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34 旋毛丸 2

 まだ激しく呼吸しながら、千方は杣道(そまみち)の奥の方を指差した。


 女二人が千方の(そば)に残り、男達三人は杣道(そまみち)を駆け上がって行った。


 そして少しの後、若い男がひとり駆け下りて来て、そのまま走り去った。


 千方の(そば)に残っている二人の女はいずれも四十代だ。


「六郎様を襲ったのは、いってえ誰でごぜえますか?」


 ひとりが聞いた。


旋風丸(つむじまる)……」


「旋風丸…… ? ああ、左様(さよう)でごぜえますか……」


 二人の女は互いに顔を見合わせて、無言で一度頷き合った。 


旋風丸(つむじまる)の父が祖真紀(そまき)に殺されたと言うのは本当か?」


 呼吸の落ち着いて来た千方が尋ねた。


「仕方ねえです。郷長(さとおさ)を殺そうとしたのですから……」


「何ゆえ、殺そうとした?」


「それは…… それは郷長(さとおさ)に聞いてくだせい」


 それっきり女達は無口になり、何かぎくしゃくとした雰囲気が漂った。


 やがて、馬を飛ばして古能代(このしろ)がやって来た。報せに行った若い男も乗馬で着いて来ていた。


 馬を降りると古能代(このしろ)は千方に近付き、


「ここでお待ちなされ」


と言った。


 特に慌てた様子も無く、普段のままの古能代(このしろ)である。


「いや、麿も行く」


 立ち上がって千方が言った。


「では」


 若い男が先に立ち、古能代(このしろ)、千方が続いた。


 現場に戻って見ると、男ふたりは(そば)に立っていたが、新たに旋風丸(つむじまる)の左胸が血に染まっており既に事切(ことき)れていた。


「どのみち助からぬと思い、(とど)めを刺しました」


「うん」


とだけ古能代(このしろ)が答えた。


 確かに助からなかっただろうとは思ったが、旋風丸(つむじまる)が死んだという事実に、千方は新たに衝撃を受けていた。


 三人の男達に後の始末を任せると、若い男が乗って来た馬に千方を乗せ、古能代(このしろ)は千方を舘まで送り届けた。


 

「お帰りなさいませ」


 入口に出て来た朝鳥が、古能代(このしろ)が後ろに居るのに気付いた。


「おお、古能代(このしろ)。六郎様とご一緒であったか」


「ちと、事が起こりました」


「事が起きた? 何が起きたのじゃ?」


旋風丸(つむじまる)と言う者が六郎様を襲いました」


「何ぃ!」


 朝鳥は千方の(そば)に走り寄った。


「六郎様、お怪我(けが)は? この血は?」


「返り血だ。怪我(けが)はしておらん」


 千方が短く答えた。


「それは何より。お怪我が無()うて良う御座いました」


 朝鳥は古能代(このしろ)の方を振り返って厳しい視線を向けた。


古能代(このしろ)。この(さと)の中で六郎様が襲われるとは、どうしたことじゃ! 説明せよ!」


「我が父・祖真紀(そまき)への恨みを、六郎様を殺すことによって、晴らそうとしたものと思われます」 


 いい(にく)い筈のことを、古能代は無表情で告げる。


祖真紀(そまき)への恨み? 益々()しからんではないか!」


「申し訳御座いません」


 古能代(このしろ)は深く頭を下げた。


祖真紀(そまき)を呼べ。その方が詫びただけで済ませられる問題では無い」


 朝鳥がそう言っている処へ祖真紀(そまき)が走り込んで来た。


 そして、そのまま千方の前に土下座し、


「六郎様申し訳御座いません」


と言って(ひたい)を地に付けた。


 その様子をチラッと見ただけで、古能代(このしろ)は表情を変えなかった。


「麿に怪我は無かった。それより、郷人(さとびと)のひとりを殺してしまった」


「何の、六郎様にお怪我(けが)が無かったことが何より、せめてもの救いで御座います。全て手前の落ち度に御座います」


「そなたへの恨みとはどういうことじゃ」 


 朝鳥が口を挟んだ。


「はい。お話し申し上げます……」


 (おもて)を上げた祖真紀(そまき)が話し始めた。


「待て、ここではなんだ。上がって奥で聞こう」




 正面に千方、左脇の席に朝鳥。炉を挟み下座(しもざ)には祖真紀(そまき)が着き、右に少し下がって古能代(このしろ)が坐った。


「何と申し上げて良いか……」


 そう言って祖真紀(そまき)は再び額を床に着けた。


「起きた事は仕方有るまい。幸い麿もかすり傷ひとつ負うておらん。

 それよりも、なにゆえ、旋風丸(つむじまる)が麿を襲ったのか、事情が知りたい」


 まだ完全に気持ちが落ち着いた訳では無かったが、務めて冷静さを心掛けながら千方が言った。


「あれは、天慶(てんぎょう)二年のことで御座いました」


 祖真紀(そまき)が語り始めた。


古能代(このしろ)は大殿の(もと)()って、この(さと)を離れておりました。

 恥ずかしながら吾を嫌っており、親子仲が悪く、大殿のお声掛けも有って、弟ら他の若者達と共にこの(さと)から出しておりました。


 そんなこともあって、手前の不徳から、当時、(さと)の中での考え方も割れておりました。

 手前は、この郷の将来を考えれば大殿にお(すが)りするより他に道は無いと考え、皆を説得して廻っていたのですが、一部にはそれに反対する者達がおりました。


 従兄弟の杜理矢(とりや)という男がその中心となっておりました。


 しかし、杜理矢(とりや)は自制心の有る男でしたので、考え方の違いは違いとして、仲間達の暴走を抑えておりました。

 ところが、運の悪いことに杜理矢(とりや)が急な(やまい)を得て死んでしまい、その後、手前に反対する者達の中心に立ったのが、息子の佳手由井(かてゆい)という当時二十八になる若者でした。


 若さのせいもあり、佳手由井(かてゆい)は過激でした。その六年ほど前に()を得て子が生まれていましたが、()は子を産んだ際に死にました。

 六歳になるその子を、佳手由井(かてゆい)は、或る日いきなり旋風丸(つむじまる)と改名しました。


 それは、一見、子らの名を大和(やまと)風にしようという、手前の考えに従ったかのように思えることでしたが、実は、嘉祥(かしょう)元年(八百四十八年)に上総国(かずさのくに)で乱を起こした俘囚(ふしゅう)丸子廻毛(まるこのつむじまる)を意識してのことでした。


 佳手由井(かてゆい)は、


我等(われら)から(すべ)てを奪った大和(やまと)の者達から奪うことによって、この郷の(かて)を得て行けば良い』


()いて回ったのです。

 つまり、この郷を山賊の村にしようと言うことです。


 殆どの者達はそれに耳を貸しませんでしたが、やがて若い者を中心に、新たに何人か佳手由井(かてゆい)に心を寄せる者が出て参りました。


 手前としては、(さと)を滅亡へと導くような動きを、それ以上見過ごすことが出来なくなり、()むを得ず佳手由井(かてゆい)を捕えて洞窟に監禁しました。


 五日ほどして、見張りの者が、佳手由井(かてゆい)が手前と話したがっていると伝えて参りました。


 出向いてみると、佳手由井(かてゆい)は、前非を悔いており、今後は行いを慎み、手前の指示に従うと申すのです。

 捕えられて何日も経たぬうちの変わりよう。それを()に受けるほど手前はひとが良くは御座いません。


『そのような(げん)信じられるか』


と突っぱねようかと思いましたが、このような策を(ろう)する者を放って置くことは危険と思いました。

 この時、佳手由井(かてゆい)を除くことを腹に決めました。


 とは言え、心を改めると言い続ける者をいつまで捕えたままで置くことも出来ませぬ。

 手前は(だま)された振りをして佳手由井(かてゆい)を解き放ちました。ですが、秘かにその行動を見張らせて置いたのです。


 表向きは大人しくしておりましたが、既に佳手由井(かてゆい)を見限っている者もおりましたので、佳手由井(かてゆい)が陰で画策を始めたという情報は入って来ておりました。


 (あん)(じょう)、ひと月ほど後の或る晩、佳手由井(かてゆい)は仲間を引き連れ手前を襲って参ったのです。


 手配(てくば)りは抜かり無くして居りましたので、逆に佳手由井(かてゆい)を始め三人を討ち取り、後の者は捕えました。


 捕えたのは七人ですが、そのうちの二人は既に佳手由井(かてゆい)を見限り、手前に報せを入れてくれていた者だったので、すぐに解き放ちました。

 後の者も、捕えた後本当に心を改めましたので暫くして解き放ちました。


 しかし、(さと)の者達の心を本当にひとつにするのに、その後三年ほども掛かりました」


「ふん。この(さと)にも、そのような血塗られた過去が有ったのか」


 朝鳥が呟いた。


「で、旋風丸(つむじまる)はその時どうなったのだ?」


 千方が尋ねた。


「父の死を聞いた時、泣き(わめ)いたりはしませんでした。無表情に黙しておりましたそうです。


 孤児(みなしご)となってしまったので、祖母に当たる杜理矢(とりや)()が育てることになりました。

 大人しい子で、祖母の言うことを良く聞き(つつが)無く育っておりました。


 恨み事など言っているのを聞いた者は、誰もおりませんでした。まさか、そんな恨みを(いだ)き続けていたとは……。この祖真紀(そまき)としたことが、(わらべ)(たばか)られ続けていたのを見抜けなかったのです。


 (やき)が回ったものです。申し訳御座いません」


 祖真紀(そまき)は再び床に(ひたい)を擦りつけるようにして詫びた。


「恨みは、幼心(おさなごころ)に焼き着けられたものなのか、それとも、祖母である杜理矢(とりや)()が吹き込んだものなのか……」


 朝鳥は、祖真紀(そまき)に問う、というよりも(ひと)(ごと)のように呟いた。


「|杜理矢の()が吹き込んだとは思えませぬ。そのような女子(おなご)ではありませぬゆえ」


「息子が殺されたのだぞ。恨んで当然だろう。そのほうとしては、そうは思いたく無かろうが」


「はい。…… 実は、我が妹に御座います」


「妹?…… ふん…… そうか。…… と言うことは、旋風丸(つむじまる)の父・佳手由井(かてゆい)とやらは、そのほうの甥と言うことか?」


「はい、狭い(さと)のこと、大方(おおかた)の者は血の繋がりを持っております」


旋風丸(つむじまる)はどのような思いで日々を過ごしておったのであろうか……」


 千方が感慨深げに呟いた。


祖真紀(そまき)大方(おおかた)の事情は分かった。きつい物言いと成ったことは許されよ」


「いえ、飛んでもない、朝鳥殿。全て手前の落ち度。六郎様にお怪我(けが)が無かったことがせめてもの救いです」


「うん。だが、このことは殿にご報告せぬ訳には行かん。佐野に参って申し開き致すことになろう。麿も同道する。まずは使いを立てて貰おうか」


「はい。承知致しました」

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