女性慣れしていない、の本当の意味は、そういうことでしたか
領地持ちのそれなりに裕福な家に生まれた私——アメリア・フルレスクは、十八になった春、両親の知り合いの息子であるカゼインと婚約した。
カゼインの第一印象はそれほど悪いものではなかった。
私より一つ年上な彼は、地味な雰囲気の青年ではあるけれど、不愉快な思いをさせてくるような人ではなくて。見た感じ慎ましく落ち着いた雰囲気であった。多くを語りはしないが、品は感じられる、そんな人。だから、多分それなりに上手くいくのではないかと、そう思っていた。
だが、その希望は、あっという間に崩れ去ってしまう。
というのも、カゼインには私に告げていない趣味があったのだ。
風俗店通いである。
女性慣れしていない、と、彼は言っていた。彼の両親もそう話していた。けれどもそれは、あくまで『一般人の女性とは』という話であって。一般人でない女性と関わることには慣れていたのだ。
婚約して間もない頃、彼はよく仕事があるからと言って出掛けていた。また、こちらから顔を合わせようと誘った時にも、仕事があるからと断られたことが少なくない。だから、心当たりがなかったわけではないのだけれど、真実を知った時にはさすがに驚きを隠すことはできなかった。
その事実が発覚した時、私と彼は話し合いをすることになった。
一般女性と親しく関係にあるよりかはましなのかもしれない。
仕事だから、と割り切っている女性が相手なのだから。
だが、このまま何も言わずに放っていたら、彼はこれからもずっと通い続けるだろう。それはいつか関係にひびを入れてしまうに違いない。今は見逃していられても、その事実はいつか二人の関係に傷をつけるはずだ。
だからここで一旦整理しようと考えて、話し合いの場を設けたのだ。
一方的に責めるつもりではなかった。
けれどもカゼインとその親は攻撃的な態度を取ってきた。
「アメリアさん! うちの息子に何の文句があるんですの!?」
カゼインの母親は派手な外見だ。長い金髪はアップにしていて、前髪も顔の皮が引きつりそうなほど強く引き上げている。また、首には大きな宝石がたくさんついたネックレスをかけていて、指には大きな石のついた指輪がいくつもはめてある。
「ですから、息子さんがそういうお店にいつも通っていらっしゃることに関して……」
「男の子ですもの! 仕方ないではありませんの!」
母親は妙に声を荒くしてくる。
こちらは攻撃的な言い方をしてはいないのに。
婚約者がいるというのに異性と関わる店に行っている息子を恥ずかしいとは思わないのだろうか。いや、もちろん、一度や二度ならまだ理解できないこともないのだ。数回のやらかしなら起こり得るだろう、生物として。だが、連日そういうところに通っているとなると、話は別だ。
「仕方ない、ですか。本当にそう思っていらっしゃるのですか?」
「えぇ! うちの息子の人生に口出ししないでちょうだい!」
「すみません、それは無理です。婚約者ですから。そういうお店にいつもいつも通っている方と結婚して上手くやっていく自信はありません」
女性漁りを楽しみたいなら独身のまま楽しめばいい。
「まぁ! 何て生意気なお嬢さんなの!」
「そういう言い方でごまかさないでください」
「貴女は妻らしく大人しくしていれば良いのよ! うちの息子だって人殺しをしたわけではないのだから、そんな風に文句を言わないでちょうだい。そういうことは本人の自由じゃない。女性は大人しく夫に従っていればそれでいいのよ!」
なんのこっちゃら、である。
カゼインの母親は息子を擁護することしか考えていないようだ。どうやら、私の主張に耳を貸す気はさっぱりないらしい。息子を守ることに必死みたいだ。
このまま話し合いを継続しても意味がない、と判断した私は、後日再び話し合いをすることを決めた。
また、その時には私の両親も参加することとした。
あちらにだけ親がついているのは不公平だから。
◆
次の話し合いは、こちらが圧倒的に有利な展開となった。
なぜなら、カゼインが女性たちと実際に行動に及んでいた証拠を持っていけたからである。
私に対しては好き放題言っていたカゼインの母親も、私の両親に喧嘩を売ることはさすがにできず。私の両親から厳しい言葉をかけられると黙ってしまっていた。
「ですから、このたびの婚約は解消とさせていただきます」
私の母が静かな調子で宣言する。
「ま、待ってちょうだい! 勝手に…! 婚約解消なんてっ……!」
「奥さん、原因はそちらの息子さんにあるのですよ」
オロオロするカゼインの母親に、私の父は落ち着いて言葉を返す。
「うっ……で、でも! そんな! 酷過ぎます! 息子にはもうしないように言いますから……どうか……」
「それに、うちの娘に失礼なことを仰ったとか。それも許せませんよ」
「ま、待って! 勘違いです! ねぇ? アメリアさん、勘違いよね?」
なぜここで私に話を振る?
助けてほしい、とでも言うつもり?
「いえ、勘違いではありません。いつも失礼なことを言われています」
私は本当のことを言う。圧をかけられたとしても関係ない。嘘はつかないし、誇張することもしないけれど、本当のことははっきりと言わせてもらう。事実がすべて。
それにしても、こういう時なぜカゼインは何も言わないのだろう。
母親にばかり話させてずっと黙っているのは何なのだろう。
そもそもこんなことになったのはカゼインの振る舞いが原因だ。だから本当は彼自身が話すべきなのだ。なのに彼はそれをしない。そこが特に謎だ。
◆
それからひと月、私とカゼインの婚約は破棄された。
カゼインの母親は最後まで婚約破棄させまいと動いていたようだった。だが、その努力も虚しく、婚約破棄となってしまった。
ちなみに、カゼイン自身は、婚約破棄になることを恐れてはいなかったらしい。
母親もきっと純粋な悪人ではなかったのだろう。一人の母親として、懸命に息子を守ろうとしていたのだろう。息子を大切に思っていたのだろうな、ということは、私にも想像できる。だが彼女はやり方を間違えてしまった。だからこんな結果になったのである。
◆
婚約破棄とはなってしまったけれど、私の名誉が穢されることはなかった。また、手続きの後、私は慰謝料を得られることとなった。それほど大きな金額ではなかったけれど、でも、少しは気持ちが楽になった気がした。
こうして、私と彼の縁は切れた。
もう婚約者ではないし、友人でも何でもない。他人よりも他人、というような関係でしかない。一時は婚約者同士であったという事実は消えないけれど、それは別に気にするようなことではないのである。
後に親から聞いた話によると、あの後カゼインに多額の借金があったことが判明したらしい。風俗店通いという沼にはまってゆく中で、勝手に借金してしまっていたそうだ。ちなみに、借金のことに関しては、彼の親も知らなかったそうだ。
借金がある中で慰謝料を支払わなくてはならないこととなったカゼインは、ある夜、借金取りと揉み合いになり落命してしまったらしい。刃物でひと突き、だったそうだ。
また、カゼインが亡くなったことによって、借金返済の責任は彼の親へ移ることとなる。
カゼインの両親は借金返済に追われ貯蓄を失う。そして、家財道具や財産とできるアクセサリーなども売り払うこととなったそうだ。また、それでも足りず、最終的には家や土地も売らなくてはならないこととなってしまったらしい。
◆終わり◆