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64 帰路 1

 南股川(みなみまたがわ)を渡ると、貞盛(さだもり)の郎党と人足達が待っていた。


 公務でも無い千方一行に貞盛(さだもり)が便宜を計らうのは、もちろん、陸奥守(むつのかみ)鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)としてでは無く、秀郷(ひでさと)との個人的な(よしみ)に寄るものである。だから、郎党も官職を兼ねて居ない者を差し向けているし、人足も、貞盛(さだもり)が個人的に手配した者達である。


 だいぶ早く来て待っていたものと見え、車座になって(くつろ)いでいたが、川向こうに一団の姿が見えると、物を食っていた者は慌てて頬張(ほおば)り、川岸に近付いて整列して千方達の到着を待った。


(あるじ)の言い付けにて、お待ち申し上げておりました。


 麿は、陸奥守(むつのかみ)貞盛(さだもり)の郎党にて、多岐葛良(たきのかずら)と申します。お見知り置きを。下野(しもつけ)まで、お供させて頂きます」


 千方が舟を降りるのを待って、郎党姿の男が挨拶した。


「これは、ご丁重なことで恐れ入る。陸奥守(むつのかみ)様のご好意にこれ程までに甘えてしまっては、父に叱られるかも知れませぬ」


「何の。(あるじ)(さきの)将軍様とは昵懇(じっこん)の間柄。出来るだけのことは致すよう、言い付かっております。どうか、お気になさらず、何なりとお申し付け下さいませ」 


「お世話を掛ける」


「何の」


 多岐葛良(たきのかずら)が笑顔を見せて言った。

 その日は栗原まで進み、夜は、(かつ)伊治君(これはるのきみ)呰麻呂(あざまろ)が乱を起こし、大和(やまと)蝦夷(えみし)との間の三十八年戦争の端緒となった伊治(これはる)城で一泊。


 翌日は十宮(とみや)(現・宮城県黒川郡富谷町)の鹿嶋天足別神社かしまあまたらしわけじんじゃに泊まる。全て貞盛(さだもり)が手配してくれていた。

 伊治城(これはるじょう)呰麻呂(あざまろ)の乱に際し炎上したが、その後再建されていた。


 三日目の昼近くには、多賀城(たがじょう)に向かう脇海道との追分(おいわけ)まで辿り着いた。


「麿と、ここにおる朝鳥は、陸奥守(むつのかみ)様に御挨拶してから参るゆえ、他の者達と先に行って下され」


 千方が多岐葛良(たきのかずら)に告げた。


「承知致しました」


 葛良(かずら)が答える。


「朝鳥、参るぞ」


 そう言うなり、千方は駆け出していた。


「やれやれ、何をそう急がれるのかのう、六郎様は…… 多岐(たき)殿、御免!」


と言った朝鳥が、今度は全力で駆け出して行った。夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)は、思わず顔を見合わせた。


 そんな朝鳥を見たことが無かったのだ。


「ぷ~っ、なんじゃあれは……」


 秋天丸(しゅてんまる)が思わず吹き出しながら言った。


「さあな。まだ若いところでも見せたいのかのう、あの親父殿」


夜叉丸(やしゃまる)。驚いたのは千方だった。気持ち良く駆けていると、(ひづめ)の音がする。振り向いて見ると、朝鳥が全速力で駆けて来る。

そして、千方を抜き去って行ったのだ。


「何~ぃっ?」


 思わずそう呟いていた。


 夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)と、こんな風に競ったことは何度も有るが、まさか朝鳥が馬で挑んで来るとは思ってもいなかった。

 朝鳥の背中を見送った千方だったが、なんだか嬉しくなって来た。すぐに(むち)を当て、これまた全速力で駆け出す。そして遂に抜き返した。


「やはり、すぐに誘いに乗る御性格のようですな」


 朝鳥が言った。


「何? …… また説教か? いや、麿には、負け惜しみとしか聞こえぬわ」


「いつか思い出して頂くことも御座いましょう。(いくさ)の折に……。その時は本気でお(いさ)め申しますぞ」


「分かった。その時は、本気で聞いてやる。せっかくだ。多賀城(たがじょう)まで走るぞ」


「心得ました」


 全速では無いが、早足でまた二人は走り始めた。朝鳥の顔にも笑みが溢れる。



 多賀城(たがじょう)は相変わらずの賑わいを見せていた。歩を(ゆる)め二人は、真っ直ぐに貞盛(さだもり)の居る国司舘(こくしやかた)に向かった。


 門番に取り次ぎを頼むと、すぐに館諸忠(たてのもろただ)が出て来た。


「お帰りなさいませ。報せを受け殿もお待ち申し上げておりましたが、只今、御用の為、表の舘におります。暫し居宅(きょたく)の方でお待ち下さいませ」


御用繁多(ごようはんた)の処をお邪魔して申し訳有りません」


 千方が言った。


「いえ、殿はお話を伺うのを楽しみにしているように御座います」 


「左様ですか」


    


 貞盛(さだもり)を待つ間、千方は頭の中で想定問答を繰り返していた。

 世話になった都留儀(つるぎ)忠頼(ただより)の不利に成るような話は慎まなければなら無い。もちろん、貞盛(さだもり)にも世話に成っている訳だが、(たばか)るという意識は無かった。


 一方、朝鳥も、貞盛(さだもり)が何をどう聞いて来るか気には成っていた。

 千方はまだ、状況を考えずに物を言うところが有る。確かに不用意な処は有るが、それを意識させる為に、繰り返し嫌味(いやみ)(まが)いのことを言って来た。

 こんな時にそれを忘れているほど千方が(うつ)けだとは、朝鳥も思って居ない。


 それに、都留儀とて、本当に貞盛に知られてはまずいことは、言っても見せても居ない筈だ。

 これから千方には、交渉術を身に着けて貰わなければならない。その第一歩として、器量(きりょう)を見るには良い機会だと思っている。だから、今更、老婆心を起こして、あれこれ注意するつもりは無かった。


「待たせて申し訳無い」


 いい加減待ちくたびれた頃に、貞盛(さだもり)がそう言いながら現れた。


「いえ、御用繁多な折、お邪魔を致しまして、こちらこそ申し訳無く思うております。

 また、陸奥守(むつのかみ)様には、この(たび)一方(ひとかた)ならぬ御厚情を賜りまして、御礼の申し上げようも御座いませぬ」


「何の。秀郷(ひでさと)殿と麿の仲じゃ、身内がしたことと思うて、気にされることは無い」


「有り難きお言葉、痛み入ります」


「良い。…… ところで、胆沢(いさわ)如何(いかが)であった?」


「中々良き土地に御座いました。冬は厳しいとは聞きましたが……」


「そうよな。陸奥(むつ)は、冬に来る所では無いな。風邪を引いて死んではつまらぬからの」


 そうなのだ。この時代、風邪で人が死んだのだ。インフルエンザが有ったかどうかは分からないが、住まいに保温効果は無いし、綿入れの衣服も無い。(こじ)らせて肺炎でも起こせば、即、死に到る。


安倍(あべ)はどうであった?」


「並々ならぬ心遣いをして貰いました。陸奥守むつのこみ様のお口添えが有っての事と思うております」


「存じておるとは思うが、麿も、ついこの間、胆沢(いさわ)に行った」


「はい、聞き及んでおります。北に住む蝦夷(えみし)大和(やまと)に降り、その儀式を行ったとか」


都留儀(つるぎ)は何か申しておらなんだか?」


「はい、申しておりました。式に向かう前に、式の次第などを話してくれました」


「戻ってよりは、何と申しておったかな?」


「特に…… と申しますより、あの晩は話す機会が御座いませなんだ」


安倍(あべ)には色々と苦労を掛けておる。国府としても、何かしてやれることが有ればと思うておる。

 困り事や意に添わぬこともあろう。かと言って、そう簡単に苦衷を訴えては来ぬであろうから、もし、何か気が付いたことが有れば、教えて貰えれば、力を貸してやれることが有るやも知れぬ」


安倍(あべ)は、信頼されて任されていることに誇りを持っております。そして、陸奥守(むつのかみ)様のお手を(わずら)わせることが無いよう、必死に努めております」


「左様か。…… 三月(みつき)の間、安倍(あべ)の愚痴や不満を聞いたことは無いと申されるか」


「はい。仰せの通りに御座います」


「朝鳥。そのほうも無いか」


「さて、…… そう言えば申しておりましたな」 


『何を言い出すのか?』朝鳥の言葉で、千方は緊張に襲われた。 


「何?」 


貞盛(さだもり)が反応する。


鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)でもあられる陸奥守(むつのかみ)様が、胆沢城(いさわじょう)に有る鎮守府(ちんじゅふ)にお入りになったのは、こたびが初めてのこととか……」


「それが、どうかしたか?」


「出来るなら、もっと早くお越し頂きたかったと申しておりました。不満と言えば不満に御座いましょうな、これも」


 貞盛(さだもり)の目に落胆の色が浮かんだ。かと言って、(あら)を探して事を起こそうと思っている訳では無い。

 兎に角、蝦夷(えみし)社会についての情報が無いのだ。何かの動きを見逃して失態を演じることが恐い。

 蝦夷(えみし)社会に細作(さいさく)(密偵)を入れることはほぼ不可能に近い。千方の滞在に寄って得られる情報が有れば、聞き出したい。それだけのことだ。


「他には……」


「左様で御座いますな。いずれ、忠頼(ただより)殿に、坂東や京を見せてやりたいものだと申したことが御座いましたな。単なる願望でしょうが……」


「そうか。越訴(おっそ)でもしようというので無ければ、麿の在任中なら、何とかしてやっても良い。少し細工が()るがのう」


「まさか。安倍(あべ)越訴(おっそ)などする訳が御座いません。かの者達は、騒ぎを起こさぬことが、己達の利を図る最良の策だと良う心得ております」


 朝鳥が答える。


「であろうな。麿もそう思うておる」


「そのお言葉を聞けば、都留儀(つるぎ)殿や忠頼(ただより)殿もさぞかし安堵することと思います」


「千方殿。十五であったのう。十五にしては中々の受け答え。さすが、秀郷(ひでさと)殿のお子じゃ。…… それとも、朝鳥。そのほうの教えか?」


「飛んでも無い。手前ご覧の通りのがさつ者。武より他にお教えすることなど御座いません」


「そうか。…… でも無さそうじゃがのう」


「相当に口煩(くちうる)そう御座います」


 ニヤリとした千方が言った。


「…… 六郎様。裏切りはいけませんぞ。全く……」 


 口を曲げた朝鳥が横を向く。


「朝鳥。千方殿に一本取られたのう」


 貞盛(さだもり)は、そう言って愉快そうに笑った。そして、急に真顔になり、


「金の採掘は見られたか?」

  

と千方に尋ねた。


「採掘というより、探索に同道させて貰いました。金を取るということは、恐ろしく手間の掛るものだと分りました。あれだけの手間が掛るから貴重な物なのだなと思いました」 


「手間が掛るから値打ちが有るとばかりは言えぬが、値打ちが有るから手間を掛ける甲斐が有るとも言えるな。…… で、その時は良き場所が見付かったのか?」 


「いえ、残念ながら、その日は見付かりませんでした」 


「そうか…… うん。成る程。面白き話を聞かせて貰った。麿も来年で陸奥守(むつのかみ)鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)の任が明ける。常陸(ひたち)に戻れば、又、秀郷(ひでさと)殿と親しく話す折もあろう。会う機会が有れば、宜しくお伝え下され」


「こたびは、陸奥守(むつのかみ)様には一方(ひとかた)ならぬお世話になりましたゆえ、兄ばかりでは無く、父にも会ってその旨伝えたいと思うております」


「それ程のことはしておらぬ」


「御用繁多のところを、お邪魔致しました」


「道中気を付けて行かれよ。」

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