

 ハンガーに固定された機体の大部分は完成し、最終段階として装甲や武装を施している最中だった。

 長さ数メートルはある巨大な日本刀がクレーンで運ばれ、人型機動兵器の腰の部分にマウントされていた。


 技士たちを指揮しているのは、軍服の上から白衣を羽織った、初老の技術士官だった。


 作業員達は皆、慌ただしく動いていて、歩いて近づく早瀬たちに気づいていないようだった。


「氷室技術大尉殿」


 鬼塚が白衣の男に声をかけると、その男、氷室礼二は振り返って敬礼した。


「これは早瀬艦長殿。お出迎えもせずに失礼しました」


「いや、かまわんよ。邪魔をしてすまない」

 征人は敬礼を解いて微笑んだ。


「これが例の新型機か」

征人が組み上げ中の人型機動兵器の機体を見上げて言った。


「ええ。十七式艦上有翼機甲兵『烈風』です。現在の劣勢な戦況を覆す、我が軍の切り札となる機体ですよ」


 氷室が整備兵に合図を送り、天井からの照明で「烈風」の純白の機体を照らし出した。


「発動機の推進力、機体の剛性、機銃の連射性能も全て零式を大きく上回っています。超高高度を飛行できる初めての機体です」

 氷室が誇らしげに言った。


「素晴らしいな。こいつがあれば、アメリカ軍のコルセアやヘルキャットとも互角以上に戦えそうだ。早く試験飛行してみたいものだな」

 征人は機体の剛性を確かめるように、烈風の白く塗装された無骨な装甲を拳でこつこつと叩きながら言った。


 征人の言葉に、鬼塚は慌てて言った。

「まさか、艦長自ら試験するおつもりじゃないでしょうね」


「いけないか?これでも元戦闘機乗りだぞ」


「勘弁してください。少佐殿の身にもしもの事があっても、自分は艦長代理など御免被りますよ」

 四十代の鬼塚副長は苦笑しながら、自分より年若い艦長を諫めた。


 しかし、氷室は征人の言葉に興味深げに目を見開いた。

「ほう。『東洋の撃墜王』と名高い早瀬少佐に試験して頂けるのなら、いい試験結果が取れそうですな」


「冗談だ。敵に撃墜されて怪我をしてからは、左腕が充分に動かない。飛ぶ事はできると思うが、戦うのは無理そうだ」

 征人は左の肩を右手で押さえてみせながら、苦笑して答えた。


「それは残念です。では、最終調整は今夜中に終わらせます。明日にはお引き渡しできるでしょう」


「ご苦労様です技術大尉殿。・・・うん?」

 鬼塚は、なにかに気づいた様子で、ドックの小さな窓に目をやった。


「どうした?」

 征人が鬼塚に尋ねる。


「いえ、ちょっと気になる事が。失礼します」

 鬼塚はそう言い残し、踵を返すと足早にドックの出口に向かって行った。



坂出港 造船ドック付近 倉庫


「おい拓斗、どうだ?見えるか?」


 造船ドックから少し離れた場所にある倉庫の敷地内の、高い塀の内側で、一真は拓斗を肩車して、できる限り背伸びをしていた。


「一真、ほらもっと高く上げてくれよ。もう少しで見えそうなんだ」


「無茶言うな。これで精いっぱいだ」


「もうちょっとなんだがなあ」

 拓斗は、塀の上から顔を覗かせて、そこから見えるドックの窓の中の様子を覗おうとしていた。 


 その時だった。

「貴様ら!そこで何をしている!」


「うわっ」

「うわわっ」


 突然、背後から雷のような大声が聞こえて、一真と拓斗はバランスを崩し、折り重なるように尻餅をついた。

 顔を上げると厳めしい顔をした鬼塚中尉が腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「んん?なんだ?お前ら江田島の学生か?」

 鬼塚は一真達の白い軍服を見て、怪訝な顔をした。


 一真と拓斗は慌てて立ち上がり、敬礼をして名乗った。

「自分は海軍兵学校、士官候補生、早瀬一真であります!」


「同じく、相馬拓斗であります!」


「兵学校の学生が、こんな所で何をしている?・・・ん?早瀬?それじゃあ、君はもしかして・・・」


 敬礼を返しながら、その名の通り鬼瓦のようだった鬼塚の顔が、普通の中年の顔に戻っていく。



「勘弁してやってくれ副長。それは自分の身内なんだ」

 鬼塚の背後から、一真の兄、征人が現れて、3人に声をかけた。


「兄さん!」

 征人の顔を見て、一真が呼びかけた。


「ははあ、やはり、艦長の弟さんでしたか」

 鬼塚は苦笑すると、一真達に向き直った。


「驚かせてすまなかったな。このあたりにも、敵の諜報員が潜んでいると聞いていたのでな。しかし、あの中にあるのは軍の最高機密だ。覗き見とは感心せんぞ。憲兵隊にでも見つかったら、逮捕される所だ」

 鬼塚は二人を諌めた。口調は厳しかったが、どこか温かみのある話し方だった。


「はっ!大変申し訳ありませんでした!」

「申し訳ありませんでした!」

 一真と拓斗は敬礼したまま、平謝りに謝った。


「まあ、注意するようにな。それでは艦長。自分は失礼します」

 鬼塚は征人に敬礼すると、その場を立ち去った。


「まったくお前達は・・・」

 征人は苦笑しながら、敬礼したままの2人に近づいた。


 征人は、2人の間に立ち、背後から腕を回して両腕で二人の頭をがっしりと抱え込んだ。


「これより、両名をスパイ容疑で拘束するぞ」


「ちょっと痛い、痛いよ兄さん」

「あはは、征人さん、やめてくださいよ」

 頭を力強く締めつけられた一真と拓人は悲鳴を上げた。


「駄目だ!これからゆっくりと尋問してやるから、積もる話を聞かせてくれよ」


 海の見える港の倉庫に、3人の笑い声が響き渡った。今が戦時中である事を忘れるくらいに、のどかな光景だった。



太平洋上空 高度1万メートル


 ギリアム大尉を乗せたF4Uコルセア有翼機甲兵は、ワイヤーで輸送機に牽引されて、高度1万メートルの上空を飛行していた。


 赤く塗られたその機体の首部には、彼のノーズアートである鷹のマークがペイントされている。


 ギリアムは、2機の僚機を伴っていた。


 長年の部下であるコナー少尉、クラウド少尉の2名のパイロットが、F6Fヘルキャットに搭乗して、ギリアムのコルセアと同様に輸送機に牽引されていた。


 コナーからギリアムに通信が入った。

「隊長、まもなく目標上空です。」


「うむ。各機、機体に異常はないか?」


「順調であります」


「こちらも問題ありません」


「しかし、自分で方角や高度を気にしなくていいと言うのは、なかなか快適な空の旅でしたな」

コナーがのんびりした声で言った。


「自分は、ちょっと寒かったですけどね」

 部下の一人、クラウド少尉が通信に割り込んだ。


「クラウド少尉はカリフォルニア出身だったな」

ギリアムが尋ねた。


「ええ、寒いのはどうも苦手ですよ」

 無線機からクラウドが、くしゃみをして、鼻水を啜る音が聞こえて来た。


「ファーストクラスとはいかなかったようだな。さて、作戦内容を確認する。これより本小隊は、地上付近まで一気に急降下し、威力偵察を行う。

偵察の目標は、造船ドック内にあると予想される日本軍の新型有翼機甲兵フリューゲルパンツァーだ。

敵に発見されるのを防ぐため、最小の編隊で侵入し、敵地上戦力を無効化後に降下。目標の鹵獲または破壊をもって任務完了とする。

目標達成後速やかに上空に離脱、輸送機に回収される。作戦時間は60分だ」

ギリアムが作戦内容を伝えた。


「敵はまさか我々が超高空から侵入するとは思ってはいないでしょうね」

コナーが言った。


「そうだが、危険な任務であるのは確かだ。諜報員からの報告では、巡洋艦が新型機を受領するために停泊しているらしい。巡洋艦の艦長は少々手強い相手だぞ」


「ギリアム隊長、その艦長をご存じなのですか?」


「ああ。『東洋の撃墜王』マサト・ハヤセ少佐だ。私の古い友人だったが、1年前に戦場で出会って、直接戦った。その時は彼の乗った零式に、私とこのコルセアが勝利した」


「有名な日本軍のエースを倒したなんて、さすが『鷹の英雄』ですね。ギリアム隊長」

クラウドが興奮気味に言った。


 しかし、ギリアムは落ち着いた声で答えた。

「どうかな。彼の機体は明らかに整備が不充分で、弾薬も燃料も足りていなかった。私が勝てたのは幸運だったと言っていいだろう。

しかし、つくづく彼とは縁があるようだ。今は戦闘機を降りて艦長になっているようだが、できれば彼とはもう一戦交えたいものだ」


「はははっ、ブシドーもいいですが、ほどほどにしてくださいよ隊長。我々は敵地で指揮官を失う訳には参りません」

 コナーが豪快な笑い声と共に言った。


「了解だ少尉。自重するとしよう」


 編隊から無線を通じて笑い声が聞こえて来た。


「目標上空に到達しました」


「それでは出撃する。各機私に続け」

「了解」

「了解」


 編隊3機は、ワイヤーを切り離し、ギリアムのコルセアを先頭に次々と降下を開始した。



坂出港


 坂出港の近くの食堂で、征人と一真、拓斗の3人はテーブルを囲んでいた。


 港湾労働者や地元の漁師も利用する食堂で、黒い海軍服の征人と、純白の二等軍装の一真と拓斗の3人が座る席は、いやでも周りの注目を集めていた。


「ねえ見て、海軍兵学校の学生さんよ」

「白い軍服が凛々しくていらっしゃるわ」

「素敵ねえ」


 学徒動員で港近くの工場に集められていた数人の女学生たちが、食堂の外に陣取って店内を覗き込み、一真と拓斗に熱い視線を送っている。

 片田舎の少女達にとって、エリート軍人の卵である士官学校の学生は、まさに憧れの的だった。


その視線に気づいて、拓斗が女学生たちに笑顔で手を振った。

入口の方からきゃーという歓声が上がる。


「こら、やめろよ」

 一真が拓斗の手を抑えつける。


「なんでだよ。いいじゃないか」

 拓斗が口を尖らせる。


「はいお待ちどう。軍人さんたちには大盛りだよ」

 食堂のおばさんが、焼き魚、鯛のあら汁、大盛の麦飯、漬物の乗った盆を3人の前に並べる。


「しっかり食えよ。食えるうちに食うのも軍人の仕事だからな」


「いただきます」


 箸を動かしながら、征人が一真に問いかけた。

「母さんは元気か?」


「ああ、元気だよ。じいちゃんと畑仕事をしながら、最近は都会から疎開してきた人達の面倒を見てる」


「そうか、安心したよ」


「今日も一緒に来ないかって誘ったんだけど、忙しいからって」


「母さんはしっかりした人だからな。軍に入隊した時に、お前はもう死んだものと思っておくって言われたよ。お前も兵学校を卒業する時には、母さんに同じ事を言われるぞ」


「そうなんだろうな。でも、母さんは毎日仏壇と神棚に、一所懸命に兄さんの無事を祈っているよ」


「ああ、わかってる」


「家には、帰れないんだよね」


「ああ。ここへは補給のために臨時に寄港しただけで、明日出航予定だ。母さんによろしく伝えてくれ」


「わかった」


 それから征人はふいに話題を変えた。

「一真も拓斗君も、艦隊勤務を希望しているのか?」


「勿論だよ。俺も兄さんのような戦闘機乗りになりたいんだ」

 一真が答える。


「俺は、戦艦の艦長を目指しています」

 拓人がそう答えた。


「そうか・・・」

 征人は湯呑に入った麦茶をごくごくと飲み干した。



 食事の後で、漁船が並ぶ港までの海岸を3人は歩いた。先を歩く征人は、前を向いたまま2人に話しかけた。


「言うまでもないが、艦隊勤務とは常に命がけの最前線だ。お前たちが自分で決めた道だから、なにも言わんが・・・俺は、お前たちに死んで欲しくないと思っている」


「兄さん・・・」


「勿論、軍人である以上、国のために命を投げ出す覚悟も必要だ。

だけどな、戦争が終わった後に、この国を立て直す若者も必要なんだ。お前たちには、俺の替わりにそれになって欲しい」


「それは、日本が負けるって事ですか?」

 拓斗が、周りを気にしながら、小声で征人に聞いた。


「お前達には、戦況は正しく伝わっているようだな。我が軍は正直言って劣勢だ。勿論我々は、勝つために戦っている。俺の艦がここに寄ったのも、そのための作戦の一部だ。

だが戦況は厳しい。もし国が負けても、決して無駄に命を散らしてはいかん。それを憶えておいて欲しい」


「わかったよ、兄さん」


 一真がそう答え、拓斗が頷いたその時、3人の歩く後方から戦闘機のプロペラ音が聞こえて来た。


 3人が振り返り、上空を見上げると、先頭の赤いコルセア戦闘機を含む3機の編隊が3人の頭上を飛行して行った。


 やがて前方の港で、激しい爆発が起きた。


「何だ!?」


 3人は大河が寄港する港に向かって走った。


 港にいた見物人たちが、悲鳴を上げて逃げまどっている。


「あの戦闘機は・・・まさか?」

 編隊の先頭を飛行する、逆ガルウィングが特徴的な赤い機影を見て、征人が驚きの表情を浮かべた。


「兄さん、あれは?」


「敵襲だ。お前たちは避難しろ。ここから離れるんだ」

 そう言い残して、征人は駆け出した。




坂出港上空


「隊長、最初の攻撃で、敵の弾薬庫を破壊しました」

 コナーがギリアムに報告する。


「敵の配置はだいたい掴んだな。旋回して2次攻撃へ移る。今度は迎撃してくるぞ」


「了解です」



巡洋艦「大河」艦橋


「敵襲だと?」

 鬼塚副長は、艦橋の窓から双眼鏡で状況を確認した。


「三時の方向に戦闘機です!機数は3!」

 観測員が答える。


「戦闘機だと?どこから現れやがった?」


「おそらく直上からだ」

 鬼塚の背後から、艦橋に昇ってきた征人の声がした。


「艦長!」

 鬼塚が驚いて振り返る。


「総員、戦闘配置。艦載機全機出撃、迎撃に当たれ。善通寺の陸軍駐屯地と高松飛行場に援軍を要請しろ」

征人が、てきぱきと指示を出した。


「艦長、直上とは一体?」

鬼塚が尋ねる。


「敵は超高高度から飛来したと思われる。どうやら本艦と、新型機の情報が敵に洩れていたようだ」


「艦載機一号機、二号機、迎撃発進しました」

 艦載機射出装置から、2機の零式艦上有翼機甲兵が相次いて発進した。


「艦長!三号機の搭乗員に連絡がつきません!予備要員もです」


「弾薬庫の爆発に巻き込まれたか」

 征人はぐっと拳を握りしめた。


「俺が三号機で出る。副長、後の指揮は任せる」


「艦長!?」

 鬼塚は驚いた。


「敵の指揮官機には見覚えがある。隊長はギリアム・アンダーソン大尉。アメリカ海軍の『鷹の英雄』、俺の古い友人だ」


「前に艦長を撃墜したというあの?」


「ああ。奴とはよほど縁があるようだ」


「しかし、艦長が艦を放ったらかして出撃とは、軍規違反ですよ?」


「ギリアムは、俺にしか止められない。ドックの新型機は我が軍の切り札だ。みすみす破壊される訳にいかない。鬼塚さん、お願いします」

 征人は、帽子を取って鬼塚に深々と頭を下げた。


 鬼塚は呆気に取られた後、軍帽の上から頭をぼりぼりと掻いて苦い表情で言った。


「ええいくそっ、俺はあんたのそれに弱いんだよ」


「そういえば、あの時もそうでしたね」

 征人が顔を上げて笑顔で言った。


「了解です艦長。でも必ず戻ってくださいよ」


「ああ。頼んだぞ副長」


 征人は帽子を被り直し、鬼塚と互いに敬礼した。


 その後征人はくるりと背を向けて格納庫に向かい、鬼塚はその背中を見送った。



坂出港上空


 大河から緊急発進した零式艦上有翼機甲兵が二機、上昇して来た。


「敵迎撃機2機、上がってきました」

 コナーが敵を目視してギリアムに報告する。


「早いな。私とコナーで応戦する。クラウドは敵地上戦力への攻撃を継続しろ」


 ギリアムの小隊は散開し、交戦を開始した。


 コルセアはわざと隙を見せるかのように戦闘空域を直進した。2機の零式は誘われるように後ろについた。


 零式一号機の操縦士が、後方から照準器でギリアムのコルセアを捉えようとしたその時、操縦士は突然、コルセアを見失った。


「消えた?」

 操縦士が思わずそう言ったその時、コルセアの20mm機銃が零式の背後から襲い掛かった。


 数十発の銃弾が機体に撃ち込まれ、発動機を直撃した。

 零式は爆散した。


「すごい・・・まるで敵の動きを読んでいるようだ・・・」

 コナーが感嘆の声を上げる。


 コルセアは反転して、なおも零式二号機の後ろについた。

 二号機は回避運動をしたが、ギリアムのコルセアを振り切れなかった。


 ギリアムが照準器の中央に敵機を捉え、トリガーに指をかけたその時、後方から別のプロペラ音が聞こえて来た。


 ギリアムは反射的にコルセアを旋回させて回避行動を取った。


 征人が乗る零式の機銃がコルセアのいた軌道を掃射する。


「避けたか、ギリアム」

 征人は前方を飛行する赤いコルセアのノーズアートを視認した。

 鷹のマークが描かれている。間違いなく、アメリカ海軍航空隊のギリアムの機体だった。


「正確な射撃だ。腕のいいパイロットがいるな」


 ギリアムはコナーに無線で指示を出した。

「3機目は私が相手をする。コナーは先行する敵機を追え」

 

「了解」


 零式とコルセアは、空中戦を開始した。


「いい動きだ。これはマサトだな?やはり出てきたか」


「相変わらず手強いな、ギリアム」


 零式とコルセアは戦闘空域で何度も交差しながら、互いに機銃を撃ち合った。しかし零式とコルセアの装甲は驚異的で、20ミリ機銃の銃弾を弾き返す程だった。


「やはり空戦では決着がつかないか」

征人が不敵な笑みを浮かべて言った。


「ならば仕方がない」

ギリアムもまた、笑みを浮かべていた。


 征人は零式の高度を落とし、地上すれすれの高さまで降下させると、右手で握りしめた操縦桿の脇にあるレバーを操作して、表示を「飛行」から「白兵戦」へ切り替えた。

操縦桿から手を放し、座席の両脇の操作レバーを握り、胸の前まで引き起こした。


 征人の乗った零式戦闘機は空中で変形し、巨大な人型の機動兵器に姿を変えて、砂埃を巻きあげながら後ろ向きに着地した。


 ギリアムのコルセアもまた、人型に変形して、地響きを立てて零式の正面に着地した。


 濃緑の零式と赤いコルセアは、共に人型の機動兵器、「有翼機甲兵」となって対峙した。



 征人は機体の拡声器のスイッチをオンにして、ギリアムに英語で呼びかけた。

「貴官はギリアム大尉だな?小隊で堂々と敵の本土へ威力偵察とは、いかにも君らしい大胆な作戦だ」


「やはりマサトか。まさか君ともう一度戦えるとは思っていなかったよ」

 ギリアムが日本語で答える。


「俺もだ。しかし、今度は負けてやるわけにはいかんぞ」


 征人の零式は、右腕で腰に装備した柄を掴み、実剣をずらりと抜刀した。長さ数メートルの巨大な日本刀だった。


刀を中段に構え、コルセアとの間合いを1歩詰める。


 ギリアムのコルセアも、腰に差した細身の剣を抜いて、フェンシングの構えを取った。


「悪いが、今度も私が勝たせてもらう。いくぞマサト」


「ああギリアム、来いっ」


 2機の有翼機甲兵の剣が交差し、巨大な鋼鉄の塊がぶつかりあう金属音が響き渡った。


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