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22 祖真紀という男

『だが……』


古能代(このしろ)は考える。


 煙が上がれば兵達に気付かれてしまう。出来れば己の姿を隠せるほどの煙を上げたいのだが、もはや、それも出来ない。

 また、そんな準備をするほど時を費やす訳にも行かない。


 僅かな煙でも洞窟の中に流れ込めば、中では異変を感じ取るだろう。そうなれば一気に大勢が飛び出して来ることは無く、まず、一人か二人が様子を見に出て来る。


それを()る。


「後は成り行き次第か……」


 古能代は声に出して、そう呟いた。


『まずは草を集めなければ』


 そう思って草刈りに掛かる。


 その時、古能代(このしろ)は気配を感じて振り返った。


 いつの間にか、十間ほど先に人ひとりが立っている。直垂(ひたたれ)の袖と裾を絞り、顔を黒い布で覆っている。


『敵か!』


と一瞬思うが山賊の仲間ではない。


 かと言って秀郷の兵でもない。その体型と持っている武器に寄って、それが誰なのかが、間もなく古能代(このしろ)には分かった。


 言い知れぬ緊張感が古能代(このしろ)を襲う。今やらなければならないこととは無縁の別の緊張感。

 かなり距離が離れているにも関わらず、男の底知れぬ眼光が目の前に迫る。体も心もその動きを停止したかのように時が止まる。


 古能代は男を見詰めていた。


 黒覆面の男が右手を挙げると、同じ装束の者達十人ほどが現れ、足音も無く、その男に続いて洞窟の中へ雪崩れ込んで行った。


 一瞬、その光景を幻影でも見るように眺めていた古能代(このしろ)が、ふと我に帰って慌てて後を追う。


「我等ばかりではない。今の坂東は、いや、この国全体が賊ばかりよ。

 山賊、海賊ばかりではないぞ。土豪達とて、裏に回れば山賊と同じ。

 そればかりでは無い。都から下って来る役人から京に()公家(くげ)達まで、どいつもこいつも、ひとの上前(うわまえ)()ねて生きておるのよ。

 馬鹿を見ているのは、力の無い者達だけだ。そう思わんか?」


 頭目(とうもく)支由威手(しゆいて)らに話し掛けている。もはや、四人は首に刃物を突き着けられてはいない。


「実は、我等も山賊に成ろうとしたことがある」


 支由威手(しゆいて)が答えた。


「ほう…… 何故(なにゆえ)成らなかった?」


怖気(おじけ)付いたのよ。(さと)が焼かれると聞いてな……」


「誰がそう言った」


古能代(このしろ)だ」


 沙記室(さきむろ)が答えた。


「ふん?…… あ奴がやめさせたのか?」


「いや、我等が怖気付いたのだ。もし、我等が『やろう』と言っていたら


『いや、本気ではなかった』


などと逃げる男では無い。きっとやっていた」


「そうか! 使えそうな奴よの。だが古能代(このしろ)が裏切ったら、(なれ)達はここで死ぬことになる。あ奴が裏切らぬか心配ではないのか?」


古能代(このしろ)は我等を見捨てたりはせぬ!」


 摩射手(まいて)が強く言った。


「となると……」


と言いかけた時、頭目(とうもく)の頭を嫌な予感が()ぎった。その動物的な勘で、数々の危機を逃れて来た男だ。理屈では無く、己の勘に絶対の自信を持っている。


「ここを早く出なければならん! あ奴。こ奴らを助けに戻って来るぞ、兵を連れてな」


 突然配下達に向かって(わめ)き始めた。


「ぐずぐずするな! こ奴らを始末して、ずらかるんだ」


 支由威手(しゆいて)らは蒼白となった。『(はか)られた』と思った。


 油断をさせて、何かを引き出したのだ。自分でも気付かぬうちに、決定的に疑われる何かを喋ってしまったのだ。


『それが何かは分からぬが、きっとそうに違い無い』と思った。


 頭目の勘は当たったが、その読みは半分当たり、半分は外れていた。


 秀郷の兵達では無かった。山賊達が、一斉に太刀を抜き放ったその時、十ほどの黒い影が突然現れ、入口方向を塞いだ。


 しかも、その(すべ)ての影が矢を(つが)えた短弓を引き絞っており、その先は、頭目(とうもく)を始めとして賊達に向けられている。


『こ奴らを(たて)にするしかない』


 そう思ったひとりの賊が、支由威手(しゆいて)に刃を突き着けようとした瞬間、一斉に矢が放たれ、賊の半数以上が倒れた。


 頭目(とうもく)は首に矢を受けて転げ落ち、その危うい生涯を閉じた。


 今度ばかりは、その自慢の勘が働くのが少し遅過ぎた。


 生き残った賊達は慌てて得物(えもの)を放り出し、地べたに這い(つくば)った。


 残ったのはたったの八人である。


 最初に現れた男が合図をすると、黒覆面の男達が、床に伏せた山賊達を縛り上げる。


 男達の後ろから走り込んで来た古能代(このしろ)は、複雑な表情を見せて、ただその光景を見詰めている。


 まず、ほっとした後、(いぶか)しげに黒覆面の男達を見ていた支由威手(しゆいて)達四人だったが、


「兄者!」


 突然、沙記室(さきむろ)が叫んだ。


 背の高い覆面男が沙記室(さきむろ)に近付き軽く頭を小突(こづ)いた。


「手間を掛けさせるな」


 覆面の男達は、祖真紀(そまき)率いる郷の男達だった。沙記室(さきむろ)の十一歳年上の兄、摩射手(まいて)の叔父、威手李裡(いていり)の父。その体型や動きからそれぞれが誰か、じきに察しが付いた。


 古能代(このしろ)以外の四人は、ほっとすると同時に、有り難さと懐かしさに思わず涙ぐみそうになっていた。


 古能代(このしろ)達が佐野に行くことになってから、交代で数日置きに様子を見に行くことは、既に、郷の大人達の話し合いの中で決められていた。


 だから、支由威手(しゆいて)国時(くにとき)と対立したことや、それを古能代(このしろ)が止めたことは逐一祖真紀(そまき)の耳に入っていた。もちろん、小屋の中で古能代(このしろ)が、国時(くにとき)を殺して盗賊になるかと言い出したことまでは知らない。


 国時(くにとき)との対立を乗り越え、盗賊探索の成果を上げながら、五人が日に日に郎等らしくなり、成長して行く様子に大人達は胸を撫で下ろし、いつかは本当に郎時に成れるだろうという期待に夢を膨らませていた。


 だが、半年を過ぎる頃から、祖真紀(そまき)の心を、ある懸念が支配し始めた。

 あまりに順調に行き過ぎている。盗賊達とて馬鹿では無い。いつかは古能代(このしろ)達の動きに気付くはずだ。一方、順調に行けば行くほど、若者達の心には油断と(おご)りが芽生えて来るだろう。その時が危険だ。


 祖真紀(そまき)は、様子を見に行く者の数を二人に増やし、交代の二人が到着するまで戻らぬよう指示した。交代は四~五日置きとし、何か有ればひとりが馬を飛ばして報せに戻る。野宿しながら厳しい環境での行動となった。


 そして前日、探索を続ける古能代(このしろ)達が、逆に盗賊達につけられていることに見張りの者が気付いたのだ。


 報せを受けた祖真紀(そまき)の行動は素早かった。若者達の家族を中心に、すぐさま十人の男達を集め、彼らが細作(しのび)として行動する時の衣装に身を固め、古能代達が探索中の山に向けて馬を飛ばした。


 ()も落ち掛ける頃山に着いた一行は馬を隠し、見張りの者の案内で隠れ場所を決め、身を(ひそ)めて夜を過ごし、()の明けるのを待った。


 そして、まだ夜も開け切らぬうちに盗賊達が現れ、隠れ場所を決め、罠を仕掛ける様子を見ていたのだ。


 古能代(このしろ)達が罠に掛かった瞬間、指示を求めようとする(さと)の男達の目に、祖真紀(そまき)は、


『まだ動くな』


と、やはり目で指示を与えた。


 跡をつけ、縛られた古能代(このしろ)達が賊と共に洞窟の中に消えて行くのを、祖真紀(そまき)達は少し離れた岩陰から見ていた。


「どうする? おさ


 ひとりが尋ねた。


「生き残るために、どれほど知恵を働かせられ、何が出来るか、少し様子を見てみよう」


「手遅れにならないか?」


 別の男が尋ねた。


「たかがこれしきのことで、何の知恵も働かすことが出来ず殺されるようなら、いずれ死ぬ運命の者達でしか無い。済まぬがその時は諦めてくれ」


 そう言われて男達の心境は複雑だった。子を思わぬ親はないし、兄、叔父とて同じだ。

 しかし、祖真紀(そまき)が、普段の柔らかい物腰とは裏腹に、実は厳しい男であることは知っているし、(さと)全体の未来を考えていることも分かっていた。


 簡単に諦められるものではないが、今は従うしか無いと思った。


 やがて、賊の男達二人にぴったりと着かれた古能代が出てきた。(さと)の男達の中のひとりのみを連れ、祖真紀(みずか)らが古能代(このしろ)達の跡をつけようとした時、少し()を置いて別の賊二人が出て来た。


 咄嗟(とっさ)に身を隠し、そのふたりをやり過ごしてから、祖真紀ともうひとりが動いた。暫く行くと、少し下った辺りで後ろの二人の足が止まり、何やら下を覗いている。  


()るぞ」 


 そう言った祖真紀(そまき)に、もうひとりの郷の男が黙って頷く。


 音も無く近付くとふたりは、二人の賊の背中から一気に左胸を刺し、下に落ちて行かないように襟首を持って手前に引き倒した。


 祖真紀(そまき)が刺した男は無言のまま絶命したが、もうひとりが「グワーッ」と言う声を上げた。


 下の様子を見ると、一瞬の機を生かして、古能代が二人を斬り倒していた。


「やりましたな」


 (さと)の男が言った。


「これからだ。どうするつもりか……」


 (くさむら)に倒れ込んだ古能代(このしろ)を、祖真紀(そまき)は辛抱強く待った。


 やがて、(ぬさむら)から這い出して来た古能代(このしろ)は、少し離れた所から洞窟前の様子を探り、身を隠しながら見張りの賊達に近付く。そして、ひとりの後ろから更に近付き、蕨手刀(わらびてとう)を首に回し一気に()き切った。


 そして、次の瞬間には、振り向いたもうひとりの賊に飛び掛かり、刃を喉に当て大きく右に引いていた。血飛沫(ちしぶき)が飛ぶのが、祖真紀(そまき)達の居る位置からも見えた。古能代(このしろ)が死体を(くさむら)に隠している様子を見ながら、


「ふん。少しは、やりおるな」


祖真紀(そまき)が呟いた。


 そして、


(あと)は我等でやる。合図を待て」


 そう言い残し、草を刈るために背を向けた古能代(このしろ)の方に走った。

 十間ほどに近付いた祖真紀(そまき)が立ち止まるのとほとんど同時に、古能代が振り向いた。

 一瞬見合っていたふたりだったが、祖真紀(そまき)がサッと右手を上げた。(さと)の男達は祖真紀に続いて洞窟に向かって走った。


 そういった事情を古能代(このしろ)が知ったのは、後になって沙記室(さきむろ)の口を通してのことだった。


 賊達を縛り上げると、祖真紀(そまき)は、沙記室(さきむろ)の兄ひとりを残して、他の男達を連れてさっさと引き上げてしまった。

 古能代ばかりでなく、沙記室(さきむろ)以外は身内の者と誰も言葉を交わす暇さえ無かったのだ。沙記室(さきむろ)と兄は、列の最後尾を並んで歩きながら話していた。その兄も、盗賊達を引っ立てた五人が無事、国時(くにとき)の待つ辺りに近付いた時に姿を消した。


 古能代(このしろ)十八歳、祖真紀(そまき)もまだ三十九歳だった時の出来事である。


    


 古能代(このしろ)は知らぬことだが、その後の、ちょっとした事情について触れておこう。


 秀郷(ひでさと)の舘の一室で、国時(くにとき)が秀郷に事の次第を報告しようとしていた。


「手柄であったのう」


 秀郷が鷹揚(おうよう)に言った。


「いえいえ、賊共を捕えては参りましたが、実は、我等、すんでのところで全滅するところで御座いました。いやはや、誠に申し訳も御座いませぬ。吾も油断をしておりました」


 馬鹿正直な男である。自分は何もしていないが、返り血を浴びた古能代(このしろ)と四人の者達が、八人もの賊を数珠繋ぎにして引っ立てて来た時は驚いた、と事実を話す。


 ひとの手柄を我が手柄のようにして自分を売り込もうなどという考えは、この男にはまるで無いのだ。

 そんなところを秀郷は気に入っており、三輪七郎と言う名を縮め、


三七(さんしち)、三七」


と呼んで目を掛けている。


 策士である秀郷(ひでさと)のような男は、才有る者を見出(みいだ)し使いこなす一方、こんな愚直(ぐちょく)な男を身近に置きたがるものだ。安心なのだろう。


古能代(このしろ)とは親子の仲が相当険悪だと聞いておったが、やはり、あ奴もひとの親よ。祖真紀(そまき)め、見ているだけでは無く、遂に手を貸しおったな」


 国時(くにとき)よりかなり太く長い口髭(くちひげ)(よじ)なりがら、国時がまだ話していないことに秀郷(ひでさと)が触れた。


「えっ? 殿は、祖真紀(そまき)が見張りを着けていたことをご存じだったのですか?」


「麿の膝元に細作(しのび)を放つのに、無断でやると思うか?」  


「はっ。…… 言われてみれば仰せの通りに御座います。…… では殿は、手前からの報せの他に、祖真紀(そまき)からの報せも常に受けておられた訳で……」


 国時(くにとき)の心境は少々複雑であった。秀郷(ひでさと)の信頼に答えなければと、ある意味、命懸けの任を必死でこなして来たつもりだったが、秀郷(ひでさと)は、自分からの報告のみでことを判断していた訳では無かったのだ。


「そのほうを信頼しておらぬ訳では無いぞ」


 まるで、国時(くにとき)の心の揺れが見えているかのように、秀郷が言った。


「前からだけで無く、時には後ろからも同時に見ることが必要なのだ。目も耳も多い方が、あやまちが少なくなる。こたびのことだけで無く、麿はいつもそう心がけておるのよ」


「はあ…… なるほど……」


『この男には理解出来ぬことであろうが、それで良い』


秀郷(ひでさと)は思った。


 将門(まさかど)の乱に際しての身の処し方についても、秀郷のこの考え方がものを言った。


 細作(さいさく)を放っての情報収集は元より、(みやこ)の公家達からの情報も集めた。

 それだけでは無く、自ら常陸(ひたち)下総(しもうさ)武蔵(むさし)にまで足を運んで情報を収集し、将門(まさかど)本人とも会談してそのひととなりを見た上で、時間を掛けて己の立場を決めたのである。 


 貞盛(さだもり)が情に(すが)って訴えた時、さも心を動かされたかのように振舞ったが、実は、その時心は既に決まっていた。

 常陸(ひたち)下総(しもうさ)に広い人脈を持っていた坂東平氏の嫡流(ちゃくりゅう)国香(くにか)の長男である貞盛(さだもり)と、貞盛が携えて来た将門(まさかど)追討の官符(かんぷ)を得たことにより、秀郷(ひでさと)の立場は強化された。この辺が、秀郷が"したたか" と評される所以(ゆえん)であろう。


    


 だいぶ遅れて千方の乗った馬が走り込んで来た。

 思い切り手綱(たづな)を引いて馬を止めると、馬の背に手を突き千方は大きく両足を蹴上げて馬から飛び降りた。

 少し背が伸びたとは言っても、千方に取っては大変な高さである。勢い余ってつんのめったが、土の上で体を一回転させそのまま立った。受け身は身に着いていた。


「駄目だ。まだまだ(かな)わぬ。いかにしたら、もっと早く駆けさせられるものかな?」


 息を切らせながら千方が古能代(このしろ)に聞いた。


 物思いに耽っていた古能代(このしろ)だったが、おもむろに振り向き一瞬間を置いた後、


「馬の世話はされておりますかな?」


と逆に尋ねた。


「いや……」


と答えながら、千方は考えた。


 古能代(このしろ)は、朝鳥のようにくどくどと説明したりはしない。何かを尋ねても、答えはほとんどひと言。その言葉の意味を、千方は自分で考えなければならないのだ。


 言われて見れば、普段、馬をどこに置いているかも知らない。近くに(うまや)は無く、古能代か(さと)の男達の誰かが引いて来てくれる馬に、千方はただ乗るだけなのだ。


『犬は普段から餌をくれる者の言うことを良く聞く。馬だとて変わりは無いはずだ。もっとうまく乗りこなしたければ、馬の世話をしろと言うことか』


 じきにそう思い当たった。

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