お役所女神とイマイチ気乗りしない田中さん(37歳独身♂)~異世界転生にまつわる懸念とありふれた結論~
ここは死者の集う天国、の一部署で『転生課』と呼ばれています。
主な業務は不慮の事故で死んだ人間を異世界に転生させたりすること。
物語の冒頭にあるような例のアレですね。最近は省略されがちですが。
元社畜で人生に疲れた方に第二の人生を提供したり、ニートで社会的な生活を送れなかった人たちに世界を救ってもらったり、そんな感じで異世界も救われ魂も救済する一挙両得なサイクル。
しかし、目を輝かせて素直に喜んでくれる人や、素直に状況を受け入れてくれる人間は一部だけ。誰しもが人生の主役と言いますが、実際に物語の主人公になれる、と言われて果たしてどれだけの人がそれを選ぶでしょうか?
「そんなわけで、貴方の転生したい世界を選んでいただきます。なるべくご期待に沿えるように提案しますのでよろしくお願いしますね!」
精一杯可愛らしいリアクションと明るさを心掛け、テンション高めで対応するのが基本。死んだばかりで混乱している魂さんは非常にデリケートです。
「あ、これ夢だわ」と思わせる位の非現実な状況の方がリラックスして対話できますよね。
本日の彷徨える魂は日本人男性の田中さん(37歳・独身)です。ある程度メンタルケアを済ませた後で、ここが死後の世界であること、これから転生先を選んでもらうことなどを説明します。
「転生とか別にいいよ。特に生まれ変わりたいとか思わないし。と言うか、元の世界で生き返らせてくれ」
「それはルール上不可になってるんですよ」
既にご遺体は火葬済みです。
「じゃあ普通に元の世界に転生するのは」
「それもちょっと難しいんですよね。諸々の事情が……」
この辺りは大人の都合というやつです。なんでそうなっているのかは私たち下級神にもよく知らされていません。上級神様の決めたルールに則って対応を決めていくだけです。神の世界は人間社会よりも階級にうるさく、ルールに厳しくなっています。
「ていうかぁ、なんで選択式? 普通に対話抜きで勝手に選ばれて転生させるのがデフォじゃねぇの」
「そこはほら、人権問題とか女神の品格とかが問われる時代で。人間からの尊敬や畏怖が薄れると神々の力って弱化しちゃうんですよ。特に人間の魂との対話の多い担当って最近はコンプライアンスとかに厳しいもので、上の方から可能な限り本人のご希望を聞くよう命じられているんです」
その結果、下級神に諸々の大量の業務が発生したりするわけですが、お上がそんな些末なことは気にされませんよね。
「低姿勢の女神ってなんか夢が壊れるわー。もっと堂々としてて傲慢に高笑いするくらいのが俺の好みよ」
「そうは言われましても」
一部の派手な神ばかりが目立っていますが、大多数の一般神は割と目立たずひっそりと仕事をしています。無駄に高圧的に出て、後々上からお叱りを受けるのも困ります。強い権限も持たされていないので対話をする相手に舐められることもしばしば。
それでも仕事は仕事、ということで話を先に進めていきます。
「それじゃあ定番の冒険活劇系ファンタジー世界なんてどうでしょう? もちろんステータスやスキルありでレベルアップもお手軽ですよ」
とりあえず現代日本人なら喜ぶ転生先ナンバーワンを提案しました。
しかし、田中さん、いきなり渋い顔をなされて首を横に振ります。
「いやさ、ステータスとかもうマジ見るだけで疲れる。ゲームさんざんやりまくってると、数字見るだけでお腹いっぱい。それでも義務的にパロメータ上げて行ってだ、ある程度成長した段階で気づくわけよ。これに費やした大量の時間を別のことに使っていればって。自分の人生におけるゲームプレイ時間とかネット接続時間表示されたら普通に死ねるやつ。察してくれよ」
あー、現世でやり尽くしたタイプの方でした。いまどきは無料のゲームとか山ほどありますし、複数のソシャゲを掛け持ちする人も多いですからね。
「そう言わないで、経験値取得自動化チート系もありますよ?」
「んーでもなぁ。一度楽を覚えると余計何かやるのが面倒になるんだよなぁ。それまでやってきた行為があまりに無駄に感じるというか、世の中のすべてに飽きてくるっていうか。ただ眺めるだけならどっか風景でも眺めるわ」
「そういう人はゲームやるより旅行とか行った方が良さそうですね」
典型的なゲーム疲れですね。加えて仕事でPCを使う業務をしていたりすると余計疲労が蓄積していくもんです。
「行きたい行きたいって思ってて、いつの間にか年取っていく気力がなくってるやつね。はぁ、今から思えば、子どもの頃に親に連れてってもらう旅行とか本当ありがたかったんやね、ってなるよなぁ。修学旅行とか懐かしい。温泉行きたいけど実際にかかる宿泊料金とか旅行費用見てやる気が失せるやつ。それに今の時代それどころじゃないしなぁ」
ため息をつかれてしまいました。
「まぁ、色々ありますが旅行って行けば大抵楽しい物じゃないですか。転生だって案外すぐ馴染んじゃいますよ、きっと」
「気持ちの問題だよ。おっさんになるとこれまでの経験から無意識に面倒なことを避けようとするの。小説だってある程度筋書きわかってないと読む気になれないの」
「うーん、そんなお疲れ気味の貴方にオススメの辺境開拓系スローライフはどうでしょう?」
「それ一番しんどいやつじゃん! 田舎で暮らしたい都会人かよ。遊牧生活舐めんなゴラ、大体現代日本人が転生していきなり馴染めるか。そもそも屠殺とかできねぇし、お腹弱いんで動物の乳とか無理。それに虫とか病原菌とか、諸々衣食住とかで常に忙しいやつー」
「まぁ旅行すら面倒くさいって人には厳しいですね」
「あとさぁ、異世界転生でスローライフって基本スローじゃねぇだろガチでよぉ。水洗トイレもシャワーもないんだぜ? まず環境整えるところから始めねぇといけないじゃねぇか。あとさ、ほら外敵からの脅威とか、そもそもが貧しい生活に家族親戚関係諸々、商売を軌道に乗せるにはコネやコミュ力だって必要。転生したからって何事にも積極的になれる奴ばっかりじゃねぇっての」
「まぁそこは本人の適性次第ですね」
「ていうかぁ、そもそもの前提としてー、転生するのって罪悪感湧かない? 良く知らないご両親の元にいきなり前世日本人のおっさんが転生してくるわけよ。それが結婚数年目の若夫婦とかだった日にはさぁ。自分より年下の両親に世話されてってメンタル的に辛いわ。それに生まれ変わるっていうけども、本来その世界に生まれるはずだった赤ん坊の魂はどうなってんの? って思っちゃうんだよね。普通に可哀想やん。よくわからんおっさんに居場所をスコーンと奪われるのって」
「それを言い出すと老衰で亡くなった人が転生した場合、大抵前世・ご老人ですからねぇ。難しく考えない方がよろしいのでは」
転生にまつわる諸問題はデリケートすぎるので安易にコメントできませんね。
フィクションの世界なら「設定による」で済みますけど。
「ていうか、まず他人と暮らすとか無理。食生活も習慣も何もかもが違う人と一から関係を築いていってそれが何十年も続くんだろ? あとどんな親のところに生まれるかもわからない。現実的に考えたら不幸な生い立ちに生まれ変わる可能性だって結構なもんだろ。スローライフにしたって何の苦労もなく生活すること自体ないってわかるよ。一番暇な時期な学生だって勉強とか将来の事とか周りからのストレスだって多いし。生きるって常に戦いよ?」
「ふえええ、一度語りはじめると話がとことん逸れていくやつー」
「昔はおっさんの愚痴とかうぜぇの一言だったけど、自分が年取るとこういうことを平気で言っちゃうようになるのも凹むわ」
テンションがじんわりと下がってしまいました。
とりあえず話を軌道修正させます。
細かいことばかり考えてもいてもキリがありません。
人間与えられた武器だけで戦っていくしかないのです。
実際にやってみればそれなりにどうにかなる場合だって多いでしょう。
あまりにも楽観的で無責任、この世の地獄を知らないと言われればそれまでですが。
「それでは細かいことは一旦置いておいて、ハーレム系などはどうでしょう」
集団の女性たちに愛されて夜も眠れないってやつですね。
「それな。人気なのはわかる。俺も二次元の中でなら好きなシチュエーションだよ。でも実際にやるとなると別。絶対疲れるわ。一夫多妻制でも上手くやれてる人もいるだろうけど、色々細かいこと考えちゃうんだよな」
「細かいこと?」
「例えば複数の女性と結婚した場合さ、実際に暮らす生活形態としてはどうなるかって話。ざっくり考えると交代制か大家族型になるんだろうけど」
「交代制って例えば月火水木金土日ごとに一人の奥さんと過ごすって感じですかね」
「そうそれ。日曜日は休みとするとしてさ、これ月曜担当の奧さんが圧倒的に有利だよな。週の初めのまだ余裕のある状態の旦那さんを独占して思う存分夫婦生活を堪能できる。で、火曜日以降になると旦那さんも疲れてきて『あー、ごめん今日はちょっと疲れてて』とか『うんうん、聞いてるよ、話。それよりちょっと昼寝してきてもいいかな?』ってなりそう。水曜日ぐらいまではグダグダで木金でちょっと回復する。土曜は休み前だからちょっとハッスルしちゃおうかなってなる」
「最初と最後の奧さんが有利で、真ん中くらいになると逆に旦那さんを休ませないといけないわけですね。まぁそれ月曜の奧さんがちょっと気を遣えばいい気もしますが」
それに週休二日のお仕事の人なら真ん中か土曜日にも休みがありそうなもんなので、色んなパターンがありそうですね。
「でもさ、初日とか最終日とか有利な日って現実的に考えれば、奥さんたちの中でも発言権が強くてヒエラルキー上位の人になりそうだからね。下手すりゃ身分差や戦闘力の差とかもあったりして他の奧さんにも文句は言えないわけ。そして怖いのがここからだよ」
「何がです?」
「権力のある女性が複数の相手と旦那さんを共有することをいつまで耐えられるかってことだよ。まず奥さんの中に身分の低い人とかが居れば諸々手をまわしてその日の担当枠を横取りしそう。あるいは武力に物言わせて威圧するとかさ」
「まぁ、そういうこともあるかもしれませんね」
愛が深ければ独占したいと思うのが人情です。特に権力や武力を持つ側なら「なんで我慢しなくちゃいけないの?」という思考に至るのはむしろ当然。
「で、一度他の奧さんを排除し出したら、次々排除していくよな? 金なり暴力なり、やり方はいくらでもあるし、一度一線を越えたらもう後戻りはできない。結果、最後に残るのは権力と武力と独占欲の強い奥さんって形になるね」
「でもそれはちょっと酷くないですか? 最初は交代制にも合意したからその生活があったわけですよね?」
「酷いと言えば酷いけどさ、でも人を本気で愛するって綺麗ごとじゃ済まねぇだろ。旦那のシェアとか所詮妥協の産物でしかないよ。独り占めできるなら絶対独り占めしたいと思うわ。そしてそのための力を持ってるなら行使しないってのも、お人よしを越えてただの馬鹿だ」
「愛は常に正しい、ですか。それじゃあ、もう一つの大家族型は?」
「まぁ基本合宿みたいになるだろうね。常にみんなで旦那を共有し合い、わいわい過ごす感じ。二人きりになれるタイミングはほぼなくなるけど、多対一になるからさっき言った独占欲の強い奧さんは牽制されるよな。独占したくても何となくそれを許さない雰囲気が出てくる」
「こっちの方が圧倒的に平和な気はしますね」
「そう、平等と言えば平等。でもこれもやがて破綻の兆しを見せる」
「なにゆえ?」
「子どもだよ。家族が増えれば生活は変わる。全ての軸は子どもを中心になり、子持ちか否かである種の差が生じてくるね。それに加えて家事全般を誰が引き受けるかって話にもなる。大体の場合、集団の中である程度得意な人間が采配を振るう形になるよな」
「その方が合理的ですからね」
「でも子どもが生まれ、仕事が増えるにつれて誰かしらババを引く人が出てくる。つまり負担が一人に集中するってやつだな。ある程度手伝ったり交代制にするって方法もあるだろうけど、生き物って集団になると誰かしらサボりだす習性があるからな。そのうち誰かに任せっきりになるわ。で、負担を背負ってる奥さんがそのことに不満を持ちだす。子どもの間でも母親の身分や家庭内の立ち位置とかで差別や区別が発生してくるよな。絶対的な平等というのはこの世に存在しない。必ず誰か損をする人間が現われる」
「いやいや、それこそ旦那さんの出番じゃないですか! 誰かが辛い思いをしてるならビシッと言っちゃってください」
「無理だろ。集団の女の中で男一人が敵うわけねーわ。それこそ旦那が家事一手に引き受けるならまだしも。そもそも多数の奧さんに気を遣いはじめたらどうしたって曖昧な言い方や態度になるもんだよ。男が下手に口出しして家庭内の問題が解決することあると思う?」
「うーん、難しいかもしれませんね。いざとなったら女性は結託しますから」
「そ、下手すりゃ旦那が悪者になるよな。でも大勢の中で生活してるとさ、交代制でもそうだけど一人になりたくなるときって絶対あると思うのよ。やっぱり常に複数の異性を相手にし続けるって相当しんどいからね。性格の違いやテンションの違いもあるだろうし、一人一人のメンタルに合わせてやり取りしてるとどっかで限界来るわ。それに加えて子どもの相手もしなくちゃいけないとなると旦那の体力がどれだけあっても追いつかんし。特に異世界ハーレムとかキャラも濃いヒロインばっかりだしな」
「現実的に考えれば、誕生日プレゼントから子どもにまつわる様々なイベントから家族サービスまで人数に比例して負担は増大するわけですからね。よほど体力のある旦那さんでも、一つ一つへの対応はどこか雑にならざるを得ないかもしれませんね」
「正直ハーレム生活ってある程度満足したらもういいや、ってどっかで飽きると思う。俺ならどっかでリタイヤして逃げ出すわ。元々の文化的土台があってある種のモデルケースを参考にすれば上手くやっていけるパターンもあるだろうけど。いきなり転生してハーレム生活ですよ、と言われてもちょっと勘弁してほしい。美味しいのは最初だけだよ」
「はぁ……確かに」
うっかり話に聞き入ってしまいました。
ハーレムものってよく考えると長く維持をするのは大変なんですね。
本人の適性や好みによるところも大きいでしょうし、何故世の中一夫多妻や一妻多夫よりも一組の夫婦の方が多いか、と考えてみればむしろ当然のことかもしれませんね。これからは安易に提案するのは控えた方が無難かもしれません。
ハーレム転生は×、と。
つい話に乗せられてしまいましたが、自分の仕事は転生先の提案です。気を取り直して、今の彼に一番向いた世界を考えてみるより他ありません。これまでの傾向から考えて、対人関係についてナイーブな考えを持ってしまうタイプの方のようなので、切り口を変えてみましょう。
なまじ地に足がついていた生活を提示するからいろいろ考えちゃうんです。現在の自分から大きく離れてしまえば考えもまた変わるでしょう。人間を構成する要素の中で最も大きいもの、それは性別です。価値観の逆転、それまでの自分から離脱してしまえば見えてくる新しい世界があるかもしれません。
「そんなわけで思い切ってTS転生しちゃいましょう!」
TSとはトランスセクシャル。いわゆる肉体的異性化、性転換ですね。
「美少女に生まれ変わるのはちょっとだけ惹かれるが、男からむやみに性欲向けられる対象になるのがマジ怖い。みんながアタシのこと狙ってる!」
「狙ってませんよ。まず美少女前提なのも図々しい」
「美形じゃないTS転生に何の意味があるんだよ」
真顔で言われました。
「いやいや、美醜だけが全てじゃありませんし、最近は見た目が良くない方が溺愛されるみたいなシチュエーションも人気らしいですよ」
「いやいやいやいや。それはあくまでも二次元の中でだけだって。いくら人間顔じゃないつっても顔が良ければそれだけで相手に好印象を持ってもらいやすいわけで、人生における難易度がそれだけ違うから。まぁそれを言い出すと美形には美形の苦労もあって、総合的には『美形よりの普通』が一番かもしれねぇけどさ」
「普通が一番難しいんですよねぇ、さじ加減的に。普通って要するに平均的で突出したところがないとも言えますし。何を持って普通と言えるかは時代や流行や食糧事情や文化によるところも多いですから。ただ突き詰めていくとやっぱり、人間内面の美しさじゃないですか? そんな心の清くて偏見のない人を探せばいいじゃないですか。もしくは変わった趣味の人とか」
「そりゃ世の中見た目を気にしない人もいるだろうけど、そんな心の綺麗な人なら確率的には出会った時にはもう誰かと付き合ってるって。特殊な性癖の人だってネットとかじゃ固まってるから多いように思えるけど、実際に全人類見渡してみるとやっぱり少数派。相手を探しても選択肢ないってすごく実感するよ?」
「なぜそんな実感をお持ちなんです?」
「俺の愛好してるジャンルの話だけどね。具体的な事例を挙げると……」
「いいです、聞きたくないです。マジ無理なんで、そういうの」
「女神が偏見を持つな。分け隔てなく接しろ」
正論を吐かれました。そうは言われましても、人間に近い知能や文化を持っている以上好みがあるのは仕方がないという話でもあり、逆に田中さんの懸念を証明する形になってしまいました。何事も自分のことを棚に上げて物を言うのは難しい話です。
「それじゃあ、人間社会から離れて動物や昆虫、魔物転生とか」
「いやいやいや動物もだし、個人的に昆虫はないわー。昆虫愛好者の人には申し訳ないけどさ、普通に虫嫌いな人だったら発狂して即自害するだろ。生殖とかも調べれば調べるほどに怖くなるよ。オスは食われるのが当たり前だったりさ。あと魔物も基本デフォルメしてるから可愛いけど、鏡で自分の顔見たら頭おかしくなりそう。それに普通に食物連鎖とかあるじゃん? 野生で生き抜くとか大変だし、うっかり保護されても人間の気まぐれでちやほやされ後に『自然にお帰り』とかされて即肉食獣の餌になっちゃうやつ。物語序盤に出てくる魔物とかだと基本勇者のおやつだし、上手いことやれてる先人はいるかもしれんが、同じことやれって言われて出来るかと言えば無理ゲーすぎるわ」
「いやそこはチートスキルあげますって」
「貰っても基本きついだろ。さすがに人間とは難易度が違いすぎる」
「じゃあ、植物! 真のスローライフ!」
「はい、植物来ましたー! 生存競争一番きっちいやつじゃねぇかよぉぉぉぉ!! 病気もあれば自然に振り回されるわ動物に食われたり糞を栄養にしたり虫さんと仲良ししなくちゃいけないだろぉぉぉ! 樹液とか吸われるし! 草とか花なら薬の材料として人間に採取されちゃうやつ! そもそも食物連鎖のヒエラルキー下の方じゃん。しかもさ、木なら切り倒されて家とかボードとか箪笥にだって本にだってなっちゃうじゃん。途中で話の趣旨が変わるやつ! まず前提として自力で動けない時点でどんな拷問だよ」
「無機物! 剣とか槍とか」
「だ・か・ら! 自分で一切動けず他人に振り回されるのは大概しんどいだろうが!! 下手すりゃ血肉にまみれたり錆付いたり折られたり、おまけに明確な死がわかんねぇから、下手したら半永久的に動けない存在とかなりかねねぇだろォ!? 持ち主が死んだあとどっかでウン百年も突き刺さってる奴! ふつう劣化してボロボロになるわ! そもそもなんだよ無機物転生とか!! 選べるなら絶対選ばれないやつ!! それに無機物の場合転生と言うより憑依だろ憑依!」
「でも異世界憑依ってなんか様になりませんし」
「様になるか否かで話を持ってくるなよ。問答無用で転生させられた人たちが気の毒になるわ」
本当のところ言いますと、人間の魂を異種存在に転生させた方が上からの評価とかが良かったりするんですよね。転生前との落差がある方がそれだけ相手をうまく説得できたってことになりますから。まぁここは自分の評価よりも田中さんの気持ちを一番優先するしかありません。
「じゃあ、現代日本に限りなく近い世界では?」
「普通最初に提案するならそれだよね。ていうか、それもむっちゃリスクあるけど」
「何がです?」
「そもそもさ、現代日本でどれだけ心穏やかに暮らせてる人間がいると思う? 何の落ち度もない弱者がどれだけひどい目に遭ってる? 子どもは親を選べない、不慮の事故に巻き込まれる被害者、自分だって逆にいつ加害者になるかわからない。政治家も頼りにならない。高齢化社会に増え続ける未来への借金とか考えるだけで気が遠くなるわ。今は世界情勢だって不穏なばっかだしさ。マクロな視点は置いとくとしてもだよ、日本特有の相互監視社会に、何より無責任なネット社会がきついわ」
「今の時代、社会の諸問題やネットは避けては通れませんからね」
「本当、今の時代地獄よ? 他人を馬鹿にすることが娯楽化してマジ怖い。有名人叩きや売り上げの低い爆死したコンテンツ嬲り、見てもいないアニメやマンガや映画の酷評への便乗叩き、ゲームは買わずに実況で済ませる奴、なぜかクリエイターの宣伝行為に異様に厳しく苦言を呈す奴、わざわざ炎上してるネタを検索で探して話題に乗っかってついさっき知った話を訳知り顔で語る奴、好きな声優さんとかに距離なしリプとか飛ばしたり、人気配信者さんの結婚で手のひら返しして叩きまくったり、ついさっきまでベタ惚れレベルだったのに愛情が一気に憎悪に反転したりさ、何か知らんがとにかく妙に毒舌で上から目線、一度大多数から叩いてもいい認定された相手なら死ぬまでサンドバックにし続けるネット民、俺だよ!」
「お前かよ!」
つい勢いで荒い口調になってしまいました。
「もちろん一線は越えてねぇよ? 仕事でイライラしてて、クソだしクソだーってつい乗っかっただけだし……でもさぁ、悪いことだって自覚はあるよ? さすがに本人凸とかはしたことないし、犯罪に触れるようなことはした覚えもない。ただ金持ちとか有名人とかマジイラッと来るんだよ、軽くやっかんだりするくらいいいじゃん! もう理屈じゃないの、本能なの。あぁそうだよ、金がないからイライラすんだよ!」
「有名人やお金持ちは叩くけどSNSのギフト券プレゼント企画には絶対参加しとくタイプの人ですね貴方」
「web小説サイトのあとがきで『評価お願いします』って言ってる作者に『はぁ!? せっかくいい気分で読み終えてたのに水を差された! あーあ、余計なこと言わなかったらちゃんと評価してあげたのにー、登録するの面倒だからポイント入れたことないけど!』とか。これも俺だよ!」
「まぁ、登録せずに読んでる人は普通に多いでしょうけど……」
あとがきにどう思うか否かは個人差があるので何とも。
過度にイライラするときは単にお疲れなんだと思いますよ。
「あと自分も実際に投稿する側になるとポイント貰えないのガチ凹む。初心者講座とか読んだらあとがきでポイント頼めってめっちゃ書いてあるし、心が折れて普通にあとがきにお願いしますって書いたらポイント入れてくれる人がいっぱいいた……マジ天使」
「いつもありがとうございます」
作者は皆さんの優しさを糧に生きています。
「ていうかさ最近世の中、成功者のインフレ激しくない? 何が成功するとか全く読めない時勢でさ、一度ドカンと来ると極限まで伸びるじゃん。あれ見てると繊細なクリエイターならマジ心を病むわ。格差、もうね格差がひどすぎる。成功した人も一切悪意ないんだろうけどさ、ちょっとした余裕の一言に無駄にグサッと来ちゃう自分が居てそこもせつなぁい」
「わかりみが過ぎて悲しくなりますね」
あぁ格差社会。
「やっぱりネットの一番辛いところは格差が浮き彫りにされるところだよ。どうしても比較しちゃうよ、色々見えすぎて」
「敗者が顧みられず、成功者が目立ちやすい世界ですもんね」
他人は他人、自分は自分とは言ってもどうしたって比べてしまうのもまたしかり。
「あとさ、別にその人が悪いわけじゃないんだけどさ、なんかちょっとしたことで傷つくってない?」
「まぁ、ありますね」
ただ配慮に配慮を重ねれば問題が一切起こらないかと言えばそんなこともなく、世の中常に人の心をかき乱す可能性に満ち溢れています。
「好きな飲食店行ってたら『毎日ありがとうございます』って言わると心底ビクッってなるし、二度と行かなくなる……だって顔覚えられてるんだよ? コイツ毎日アボガドマヨサーモン丼並食ってる奴ーとか裏で笑われてそう。あいつ、温泉卵トッピングしてるよ! とか。いつの間にか写真取られてネットに流出してアーマン顔とか勝手に似顔絵に書かれて晒されるんだ」
「いやいや、さすがにそれはないですって。どれだけ自意識過剰なんですか。世の中の人間貴方が思うほど貴方に興味ないですから。そもそもね、仮に他人様の顔をとやかく言うような人が居たって放っておきなさいよそんなの。誰に迷惑かけたわけでもないのに人を貶めるとか最低じゃないですか。いいじゃないですかアボガドマヨサーモン丼並食べたって。温泉卵でもチーズでも好きにトッピングしてください。サラダだって頼んでもいいんです。あとアーマン顔ってなんです?」
「平和なはずの自宅でだって怖いこといっぱいあるし。天変地異は言うに及ばず、夏に極限まで活動が活発になる黒くて動きの速い生き物とか、せっかく買っておいたのに消費期限の一年切れたナッツ類を恐る恐る開いて食べたり、ツナ缶開けたら蓋でサクッと指を切り裂いて血まみれになったり」
「切り傷が深い場合はお医者さんに行って縫ってもらった方がいいですよ」
あと、日常的な嫌なことを挙げていくとキリがないのでは?
「年々受けつけなくなっていく油もの、ストレスで逆流性胃腸炎になってグロッキーになったりしてさ、家族が癌になっちゃって、自分もいつかそうなるのかなって泣きたくなってきたり、睡眠が不規則になってしんどくなったり、いままで出来てたことが全然出来なくなったりしてさ。人間年を取れば取るほどに弱っていって、昔もっと努力しとけばよかったってなるしさ」
「取りあえず食生活とかに気を付けるしかありませんね。保険とかも入っておいた方がいいですよ」
つい話に乗ってしまいましたが、すでにここ死後の世界なので健康とかの問題は全部終わっちゃってるんですけどね。まぁ転生後も同じ苦労を背負うと考えればナイーブになってしまうのも仕方ないかもしれません。来世が前世より健康で幸せが保証されるかと言えば絶対ということもないわけですし。
「そんなわけで現代日本はもういいよ……疲れる」
「生々しいですね、わかりますけど」
そう言ってテンション高くやり取りをしていた田中さん、ちょっとお疲れ気味になってしまったようです。話の後半は何か愚痴というか自虐になっていましたし、生前余程思うところがあったのでしょう。誰かを傷つけるようなことはいけませんが、余裕のない辛い状態って誰にでもあるわけで。う~ん。なんか彼にふさわしい転生先が良くわからなくなってきました。
王道冒険活劇はダメ、スローライフもダメ、ハーレム転生はダメ、TS転生に動植物から魔物転生もダメ、無機物はもってのほか、現代日本に極めて近い世界もダメとなると、ちょっと見当もつきません。
「チートじゃ解決できません? 諸々の不安とか懸念とか」
「でもさぁ、チートって要は生まれ持っての才能とか天稟ってやつでしょ。あるならあるでこしたことはないけど、自分の努力で何とかするってのとは違うと思うんよね。なんか都合よすぎるっていうかさ、俺さ、チート転生者とそれに嫉妬する凡俗の人間だとどうしても後者に感情移入しちゃうんだよな。特に努力もなしに最初から持ってるものだけで余裕ぶっこきやがってって思わない?」
「持てる者への嫉妬ですか。まぁわからないではないですけど、自分がその立場になるなら別にいいやって思う人が大半だと思いますよ」
「でもなんか、それを受け入れたら負けな気がする。人生どこまで堕ちてもズルだけはしたくねぇよな。でも貰えると言われてそれを拒否できない自分もいて、それもまた嫌だわ」
そんな意識高い系のことを言ったっきり黙り込んでしまわれます。
別に全然いいと思いますけどねチート。大抵の人は貰えるものは貰っておきたいと思うわけですし、持てる者と持たざる者、どちらになりたいか言われて後者を積極的に選ぶ必要性はないわけです。何も考えずただ楽しいことを受け入れるだけじゃダメなんですかね。
「それじゃあ、他に何がいいんですか?」
「何がと聞かれると一つしかねぇだろ」
「はい?」
えらく自信ありげな口調です。
覚悟が決まっている顔というか、ある種の悟りを開いた方特有の顔つき。
これは何か良い転生先を思いついたやつでしょうか?
「無に還る」
「は?」
「無だよ、無」
「え、はい? 無駄じゃなくて『無』? あぁ何にもないことを示す漢字一文字」
「無」
そう呟いた田中さん、みるみる内に姿が薄くなっていきます。
存在への活力を失った魂に訪れる特有の現象です。
それはすなわち、女神による対話が失敗したということ。
あわてふためき彼の存在をつなぎ止めようとしますけど、その手は空を切るばかり。自分の手のひらの中からどんどん彼の存在が欠け落ちていくのを感じてしまいます。
混乱する私に対し、彼本人はどこか満たされたように満足げな表情を浮かべています。色々話すことが出来てなんかスッキリしたわ、ありがとう。そんな感じのことを呟いているようですが、もう彼の言葉は私には届きません。あぁ、なんということでしょう。これほど悲しいことはありません。自分が目の前につかめていた命が、魂が、そして私の評価が音も立てずに消え失せていきます。
「あぁぁぁぁぁ消えないでぇぇぇ、これ査定に響くのぉぉぉぉ!!」
そんなこんなで担当女神の悲鳴がこだまします。
ここは不慮の事故で死んだ者たちを『転生』へと誘う部署。
相手をうまく転生に導けば評価が上がり、その逆はまたしかり。
言葉巧みにいかに相手を「これってアリじゃね」と思わせるかが腕の見せどころであり、同時に「これはないわー」と思わせた女神には無能の烙印を押されます。
ストレスまみれの現代社会。次の人生を提示したところでズタボロメンタルの人が前向きになれるかと言えば難しいわけで。問答無用で転生さえさせてしまえば済む話も、わざわざ対話形式にしたことによってこじれていく状況が続発しています。
もしも自由に転生先を選べるなら?
それは当然のごとく「転生の拒否」も選択肢に入っちゃうわけですよね。
生きると言うこと自体がある種の苦行。
存在すれば傷つくならいっそ消えてしまえばいい。
悲しいことですが、それもまた数ある選択肢の中では賢いものの一つかもしれません。
誰しもが一度は考えるありふれた結論とも言えます。
王道冒険活劇やスローライフにおける労苦の問題、ハーレム転生における家族形態とその維持についての諸問題、TS転生に動植物から魔物転生に関する現実的な懸念、提示されても態度に困る無機物、現代日本に極めて近い世界って、それ元の世界で良くね? という話であって。
極めつけのチートを貰えると言っても「性に合わない」の一言で無理。
絶対に転生したくない魂との対話が女神にとって何よりの受難と言われています。
そんなわけで転生にちっとも納得してくれない魂のお話でした。
最近は省略されがちな転生前の問答ですが、
それだけに終始したらこんな感じになるかなと思って書きました。
選ばせたい転生先ばかりを提示する女神様が地味に酷いですね。
ちなみに田中さんの死因は交通事故でほとんど即死に近い状態でした。
なので、あんまり死んだことを自覚してない感じ。
よろしければ☆☆☆☆☆に色を付けていただけると大変励みになります。
最後までお読みいただきありがとうございました。