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45 命名

 下野(しもつけ)の隠れ(ざと)に戻ってからの千方主従の生活は朝鳥の主導で一変した。


 まず、夜明けと共に夜叉丸(やしゃまる)達六人が千方の舘に出仕する。そして、揃って千方に挨拶し、今までは郷人(さとびと)達が行っていた舘の内外の掃除をする。

 裏の作業場で女達がやっている炊事に付いても、薪を揃えたり水汲みなどの手伝いをする。

 それが終わると、朝鳥が皆を集め、郎等の心構えや立居振舞(たちいふるまい)や言葉遣いなどの指導を始める。

 ただ、今までと違うのは、今まで面白可笑しくやっていた朝鳥が、急に真面目腐って厳しく指導を始めたことである。


 千方は不安を覚えた。昨日まで遊び回っていた者達に急に厳しい(しつけ)をしようとすれば、反発を招くのではないのかと思ったのだ。

 大和人(やまとびと)であれば、元服して(あるじ)に仕えることになったのだから当然のことと思うだろうし、覚悟も出来るだろう。しかし、夜叉丸達は蝦夷だ。

 多くの俘囚(ふしゅう)の反乱が、大和(やまと)の習俗を強制されることに対する反発がその一因と成っていると言うことは、千方も知っている。朝鳥のやり方が、取り返しの付かない事態を招くのではないかと案じたのだ。


「張り切るのは良いが、急に何もかも変えると、皆も戸惑うのではないか?」 


 そう朝鳥に言ってみた。


「戸惑いましょうな」


 朝鳥が当然のように答える。


「なら、徐々にやってみてはどうか」


「いずれ、この者達を草原(かやはら)にお連れになることになりましょう。その時に問題が起きては困ります。

 それ迄に、どこから見ても大和(やまと)の者と思えるようにして置きたいのです。そうすれば、草原(かやはら)の郎等衆も、殿が着けてくれた郎等で、単に下野(しもつけ)から来た者としか思いますまい」


「言いたいことは分かる。しかし、皆はどう思っているのか?」


 千方は夜叉丸(やしゃまる)達の顔を見た。


「あの~、ひとつ聞いてもいいですか?」


「『|ひとつ伺っても宜しいでしょうか?』だ」


 秋天丸(しゅてんまる)の言葉を透かさず朝鳥が訂正した。


「朝鳥、今はやめよ。皆が話せ無くなってしまう」


 朝鳥の方をチラッと見た後、秋天丸(しゅてんまる)が続けた。


何故(なにゆえ)蝦夷(えみし)と分かってはいけないんですか? 蝦夷(えみし)大和人(やまとびと)に嫌われているんですか?」


「そんなことは無い。嫌われている訳では無い。ただ……」


 千方は答に詰まった。


「六郎様。宜しいでしょうか?」


 千方に一言(ひとこと)断ってから、朝鳥が話し始めた。


「この国には、昔から朝廷に従っている者とそうでない者がおった。従っていなかった者達が蝦夷(えみし)だ。

 しかし、朝廷の力が強くなり、蝦夷(えみし)は敗れた。朝廷は蝦夷(えみし)を支配しようとしたが、なかなか上手く行かん。着る物も習慣も考え方も違うからだ。

 お互いの心が分からないから不信の念も湧いて来る。勝った者は抑え付けようとするし、負けた者はそれに反発する。そうして反乱が繰り返されたのだ。


 そう言う麿も、この(さと)で暮らすようになるまでは、蝦夷(えみし)とは良う分からん者達で、油断のならぬ者と、正直思うておった。だから、お互い嫌う者達もおることは確かだ。

 この(さと)にも、大和(やまと)を嫌う者達もおったそうだ。旋風丸(つむじまる)の父などもそのひとりだった訳だ。


 大和人(やまとびと)の中にも蝦夷(えみし)を嫌う者は正直多い。しかし、その考えを変えさせるのは難しい。


 だから、六郎様の郎等と成ったからには、余分な()め事を起こさぬ為にも、蝦夷(えみし)と分からぬようにして置く他無いと麿は思う。草原(かやはら)に行った後、(なれ)達に嫌な思いをさせたくないのだ。


 蝦夷(えみし)と分からなければ、避けられる。どうしてもそれが嫌な者がおれば、仕方が無い。麿が殿にお願いして、今のうちに郎等から外して頂く…… 六郎様、それが麿の存念で御座います」 


「うん…… 朝鳥。(なれ)の覚悟は分かった。…… 皆はどう思う?」


「吾は何としても六郎様の郎等になりとう御座います! その為にはどんなことでも耐えます」


 いきなり夜叉丸(やしゃまる)が大声で答えた。しかも、きちんとした言葉遣いである。


 秋天丸(しゅてんまる)が驚いた表情で夜叉丸(やしゃまる)を見た。

 口数の少ない男なので皆気付かなかったが、夜叉丸(やしゃまる)は真剣に朝鳥の言葉を聞き、頭の中でそれを繰り返し、必死で覚えていたのだ。外の世界で自分の力を試してみたいという強い想いが有った。 


 正直、秋天丸(しゅてんまる)には迷いが有った。()め事を起こさぬ為とは言え、蝦夷(えみし)と言うことを隠さなければならないということに、何か割り切れぬ想いが有った。ところが、夜叉丸(やしやまる)の力強い言葉に触発されて、持ち前の負けず嫌いがむっくりと頭を持ち上げたのだ。


『もし拒否してこの(さと)に残ったとしたら……』と考え、夜叉丸(やしゃまる)が千方の郎等として成長して行く姿を想像した時『それは負けになる』と思った。


「吾も同じです」 


秋天丸(しゅてんまる)は答えた。


「吾も!」


と尻馬に乗ったのは犬丸だ。


 鷹丸(たかまる)鳶丸(とびまる)の兄弟も「吾も。吾も」と続いた。


「でも、しんどそうだな……」


 竹丸ひとりが、気負っていない。


「なら、(なれ)はやめておけ。無理をすることは無い」


 透かさず夜叉丸(やしゃまる)が突っ込む。


「そんな…… 吾ひとり仲間外れにせんでくれ。分かった、やるよ、やる」


「大丈夫か?」 


秋天丸(しゅてんまる)が聞き、竹丸が頷く。


「ならば、これから泣き言は言うな」


夜叉丸(やしゃまる)が釘を差す。


「と言う訳で、皆承知したようで御座います」 


 朝鳥が千方に言った。


「分かった。朝鳥が厳しく言うのも、皆のことを思うてのことと分かってくれたようだな。ならば、励んでくれ」 


 そう言った千方だったが、先への不安が全て拭い切れた訳ではなかった。


 千方は、朝餉(あさげ)の後、折を見付けて、簡単な読み書きを六人に、自身で教え始めた。


 そんな日々が五日ほど続いた頃、


「名が決まったぞ」


と千方が皆に告げた。


 (さと)の者が名乗る姓は大道(おおみち)駒木(こまき)広表(ひろおもて)広岡(ひろおか)小山(こやま)の五家である。


 平安時代、庶民と(いえど)大和人(やまとびと)(すべ)て姓を持っていた。しかし、元々蝦夷(えみし)にそれは無い。

 だが、降伏し大和朝廷の為に働くようになった蝦夷(えみし)即ち俘囚(ふしゅう)には、官位と共に『吉弥侯部(きみこべ)』などの姓が与えられるようになる。


 秀郷(ひでさと)は隠れ(ざと)を手に入れた時、郷人(さとびと)達の血を辿って新たに(あざな)を与えた。

 もちろん、朝廷の許しを得てのことでは無いので正式な(かばね)では無い。勝手に作ったのだ。

 それが、大道(おおみち)駒木(こまき)広表(ひろおもて)、|広岡(ひろおか)小山(こやま)の五家だ。

 (さと)の者達は皆、この五つの姓のいずれかの系統に属する。

 祖真紀(そまき)古能代(このしろ)親子が”おおみちの”と”の”を付けて名乗ることがあるが、賜姓(ちょうせい)では無いので実は僭称となる。


 犬丸は祖真紀(そまき)古能代(このしろ)と同じ「大道」血統に属する。

 夜叉丸(やしゃまる)は「小山」、秋天丸(しゅてんまる)は「広表」、鷹丸(たかまる)鳶丸(とびまる)の兄弟は「駒木」、竹丸は「広岡」の血統である。


「まず、夜叉丸(やしゃまる)小山武規(こやまたけのり)秋天丸(しゅてんまる)広表智通(ひろおもてともみち)、犬丸は大道和親(おおみちかずちか)、竹丸は広岡大直(ひろおかひろなお)鷹丸(たかまる)駒木元信(こまきもとのぶ)鳶丸(とびまる)は同じく末信(すえのぶ)とする」


 千方が木簡に書いた字を示しながら皆に告げた。


『これは又、大層(たいそう)な名前をお考えになったものじゃ。己の名を書けるようにするだけでも大変なことだわい』


 朝鳥はそう思ったが、まだ、あまり文字の読めない当人達は、ただぽかんとしている。


「ま、今まで通り呼ぶので安心せよ。ただ、覚えておいて、いずれ書けるようにもなって貰う。良いな」


「ひろおか……ひ・ろ・な・お? なんか、ややっこしいな……」


と竹丸が呟いた。


(たわ)け! まずは御礼を申し上げろ」  


と朝鳥が叱る。


「有難う御座いました」 


と一応、六人揃って千方に頭を下げた。 


「竹丸。大直(ひろなお)とは大きくて真っ直ぐという意味だ」


 千方が竹丸に告げた。


「では、吾の和親(かずちか)と言うのは?」 


と尋ねたのは犬丸である。


(なご)やかで親しみ(やす)いと言う意味だ。夜叉丸(やしゃまる)武規(たけのり)は武によって(ただ)す。|秋天丸(しゅてんまる)智通(ともみち)とは知恵に通じる、元信(もとのぶ)末信(すえのぶ)は信ずるという意味だ。


 ま、多少こじつけ気味かも知れぬが、麿なりに考えて付けた。不服の有る者はおるか?」


「いえ、不服など御座いませんが、何か、ぴんと来ません。何やら他人の名のようで。……」


 秋天丸は首を(ひね)っている。


「ま、良い。今は取り()えず覚えておくだけで十分だ」 


 宿題を片付けた千方は、それに付いては幾分ほっとしていたが、もうひとつ心に掛かっていることが有った。


 芹菜(せりな)とゆっくりと話す機会を、まだ持てていなかったのだ。

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