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27 露女 2

「四郎、水深(みずふか)の辺りの新田の開発は上手く行っておるか?」


 四郎義重(しろうよししげ)を呼び、久稔(ひさとし)が尋ねた。


「はい、思いの外、(はかど)っております。水抜きも上手く行き、泥沼が恵みを(もたら)す田へと姿を変えて行きましょう。来春には植え付けも出来るようになるかと」


 やや抒情的な心の持ち主であるこの三十代半ばの意気盛んな男は、自信を持って答える。


「うん。(なれ)に任せたのは間違いではなかったの。手腕見事じゃ。いずれ、その労に報いなければならんと思うておる。考えて置く」


「そんなご心配は御無用に願います。当然のことをしているだけですから」


「まあ、任せて置け。悪いようにはせん。 …… ところで、子は娘ばかり三人であったのう。皆元気か?」


「はい、お陰様で(やまい)ひとつ知りません」


「それは何より。見目麗(みめうるわし)しき娘とはとかく体の弱いものじゃが、(うるわ)しい上に体も強いとあらば、良き婿(むこ)を得て家を栄えさせよう」


「いえいえ、『麗しい』など、飛んでも無いこと。いずれも芋ばかりで御座います」


「何を申す、若い者達の間では大変な評判だ。若い者達のうち誰ひとりとして、そのほうの娘達のうちの誰かを狙っておらぬ者は無いほどだと言うぞ」


「そんなにお褒めに預かっては、(かえ)って恐ろしゅう御座います」


「四郎」


 真顔(まがお)に戻って久稔(ひさとし)が言った。


千早(ちはや)は幾つになる?」


 照れ笑いをしていた義重(よししげ)も真顔に戻って、 


「今年で十六になります」


と答える。


「麿の養女にくれぬか?」


 義重(よししげ)には、瞬時にその意味が分かった。娘が三も人居る久稔(ひさとし)が養女にくれと言うのは、自分の養女として誰か有力な相手に差し出す為だ。

 それが、本当に有力な相手であれば義重(よししげ)とて依存は無い。(とぼ)けて否定してはいるが、千早(ちはや)が恐らくこの郷一番の器量好しで有ることは親の欲目ばかりでは無いと思っている。

 その辺の男にやるよりは、それなりの身分の相手と(めあわ)せてやりたいと思っているのだ。そうなれば、娘ばかりでは無く己の将来も開ける。


「あのような不束(ふつつか)な娘を養女にして頂けるなら、千早(ちはや)に取っても存外の仕合わせで御座いましょう。吾に何の異存が御座いましょうか」


「そうか、承知してくれるか。となれば、あのような器量好し、それなりの相手も考えねばなるまいな。…… だが、正妻という訳にも行かぬかも知れぬ」


『正妻と言う訳にも行かぬということは、相当な身分の相手か?』


 義重(よししげ)はそう思った。


「どなたかお心当たりでも……」

 

 探るように義重(よししげ)が尋ねる。


「うん? 改めて話をしている訳では無いが、心当たりと言えば無いでは無い。…… ある国の(じょう)をしておられる。我が家の遠縁に当たる方じゃ。なに、千早(ちはや)をお引き合わせすれば、気に入らぬはずは無い」


(じょう)で御座いますか?」


 (じょう)と言えば(かみ)(すけ)に次いで三番目の地位にある地方官である。郷長(さとおさ)の郎等に過ぎぬ義重(よししげ)から見れば望むべくも無い地位である。


 おまけに、義重(よししげ)は勝手に若い男と思っているから、若くして(じょう)と言うことは、将来は国守(くにのかみ)にも成る可能性のある相手と思った。


「そのような方でしたら、我が娘風情(ふぜい)が正妻など望んだら(ばち)が当たりましょう」


『さて、これからが正念場だな』


と久稔は思った。


 秀郷(ひでさと)とて朴念仁(ぼくねんじん)でも無ければ、千早を気に入らない訳は無い。それで、時々通って来てくれるようになれば、それで良い。

 年寄が若い娘に入れ上げれば或いは期待以上のことになるかも知れない。後は、この義重(よししげ)をどう説き伏せるかだ……。


「近々その方がこの郷を(おとな)い、我が家に逗留されることになっておる」


(とぎ)か』


義重(よししげ)は思った。


 (とぎ)と言うと、現代の感覚からすれば、身分の高い客に娘を一夜妻(いちやづま)として差し出す屈辱的な風習と映るだろう。

 だが、当時の感覚としてはそうでは無い。前にも述べたが、この時代の性に対する感覚は驚くほど大らかで、まだ儒教的な倫理の束縛は受けていない。(とぎ)は料理と同じく馳走すなわち持成もてなしのひとつなのだ。

 娘どころか妻さえ差し出す者も少なく無い。

 男達の思惑に寄ってなされる女性の人権を無視した行為であることは間違い無いが、女達が皆泣く泣く従っていたのかと言うとそうでも無いようだ。

 戦国時代や江戸時代に比べれば、遥かに自由な心を持っていたのではないだろうか。

 性を神聖視する意識が薄かったと思われる。


「一体、どなた様で御座いましょう?」


下野少掾しもつけのしょうじょう藤原秀郷(ふじわらのひでさと)様じゃ……」


 久稔(ひさとし)は、わざとさらりと言った。そして、相手の反応を待った。


 義重(よししげ)は絶句した。


藤原秀郷(ふじわらのひでさと)と言えば、下野(しもつけ)の国府から追討の官符が出されている男ではないか。


 それが取り消されたという噂も聞いていない。しかも、既に五十を越えている筈だ。そんな男に何で娘を供さなければならないのか!』


「嫌か?」


 頃合いを見て、久稔(ひさとし)が詰める。 


「いえ、決して嫌という訳では御座いませぬが……」


 義重(よししげ)は答に窮した。


「何か懸念(けねん)でも有るか?」


「…… こんな所まで出て来て、秀郷(ひでさと)様の御身(おんみ)は安全なのでしょうか?」


「ふふ、ははははっ。そのようなこと案じておるのか?」


 久稔(ひさとし)は、事も無げに笑った。しかし、実は久稔自身その懸念を拭えてはいないのだ。


 秀郷がこの舘で襲われる可能性は有る。


 もし、そうなれば、それは草原(かやはら)に取っても己に取っても最悪な結果を齎すことになる。


『だが……』


久稔(ひさとし)は思う。


秀郷(ひでさと)はそんな間抜けな男ではない筈だ』


 そう思うしかない。


「下野の国府が、指一本触れられなかった男だぞ。案ずることは無い」


「はあ……」


と言うが、納得はしていない。


 それに、秀郷(ひでさと)(とし)のことも有る。しかしそれは表立って言えることでは無い。


(しばら)(とき)を頂けませんでしょうか?」


「うん、うん。それは良いが、そう何日もという訳には行かぬぞ、そう先のことでは無いでのう。それに、秀郷(ひでさと)様が見えることは他言無用じゃぞ。良いな」


「はい。それは心得ております」


 決め手が必要だと久稔(ひさとし)は思った。今開発している水深(みずふか)の田をそっくりくれてやっても良い。しかし、今それを言うのは無理強(むりじ)いと取られて逆効果になる可能性がある。


『少し考えさせるか……』


 そう思っている時、


「父上」


と突然露女(つゆめ)が入って来た。


「そのお役目、麿に譲っては頂けませぬか?」


 久稔(ひさとし)は慌てた。


「立ち聞きをしておったのか! 何という不作法な娘だ。そのような育て方をした覚えはないぞ。恥を知れ!」


「不作法はお詫び致します。(ささ)でもと思いお持ちしたところ、聞こえてしまったのです」


 そう言って露女(つゆめ)(ひざまづ)き、(ささ)を入れた壺とカワラケを乗せた膳を脇に置き、両の手の指を揃えて突き、頭を下げた。


「そなたの関わることでは無い。下がっておれ」


「父上には娘が三人もおります。何ゆえ養女を取る必要が御座いましょう」


 顔を上げて、露女(つゆめ)が言った。


「う?」 


 まさか、


『そのほうらでは男の気は惹けぬ』


とは言えない。


(うたげ)の席には千早(ちはや)(はべ)らせてください。麿は顔を出しませぬ。その際、(とぎ)のことは匂わせて頂きますが、決して千早(ちはや)を伺わせるとは仰らないでください。

 寝間(ねま)には麿が参ります。(あか)りひとつの暗がりでは分かりますまい。

 麿も厚塗りをして、目は半分ほどしか明けぬように致しましょう」


『自分のことが分っておる』


と妙なところで感心してしまったが、


「何を(たわ)けたことを申しておる。そのようなことを致さば、秀郷(ひでさと)様を怒らせるだけだ。聞く耳持たぬ、下がれ!」


「ですから、千早(ちはや)を伺わせるとは仰らないでください。後の事はどうぞお任せ下さい」


 義重(よししげ)はと見ると、何か気まずそうにしている。


義重(よししげ)、話は又に致そう」


「はっ、では手前はこれで」


 義重(よししげ)が下がると久稔(ひさとし)は、不機嫌そうな、困ったような複雑な表情を見せて天井を見上げた。

 別に意味は無い。露女(つゆめ)と視線を合わせたく無かったのだ。


「父上、麿が千早(ちはや)のように見目麗(みめうるわ)しくは無いゆえ、ご案じなされているのですか?」


「いや、そんなことは思っておらん…… 何を言うておるのか」


秀郷(ひでさと)様は、何ゆえ武蔵(むさし)にお()でになるのでしょう?」


物見遊山(ものみゆさん)とのことじゃ」


「府中ならともかく、こんな、萱と沼と田の他に何もないところに物見遊山とは変わったお方で御座いますね。しかも、危険を冒してまで」


 もちろん、久稔(ひさとし)も物見遊山など真に受けている訳ではない。だが、真意が何なのかと言うことまでは読めていない。


「何が言いたいのだ」


 露女(つゆめ)を見て言った。


「なにゆえ、僅かな(えにし)を頼って、父上に話を持ち込んで来たのでしょうか? 秀郷(ひでさと)様も父上と強い絆を結びたいと思っておられるのではないでしょうか? 

 もし、そうならば、(にわか)な養女などよりは、例え見目麗(みめうるわ)しく無くとも、父上の実の娘である麿の方がお心に沿うのではありませぬか?」


 答え難い質問である。


 理屈はそうかも知れないが、男と言うものはそういうものではないと言ってしまえば、我が娘が己を見目麗(みめうるわ)しく無いと言っているのを認めてしまうことになる。


「少し疲れた。この話はまたのことにしよう」


「お逃げになるのですか?」


「相手は年寄じゃ。そのように()きになることではあるまい」


千早(ちはや)なら、相手が年寄でも良いということですか?」


(たわ)け! 分からぬのか。見目などでは無い。男はそのような物言いをする女子(おなご)は好まぬのじゃ」


 立ち上がり、露女(つゆめ)をその場に残し、久稔(ひさとし)は足早に寝所(しんじょ)へと向かった。

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