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62 阿弖流為の血

 千方達が吉次(きちじ)と共に砂金探索に出掛けた日、


「珍しい物をお見せしよう」


と言う都留儀(つるぎ)の言葉に誘われて、朝鳥は、宝物倉のような所に案内されていた。


 注ぎ口と取っ手を持った、何とも言えない美しい光沢を放つ焼き物の壺のような物。

 見事な細工を施した金の指輪。そして、見たことも無い鮮やかな色の糸を使った厚手の織物など。所狭しと並べられた品々に、さすがの朝鳥も絶句した。


 若い頃、秀郷(ひでさと)の供をして都に何度か行ったことが有るが、京でさえも見たことのない品々だった。


「こ、これは……」


「ふふ、出羽(でわ)の者達との取引で手に入れた品々で御座います」


出羽(でわ)?」


出羽(でわ)の海岸には、時々、異国の物が流れ着きます。難破した船に積まれていた物でしょう。人の乗った船が流れ着くことさえ有ります。

 出羽(でわ)荒蝦夷(あらえみし)達は、それを襲ったりもします。

 恐らくは、そうして得た物でしょう。()の者達が欲しがる、農具や布と交換に手に入れた品々です」


 朝鳥は、今更ながら、安倍の力を見せ付けられたような気がした。


   

 陸奥(むつ)に来て早くも二月(ふたつき)()っていた。


 何やら舘の中が騒々しい。


「お騒がせしております」


 千方達に用意された居室に都留儀(つるぎ)が現れた。


「これは都留儀(つるぎ)殿。いかがなされた」


 円座になって身内と話していた千方が、都留儀(つるぎ)に視線を移す。


 千方は、良く郎党達と円座になって話す。普通なら千方が正面に坐り、対面して朝鳥ら郎党達が座る処だが、そんな距離で話すことが千方は余り好きではないのだ。

 すぐに近寄って来て、話す相手の目の前にどっかと胡坐(あぐら)を掻く。改まった場合には、ちゃんと席を保つことは分っているので、朝鳥も何も言わない。


「お邪魔して宜しいでしょうか」


「元より。さ、どうぞどうぞ」


 朝鳥が身を()けて、千方との間を()け、都留儀(つるぎ)を迎え入れる。


「朝から騒々しいことで申し訳御座いません」


「また、(いくさ)でも始まるのですかな?」


 朝鳥が尋ねた。


「いえ、その逆で御座います。北に住む村長(むらおさ)のひとりが、長年の説得に漸く応じてくれまして、和議が成り、先日、我等に従うことを約してくれました」


「うん。それは何より。戦わずして和議が成れば、それに越したことは御座いませんな」


 朝鳥が頷く。


「で、何か儀式でも行うということですか?」


と千方。


「我等は大袈裟な儀式など行わずとも良いのですが、朝廷はそう言う儀式が好きで御座いますので」


「では、多賀城(たがじょう)まで出向いて」


「いえ。こたびは、鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)でもある陸奥守(むつのかみ)様が、鎮守府(ちんじゅふ)まで出向いて来られることになりまして、着任以来、初めてのことで御座いますよ」


「ほう、陸奥守(むつのかみ)様がのう……」


 朝鳥が何か意味有りげに呟いた。


貞盛(さだもり)様は、胆沢(いさわ)にお()でになったことは無いのか?」


都留儀(つるぎ)殿が不穏な者達を抑え込んでおりますゆえ、お任せになっているので御座いましょう。

 鎮守府(ちんじゅふ)は今、形だけのものになっております。朝廷としても、刺激したくは無いので御座いますよ」


 朝鳥が千方に説明した。


 確かに、朝廷としては、出羽(でわ)で起きた元慶(がんぎょう)の乱のようなことがこの陸奥(むつ)で起きては困るのだ。金も人手も掛けずに治まっていれば、それに越したことは無い。


「明日、鎮守府(ちんじゅふ)で、朝廷に恭順の意を示す儀式が行われます。吾も参ります。久し振りに蝦夷の正装をして、踊りなども披露致します」


都留儀(つるぎ)殿も蝦夷(えみし)の装束を着るのか?」


「はい。蛮族である蝦夷(えみし)が朝廷の御威光に恐れ入り、恭順(きょうじゅん)を誓い、大和の恩恵に浴することが出来る喜びを、踊り狂って表すという筋書きで御座います。

 仲を取り持った吾も一緒になって踊り狂います」


 屈託の無い表情で、都留儀(つるぎ)がさらりと言った。


「何と……」


 千方主従は顔を見合わせた。


 朝廷は自ら汗を流さず、人任せで得た果実のみを美味(うま)そうに頬張る。


『いずれ、このつけを支払う時が来るのではないか』


と朝鳥は思った。


 何の(こだわ)りも無い様子で儀式の段取りを話し続ける都留儀(つるぎ)に引き換え、千方主従は複雑な面持(おもも)ちでそれを聞いていた。


 特に古能代(このしろ)は、押し黙ったまま、一言(ひとこと)も発しない。


「父上」


 そう言って入って来たのは忠頼(ただより)だった。


「郎党共がお待ちしております」


「うん、分かった。では失礼致します」


 都留儀(つるぎ)が席を立ち出て行く。忠頼も従って部屋を出た。

 その時、古能代(このしろ)が席を立ち、忠頼(ただより)の後を追った。


忠頼(ただより)殿」


 回廊で古能代(このしろ)が呼び止めた。忠頼(ただより)が立ち止まって振り返る。都留儀(つるぎ)はそのまま広間の方へ歩いて行った。

 古能代(このしろ)の意図を察したのか、忠頼はゆっくりと歩を戻した。少し}苦笑にがわらいをしたような表情に成る。


「父の声は聞こえました。…… これが、我等の実情で御座いますよ。父の本意が分かりません。…… ”蝦夷の誇り”という言葉は、もはや、過去の語り}ぐさでしか無いので御座います」


 そう言って、忠頼(ただより)は自嘲気味に笑った。


「本心では有りますまい」


 古能代(このしろ)がぽつりと言った。


「吾もそう思いたい。そう思いたいのですよ」


「大きな目的を持っていれば、他のことは忍べる。他人(ひと)にどう思われようと、そんなことはどうでも良くなる。

 いちいち感情を荒げるのは、大義を持たぬ凡人のすること。…… そう思わぬか?」


義兄上あにうえ。父には秘めた大義が有ると言われるのですか?」


「う? 忠頼(ただより)殿は、お舘様を、只、大和(やまと)尻尾(しっぽ)を振るだけの、腰抜けとお思いだったのか?」


「いや、そこまでは思っておらなかったが、もどかしく思うことは……」


「本気で戦う訳に行かぬなら、つまらぬ意地を張ってみても仕方が無い。…… 実は吾も、大殿に()(へつら)っているようにしか見えなかった父・祖真紀(そまき)を、ずっと苦々(にがにが)しく思っておった。つい最近までな」


「今は?」


「分らぬ。我が父ながら、底が知れぬ。お舘様とて…… そう思わぬか?」


「吾がそう思うことが出来ても、問題は他の者達がどう思うかです。義兄上(あにうえ)は、大義があれば他人(ひと)がどう思おうと構わぬと仰るが、父が大和(やまと)に尻尾を振っていると思う者が多ければ、それだけ従わせることは難しくなります」


大和(やまと)には恭順していると思わせ、蝦夷(えみし)等には、誇りを失っておらぬと思わせる。それが出来れば良いのだが……」


 そう言って古能代(このしろ)は腕組みをした。


「出来ると吾は思っております」


「ほう。どんなことを考えておいでか」


「…… 策は幾つか考えておりますが、その中のひとつは、義兄上(あにうえ)にお願いせねばならぬことです」 


「何? 吾に? 聞こう。吾に出来ることであれば、何でもするぞ」


「…… 実は、申し上げ(にく)いことでして……」


忠頼(ただより)殿らしくもない。吾は、忠頼(ただより)殿を、実の弟のように思っておる。遠慮せず申されよ」


「…… 力で全ての蝦夷(えみし)を抑え込むことは無理です。又、もし我等が強大な力を得て抑え込んだとしても、常に反乱を恐れて、強権を持って支配しなければならないことになります。

 そんなやり方が長く続く訳はありません。いずれ我等が倒され、陸奥(むつ)は大混乱の時代を迎えることになりましょう。

 そんなことにさせぬ為には、同胞(はらから)の信頼と尊敬を得なければなりません…… 

 その為のひとつの策として、()り所が欲しいのです。

 大和(やまと)がひとつに纏まり勢力を伸ばしたのは、(みかど)という象徴が有ったからであり、我等が破れたのは、それを持たなかった為、ひとつに纏まることが出来なかったからです。

 しかし、敗れる寸前に、蝦夷(えみし)をひとつに纏めることが出来る者が(ようや)く現れました。只、現れるのが遅すぎただけです」


「第二の阿弖流爲(あてるい)になろうと思っているのか?」


「え? いや、吾は安倍(あべ)(せがれ)阿弖流爲(アテルイ)には成れませぬ」


「吾に頼みとは?」


「…… 義兄上(あにうえ)…… 吾に、高巳丸(たかみまる)を下さらぬか?」


「…… 阿弖流爲(アテルイ)の血が欲しいのか?」


「はい」


「しかし、(なれ)には男子(おのこ)が何人もおるではないか」 


高巳(たかみ)を後継ぎに致します」 


 古能代(このしろ)は、じっと忠頼(ただより)の顔を見詰めた。


そして、


「済まぬが、それは聞けぬ。断る」


と言った。


「分かっております。二人しかおらぬ子の一人。しかも、やっと親子四人一緒に暮らせることになり、これからという時に、こんなお願いをするのは、吾も気が退()けております。しかし、蝦夷(えみし)をひとつに纏める為には…… それしか……

 高巳丸(たかみまる)の将来については、吾が、しかとお約束致す」


「良くお考えなされ…… 安倍(あべ)を割ることにもなるのだぞ。高巳(たかみ)を後継ぎにしようとしたりすれば、郎党達が割れる。そして、(なれ)の子らと高巳(たかみ)が戦うことになる。そのようなことにしとうは無い」


「そのようなことにはさせません」


「もし、(なれ)が突然死んだら、どうなる?」


 忠頼(ただより)は絶句した。確かに、(いくさ)でいつ死ぬかも知れない。また、(やまい)で誰がいつ死んでも可笑しくない時代でもあった。

 

 諦めたように力が抜け、忠頼(ただより)はフーッと息を吐いた。


「…… 分かり申した。申し訳御座いませんでした、義兄上(あにうえ)。お忘れ下され」


阿弖流爲(アテルイ)は確かに今も蝦夷(えみし)達の心の中に生きているかも知れぬ。だが、高巳丸(たかみまる)も、そして吾も阿弖流爲(アテルイ)では無いのだ。そして、時代も状況も違う。


 仮に、高巳(たかみ)を当主に据えたとしても、上手く行くとは限らん。血筋に頼ると言う大和(やまと)のやり方を安易に、何故(なにゆえ)、真似ようとするのか? 


 忠頼(ただより)殿。蝦夷(えみし)には蝦夷(えみし)のやり方が有る筈だ。そして、今の世に合った方法を取らねばならぬ。

 当主を継いだ暁には、それを実行して行けば良い。どうすべきか。それをもっともっと考えられよ」


義兄上(あにうえ)。お教え(きも)に命じます」


「いや、要らぬことを喋り過ぎた……」

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