74 承平の乱-将門への想い
挨拶のため居室を訪ねると、昨夜は話しながら酔い、寝入ってしまった秀郷が、普段の顔で、髪や衣服も整えて待っていた。
「父上、お早う御座います」
下座に席を取った千方が、挨拶する。
「うん」
秀郷が頷いて上座に腰を降ろす。
「夕べは、色々とお話を伺い、楽しゅう御座いました。また、為にもなりました。有り難う御座います」
「半分も話せなかったのう。麿としたことが、あれしきの酒で酔い潰れてしまうとは…… 歳は取りたく無いものよ。六郎、時に答えは出たか?」
「は?」
「戯けが。汝も酔い潰れておったのか? 坂東を纏めることが出来たとして、その後はどうする?」
「そのことで御座いますか。それなれば、背後を固めます。もし、その時までに安倍が蝦夷を束ねておれば、安倍と連携を取ります」
「ふ~ん、|成程のう。だが、坂東を纏めると言っても並大抵なことでは無い。そう簡単には行くまい。焦ってはならぬ。
位階の呪縛を解くことは至難の技だ。将門のやり方は括目すべきものでは有ったが、使えぬ。いや、使ってはならぬものだ。兵は飽くまで兵として在らねばならぬ。朝廷や公家を真似ようとしてはならぬのじゃ」
「肝に銘じます」
「もうひとつ。決して朝敵に成ってはならぬ。一旦、朝敵とされれば、位階の呪縛に加えて大義名分が敵を増やすことになる。
いかに勢いが有っても、結局、朝敵は滅ぶ。それを理と思わせてしまったのは、他でも無い麿自身じゃ。
やむを得ぬことではあった。もし、本気で兵の世を作りたいと思っている者が居たとすれば、それを遠退かせたのは、藤原秀郷であると思っていることだろう。
まだ、期が熟しておらなかったとは、言い訳にしか聞こえぬ」
「もし、父上が味方して、且つ、興世王を除くことが出来ていたとしてもですか?」
「起きてしまったことに『もし』は無い。だが、敢えてそれを言うなら、麿も将門と共に滅んでおったろう。
若い頃のことも含め、ひとつ間違えば何度も滅びる淵に在った麿が、良くもこの歳まで生き永らえて来たものだと思うておる。
六郎、分かっているとは思うが、このような話、麿と二人きりの時以外、決してしてはならぬぞ」
「重々承知しております」
「忘れぬうちに言うて置くことがある。
ひとつ、従う者を見下してはならぬ。己に力が有る間は何も起こらぬかも知れぬが、見下された者は、こちらに弱みが出来た時、裏切る。
ひとつ、例え己が苦しい時でも、あの郷を飢えさせてはならぬ。又、祖真紀の望むことは何事に寄らず聞いてやれ」
他のことは理解出来たが、『祖真紀の望むことは何事に寄らず聞いてやれ』と言う言い方に、何か不自然なものを千方は感じた。
若い頃、隠れ家を急襲された時、今は長老と成っている先代の}祖真紀の報せによって命拾いした恩を感じてのことか、
それとも『坂東の兵をひとつにすることが出来たとしたら安倍と連携して背後を固める』と答えたことに関連して、安倍の婿でもある祖真紀を大事にしろという意味なのか分からなかった。
郷で三年を過ごし、郷人とも親しみ、千方に取っては、朝鳥と共に祖真紀は武術の師でもあった。
郷を大事に思う心は、千方にも十分ある。ついこの間も、祖真紀からの依頼で、千常に願い出、秀郷の許しを得て、二家族九名の}郷の者を新田開発に送り込み、そこに定住させることにした。
だが父は、『出来る限り』とは言わず『何事に寄らず』と言った。随分と強い言い方であり、かつて父が誰かに対してそこまての言い方をしたのを聞いたことが無かった。
祖真紀は決して無理な願いをするような男では無いという意味か。そう思い、確かめようとした。
「父上 ……」
と言いかけた時、
「六郎、もう戻るが良い」
と秀郷が、千方の問い掛けを遮るように言った。仕方無く辞そうとした千方の背中を、
「いずれ上洛する折には、近江の甲賀に寄って兼家を訪ねるが好い。きっと力になってくれる」
と言う秀郷の言葉が追った。
振り向いた千方が、立ったまま軽く頭を下げ、
「有り難う御座います。きっとそのように致します」
と答える。
妙なことが気になった。足利の辺りは昔より東大寺の荘園となっている。父が介入した水争いとは、その荘園の者達と上野の者達の争いだったのだろうか。秀郷に相談したのは荘司なのか? それとも、それ以外の地域の者達だったのだろうかなど千方は考えた。
秀郷の舘の有る田沼から佐野まで十一里(約六キロメートル)。下りなので常歩でも|一刻(三十分)ほどで到着する。その間、千方は、秀郷の語ったことを反芻し、あれこれと考えていた。普段は話し掛けて来る秋天丸もそんな千方の様子を感じ取って無言のまま従っている。
千方は、それ迄にも興味を持っていた将門と父が、意外に深い繋がりを持っていたと知ったことで、益々将門に対する興味を強くしていた。
父の想いは、都から来る受領に支配される事無く、坂東の兵自身がこの地を治める世を作りたいということだったのだろう。だが、そんなことを朝廷が許す訳もない。結局は公卿達から政を取り上げなければ出来ないことである。
即ち、謀叛まで考えなければ、この坂東を変えることは出来ない。さすがの父も、そこまでは考えていなかったのだろう。又、そこまでの力が有ると己惚れてもいなかった。
そんな時、戦の才を買っていた将門が謀叛に突き進んだ。或いはこの男と組めば、しょせん叶わぬ夢と思っていたことが実現出来るかも知れないと思ったのは事実だろう。
だが、父は慎重だった。と言うよりも、迷いに迷っていたのだろう。
『果たして将門に賭けて良いものかどうか』と。
『この坂東を変えられるかも知れないという想いが勝り、将門に会いに行った。ところが、興世王の存在が、父を落胆させることになった。
しかしまだ、興世王を除くことが出来れば将門の進む方向を変えられるとは思っていたのだろう。
だが、将門が新皇と称したことと、除目を行ったことが再び父を迷わせることになった。
父が、はっきりと将門を討とうと思ったのはいつのことだったのだろうか。そして、それは本当に最善の判断だったのだろうか?
今でも、坂東を兵自身の手で治めるという夢を、父は}些かも捨てていない。或いは将門に味方しなかった己を悔いているのではないだろうか。
本当に父が味方していても、将門の謀叛は失敗していたのだろうか? もし、父が将門と連合して貞盛様達を破っていたら、都からの征東軍を迎え撃つことが出来た筈だ。
いや、父の協力が無ければ貞盛様達は、将門を討つ為の軍を興すことさえ出来なかった。
そうであれば、征東軍を迎え撃つ準備は十分に出来たはず。
例え征東軍を破ることが出来ずとも、釘付けに出来れば、一時的に朝廷と和睦していた藤原純友とやらも、それを見て再び反乱したに違いない。
そう成れば朝廷は、背腹に敵を受けることになる。純友を討伐する為の軍を別に興す余裕が有ったのか? 都が危ないとなれば征東軍は、急遽、都に引き返さざるを得無くなったのではないだろうか。
もし成功していたとしても、父の思う坂東を作ることは出来ないと判断してのことであったのだろう。
いずれ将門とは袂を別つことになり、その結果双方とも滅ぶことになった。父が言いたかったのは、そういうことか。
しかし、それはやって見た結果では無く予測に過ぎない。将門の進む方向を変えられるかどうか、やっても見ずに見切ってしまった。理屈では無く、生き方としてそれで良かったのか。それが父の悔いとして残っているのかも知れない。
父をして、そこまで迷わせた将門の乱とは、一体何だったのだろうか』
千方はそんなことを考えていた。
『小説 藤原千方・坂東の風』に続く
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