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39 緣(えにし)の始まり-甲賀三郎兼家

 将門(まさかど)との戦いを前にして、秀郷(ひでさと)に呼ばれた時のことを、千常(ちつね)は思い出していた。


 古能代(このしろ)ひとりが庭に控えていた。それが初対面だった。


 将門(まさかど)暗殺を指示した後、


『手柄として朝廷に報告することは無くとも、そのことは麿が覚えておる。そして、もし麿に万一のことがあった時には、この千常が引き継ぐ。どうじゃ?』


 秀郷(ひでさと)古能代(このしろ)にそんな言い方をした。


 古能代(このしろ)が下がった後、千常は秀郷(ひでさと)に尋ねた。


「父上、何故(なにゆえ)、あのような言い方をされたのですか? 物でも土地でも身分でも、もっと分かり易く約束してやった方が、効果が有るのでは……」


「もし、あの者が首尾(しゅび)良く将門(まさかど)を殺したとして、手柄として朝廷に報告することは出来ぬ」


「ですから、父上からの褒美として……」


「手柄を(おおやけ)に出来ぬ以上同じだ。理由が分からぬのに多くの褒美を得たとしたら、他の者達がどう思う。(ねた)みを買うだけであろう。まして蝦夷(えみし)の出と知れた時、呰麻呂(あざまろ)のようなことにならぬとは言えぬ。

 それは、古能代(このしろ)に取っても麿に取っても、有ってはならぬことじゃ」


「そこまでお考えで御座いましたか」


「だが、郎等として手許(てもと)に置きたいとは思っておる。あの男は使える」


「それだけで満足致しましょうか?」


(ぶん)を超えた望を(いだ)かぬ限り、出来る限りのことは聞いてやるつもりだ。だから、そなたを同席させた」


「『(ぶん)を超えた望』とは?」


位階(いかい)が欲しいの、領地が欲しいのと言い出した時は、始末する他有るまい。ま、そんな男では無いと見るがな」


「分かりました。しかし、(いくさ)将門(まさかど)を討ってしまえば良いこと。()らぬ(わずら)いで御座いますな」


「そうじゃ。そのつもりでおる。だがな、こちらに思惑が有れば、敵にも思惑は有る。

 どちらの思惑が当たるかは読みの深さだけでは無く、時の運と言うものが有る。それが外れた時どうするか、そこまで考えねば将は務まらぬ。

 良く覚えておくが良い。弱気な将など話にならぬが、強気なだけで考えが浅ければ滅びる。小娘のように怯えてあれこれと案ずることも必要なのだ。

 だが、その顔を周りの者に決して見せてはならん」


「はっ。お教え(きも)に命じて置きます」


と答えたが、この時の千常は、その意味を本当に理解してはいなかった。


 将門(まさかど)を討って北山の戦いに勝利した後、秀郷(ひでさと)の処遇がどう審議されたかは、既に述べたが、当然のことながら、秀郷(ひでさと)貞盛(さだもり)兼家(かねいえ)を始めとして、手柄を立てた者達の恩賞を太政官(だじょうかん)に願い出ていた。

 その結果、貞盛(さだもり)の恩賞については、なぜか思ったほどの結果を得られなかったが、望月兼家(もちづきかねいえ)に着いては、存外の結果を得ることが出来た。

 やはり、将門(まさかど)(かぶと)を脱ぎ棄てる切掛けを作ったことが評価されたのだ。


 兼家(かねいえ)近江国(おおみのくに)甲賀郡(こうかごおり)の十六カ村の郡司と成った。


 秀郷(ひでさと)従四位下(じゅしいのげ)(のぼ)り、下野守(しもつけのかみ)武蔵守(むさしのかみ)並びに鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)を拝命したと聞くや、祝いの宴も待たずに、兼家(かねいえ)は、驚く程の祝いの品を持参して駆け着けて来た。


「大そうな祝いの品、頂戴し、痛み()る」


 並べられた品々を見渡しながら秀郷(ひでさと)が言った。


「何の、僅かばかりの手柄により、過分な恩賞を賜ったのも、(ひとえ)秀郷(ひでさと)殿のお口添えが有ったればこそ。改めて御礼(おんれい)申し上げる」


「いや『僅かばかりの手柄』などでは無い。

 (みこと)一打(ひとう)ちが将門(まさかど)(かぶと)を脱がせることとなったのだ。貞盛(さだもり)殿の一矢で落命したのも、将門(まさかど)(かぶと)を脱ぎ捨てていたればこそのこと。大手柄ではないか。麿の方からも、郡司就任の祝いを致さねばな」


 兼家(かねいえ)は急に生真面目(きまじめ)な顔になり、姿勢を正し、


「実は秀郷(ひでさと)殿に、ひとつお願いの()が御座います」


と言った。


「はて? 何かな」


「人を所望(しょもう)しとう御座います。北山の(いくさ)の折、手前配下にお着け下された郎等衆の働き誠に見事で御座いました。

 腕の方もさることながら、その手綱捌(たづなさば)きの見事さに依って将門(まさかど)の郎等を麿に近付けさせませんでした。お陰で将門(まさかど)と打ち合うことが出来たのです。 


 ご承知の通り我が家は朝廷への貢馬(こうば)を行う家柄。信濃十六牧の筆頭『望月(もちづき)の駒』に依って望月の(かばね)を賜り、滋野(しげの)家より別れた家柄です。

 あの者達の手綱捌きに、その麿が}見惚みとれたのです。中でも大道古能代(おおみちこのしろ)殿は、抜きん出た腕前。

 大事なご郎等のひとりとは存ずるが、そこを曲げてお譲り頂く訳には参りませぬか?」


古能代(このしろ)を譲れと申されるか?」


「はい。他には何も要りませぬゆえ、それだけご承知願えまいか」


「ふ~ん……」


 秀郷は泥鰌髭(どじょうひげ)を右手で(ひね)り考え込んだ。

 同席していた千常は、『譲る訳には行かないだろう』と思った。


 秀郷自身もそう思っていた。


 だが、あっさり断る訳にも行かない。

 この時の秀郷の課題は、朝廷との(せめ)ぎ合いの中で、ひとりでも多くの味方を確保して置くことだった。それも、時勢を見て擦り寄って来る者などでは無く、真の味方が必要であった。

 兼家(かねいえ)を味方にして置くと言うことは、海野(うんの)根津(ねず)の二家をも味方にして置くことになる。


 滋野(しげの)三家と呼ばれたこの三家は、強い絆で結ばれていた。

 この願いの為に過分な祝いの品を持参したとすれば落胆させたまま帰す訳には行かないのだ。

 兼家が都に近い近江国(おおみのくに)甲賀郡(こうかごおり)郡司(ぐんじ)に成ると言うことは、何かの時に、京の情報を更に取り(やす)くなることでもある。


「実は、古能代(このしろ)は、或る郷長(さとおさ)の嫡男でのう。いずれ跡を継がねばならぬ身なのじゃ」


「左様で御座るか……」


 兼家(かねいえ)は、明らかに落胆の表情を見せた。


「他の者達ではいかんか?」


「後の四人の中の誰かということですか?」


「四人纏めてでも良い」


「あ、はい。古能代(このしろ)殿が駄目ということであれば、他の者達も中々の者、喜んで、四人揃って我が郎等とさせて頂きます」


   


「あの者達には良きお話しかと存じます」


 秀郷(ひでさと)(めい)古能代(このしろ)は快く応じ、四人を説得した。


「何よりもまず、兼家(かねいえ)様が(なれ)達の働きを認め、殿に譲り受けたいと申し出て下さったこと、それが大事だ。

 (なれ)達が望んでいた通り正式な郎等としてお迎え下さる。それに近江国(おおみのくに)は都にも近い所だと言う。どうだ、悪い話ではなかろう。蝦夷(えみし)と知れることも無い」

 支由威手(しゆいて)達四人は、それぞれ、大道国影(おおみちくにかげ)駒木時影(こまきときかげ)広表忠影(ひろおもてただかげ)、}広岡義影ひろおかよしかげとして下野(しもつけ)を離れ、兼家(かねいえ)に従って旅立って行った。


 ところが、秀郷(ひでさと)の思惑がひとつ狂った。


「その方は郎等として当分、麿の側に置く」

 

と伝えた秀郷の(めい)を、喜ぶどころか古能代(このしろ)は断ったのだ。


 余りのことに秀郷(ひでさと)は、一瞬、


「うっ」


と言葉を詰まらせた。言葉には出さぬが、


『恩賞の代わりとして、この我儘(わがまま)お聞き届け下さい』


古能代(このしろ)の目がそう言っていた。



(さと)に戻りたいのか?」


 ややあって秀郷(ひでさと)が尋ねた。


「いえ、祖先の地を訪ねてみたいと思います。殿が鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)と成られれば、逃げ隠れせずに陸奥(むつ)に行くことが出来るようになるかと思いまして…… そのお許しを頂ければと思います」

 

 一度目を閉じた秀郷(ひでさと)が、カッと目を開いて古能代(このしろ)を見た。


「分かった。落ち着いたら手配しよう」


 三月(みつき)ほど後、


『この者、我が郎等に付き、宿食の手配、万端(ばんたん)遺漏無きよう』


と言う、秀郷(ひでさと)直筆の木簡と、路銀として一袋の金の粒が古能代(このしろ)(もと)に届けられ、古能代(このしろ)陸奥(むつ)に向けて旅立った。

 そして、七年の後に(さと)に戻ったのである。


祖真紀(そまき)。隠居の件、まずは古能代(このしろ)と話せ。明日、父上がお越しになり、千寿丸(せんじゅまる)の元服を()り行うことになっておる。忙しいのだ」


 秀郷(ひでさと)は、祖真紀(そまき)にそう言った。


「えっ! それは誠で御座いますか? 殿。

 しかし、今は年の瀬、正月に致しては……」


 声を上げたのは、朝鳥だった。


「実は、十四のうちにと父上にお願いしておったのだ。漸くお許しが出た。そんな折、たまたま(さと)から使いが参ったので、日取りを明日に決めた」


「兄上有難う御座います。お気遣い頂き厚く御礼申し上げます」

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