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24 牧 2

 ひと通り手入れを済ませると、(わらべ)達は、衣類を脱ぎ捨て下帯(したおび)((ふんどし))ひとつになって水場に入り、頭から水を(かぶ)り、お互いに水を掛け合ってはしゃぎ始めた。


 それを見ていた千方だったが、すぐに自分も衣類を脱ぎ捨て、(わらべ)達の輪の中に飛び込んで行った。


 (わらべ)達は、千方にも遠慮なく水を掛け始めた。と言うよりも、いつの間にか千方ひとりが(わらべ)達の攻撃の(まと)となっていた。(わらべ)達の心から、ひとつの壁が取り払われた瞬間である。


「うわっ! 参った、参った。でも気持ち良いのう」


 (しばら)くはしゃいだ後、千方を含めた(わらべ)達は、水から上がって草の上に思い思いに寝転んだ。


「六郎様」


 そのうち、ひとりの(わらべ)が千方に語り掛けて来た。


武蔵(むさし)草原(かやはら)とは、どんなとこですか?」


 鷹丸(たかまる)である。


 (さと)(わらべ)達の中では、割と端正な顔立ちをしている。


「うん? そうだなあ、まず、周りに山が無い。それから、北に大きな川が有る。川の(へり)は高台になっていて、家が沢山有る。

 少し下がった辺りから田が続き、南へ行くと湿地が多い。(かや)が多く生えている。だから、草原(かやはら)と言うのかも知れぬな」


「山は全然無いんですか?」


「うん。遠くには見えるが周りには全然無い。冬の晴れた日には富士も良く見えるぞ」


「フジ?」


「そうだ。()(もと)一の山だ」


「吾も見たことがありますぞ、富士を。尾根に登った時良く見えました」


 そう口を挟んだのは犬丸だった。


「それは、浅間の山ではねえのか?」


 秋天丸(しゅてんまる)が突っ込む。


「いや、富士だ。(てて)がそう言った」


「都も見えるのかな?」


 もっさりとそう言ったのは長身の竹丸だった。


「都までは見えぬな」


「都は富士よりも遠いのかな?」


「うん。麿も行ったことは無いが、ずっとずっと遠いと聞いておる」


「ところで、六郎様の(てて)様は偉えお人だってこんだが、どんな人だ?」


 聞いて来たのは、鷹丸(たかまる)の弟、鳶丸(とびまる)だった。兄に似て端正な顔立ちだが、顔が少し長い。


「うん? …… 実は、まだお会いしたことが無い。兄上に始めてお会いしたのも、この(さと)に来るわずか三日前のことだ。だから、分からぬ」


 一瞬、皆沈黙した。

 (うらや)ましいとしか思っていなかったこの人の人生にも影は有ったのだ。それが、(わらべ)達の思いの公約数であった。それは(わらべ)達に取って、ある意味衝撃であり、同時に(わらべ)達の心を少し千方に近付けることにもなった。


「すいません。余計なことを聞いてしまいました」


「いや、良い。皆にも知って置いてもらいたいのだ。…… 麿は母と祖父に育てられた。

 この歳まで、一度も会おうとしてくれなかった父上に恨みさえ(いだ)いていた。兄上が尋ねて来るまではな。

 父親の代わりは、祖父や叔父達が果たしてくれていた。だから、どんな偉い人かは知らぬが、一生会わずとも良いとさえ思うようになった。

 …… しかし、兄上に連れられて下野(しもつけ)に来てから、急に会いたくなったのだ。


 考えて見れば、叔父や叔母達さえも、麿を呼ぶのに『様』を付けるのは、麿が藤原秀郷(ふじわらのひでさと)という人の子なればこそだ。

 そんな父上とは一体どんな男なのか? 何故(なにゆえ)母や麿をずっと放って置いたのか、直接会って聞いてみたくなったのだ。


 …… この頃、祖父に良く言われる。

 麿が大事にされるのは、すべて藤原秀郷(ふじわらのひてさと)の子だからだとな。

 もちろん祖父の言葉は悪い意味で言っていることでは無い。麿が増長するのを心配してのことだというのは分かっている。

 だが、もし、麿が父上の子で無かったら、己に一体何が残っているのか、それが分からなくなって来たのだ」


「なんか、六郎様の言っとることは難しゅうて良く分からん。けんど、(てて)に会うてみたくなったと言うことだけは分かった。でも、まだ会えておらんのですね」


 鳶丸(とびまる)は余計なことを聞いてしまったと、心の中で悔やんでいた。


「そうだ。実はこの(さと)に連れて来られる日の朝には、父上の舘に行くものだとばかり思っていた。甘かった」


「では、六郎様はここに来たことを悔やんでいるのか?」


 聞いたのは、秋天丸(しゅてんまる)である。


「うん。一日くらいはそんな気持ちが有った。だが、すぐに諦めが付いた。

 ならぬものは仕方が無い。それよりも、兄上や父上が麿に何を望んでいるか分かった時、それに答えられる男になってから会えば良いと思うようになった。

 十四年待ったのだ。(あと)、三年待っても良いではないか…… つまらぬことを話したな」 


 まるで、自分に語り掛けているような口振りとなっていた。


 誰も、返すべき言葉を思い着けなかった。少し重い沈黙の時が流れた。


 千方は、何故(なにゆえ)この者達にこんなことを話しているのか、自分でも不思議だと思っていた。

 こんなこと、今まで誰にも話したことは無い。それどころか、自分でも良く分からず漠然としていた思いが、もやもやが、言葉にして話してしまったことで、自分でも、

   

『ああ、そう言うことだったのか』


と理解出来たのである。


 (さと)(わらべ)達に自分を理解して貰おうとして話したことでは無かった。


「朝鳥様に勝ちましたね!」


 雰囲気を変えようとしてか、秋天丸(しゅてんまる)が、それまでに無い高い調子で言った。


「うん?」 


 千方は一瞬、面食らった。


太刀打(たちう)ちのことか?」


「はい。朝鳥様から、見事一本取りました。先を越されてしまって、正直、吾は悔しいのです」


何故(なにゆえ)知っておる?」


「見ておりました」


「何? 見ておった? 気付かなかった。この(さと)は、いつ誰に何を見られておるか分からぬところだな」


「はい。それが、この(さと)の者達の役目ですから……」


「麿を見張ることが役目だと言うのか?」


「いえ、そういう意味ではなく、この(さと)の者達は、足音を消して歩くこと、気付かれぬよう跡を着けること、何日も野に伏して見張ることなど、幼い頃より(しつ)けられているのです。それで殿様のお役に立っております。


 だから、(さと)の大人達の三分の一ほどが、いつも交代で(さと)を留守にしております。

 でも吾は決して、六郎様を見張っていた訳ではありません。あれは、偶然見掛けただけです。ただ、癖で、つい姿を隠して見ていただけです」 


「そうか? まあ良い。別に隠し立てするようなことも無い。あれは、たまたまじゃ。朝鳥に勝てたのは」


「いえ、お見事でした」


「そうか。だが秋天丸(しゅてんまる)(なれ)の素早さには及ばぬ」


「それしか、無いっすから、吾には……。ところで、六郎様、本当に隠していることは無いのですか?」


 そう言って、秋天丸(しゅてんまる)はにやりと笑った。


 それに連れて鷹丸(たかまる)鳶丸(とびまる)夜叉丸(やしゃまる)までもがにやにやし始めた。


「何だ、何だ。隠し事などしておらぬわ!」


 千方は少し()きになった。


「この頃、(さと)女童(めわらべ)達が、いつもそわそわしています。髪を()で付ける回数も増えとります。六郎様が歩いていると、ひそひそ話したりきゃっきゃと笑ったりしながら、遠くから後に着いて行きます。

 鳶丸(とびまる)など、想っている()が六郎様に夢中なので、気が気でありません」


「そんなことは無い!」


 鳶丸(とびまる)秋天丸(しゅてんまる)に反論した。


「吾は(ほたる)のことなど何とも思っておらんわ」 


「吾は(ほたる)などと言うておらんぞ。己から白状したようなものだな。はっはっは」


(うるさ)いわ!」


「確かに、鳶丸(とびまる)(ほたる)を六郎様に取られるのではないかと心配しておった」 


 そう言ったのは犬丸だ。鳶丸(とびまる)は横を向いた。


「まあ待て、麿はそんなことは知らんぞ」


と言ったが、千方には心当たりが有る。


 この(さと)に来て間もなくの頃から、ひとりで歩いていると、少し離れて女童(めわらべ)達が着いて来ることが良く有った。  

 だが、話し掛けて来る訳でもなく、何かきゃっきゃと騒いでいるだけなので、気にはなったが、どういうつもりなのか分からなかった。


 一度、何か用でも有るのかと、道を引き返してみようとしたら、皆居なくなってしまったことが有る。


『何だ!』


と思ったが、正直少しがっかりしたことも確かだ。


 だが、千方の関心は他に有ったから、それ以上気にすることも無かった。

 話題の(ほたる)がどの娘かは分からなかったが、どうやら(わらべ)達に一番人気のある娘らしい。多分、あの頬のぷっくらとした娘のことだろうと見当は付いた。


鳶丸(とびまる)、心配するな。麿は(ほたる)と話したことも無いし、どの娘が(ほたる)なのかも分からぬくらいだ」


「心配はしておりません。大体、吾ひとりのように言うておりますが、秋天丸(しゅてんまる)旋毛丸(つむじまる)も犬丸も(ほたる)を好いとるんです」


「ほう、人気が有る娘なのだな」


「六郎様が好いとるのは、芹菜(せりな)ではないのですか?」


 いきなり体を起こして、夜叉丸(やしゃまる)が言った。


「えっ?」


 先に声を上げたのは犬丸の方だった。


 犬丸も体を起こし、他の者達もそれぞれに起き上がった。


「違いますか?」 


 夜叉丸(やしゃまる)が畳み掛けた。


「う? あ、いや、何故(なにゆえ)そう思う?」 


 千方は少し狼狽(うろた)えている。


「もし、違っていなければ簡単なこと。この犬丸に手引きさせましょう」


「そんな馬鹿な。あんな(おのこ)女子(おなご)を、六郎様が好いている筈が無い」


 犬丸は本気でそう思っているようだ。 


「犬丸、もし、六郎様が芹菜(せりな)夫婦(めおと)になったら、(なれ)は六郎様の弟になれるのだぞ。そうなれば、吾に対して大きな顔が出来るし、吾も殴れなくなる。それでも嫌か?」


「嫌とか、そういうことではねえが、…… 本当で御座いますか? 六郎様」


 狼狽(うろたえ)えてみっともない姿を(さら)す訳には行かないと、千方は思った。


『成り行きに(まか)せるしかないか』


 そう思った。


「う? 参ったなあ、誰にも言うておらぬのに、そこまで見透かされては ……。その通りだ」


「あれ、六郎様。芹菜(せりな)のこと思うて、毎晩、魔羅(まら)おっ立ててるだか?」


 竹丸がそう口を挟んだ。


 いきなり、夜叉丸(やしゃまる)が竹丸の頭を拳骨(げんこつ)で殴り付ける。


「無礼なことを言うな! アレがでかいだけで、外になんの取り柄も()(なれ)と六郎様を一緒にするな。(なれ)と六郎様は違うんだ!」


「何すんだ。いってえな。何も殴ることはなかっぺ。…… 恰好かっこ付けてっけんど、みんな、そうだっぺよ。}女子おなごんこと思ったら、魔羅(まら)おっ立つっぺよぉ」


「もう一度、殴ってやろうか?」


「いい、いい。もうやめてくれ、頼むから。……」


夜叉丸(やしゃまる)やめろ! 仲間を殴るでない。(なれ)の強さは、敵と出会った時の為に取っておけ」


「あ、はい、分かりました」


 夜叉丸(やしゃまる)は、多少不服であった。


『殴らぬと分からぬ者もおります』


と言いたかった。


 また、吾は口が上手く無いから、つい手が出てしまうとも弁明したかった。しかし、夜叉丸(やしゃまる)は既に千方を生涯の(あるじ)にしようと決めていたのだ。だから、反論することは無かった。


「よし、決まった。後は犬丸、(なれ)の仕事だ。上手くやれ」 


 秋天丸(しゅてんまる)がそう言って犬丸の背を叩いた。


「どうするんだ? 良う分からんが……」


(うつ)け! 芹菜(せりな)をここへ連れて来れば良いだけのことだ」


「おい、おい。そう勝手に決めるな。芹菜(せりな)は麿のことなど何とも思っておらん。(わらべ)としか思っておらんのだ。恥を掻かせる気か」


「ご心配無く。その時は大人だということを分からせてやれば良いだけです。芹菜(せりな)とて六郎様のことを嫌いな筈は有りません」


 秋天丸()は退かない。


 千方と犬丸は、それぞれ別の理由で浮かない顔をしている。

 ふたりは何なんと無くお互い顔を見合わせた。

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