7 戦士の郷
翌日から食事は郷の者達と同じ雑穀となった。
付くのはひとつまみの塩と、山菜それに汁のみ。たまに、干した魚が付いた。しかし、なぜかそれは千方に取っては大した苦痛では無かった。出来の悪い強飯より、稗や粟の方がましとさえ思えたのだ。
「今日は競馬などお見せしたいと存じます」
二日目の朝、郷長がそう告げに来た。
広場に出向くと、その日も、既に郷人が総出で、馬を引いた五人の男達が広場に控えていた。
合図を待って乗馬するが、日本古馬は気が荒く、サラブレッドのように大人しく整列などしない。それぞれ、あっちを向いたり、こっちを向いたりとしようとするのを、乗り手が 宥めながら、長の合図を今や遅しと待っている。
その中に、葦毛の馬に乗った長の倅が居ることに朝鳥は気付いた。
広場脇に筵が敷かれており、千方達はそこに案内された。
千方と朝鳥が席に着くと、乗馬した男達に向かって郷長が手を挙げ、さっと振り下ろす。
郷の中心には、狭い山里には不似合いな幅六間ほども有る道が、広場を横切って一直線に走っている。
その道は山に係る手前で狭まり、緩やかに曲がり、上り坂となって木陰に消えて行く。
一方、六間道の後ろも同じように山に係り、木陰に消えている。
見回すと、馬二頭ほどが辛うじて通れるほどの道が東側の斜面の木立の途切れる辺りに見え隠れする。どうやら、郷を半周する道が作られているようだ。
乗馬の訓練をするだけなら、こんな大掛かりな道を作る必要は無い。
郷中はともかく、低い所とは言え、山を削って馬二頭が並んで走れる程の道を作るには、相当な年月と労力が必要となる。明らかに、見せる為だけに、大変な労力と時間を掛けて作られた道だ。
この道は完全な周回路であり、郷の外には通じていない。郷に入る道は、防衛の為か、狭隘で険阻なまま少しの手も加えていない。
競走路の造作は秀郷が命じたものなのか。あるいは千常か。それとも、祖真紀ら自身が考えて作ったものなのか。いずれにしろ、この郷が只の山里では無いことを示している。
歓声が上がる。
乗り手であろう者達の名があちこちで叫ばれる。手を振ったり、跳び上がったり、大変な応援である。
走り出した五頭の馬の列は、次第に縦に伸びて、山に係る辺りでは先を争って揉み合いながら木陰に消えて行く。
馬の進行位置に合わせて人々は体を巡らせ、千方も朝鳥も立ち上がってその方角に目をやった。
木立の途切れる辺りでその姿が垣間見える度にまた歓声が上がる。
やがて、後ろの山陰から現れた馬群が、一直線の道で、最後の力を振り絞って広場に雪崩れ込んで来る。
先頭で飛び込んで来たのは、葦毛の馬に乗った体格のがっしりした、三十代半ばの男だった。
「いや、さすが、長の倅殿。やり申したな」
朝鳥が祖真紀に言った。
「恐れ入ります」
とは言ったが、祖真紀は当然とでも言いたげに、特に喜びの表情は無い。
馬を降りた男達が、千方の前に歩み寄り、立ったまま頭を下げる。
「千寿丸様。勝ったのは長の倅殿で御座るよ。お言葉を」
朝鳥が千方に言った。
「うん。見事であった」
千方は興奮気味に長の倅を見た。
「恐れ入ります。大道古能代と申します。お見知り置きを」
祖真紀の顎の張った四角い顔を受け継ぎ、眉が太く、しっかりした大きな鼻を持った意思の強そうな男だ。千常よりいくつか年上であろう。
朝鳥は古能代にどこかで会ったような気がしていた。
夕べは気が付かなかったが、こうして正面からまじまじと顔を見ていると、その太い眉、大きな鼻、確かに以前どこかで見た顔だった。
それがすぐに思い出せないのが歯痒い。歳のせいか、この頃そう言うことが良く有る。
「以前、何処かで会ったことが有るのう」
「ああ、郷の者達を連れてお舘に伺ったことが何度か有りますので、その折では御座いませんか? 」
「う? いや違う。婿から聞くまで、御事らが雑穀を受け取りに来ていることも知らなかった。お舘で会ってはいない」
「左様ですか。それでは、誰か似た者と間違えているのでは」
「いや、そのようなことは無い。確かに……」
「朝鳥。良いではないか。そのうち思い出すであろう」
なぜか、祖真紀親子が困っているような気がして、千方が口を出した。
「あ、はあ」
朝鳥は思い出せそうで思い出せない苛立ちを感じていた。
「千寿丸様。まだまだ趣向を用意しておりますので、どうぞ、お楽しみください。さ、汝達も支度に掛かれ。早う」
話題を変えようとしてか、祖真紀が男達を促した。
前を走る馬に追い着いて、騎手の後ろに乗り移ったり、騎手が、駆けながら地上に立っている男の片手を掴んで、ひょいと馬上に拾い上げたりと、競馬よりはるかに面白い趣向が、千方の胸を弾ませた。
駆けながら騎手が後ろ向きに乗り換えたり、地面に突き刺した太刀を、ほとんど逆さまに成りながら拾い上げて、すぐさま体勢を建て直しそのまま走って行ったりと、前輪、後輪を左右に分かれた居木で繋ぐ形式の大和鞍と舌長鐙を使っていては絶対に出来ない技に、千方は驚愕した。
乗馬技の数々を観ているうちに、突如朝鳥は思い出した。
「そうだ。あの戦いの折、確かにあの顔を見た」