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38 祖真紀、隠居を申し出る

 佐野の手前まで差し掛かった時、ひとりの郎等風の男が一行を出迎えた。


 古能代(このしろ)祖真紀(そまき)が、列から抜け出して郎等風の男に近寄る。


「お久しゅう御座います。御差配様」


 古能代(このしろ)が馬から飛び降りて語り掛けた。


「おう、古能代(このしろ)、久しいのう。息災であったか」


「お陰様で。三輪様こそ、ご壮健そうで安堵(あんど)致しました」


「何の、もはや隠居の身よ」


「三輪様には、その折には(せがれ)始め、郷の若者共が一方(ひとかた)ならぬお世話になりまして……」


 祖真紀(そまき)も下馬してそう挨拶した。


祖真紀(そまき)か、達者で何より。おお、朝鳥殿お(なつ)かしゅう御座る」


「久しいのう、国時(くにとき)。大殿はお(すこ)やかであられるか?」


「それはもう、お元気そのもので御座るよ。朝鳥殿、山中の暮らしは如何で御座るか?」


「うん? 特にな…… 。六郎様のご成長のみを楽しみにしておる」


 乗馬のまま朝鳥が答えた。


 国時(くにとき)が下馬し、千方の(そば)に歩み寄り、頭を下げる。


千寿丸(せんじゅまる)様には始めてお目に掛かります。手前、お父上の郎等にて、三輪国時(みわのくにとき)と申します。宜しくお見知り置き下さい」


「宜しく頼む。父上もお(すこ)やかと聞き安堵した」


 挨拶を済ませたものの、国時(くにとき)には、朝鳥の元気の無いのが気になった。


 朝鳥が千常の守役(もりやく)と成るまでは、若い頃、共に過ごした仲である。

 真面目(まじめ)融通(ゆうずう)()かない国時(くにとき)は、年上の朝鳥の軽口(かるくち)にしょっちゅう閉口(へいこう)させられていた。

 その朝鳥が、軽口も叩かず、糞真面目(くそまじめ)な顔をしているのが、何か可笑しかったが、その反面心配でもあった。 


「お(ぬし)が出迎えとはどうしたことか?」 


 朝鳥が尋ねた。


「何、(わらべ)ら、いや、もう若者達と言った方が良いかも知れぬが、その格好でお舘に行かせる訳にも行かんでな」


「うん、確かに」


 使いの者の手に寄って、千方には新しい水干(すいかん)が届けられており、朝鳥、祖真紀(そまき)古能代(このしろ)は自前の直垂(ひたたれ)を身に着けて出発したが、童達は蝦夷装束(えみししょうぞく)そのままであった。


「どうじゃ、古能代(このしろ)が若い頃住んでいた小屋に連れて行ってやろうと思うが、行ってみたいか?」


 国時(くにとき)(わらべ)達に言った。


「是非行ってみたい!」


 秋天丸(しゅてんまる)が一番に反応した。


「吾も行きたい!」


 そう、犬丸が続く。


 吾も、吾もと後の(わらべ)達も続いた。


古能代(このしろ)、大そうな人気じゃな」


 国時(くにとき)が、笑顔で古能代(このしろ)に話し掛けるが、


「いえ、この者達は(さと)を出たことが有りませぬゆえ、どこにでも行ってみたいので御座いますよ」 


と愛想が無い。


「そこで着替えさせるのか?」 


 朝鳥が国時(くにとき)に尋ねた。


「後から参るゆえ、先にお舘に行っていて下され」


「分かった」


と答えたが、朝鳥には違和感が有った。


 しかし、千方が襲われたことに対する祖真紀(そまき)の責任問題と言う大きな(うれ)いを抱えていた為、深く考えることは無かった。


 国時(くにとき)(わらべ)達と別れ、千方、朝鳥、古能代(このしろ)の三人は佐野の舘に向かい、(さと)の男達は引き返して行った。


  舘に着くと、朝鳥が祖真紀(そまき)古能代(このしろ)に庭で待つように指示し、千方と共に舘に上がった。


 控えの間に通ると朝鳥は、郎等のひとりに、


「早速ながら殿に拝謁したいので取次を頼む」


と伝えた。


 二時(ふたとき)(一時間)ほども待たされた。


「殿がお出張(でば)りなさる」


との郎等の報せを受け、千方と朝鳥は、祖真紀(そまき)古能代(このしろ)が控える裏庭に面した部屋に移った。


 正面に向かい下座の真ん中に千方、その左後ろに朝鳥が控え待っていると、相変わらずのドタドタとした荒々しい足音を立てて千常が現れた。


「待たせた。千寿丸(せんじゅまる)、朝鳥、良う参った」


 正面の席にどっかと胡坐(あぐら)()くなり千常が言った。


「ご無沙汰致しております。殿には変わらずご壮健とお見受け致し、何よりと存じます」


 二人揃って頭を下げた後、顔を上げて朝鳥が挨拶を始めたが、


「挨拶などそれくらいで良いわ。それより要件を聞こう。手短かに申せ」


と千常が遮る。


「あ、はい。…… 実は千寿丸(せんじゅまる)様が襲われました。手前の落ち度で御座います。誠に申し訳も御座いません」


そう言って朝鳥は平伏(へいふく)した。


「何?」


と言って立ち上がった千常が、千方に近付き見回す。


怪我(けが)は?」


と千方に聞く。


(かす)り傷ひとつ負うてはおりませぬ」


千方が答えた。


次第(しだい)を申せ」


と千常が千方に問い掛ける。


「はい。ひとりで山道を散策中、突然、旋風丸(つむじまる)というふたつほど年上の者が現れ、いきなり襲い掛かって参りました」


「それで?」


咄嗟(とっさ)のことゆえ、ものを考える(いとま)も無く、気付いたら斬り捨てておりました。(さと)の者です」


 その時、庭で平伏していた祖真紀(そまき)が顔を上げ、声を上げた。


「手前の罪で御座います! 旋風丸(つむじまる)という者は、手前への恨みを(いだ)いており、千寿丸(せんじゅまる)様を襲うことで、それを晴らそうと致したので御座います。

 十年程前、手前が殺した佳手由井(かてゆい)という者の子で御座います。何とも申し訳御座いません」


 それだけ言うと祖真紀(そまき)は再び平伏する。


 千常は無言のまま縁まで歩み出た。


 上から祖真紀(そまき)古能代(このしろ)を見下ろし、


祖真紀(そまき)


と声を掛ける。


「はっ」


祖真紀(そまき)は平伏したまま答えた。少しの間を置いて、千常は振り返って、


「朝鳥」


と、朝鳥に向かって声を掛けた。


 朝鳥は急いで縁に出て、坐して、


「はい」 


と答えた後、千常を見上げる。


「でかした!」


と千常が大声で言った。


「はぁ?」


と朝鳥。


「何をきょとんとしておる朝鳥。そのほうらしくも無い。麿はそのほうら二人に、千寿丸(せんじゅまる)を強い男に育ててくれと頼んだであろう。

 僅か一年足らずだが、怪我(けが)ひとつ負うことも無く、襲って来た相手を斬り殺すことが出来るまでに成ったのであろう。

 だから、でかした! 天晴(あっぱ)れと申したのだ」


「…… しかし殿。ひとつ間違えば六郎様は今頃……」


「死んでおったと申すか? そうなった時はそれが定めじゃ。

 千寿丸(せんじゅまる)は都の公家(くげ)の子では無いぞ。坂東の(つわもの)の家の子じゃ。


 死にたく無くば、己を磨き、強く成ることしか無いのだ。それは麿とて同じであるし、朝鳥、祖真紀(そまき)、そのほうら自身、嫌と言うほど分かっていることであろう。

 千寿丸を特別扱いする必要は無い。そうも申した筈だな」


「は、はあ? ……」


「では兄上、誰の罪も問われませぬか?」


 千方が縁に走り出て来て言った。


何故(なにゆえ)、罪を問う必要が有る?」


「有難う御座います。それを聞き安堵致しました」


「手前は、旋風丸(つむじまるら)が恨みを(いだ)いていることを見抜けませんでした。それは手前の罪で御座います」


 |祖真紀《そまき

》が言った。


「うん? …… それはそうだな。千寿丸のことは別としても、祖真紀ともあろう者が抜かったものだな」


「つきましては、この際、郷長さとおさの役を退しりぞき、祖真紀の名も、ここに控えおります古能代に譲りとう御座います。


 そのことお許し頂くようお願い申し上げます」


「隠居したいと申すか? 

 ふん。……古能代も承知のことか?」


「いえ、まだ当分やって貰いたいと思っております。

 手前に『郷長さとおさ』は到底務まりませぬ。

 祖真紀の名も重過ぎます」


「そう申しておるぞ」


(せがれ)めは手前が説得致しますゆえ、曲げてお許しを頂きとう御座います」


「やれやれ、面倒なことになったのう。

 いざとなると、親子揃って頑固者じゃからのう」


 千常はふたりを見比べながら苦笑いをした。


 後にも先にも、千常の父・秀郷(ひでさと)が郎等にしてやると言ったのを断ったのは古能代(このしろ)たただひとりであることを、千常は思い出していた。

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