61 黄金
或る日、何気無く千方が都留儀の居室を訪れると、先客が有った。
見慣れぬ衣装を着ている。蝦夷ではない。
『新羅人か』と千方は思った。
武蔵にも新羅人は多く居る。高麗に従うことを嫌い、半島を脱出した新羅人の中には海賊となって暴れ回っている者も居たが、この国に渡って社会に溶け込んでいる者達も多く居た。
「あ、これは失礼致した」
客に気付いて引き返そうとした千方に、
「良い処に来られた。お引き合わせ致しましょう。どうぞお入り下され」
と都留儀が言った。
戻り掛けた千方は足を止め、居室に入った。客に軽く頭を下げ、都留儀の前に胡坐を掻く。
「この者は、乙吉干と呼ばれていた新羅の者で御座る。と言っても本名では無く一緒に逃れて来た新羅の者達からそう呼ばれていたので、吾もそう呼んでおったのです。
乙吉干とは、何でも、新羅の官職のひとつだそうです。
新羅では若くして都で高位に在ったようですが、それだけに、国が滅びた後、高麗の圧迫が厳しく、とうとう、半島を脱出する羽目に成ったとか。本名は朴…… 何と申したかな。どうも、新羅の者の名を覚えるのは苦手じゃ」
「きちじ で よろしゅうございます。
おやかたから いただいた なまえでござる」
「部下達を率いて兄と一緒に高麗から逃れ、船でこの国を目指したが、嵐に会って兄と多くの部下達を失い、越の浜辺に打ち上げられたと言うことです。
暫く越で囚われの身と成っておりましたが、越の者達との取引で部下共々、吾が買い取りました。
ここに来て三年になります。この度、乙吉干の『吉』と次男を表す『次』を組み合わせ吉次と名付け、我が郎党とすることにしました」
「きちじ ともうします。よろしくおねがいいたします」
「千方じゃ。先日より都留儀殿の世話になっておる」
「最初、吾も知らなかったのですが、この吉次は、貴重な技を持っておりましてな」
「技?」
都留儀がにやりと笑い、
「これで 御座いますよ」
と小さな革袋を差し出した。持つとずっしりと重い。
「砂金か?」
「はい。あちこちの川沿いを探索し、部下達を指図して川砂の中から金を取り出す技を持っておりました」
「越に居た時は、その技を秘しておったのか?」
「はい。あのものたちは ひどいあつかいをしましたので」
「さすが都留儀殿。人を見る目がお有りなのですね」
「いえ、部下達が慕っているのが見て取れたので、それなりの者であろうと思って遇しただけです。まさか、これ程の人物とは思わなんだ」
「おやかたさまに であったことで すくわれました。おんは かえしたいと おもっています」
「いや、十分に返して貰っておる」
金はその美しい輝きと安定性の為、古代の人々によって神聖な金属として尊ばれていた。しかし、古代日本の記録には金の産出記録は見られない。
東アジア第一の産金地は朝鮮半島南部であった。日本は長い間、金を朝鮮半島から輸入していたのだ。
安倍に取っても金は魅力的だった。元々蝦夷は金というものにそれほどの関心を持っていなかった。しかし、大和に降伏し、大和人との交流が深まるに連れ、その魅力に気付いて行った。
大和が発見した金採掘場以外に独自の採掘場を増やして行くことが安倍の力を伸ばして行く為に大きな役割を果たしてくれた筈だ。
もちろん金が採掘出来る場所が見つかれば,鎮守府に報告しなければならない。しかし、一部の場所を秘密にしたり、産量を誤魔化したりすることは幾らでも出来る。
誤魔化すと言うと悪徳のように聞こえるが、蝦夷の土地で採れる物は元々蝦夷のものだ。それを大和に渡さなければならないということは、言わば収奪されるということに外ならない。
一部の場所を秘密にしたり、産量を誤魔化したりすると言うことは、言わば自己防衛なのである。
たまたま越で囚われの身となっていた乙吉干の人柄を見抜き、部下共々買い取った都留儀の行為は『情けは他人の為ならず』との諺の如く、安倍に幸いを齎していたのだ。
「千方様。明日より、この吉次達が、砂金の探索に出掛けることになっております。宜しければ同道されて見てはいかがかな?」
「えっ? 宜しいのですか?」
余り他人に知られたくは無いことではないのかと千方は思った。
「何の、新しき採掘場を見付ければ、全て鎮守府にお報せしておるのですから、我等に隠し事など、何も御座らん」
都留儀が平然と言って退けた。
都留儀と話が有るとのことで、朝鳥は同行を遠慮した。恐らく、長い距離を歩くことになると知って億劫になったのだろう。千方の供は、夜叉丸と秋天丸の二人だ。
吉次の部下は四人。他に都留儀が警護と恐らくは監視の為に付けた郎党が六人。総勢十四人は朝早く馬で舘を出発し山に入った。
二つほどの山を越し谷に降りる。
「うま は このあたりに おいてまいりましょう」
吉次が言った。
「ならば、馬は吾が見ておりましょう」
郎党の一人が馬の見張り役として残ることになった。
山間の川にしては広い流域を持った川だ。山間を縫うようにして清らかな水が流れている。屈曲の多い川で、大小の岩や小石が転がっている。
岩や大きめの石を伝うようにして一行は上流へと向かう。吉次の部下達は何かを入れた革袋を背負っている。
「このあたりで ためしてみましょう」
吉次の部下の一人が言った。
「うん。ちけいもよい。やってみるか」
辺りを見回しながら吉次が頷く。部下達は背負っていた荷を降ろし準備に掛かる。
吉次と部下達の会話は新羅の言葉でする方が遥かに楽なのであろうが、何を話しているのか分からないということは、都留儀の郎党達に疑念を抱かせる基となる。
吉次は都留儀やその郎党達の前で部下達に新羅語で話すことは決してし無かったし、部下達にもきつくそう命じていた。
「まずは くさねびき をしてみましょう」
吉次が千方に言った。
「くさねびき?」
「はい」
と言うと吉次が内側に湾曲した流れの水際に草の繁っている辺りを指差した。
裾を捲り上げて紐で縛った部下達が草を引き抜いて来て、根に付いた土を、丁寧に、窪みの有る厚い木の盆のような物の上に払い落す。
幅一尺(二十九・四センチ:唐尺)長さ二尺(五十八・八センチ)ほど。厚さは二寸(五・八センチ)ほどの柳の木の盆で、手前の縁を残し、中を刳り抜いたものだ。先が少し広がっている。それを流れの中に持って行き、揺らすように動かし始めた。
「何をしておるのか?」
千方が尋ねた。
「きんは あるしゅの いわのなかに、そうをなして うもれております。しかし、ほんのすこしです。いわをくだいて こなごなに しなければなりません。
たいへんなひとでと ときがかかります。ですが、さいわいにも、くだけた いわが ながいときをかけて かわを ころがってくだるうちに すなとなって つもります。
それを よりわけて きんを とりだすことが できます。
このように ながれが おおきくまがっているところでは すなが おおくつもっていますので きんもおおく まじっていることが あります。きんは くさのねにも つちやすなにまじって つきます」
千方は、水の中に盆を入れて揺すっている吉次の部下の後ろに回って、興味深げに覗き込んだ。
夜叉丸と秋天丸も目を輝かせて覗き込む。
「それは、何と言う道具じゃ」
「やまとことばでは ゆりいた といっております」
「光っています、六郎様。金で御座います」
秋天丸が興奮して声を上げた。
「うん? おお、真じゃ、光っておる」
「ははは。ちがいます。それは うんも でごさいますよ。ゆれておりましょう。きんは そのようにかるくはありませぬ」
後ろから吉次が言った。
「…… うん、そうか。金はどこに有る? 見えぬのう」
「まあ、そう おいそぎなさいますな。そんなにきんがとれたら あべさまのやかたの ゆかも はしらも やねも すべて こがねとなってしまいましょう」
「それもそうだな。採れぬから珍重される訳だ」
「そればかりでは ございません。きんは てつよりも しゅ(鉛)よりも おもく、しかも てつ や どう のように さびたりはしません。
そのうえ きんはやわらかく さいくもしやすく たたいて かみよりも うすくのばすこともできます。そして、いつどこにおいても こうきな かがやきを うしなわないのです」
「どのようにして金を見付けるのか?」
「はい、いま やっているように つちやすな を ゆりいたにいれて みずのなかで ゆりうごかします。
すると、おおきくてかるいつぶは うえのほうにあがってきます。ちいさいつぶ おもいつぶは したのほうに しずんでゆきます。
うえにあがってきた つぶのなかには きんはありませんから すてます。のこったものを またみずのなかで ゆすります。そして、また うえにあがってきたつぶを すてます。
にさんど それをくりかえすと もし おおきなきんのつぶが まじっていれば みわけられます。
しかし、そんなおおきなつぶは めったにありませんから こまかいすなが そこのほうにのこります。さらに みずのなかで ゆすると こまかいすなのなかでも おもいきんが したにしずんでゆきます。
さらにくりかえすと さきんがあれば こまかいきんのつぶが あつまってくるのです」
「ふ~ん。成る程な。…… しかし、手間の掛かるものだな。
小さな革袋でさえ、一杯にするのは、大変なことなのだな」
「はい。だからこそ かちが あるのです」
「ところで、この辺りには有りそうか?」
「あるか ないか といわれれば そこいらじゅうに あるものです」
「真か?」
「ただ、あまりに すくなければ てまだけ かかって わりに あいませぬ。もんだいは どれほど ふくまれて いるかです」
「楽しみだな」
そう言って千方は、作業を続ける吉次の部下の手許を注視した。夜叉丸、秋天丸も、目を輝かせて覗き込む。
千方主従三人は、食い入るように吉次の部下の一人が扱う揺り板を覗き込んでいる。
吉次の部下は慣れた手付きで、水の中の揺り板を円を描くように廻しては、手前を持ち上げて、上の方に浮いた砂を、流れに乗せて捨てて行く。上澄みが流れ出ると、素早く手首を返して、下に残った砂を一気に手前に戻す。
そしてまた、水の中で円を描くように廻す。次第に砂の量は少なくなり、且つ細かい粒子のみとなって行く。
「金ではないのか?」
残った砂の中に、金色の粒が混じっているのを見付けて千方が尋ねる。
それは、雲母のように、陽の光を受けてきらきらと光っている訳では無いが、重厚で落ち着いた金色の粒だった。
揺り板を水から引き揚げ土の上に置くと、濡れた指を袖で拭った吉次の部下が、金色の粒に乾いた指先を押し付ける。
少し持ち上げて素早く親指を合わせて摘んで、千方の方に腕を伸ばした。
千方が手を出して、掌を開く。吉次の部下が、その上に小さな金の粒を置いた。夜叉丸と秋天丸も覗き込む。
「ほんの すうつぶ のようでございますな」
千方に言った後、
「あのあたりと あのあたりで ためしてみよ」
と吉次が部下達に指示した。
道具の入った革袋を担いだ部下達が指示された辺りに向かって散って行く。
指示された場所に着くと、部下達は、革袋の中から、揺り板と、大きな三角形の鉄制の刃に柄の付いた、カッチャと呼ばれる土を掘る道具を取り出し、川辺の土を掘り始めた。そして、揺り板に入れて水の中での選別作業を繰り返す。
数刻の後、部下達が集めて来た金の粒を掌に乗せ、
「ふ~ん。これだけか」
と吉次が呟いた。
「このあたりは あまり きたいできぬようです。もうすこし じょうりゅうに いってみましょう」
一行は上流に移動し、更に探査を続けた。しかし、千方達が同行したこの日、捗々しい成果は得られなかった。
同じ日、忠頼は全く別の場所に居た。
やはり川辺である。河原には、十基ほどの流し桶が設置されている。
流し桶とは、長さ四尺(約一メートル)ほどの樋のようなもので、水路と桟を組み合わせたようなものである。
砂金を含む土砂を流し、砂金を桟や筵に引っ掛けて回収する装置なのだ。当然、揺り板より遥かに大量の土砂を一挙に処理出来る。
「どうじゃ、順調に行っておるか?」
「はい、忠頼様。ここには、まだまだ多くの金が埋もれております」
郎党が答える。
「そうか。精を出してくれ。我等の目指す日高見国を作る為に欠かせぬことじゃ」
『力で抑え込むには限界が有る。今、我等に必要なのは、財力と象徴だ。吾にはその道筋が見える。いつの日か、必ず我等の国を作って見せる。いつまで大和に媚びているつもりは無い』
山波を見渡しながら、忠頼は心が高ぶるのを感じた。




