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56 修羅へ

 翌朝、古能代(このしろ)達が包囲し狐支紀(こしき)が立て籠もる山に武装して向かうことになった。都留儀(つるぎ)は十人ほどの郎党を着けてくれた。 

 狐支紀(こしき)が立て籠もる山を見渡せる峠を越えて山を下り、川を越えてなだらかな坂道を上っている時のことだった。


「今、何か光りませんでしたか?」


 夜叉丸(やしゃまる)がそう言った。


「うん? どこじゃ?」 


 朝鳥が夜叉丸(やしゃまる)の方を振り返って尋ねた。

 忠頼(ただより)古能代(このしろ)達が陣を敷いている場所の手前右手の山裾(やますそ)の方を指差して、


「あの辺りです」


夜叉丸(やしゃまる)が答える。


 千方、朝鳥だけで無く、都留儀(つるぎ)の郎党達もその方向を凝視した。


「確かに光った」


 郎党の一人が言った。


 陽の光を浴びて何かが時々光っているのだ。それも、ひとつでは無く、しかも動いているように見える。


「人を入れて何かをさせているのかな?」


と千方。


「このような時には、まず、敵ではないかと疑ってみるものです」


「しかし、狐支紀(こしき)は出て来れぬ筈では……」


「決め付けてはなりませぬ。それに、外から援軍が来るということも有りまする。

 疑って見て、それで何事も無ければ結構。逆は取り返しの付かぬことになります」


 朝鳥の目が厳しいものに変わっている。


「朝鳥殿の言われる通りです。我等、先に参りますゆえ、確認出来るまで皆様はここでお待ち下され」


 郎党達を率いる男は、そう言うなり馬を駆って駆け出していた。それに郎党達が続いて駆け出して行く。


「もしもの時、少しでも多い方が良い。我等も参ろうぞ」


「恐ろしくは御座いませんか?」


 朝鳥が千方の目を見て言った。


「恐ろしく無いと言えば嘘になる。だが、いずれは戦わなければならぬ時が来よう。

 今、怖気(おじけ)付けば、次の時にはもっと恐ろしくなろう。臆病者になるのは真っ平だ」


「六郎様は我等が必ずお守りします」


夜叉丸(やしゃまる)。そんなことを考えていては死ぬぞ。(なれ)達も初めてのことだ。ただひたすら敵を倒すことだけを考えよ。そうしなければ命は保てぬ」


「朝鳥の申す通りじゃ。夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)、麿に構うな。己のせいで郎党を失えば一生、悔いることになる」


 兄・千常を(かば)って討ち死にした、朝鳥の三男・三郎是光(これみつ)のことが、千方の脳裏を一瞬(よぎ)った。


「郎党とは(あるじ)を護る者ではないのですか?」


 秋天丸(しゅてんまる)が不満げに言った。


「一人前のことを申すな。(なれ)達はまだ半人前にも成っておらんのだ。一人前になって六郎様をお護りすることが出来るようになる為にも、命を無駄にするなと申しておるのじゃ。

 六郎様に万一のことが有った時は、麿ひとりがあの世までお供する。良いな!」


 二人とも不満げな表情を浮かべている。


「この(たび)は朝鳥の申すように致せ。我等はまだ、戦いというものを知らぬのだ」


「さ、いつまでぐずぐずして居ては遅れを取りまするぞ。覚悟が出来ましたら参りましょう。(もっと)も敵かどうかまだ分りませんが」


「うん! 参る。続け!」


 千方が先頭を切って駆け出した。


 やはり敵であった。


 暫く走ると、先を行く都留儀(つるぎ)の郎党達に向かって矢が射掛けられて来て、木立の中から蝦夷(えみし)風体(ふうてい)をした一団が飛びだして来るのが見えた。

 狐支紀(こしき)の部下達であろうか? 大和化(やまとか)するのを嫌って、昔ながらの習慣を守っているものと見える。


「六郎様!」


 走りながら朝鳥が叫んだ。


「弓を射るのは夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)に任せて、矢が飛んで来たら、馬の首に体を伏せて避けるのです。

 射ようなどとしたら、(かえ)って(まと)にされるだけですぞ」


「分かった。まだ、下手糞(へたくそ)だからな!」


「お分かりのようだ。…… それと、下野(しもつけ)(さと)で見た競馬(くらべうま)の後の余興を思い出されませ! あれが蝦夷の戦い方で御座います」


 下野(しもつけ)(かく)(ざと)に連れて行かれた日の翌日に見た催しの光景が、千方の脳裏に鮮やかに甦った。


 前を走る馬に追いついて騎手の後ろに乗り移ったり、駆けながら騎手が後ろ向きに乗り換えたり、地面に突き刺した太刀を、殆ど逆さまになりながら拾い上げて、すぐさま体勢を建て直しそのまま走って行ったり。

 いつかはあのように乗り(こな)してみたいものだと思った気持ちを思い出した。

 自分の乗馬技術は、まだそれには遠く及ばない。


『生き残れるだろうか?』


という不安が心を(よぎ)った。


 その気持ちを振り払うかのように、 


「うお~っ!」


と千方は大声で叫んだ。その声に気付いて、既に接近戦に入って都留儀(つるぎ)の郎党達と切り結んでいた敵のうち、数騎がこちらに方向を変えて駆け寄って来た。


 前を駆ける二騎が手綱(たづな)から手を放し、駆けながら射て来た。

 千方は咄嗟(とっさ)に馬の首に顔を伏せた。ぴゅっという矢が風を切る音を聞いた。

 しかし、千方が顔を上げた時、射掛けて来た二人は共に落馬していた。夜叉丸(やしゃまる)秋天丸(しゅてんまる)が見事に射落としていたのだ。馬だけがそのまま少し走り、すぐに速度を落とし脇に()れて行った。


 ほっとする間も無く、五~六騎の敵が蕨手刀(わらびてとう)を振り上げて、千方らに打ち掛かって来た。そのうちの一人と対した時、千方は振り上げた蕨手刀(わらびてとう)に一瞬気を取られた。ところが敵は振り上げた手を大きく回し、馬の横に身を乗り出して、体制を低くして、千方の足を目掛けて切り付けて来たのだ。


 ガチンと脛当(すねあ)てに刃が当たった。少しずれていれば、脛当(すねあ)ての繋ぎ目を切り裂かれていただろう。幸運ではあったが、叩かれた衝撃で千方の足が(あぶみ)から外れ不安定になった。


 (あぶみ)に足を乗せようと、そちらに気を取られた瞬間、何かがぶつかって来て、千方は落馬した。

 素早く馬を返した敵が千方に跳び掛り、一緒に落馬したのだ。ド~ンと背中を打って、一瞬息が止まったのと、敵が自分に()し掛かって居ると気付いたのはほぼ同時だった。

 敵は馬乗りになって、左手で千方の肩を地に押し付け、右手で逆手(さかて)に持った蕨手刀(わらびてとう)を振り上げて、千方の(のど)を突こうとしていた。


 顔がはっきりと見える。四十年配の鬚面(ひげづら)の男だ。


『目が小さいな』と(およ)そこの場にそぐわない印象を千方は持った。相手の右足の内側に千方の手が入っていた。左手で敵の膝の裏を思い切り押し上げると同時に、千方は、足と頭を支点にして己の腹を思い切り突き上げ体を(ひね)った。


 敵はバランスを失って前に突んのめったが、一回転して向き直った。千方も跳ね上げた勢いを()って起き上がっている。

 (にら)み合いとなった。


 相手の動きを注視しながら、互いにゆっくりと動く。重い(よろい)を着ている分、打ち合いになれば、千方の方が、動きが鈍くなる。しかし、一旦、刃が相手を捕えれば、ダメージは比較にならないくらい敵の方が大きくなる。軽武装の敵の体の方が、()き出しになっている部分が圧倒的に多いからだ。


『相討ちに持ち込めれば』


と千方は思った。


 落馬したこともあり、息が上がっている。

 肩で息をしながら、千方は、父・秀郷(ひでさと)から貰った毛抜型太刀(けぬきがたのたち)を構えたままゆっくりと立ち上がった。

 それに連れて敵もゆっくりと立ち上がる。腰を落とし、前屈(まえかが)みに構えている。


 既に一人を倒した朝鳥が近寄って来た。


 それに気付いた千方が一瞬相手から視線を外した瞬間、敵は襲い掛かって来た。千方の喉元(のどもと)を狙って突き上げて来たのだ。はっとして千方も太刀を振るった。

 太刀が長い分、千方の方が有利だった。敵は千方の太刀筋(たちすじ)を外そうと身を(かわ)したが、避け切れず肩を斬られた。血が飛び散る。

 この傷自体は軽傷だったが、次の瞬間、千方が飛び込んで袈裟掛(けさが)けに斬り倒していた。


「わ~っ!」


という声が上がった。包囲軍が騒ぎに気付いて駆け付けて来たのだ。


 (ひる)んだ敵の一人を夜叉丸(やしゃまる)が斬り落としていた。逃げ出した敵に向かって秋天丸(しゅてんまる)が矢を放ち、二人射落とした。


(きも)を冷やしましたぞ。転げ落ちるのを横目で見た時には、お連れした己が愚だったと我が身を責めました。こちらも命の()り取りの最中だったので、どうすることも出来ませんでしたが」


 苦笑いを浮かべながら朝鳥が言った。


「朝鳥らしく無いことを申すのう。(いくさ)となれば、命など最初から有って無いようなものと違うのか?」


「…… と仰りながら、実は、後になって体中に震えが来ているのでは御座いませんかな?」


「何を申すか! 震えてなどおらぬわ!」


 落馬したことによる体中の痛みを今になって感じると同時に、体が小刻(こきざ)みに震えているのは確かだった。

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