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31 承平五年二月

 平真樹(たいらのまさき)は領地を巡って何年にも渡って源護(みなもとのまもる)と争っていた。


 将門(まさかど)の伯父のひとり・良兼(よしかね)真樹(まさき)の姉の夫であったが、真樹(まさき)の姉の死後、(まもる)の娘を(めと)ったことに寄り、(まもる)陣営に移っていた。


 (まもる)の力が増し、真樹(まさき)は劣勢に立たされていた。


 そんな折、父の遺領を巡って良兼(よしかね)を始め伯父達と揉めていた将門(まさかど)が、真樹(まさき)の姉と良兼(よしかね)の間に生まれた娘を、良兼(よしかね)の反対を押し切って奪い、強引に妻にした。


 真樹(まさき)は姪の夫となった将門(まさかど)を自陣営に誘う。


 伯父達から領地を取り戻すことに力を貸す代わりに、(まもる)との領地争いに加勢して欲しいと言うことだ。


 これは、姉の死後、(まもる)側に寝返った良兼(よしかね)への報復でもあり、真樹(まさき)将門(まさかど)、両者の利害が完全に一致する同盟関係である。

 そこで将門(まさかど)戦支度(いくさじたく)をして真樹(まさき)(もと)に向かう。


 しかし、この情報は(まもる)側に漏れていた。(たすく)(まもる)の三人の息子達は、真樹(まさき)と合流する前に将門(まさかど)を討ち取ってしまおうと、野本(現・筑西市)で将門(まさかど)を待ち伏せたのだ。


 地理的に言っても、(まもる)の勢力範囲は筑波山の西麓(現・茨城県笠間市、筑西市、桜川市がその領域として比定される)であり、筑波山の西北に勢力を張る真樹(まさき)とは領地を接する部分が多いので争いが生じていた訳だ。


 (まもる)の領地の南には将門(まさかど)の伯父のひとり・平良正(たいらのよしまさ)の本拠地である水守(みもり)(現・茨城県つくば市水守)が有る。


 現在、国道百二十五号線が走っている南の辺りだ。将門(まさかど)の当時の本拠地・下総国(しもうさのくに)相馬郡(そうまごおり)豊田(とよだ)(現・茨城県常総市豊田・平安時代には常陸(ひたち)ではなく下総(しもうさ)に含まれていた)は更にその西南にある。


 現在の交通であれば豊田から戦闘場所である野本(現・筑西市)までは、国道二百九十四号を真っ直ぐ北上すれば良いのだが、当時の道程としては、良正(よしまさ)の領地・水守(みもり)の西、そして、(まもる)の領地の西を通って衣川(きぬがわ)沿いに北上し、(まもる)の領地の西を過ぎた辺りで東に曲り込んだことになる。


 そこで(たすく)達が待ち伏せたということは、やはり、平真樹(たいらのまさき)と合流する前に討ってしまおうと言うことだったのではでは無いだろうか。


   


 どれほど悔いても悔い足りない。


 舘の焼け跡に亡霊のように立ちして、(まもる)は想っていた。 


『これが夢で有ってくれれば。いや、夢であってくれ!』


 甦って来るのは、息子達の在りし日の姿だ。


「父上! (しし)を獲りましたぞ」



 (たすく)の声がする。


 狩から戻った息子達が(やかま)しく話しながら庭に入って来る。


「これ、(やかま)しいぞ。考え事をしておったところじゃ、もそっと静かに致せ」


 (えん)に出て行った(まもる)が叱る。


「これは父上、申し訳御座いません」


 (たかし)(しげる)の二人が声を揃えて言い、頭を下げた。


「父上、狩は戦の鍛錬に御座います。成果は上々、このまま押し出して、真樹(まさき)の奴にひと泡吹かせて参りましょうか?」


 (たすく)は能天気なことを言っている。


(たわ)けたことを申すな。戦は人と人との命のやり取り。狩とは違う。軽々に動くと思わぬことになる。気を着けよ」


 この長男をもう少し厳しく(しつ)けるべきであったかと、その時、(まもる)は思った。幸い兄弟仲が良いのは救いだ。


 劣性を挽回しようと真樹(まさき)が慌ただしく動いているという情報は、兼ね兼ね得ていた。あちこちの土豪に声を掛け味方に誘っていると言う。

 そうした中、将門(まさかど)が真樹の誘いに応じ準備をしているという情報が入って来たのは、前日のことである。


「明日にでも出立しそうとのことで御座います」


 郎等の一人がそんな報せを護に(もたら)した。


将門(まさかど)…… 確か、国香(くにか)殿達と揉めている甥であったな。


 国香(くにか)殿の処へ使い致せ。ご相談したきことが有るゆえお越し頂きたいとな」


「はっ」


 郎等は早速出て行った。


「父上、国香(くにか)殿と何をご相談されるのですか? 

 討ってしまいましょう。真樹(まさき)め、味方を掻き集めているようですが、将門(まさかど)真樹(まさき)の所へ入る前に討ってしまえば出鼻を挫けます。

 揉めているということですから、姉上方もお悦びになるでしょう。それに、我等だけでやってしまえば、国香(くにか)殿、良兼(よしかね)殿、良正(よしまさ)殿に恩を売ることも出来ましょう。正に、一石二鳥どころか一石三鳥の名案とは思われませぬか?」


「うん。だが、将門(まさかど)という男、どんな男なのか国香(くにか)殿に確かめてみねばな」


「大した者ではありますまい。同じく|都に上っていた国香(くにか)殿のご嫡男・貞盛(さだもり)殿が七位を得て左馬允(さまのじょう)に成っているのに引き換え、令外官(りょうげのかん)である滝口武者(たきぐちのむさ)止まりだったと言うではありませんか。

 長年、都に()りながら、結局官位ひとつ得られなかった無能な男です」


「違う。滝口武者(たきぐちのむさ)に成ったということは、位階は無くとも武勇を認められたということだ。都とは違い、この坂東では武勇がどうであるかの方が大事だろう」


「たまたま、小盗人(こぬすっと)か何か斬ったようです。検非違使(けびいし)を望んだがそれは叶えられず、滝口武者(たきぐちのむさ)しか得られなかったとか。

 同じ無冠でも検非違使(けびいし)なら、名の知れた賊を捕らえれば出世の糸口ともなります。滝口武者(たきぐちのむさ)ではそんな機会も滅多に有りせん。

 結局出世など出来なかったと言うことです」


「誰から聞いた」


「ふふ。父上は麿のことを、ものを考えずに動く者とお思いのようですが、見損なっておいでです。真樹(まさき)将門(まさかど)を誘っていると聞いた時、ちゃんと調べさせました」


「そうか」


 (まもる)は少し安心した。だが、


『それが甘い判断だったとは……』


 僅か数日前、


『軽々に動くと思わぬことになる』


(たしな)めた(まもる)自身が、その怖さを本当には分かっていなかったということになる。


 承平(じょうへい)五年(九百三十五年)二月四日のことであった。

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