55 坂東と陸奥
与えられた居室に戻った千方が朝鳥に言った。
「もしもの話だが、将門が陸奥の蝦夷と手を結んでいたら、日本が真っ二つに割れていたのではないかな?」
「ふふふ。何故そのようなことをお考えになりますかな?」
「蝦夷は強い。もし、坂東と手を結んでいたら、朝廷も迂闊に手を出せぬほどの勢力になっていたのではないかと思ってな。
俘囚の方が、京人よりも遥かに我ら坂東武者に近いような気がしていると、先程そのほうも申したではないか。
もし、将門が蝦夷と手を結んでいたら、どうなっていた?」
「下野藤原家は滅びておりました。大殿も手前も討ち死にしておったでしょうな」
『また、例に寄って朝鳥の意地の悪い言い方が始まったな』
と千方は思った。
「単に勢力はどれ程のものになっておったかと思うただけじゃ! もし、そうなっても父上は将門と戦ったであろうか?」
「剣呑なことを申されますな。大殿は朝敵を征伐されたのですぞ。
それで従四位下を賜ったのです。お忘れなさいますな」
「分った。この話はもうやめよう。…… しかし、そのほうも以外と面白味の無い男だな」
「本気でも無いのに戯言で物騒なことを口走り、それを誰かに聞かれて通報され罪に落される者も少なくは御座いません。口は災いの元。お気を付けなされませ」
「ここは陸奥じゃ。そのような者おる訳も無かろう」
「いえ。例えば、この舘に何かの不満を持つ者がおり、偶然聞いたことを是幸いと訴え出て恩賞に与ろうとするかも知れません。……」
朝鳥が急に厳しい顔付きになり、
「夜叉丸、秋天丸。廊下を見張っておれ」
と二人に命じた。
「え? あ、はい」
秋天丸は一瞬戸惑ったように答えて廊下に出た。夜叉丸は無言で同じ行動を取った。
これも、朝鳥の教育のひとつなのであろう。千方には日頃の言動に注意を払うよう求める一方、夜叉丸と秋天丸には、いちいち命じられなくても、このような時には、辺りを見張るよう躾けるつもりなのだ。
それでいて、朝鳥自身は、物騒なことを平気で口にしたりするのだが、本人はその矛盾を余り自覚していない。己自身のことと千方に教育すべきことは別と思っている節が有る。身分や立場が違うということなのだろうか。
「六郎様」
朝鳥が少し声を落として言った。
「大殿は色々なことをお考えの上で、立場を決められました。
まず、第一には勝つこと。次に、何がご自身に取って、下野藤原家に取って、更には坂東の兵に取って良いことか。色々お考えになったのでしょう。
実は、麿もお供しましたが、大殿は将門が謀叛に突き進み始めた後、一度、秘かに会いに行っておられます。
その会談の後、大殿は明らかに不機嫌になられました。お心の内は明かしては頂けませんでしたが、恐らく大殿は、それまで将門に期待を抱いておられたのだと思います。
その期待が見事に裏切られたという感じでした。麿は別室で待たされていたので会談の様子は分りませんでしたが、舘を出た後、一言『愚かな』と仰いました。
将門のやろうとしていることが坂東の為になることでは無いと、見抜かれたのだと思います」
「朝敵となることだからか?」
「ふふ。朝敵で御座いますか? 六郎様は、朝廷とはどう言うものと思われますか?」
「帝が政を行う場であろう」
「では、帝とは?」
「帝は全ての氏族の祖先である天照大神の直系の末裔であろう」
「では、朝廷の権威とは何で御座いましょう」
「う? それは、以前兄上にも問われたことがある。
日本の総本家であり、全ての大和人の親である帝の権威ではないのか?」
「では、政を行っておられるのは、帝で御座いましょうか?」
「違うのか?」
「確かに桓武の帝はご自身で政を行っておられたと聞いております。桓武帝は山部王時代より、大学頭や侍従として実務を熟されておりましたゆえ。
しかし、前帝(朱雀天皇)は八歳で即位されました。
元よりご自身で政を行うなど無理な話です。そこで、伯父である藤原忠平候が摂政として実際の政を行うようになったのです。
そして、帝元服の後には、帝を補佐すると称して、関白として実権を握り続けました。
前帝の御在位中に将門と純友の乱が有り、他にも富士の山の噴火や地震・洪水などの災害・変異が多かった為、弱冠二十四歳の御歳に弟君である今上帝(村上天皇)に譲位されご隠居されました。
世が乱れ天変地異が頻発するのは、天子に徳が無いからと言われます。それが為、前帝(朱雀天皇)は退位せざるを得無くなったという訳です。
しかしながら、実際の政は忠平候が行っていたのですから、前帝としては、さぞかし無念な想いを抱きながら譲位されたのだと思います。その忠平候も昨年八月に亡くなられました」
「一年も山中におったのに、そのようなこと、何故知っておる?」
「お舘へご挨拶に伺った際、聞き及びました。忠平候重病といえども、依然、お子である左大臣・実頼候、右大臣・師輔候のご兄弟が大きな権力を握っておりましたし、今もそうです。
朝廷の権威とは、必ずしも|帝〈みかど〉の権威ということでは無いということで御座いますよ」
「では、朝廷の権威とは何か?」
「一言で申すなら、官位で御座います」
「官位?」
「はい。位階を与え、それに応じた官職に任ずることを『官位』と申します。それは、朝廷にしか出来ぬことで御座います。
位階を得なければ官職には就けません。位階を与えるのは、建前上は帝ですが、実のところ公卿方の思惑次第ということす。それが、朝廷の権威であり力で御座います。
大臣以外の官職を決める儀式を除目と申します。
朝廷が震え上がったのは、将門がこの除目を行ったからです。
同じ頃、瀬戸内の海賊を束ねて、前伊予掾・藤原純友と言う者が反乱を起こしておりましたが、朝廷は、一時この純友と和解をして、まず、将門を討とうとしたのです。
変では御座いませんか? 将門が次々と坂東各国の国衙を襲い、印鎰を奪い国司を追放していたとしても、坂東は、都から見れば遥か彼方。すぐに攻め込まれる心配は御座いますまい。
それに引き替え、瀬戸内は目と鼻の先、実際、純友は一時、都に攻め入ったりもしていたのです。
それに、四国との交通は元より、海路のほとんどが遮断されておりました。普通ならば、まず純友を討ち、足元を固めてから将門を討とうとするでしょう。
将門の勢いに脅威を感じたとも、皇位を僭称したことが何としても許せなかったとも取れましょうが、実のところ、除目を行ったことに最も恐怖を覚えたのではないでしょうか。
なぜなら、限られた官職に就ける者はほんのひと握りの者でしかありません。それが、公卿方への貢物や追従に寄って決められているとしたら、官職を得ることが出来ずに、不満を抱いている者は数多くおる筈です。
しかし、朝廷に従うしか出世の道は無いと、全てを受け入れて耐え忍んでいた者達に、『官職を与える』と将門が声を掛けたらどう成りましょう。
官職を得られず都で鬱々とした日々を過ごしていた地方豪族の子弟達の中には、将門に賭けてみようと言う気になって、地方に帰り親を説得して兵を挙げる者も出て来たことでしょう。
朝廷は、それを最も恐れたのではないでしょうか。
己自身が嘗て同じように都で鬱々とした日々を過ごしていたことがある将門には、その辺りのことは良く分かっていた筈です。
そして、除目を行えるのは朝廷だけですから、それを行う為には新皇などと名乗る必要が有ったのではないでしょうか。
共に戦った者達に官職を与えたかっただけではありますまい」
「何でも良う知っておるのう。朝鳥は嘗て荒武者であったと聞いたが、そればかりでは無いようじゃのう」
感心したように朝鳥の顔を見て千方が言った。朝鳥は不満げに口を少し曲げた。
「六郎様。”嘗て”では御座いません」
「う? そうか?」
「只の口煩い爺とお思いですかな?」
「そんなことは無い。太刀もそのほうから学んでおったではないか。ま、正直。多少口煩いと思うておらんことは無いがな……」
「お役目で御座いますゆえ」
「そうじゃな。うん、大儀である」
「二荒山大明神でお会いした折、草原のお舘様が麿にこう言われました。
『六郎は調子者ゆえ、浮付かぬようしっかり躾けて下され』と」
千方は訝しげに眉根を寄せた。
「…… 本当に爺様がそう申されにたのか? その言葉、そのほうの考えでは無いのか?」
「いいえ。確かにお聞きしました」
「ま、良い。ところで、荒武者のそのほうが、なにゆえ朝廷のことまでそんなに詳しいのだ?」
「はい。実は学者もどきの知り合いがおりまして。
官職には就いておりませんが、実に色々な書物を読み漁っております。偏屈な男ですが、酒好きで、飲むと話が面白い。正直申せば、その男の話の受け売りで御座いますよ。
…… ところで、陸奥と将門の関わりですが、将為という将門の末弟が、乱の直後の天慶三年四月に陸奥国に於いて、舅の陸奥権介・伴有梁と言う者と共に謀叛を起こしたと言う話が伝えられておるようですが、確かなことかどうか分りません。
その噂から、将門は陸奥の蝦夷と誼を通じ、謀議を重ねて居たと申す者もおります。
しかし、どうでしょうか? 将門の目はむしろ都に向けられており、陸奥には向いていなかったと麿は思います。
将門が坂東を占拠した後、承平の乱は、ごく短い間に終結しました。
その間、将門は日々戦いに明け暮れておりましたから、蝦夷と連絡を取り合ったり工作をしたりする暇が有った筈が御座いません。成り行きで突き進んだだけで御座いましょう。
もし仮に、将門が蝦夷との連携を模索したとしても、一体誰と話したと言うのでしょうか? 安倍とて未だ陸奥の蝦夷を束ね切れてはおりません。当時、蝦夷を束ねて将門との連携を図れる者などおらなかったのです。
…… もし、殿と六郎様が坂東を制し、安倍はが陸奥の蝦夷を完全に束ねることが出来た時には、或いは坂東の兵と|陸奥〈むつ〉の蝦夷の連携ということも可能になるかも知れませんな」
「口に気を付けよと申して置きながら、飛んでもないことを申すな。麿に謀叛を焚き付ける気か?」
「どう致しまして。大殿も都留儀殿も朝廷との戦など望んでおりません。
しかし、朝敵となった将門が悪で、朝廷が正義などと単純にはお考えにならぬことです。
尤も、生きて行く為には建前が必要です。他人の前で、本音で喋っていたら、命が幾つ有っても足りないと言うこともお心に留めて置かれることです」
「朝廷のすることが善とは限らぬと言いたいのか?」
「祖真紀から阿弖流爲の最期をお聞きになられましたでしょう。例えば、阿弖流爲を悪の首魁とお思いになりますか?」
「いや、思わぬ。蝦夷の間では英雄だ」
「ところが、朝廷は阿弖流爲を『悪路王』と呼んでおりました。
当時、闘っていた敵の首領ですから、そう呼んでも可笑しくは無いのですが、正義や悪という言葉は、誰に取っての正義か、誰から見ての悪なのかと言うことを考える必要が有るということで御座います。
誰から見ても正義、誰から見ても悪などというものは存在しません。
力を持った者から見ての正義や悪が世に罷り通り、歴史にもそのように残って行くというもので御座いますよ」
「…… と言うことは、狐支紀という者も、必ずしも悪とは言えぬと言うことか?」
「狐支紀には狐支紀の正義が御座いますでしょうな。狐支紀から見れば、安倍の方が悪と言うことになりましょう」
「そんなことを考えたら、戦えぬのではないか?」
「はい。仰る通りです。戦いに際して考えるのは、敵か味方かと言うことだけで御座います。敵は討たねばなりません」
「敵か味方か、考えるのはそれだけと言うことか」
「はい、そうしなければ、命は保てません。戦に於いてはそれ以外のことは考えぬこと。それが最も大事なことで御座います」
「修羅よな、戦とは……」
「はい」
「ところで、古能代達はどうしているであろうの。今一度行ってみたいものだな」
「行かれますか?」
「良いのか? 行っても」
「麿も、そろそろ口煩い爺の役に少々飽きて参ったところで御座います」
「先程麿が申したことを根に持っておるのではないのか?」
「どう致しまして。お子と喧嘩するほど若くは御座いません」
「”お子” とは何だ。既に初冠は済ませておる。童扱いするな。…… やはり根に持っておるな。荒武者・朝鳥の姿を見せたいのであろう」
「そのようなことは御座いません。行って見てもすぐに戦が始まる様相は御座いません。…… 行きたく無いのであれば、それでも宜しいのですぞ」
「分かった。都留儀殿に話してくれ」




