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37 影に生きる

 戻った古能代(このしろ)は、次第(しだい)秀郷(ひてさと)に報告すると、望月兼家(もちづきかねいえ)の陣に合流した。


 兼家(かねいえ)とは既に宮の戦いの前日に対面を済ませていた。


「首尾はいかがであった?」


 兼家が問う。


「上々に御座います」


将門(まさかど)は自分にどこか似ている』と感じた古能代(このしろ)であったが、さすがにそれは言わなかった。


「中々の者と見ました」


「そうか」 


 兼家(かねいえ)は、遥かな山上を仰ぎ見た。


  


 やがて、将門(まさかど)の総攻撃が始まった。本陣から見る、その突進は凄まじいものだった。


「いかん! 左翼が破られる」 


 将門(まさかど)が右に大きく旋回した時、兼家が叫んだ。秀郷(ひでさと)の方を見るが、突撃命令はまだ出ていない。

為憲(ためのり)の隊が踏ん張って押し返すことを期待しているのだろうか?』 

 そう思っている間に、爲憲(ためのり)の隊が大きく割れて、将門(まさかど)はその隙間を突き抜けて行ってしまった。


 その時、秀郷(ひでさと)の手が上がった。


「行け~!」


 古能代(このしろ)達五人は、まるで親衛隊のように兼家(かねいえ)を取り囲み、左翼に向かって駆けた。


 左翼に着く頃には既に兵達の逃亡が始まっており、折り返して来た将門(まさかど)軍も含めて前線は大変な混乱状態となっていた。


 逃亡兵を避けるように迂回し、兼家(かねいえ)の遊撃隊は将門(まさかど)軍を追った。


 目指すは将門(まさかど)唯ひとり。


 だが、追い着くと屈強な郎等達が次々に襲い掛かって来る。古能代(このしろ)達と兼家(かねいえ)の郎等達は、それを払い退()けながら兼家(かねいえ)の進む道を確保して行く。


「あの白塗りの化け物が居たら、ついでに叩き斬ってやる!」


 古能代(このしろ)はそう思ったが、ただでさえ目立つ筈のその姿は、乱軍の中には見出(みいだ)せなかった。


 その時、手斧(ておの)を振るいながら、味方の武者を次々と馬上から叩き落として行くひとりの大柄な武将の姿が、古能代(このしろ)の目に入った。


『あの沢瀉威(おもだかおどし)(よろい)将門(まさかど)に間違い無い』


 咄嗟にその方向に馬首を巡らし駆け寄ろうとしたが、


『待て、殿は遠方より駆け付けてくれた兼家(かねいえ)様に手柄を立てさせようと思っているに違い無い。吾の出番は、味方が敗走した場合のみだ』と思い直した。


「兼家様! あれが将門(まさかど)で御座る」


 太刀で将門(まさかど)を指して叫んだ。


「おう! 良くぞ見分けてくれた。礼を申すぞ」


 兼家(かねいえ)将門(まさかど)目指して突進して行く。古能代(このしろ)達はその道を開けるべく戦う。


 追い付いた時、将門(まさかど)兼家(かねいえ)の頭目掛けてビュッという短く鋭い音と共に、手斧(ておの)を右から左に大きく振るって来た。

 兼家(かねいえ)は、咄嗟に馬の背に伏せてそれを(かわ)し、下から将門(まさかど)喉元(のどもと)目掛けて突いて出た。将門(まさかど)は辛くもそれを(かわ)した。


 馬が行き違い、再び向かい会う。


 その間、周りでは、古能代(このしろ)達と将門(まさかど)の郎等達の争いが続いている。


「何者じゃ!」


 将門(まさかど)が叫んだ。


諏訪三郎(すわのさぶろう)望月兼家(もちづきかねいえ)と申す。縁有って藤原秀郷(ふじわらのひでさと)殿に与力(よりき)しておる者。

 敵将・平将門(たいらのまさかど)殿と見て推参(すいさん)致した」


小癪(こしゃく)な。信濃(しなの)くんだりから坂東まで、わざわざ命捨てに参ったか?」


「謀叛人・平将門(たいらのまさかど)! その首、頂戴致す」


「なに~っ。(ちん)は新たなる(みかど)たる者ぞ。その言葉聞き捨てならん! 成敗してくれるわ!」


 将門(まさかど)は、手斧を大きく振り上げて突進して来た。


 この将門(まさかど)の手斧を頭上から喰らったら、太刀では受け止め切れない。


 その時、古能代(このしろ)が何かを将門(まさかど)目掛けて投げ付けた。

 古能代(このしろ)自身も戦いの隙を見て投げたものだったので当たりはしなかったのだが、それを避ける為に身を退()いた為、一瞬、振り下ろす将門(まさかど)の手が止まった。


 その(すき)兼家(かねいえ)が先に将門(まさかど)に討ち掛かっていた。だが、将門(まさかど)が身を反らせたので、兼家(かねいえ)の太刀は将門(まさかど)(かぶと)の}ふちを強く叩くこととなった。

 もし真面(まとも)に脳天に打ち降ろしていたなら、太刀が折れたかも知れない。


 明らかに、将門(まさかど)(かぶと)の位置が前にずれた。


 周りで戦っていた将門(まさかど)の郎等達が強引に両者の間に割り込んで来た。


 眉庇(まびさし)を左手で持って(かぶと)の位置を直した将門(まさかど)が、 


「北山に戻せ~!」


と叫ぶ。将門(まさかど)軍は雑兵(ぞうひょう)を蹴散らしながら、一旦、北山に向かって引き揚げて行った。


 将門(まさかど)の再度の突撃が始まり、秀郷(ひでさと)らの連合軍が崩壊すると、古能代(このしろ)達は兼家(かねいえ)(もと)を離脱し、本体とは離れて逃走した。


 古能代(このしろ)秀郷(ひでさと)を常に視界に捕え、且つ、距離を取って走った。

 暫く駆けた後、秀郷(ひでさと)が気付く少し前に、古能代(このしろ)は、風が変わったことに気付いた。


「待て、(ゆる)めよ」


 五人は速度を落とした。


 風が変われば反撃が始まる。将門軍は秀郷(ひでさと)しか目に入っていない。手を分けて、こちらを襲って来る可能性は少ないだろう。そう判断した古能代(このしろ)は、走りながら(くら)に結び付けていた短弓を外した。


 間も無く、風が変わったことに秀郷(ひでさと)が気付いたのか、逃げていた秀郷(ひでさと)軍は馬を止め、反撃に移った。

 将門(まさかど)軍も急停止し応戦したが、秀郷(ひでさと)軍有利である。


 だが、すぐに矢合戦(やがっせん)()み、(ののし)り合いが始まる。


 少しの間、様子を見ていた古能代(このしろ)は弓に矢を(つが)えた。


 他の者もそれに(なら)おうとしたが、


「待て! 見ておれ」


古能代(このしろ)が制した。


 時を同じくして、将門(まさかど)軍と対峙(たいじ)している連合軍の秀郷(ひでさと)の隣にいた貞盛(さだもり)が、


「我が父・国香(くにか)を討ったこと忘れたか! 己を討つこの日の為に、命、永らえて来た。父の無念も我が恥辱も今こそ晴らしてくれるわ!」


と言うなり、弓を引き絞っていた。


 貞盛(さだもり)古能代(このしろ)。二人の矢は、ほぼ同時に放たれた。


 将門(まさかど)貞盛(さだもり)の矢を太刀で払ったが、距離の遠い分少し遅れて届いた古能代(このしろ)の矢が左の米噛(こめか)みに突き刺さった。


 落馬した将門を郎等達が取り囲む。


 その殆どが射殺(いころ)され、将門(まさかど)軍が敗走に移った時、秀郷(ひでさと)が素早く将門(まさかど)の遺骸に駆け寄った。


「皆、聞け~っ! 謀叛人・平将門(たいらのまさかど)は、左馬允(さまのじょう)平朝臣(たいらのあそん)太郎貞盛(たろうさだもり)殿が射落とし、下野押領使しもつけのおうりょうしこの藤原朝臣(ふじわらのあそん)太郎秀郷(たろうひでさと)が首討った」


 その秀郷(ひでさと)の叫びは、辛うじて古能代(このしろ)達の耳にも届いた。


「当たったのは兄者の矢であろう!」


 支由威手(しゆいて)が叫んだ。


「黙れ! 当たったのは貞盛(さだもり)様の矢だ。余計なことは言うな。ここからでは分からぬ」


「いや、吾は見ていた。あれは兄者の矢だ。この場所からといえど、兄者が外す筈が無い」


「そうだ。吾もそう思う」 

 

 沙記室(さきむろ)支由威手(しゆいて)に同調して言った。


「…… (なれ)達が貰った名には、すべて『影』と入っているだろう。我等は影なのだ。()は影を作る者に当たる。

 影自身に()が影に当たれば、影はたちまち消え去る。我等は大和(やまと)の世で()を浴びてはならんのだ」


「だが、それでは、我等、余りに損と言うものだろう」


 支由威手(しゆいて)は納得出来ない様子だ。


「古老から伊治公呰麻呂これはるのきみあざまろの話を聞いたことは無いか?」


「いや、知らん」


「昔、蝦夷(えみし)でありながら、大和(やまと)より外従五位下(げじゅごいのげ)という(くらい)を貰い、伊治郡大領これはるごおりのたいりょうという地位に就いた男だ。…… どうなったと思う?」


「分からん」


蝦夷(えみし)(さげす)む周りの目に耐え切れず、上司を殺して反乱を起こした」


「…… でどうなった?」


呰麻呂(あざまろ)がどうなったかは分からん。だが、それは、日高見民ひたかみのたみ大和(やまと)が更に強く圧迫する為の口実となり、大和(やまと)蝦夷(えみし)との、長く激しい(いくさ)の前触れとなったということだ」


「だから、手柄を立てても、他人(ひと)に譲らねばならんのか?」


「いや、貰うものは貰う。それだけは、この命に賭けて誓う。だが、それは、大和(やまと)の者達が喜ぶような恩賞のことでは無い。

 信じろ。そして、このこと、口外(こうがい)するな」


古能代(このしろ)がここまで言っているのだ。支由威手(しゆいて)、信じようではないか」


 沙記室(さきむろ)がそう支由威手(しゆいて)に言った。


「分かった。兄者、兄者の言う通りにしよう」


   



『そうは言ったものの、本当のことを言えばあの時点では、殿から何かを引き出せる自信など無かった』と古能代は思う。


 それどころか、五人揃って消されてしまうのではないかと言う疑いさえ有った。

 何しろ、この大きな秘密を知っているのは、秀郷(ひでさと)と千常、それに古能代(このしろ)らだけだった。消してしまえば、何の(うれ)いも無くなる。


 貞盛(さだもり)の矢では無かったのではないかと疑う者が居たとしても、なんとでも誤魔化せる。


『それなのに吾は殿をなぜ信じてみようと思ったのか? 結果から言えば間違ってはいなかったと言うものの、判断としては大甘だったと言わざるを得ないのではないか』古能代はそう自問していた。


 しかし、何の目的も無い自分から脱出する為には、そうするより他に選択肢が無かったのだ。


 佐野に向けての道を、祖真紀(そまき)古能代(このしろ)は、馬首を並べて進み、語り合っていた。


(なれ)と、これほど語り合ったのは始めてのことではないかな?」


 祖真紀(そまき)が感慨深げに言った。


「そうか?」


「何も語らぬまま死なれては、後味(あとあじ)が悪いとでも思ったのか?」


「勝手に決めるな……」


 その後も、ふたりは馬を並べて歩みを進めたが、会話は余り無かった。


 しかし、ふたりの間に流れる空気は、今までのような張り詰めた、ぎすぎすしたものでは無くなっていた。

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