表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/74

70 父の想い 2

「待ち兼ねておった」


 泥鰌髭(どじょうひげ)(しご)きながら、秀郷(ひでさと)が言った。

 正面に胡坐(あぐら)()いて坐っている秀郷(ひでさと)の前に、同じように胡坐(あぐら)をかいて座り、両の(こぶし)を床に突いて、千方が頭を下げる。

佐久(さく)から戻ったばかりか?」


「兄上に報告し、()ぐに参りました。」


「その様子では吉報(きっぽう)と見えるが、手勢はいかほど連れて参った」


「五十ほど率いて参りました。貞義(さだよし)殿から、父上にくれぐれも宜しくと言付(ことづ)かって参りました。何とか収まりました」


「そうか、それは上々」


「朝駆けと称して舘を出、外に伏せて置いた手勢と合流し、舘に引き返し一気に決着を付けました」


 そう秀郷(ひでさと)に報告する。


「やはり、切羽詰(せっぱつ)まっておったか」


「はい。そのようでした。しかし、伯父の兼光(かねみつ)を捕らえ、一味を一掃することが出来ました。

 どちらに着くか迷っていた者も多かったようですが、兼光(かねみつ)方の主な者が捕らわれたことにより、皆、貞義(さだよし)殿に服従致しました」


「なぜ父上が事態をご存じだったか、不思議がっておりました。そして、兼家(かねいえ)殿からの依頼が有ったのかと何度も(ただ)されました。

 その辺については、麿も詳しい事情は分からず、ただ、父の(めい)に寄って参った迄とお答えして置きました。事実詳しい事情は伺っておりませんでしたので」


「そうか。実はな、兼家(かねいえ)殿が甲賀郡(こうかごおり)郡司(ぐんじ)と成って近江(おうみ)に移ってより、望月(もちづき)の家は貞義(さだよし)殿の父・兼貞(かねさだ)殿が跡を継いだが、些細(ささい)()め事が始まって、兼貞(かねさだ)殿の死後、それが大きくなって来ておったようだ。貞義(さだよし)殿の代となって、抑えきれぬ程になっていたものと見える。

 もちろん、海野(うんの)根津(ねず)という滋野(しげの)三家としての後ろ(だて)は有るが、内輪のことで弱みを(さら)したくは無かったのであろう。何より、兼家(かねいえ)殿に聞こえてはとの想いが有り、困り果てていたのであろう。

 (もっと)も、兼家(かねいえ)殿は(とう)の昔に知っておった。 

 あの男近頃、郡司で在りながら細作(さいさく)をも生業(なりわい)としているようじゃ。都や諸国の様子を調べ、それを己の為に使うだけでなく、必要とする者に売り込んでおる。 かと言って、郡司たる者が、そう簡単に信濃(しなの)くんだりまで兵を出す訳にも行かず、思案しておったようだ。

 貞義(さだよし)殿に危険が差し迫っている様子と報せて来たのは、兼家(かねいえ)殿の郎党と成っている祖真紀(そまき)の弟・大道国影(おおみちのくにかげ)という者だ。元の名は支由威手(しゆいて)と申し、国時(くにとき)の配下だった者だ。…… (なれ)が行った時、驚いておったろう、貞義(さだよし)殿は」


 ()たり顔で秀郷(ひでさと)が千方を見た。


「はい。兵を隠して、夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)のみを連れ、父上からの使いと言うことで、貞義(さだよし)殿に会いました。

 人払いをして貰い、訪れた目的を話すと貞義(さだよし)殿は驚きましたが、段取りに同意してくれました。

 翌朝、朝駆けと称して信頼出来る者達だけを連れて舘を出、外に伏せて置いた我が手勢と合流し、舘に引き返し一気に決着を付けました」


「千方。大きくなったのう。五郎も安心して任せたのであろう」 


 秀郷が笑みを漏らし、感慨深げに言った。


「それはどうか分かりませぬが、麿の方は必死でした。早々と気付かれ、逆に一気に事を起こされて、貞義(さだよし)殿が殺されたり、人質に取られたりするようなことになっては元も子も無くなってしまいますから」


「だが、上手くやれた。今まで、無駄に修羅場を潜っては来なかったということじゃ。

 教え事には行かぬ。その場の状況を読み取って、いかに速やかに判断を下し、適切な行動を取れるか。慎重さと機敏さ。この一見矛盾するふたつのことをどう使い分けられるか。それが出来なければ失敗しておったろう。見事じゃ」


「恐れ入ります。父上にお褒め頂いたのは、初めてのことに御座ります」


 秀郷(ひでさと)は少し目を()いた。


「う? そうであったか」


 その表情が可笑しく、思わず千方は吹き出しそうになった。


「父上がお望みのように、下野藤原家(しもつけふじわらけ)の力を、坂東一帯、伊豆、信濃(しなの)にまで伸ばして行きたいと思っております。官位・官職には余り興味が有りません」


「青い! 麿が従四位下(じゅしいのげ)であったればこそ、今の麿が在り、(なれ)達が在るのだ。今の世の中、官位・官職が無ければ何も出来ぬ。官位・官職には余り興味が無いなどと軽々しく申すで無い」


「ご教授、しかと心に留め置きます」


「人ひとりの力など知れたものじゃ。時には他人の力を頼み、時には利用することも出来ねば、ひとりの力で出来ることなどたかが知れておると思え。だが、他人(ひと)を当てにしてはならん。最後は(おのれ)のみ。そう言う覚悟も忘れぬこと。しかと覚えておくが良い。やれる限りのことをやって駄目な時、それが(おのれ)の定めと言うものじゃ」


「お教え(きも)に命じます」


「ところで、五郎がのう、(なれ)を養子にしたいと申して来ておる」


 秀郷(ひでさと)がそう切り出した。


「その件なれば、兼ね兼ね兄上からも言われておりますが、……」


草原(かやはら)から連れて来た時より、そのつもりであったのであろう。

 草原(かやはら)豊地(とよち)が継ぐのだから、問題は有るまい。千常は、(なれ)に後を継いで貰いたいのじゃ。(なれ)に取っても良きことであろう。

 庶子(しょし)の六男の儘では(ろく)な官職にもあり付けぬであろうが、麿の直系の孫で、嫡嗣(ちゃくし)である藤原太郎(ふじわらのたろう)と言うことに成れば、将来は五位も望める立場となる」


「父上が(じじ)様ということになってしまうのですか?」


()ぜっ返すな。家系の上のことじゃ」


「今では、兄上には嫡子(ちゃくし)・太郎がおるでは御座いませんか」


「二歳の(わらべ)(数え年のため、満では一歳数か月)じゃ」


「もし、兄上に何か有った際には、熊丸が成人する迄は麿が後見し、伯父として家督を預かるということで宜しいのでは?」


「望月の例も有る。伯父では乗っ取ったと言われ兼ねぬ。成人したら返すなどと言っても信用されまい。だから、五郎はそなたをきちんと養子にし、後を託そうと思っておるようじゃ」


「ならば、猶子(ゆうし)(養子とは異なり相続を目的としないという建前)ということにして頂けませんでしょうか?」


「実際問題としては、養子も猶子も変わらぬわ。 (なれ)がそう望むなら、猶子(ゆうし)でも良い」


「もうひとつお願いが御座います。


 麿は、藤原六郎(ふじわらのろくろう)という名乗りが気に入っておりまして、引き続きそう名乗ることをお許し下さい」


 秀郷は少しムッとしたように横を向き、少し間を置いてから、改めて千方を見た。


「こんなへそ曲がりとは思わなんだな。千常の猶子(ゆうし)となれば、朝廷への届け出も必要だし、(おおやけ)の場では『太郎』と名乗らなければならんのじゃ。その上で跡継ぎを誰にするかは五郎が決めること」


「申し訳有りません。父上に逆らうつもりなど毛頭御座いません。しかし、実の子に継がせたいと思うのは人として当然。

 預かることはあっても、麿も、熊丸を差し置いて継ぎたいとは思いません。そういう気持ちを、今はっきりとさせて置きたいのです」


 秀郷(ひでさと)はまじまじと千方の顔を見た。


(なれ)には欲が無いのか、それとも、その歳でもう、将来の保身を考えておるのか?」


「欲は有ります。兄上の片腕と成って、父上のお望みのように、下野藤原家(しもつけふじわらけ)の力を、坂東一帯、伊豆、信濃(しなの)にまで伸ばして行きたいと思っております」


「その為に嫡子(ちゃくし)とすることが必要と、五郎は思っているのだ。麿が従四位下(じゅしいのげ)であったればこそ、今の麿が在り、(なれ)達が在るのだ。

 何度も言うが、今の世の中、官位・官職が無ければ何も出来ぬ。嫡子(ちゃくし)庶子(しょし)では朝廷の扱いが違う。

 (おのれ)ひとりの力など知れたものと申した意味がまだ、良く分かっておらぬと見えるな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ