21 罠
佐野の山小屋に連れて行かれてから一年が経った頃には、古能代ばかりでは無く五人全員が郎等らしき言葉使いや所作を身に着けていた。
皆それぞれの葛藤が有ったが、結局はそうするしかないと悟ったのだ。
しかし、風体は相変わらず蝦夷装束のままだし、秀郷に目通りすることも無く、探索の毎日が続いていた。
そして、相変わらず国時は口煩い。
だが、支由威手らにも徐々に国時の人柄が伝わり、陰では変わらず『煩い親父』などと言っているのだが、その言い方にも親しみが感じられるようになっていた。
その日も国時と五人の若者達は山中を探索していた。
以前から情報を掴んでいた山賊団を追っていたが、寸前で気取られ何度か逃げられている。
国時を山道に残し、五人は草を払いながら斜面を登って行った。
その上に、昨日多くの足跡を発見した場所がある。
夕暮れ近くのことだったので、今日改めて詳しく調べてみようということでやって来たのだが、道をそのまま上って行ったのでは賊と鉢合わせしてしまう可能性があるので、斜面を登って行くことにした。
すぐ下の辺りから様子を探るが人影は見当たらなかった。
上がって、昨日足跡を見付けた辺りを調べると、足跡はそのまま残っていた。
「かなりの数だなあ。気を付けろ」
古能代が言った。
「威手李裡、摩射手見張れ」
その時、摩射手が、
「あっ!」
と声を上げた。
それと同時に、五人の周りに十本以上の矢が降り注がれた。
そして、叢から木陰から山賊達が現れ、古能代達はすっかり取り囲まれた。
おまけに、見上げると木の上から射掛けて来たのは、蝦夷の風体をした者達だった。
実際、この時代逃亡し盗賊に身を投じていた蝦夷も多く居たのだ。
現れた山賊の数は二十余り。
五人は蕨手刀を抜き放ち、背中合わせとなって構えた。
「掛かったな、青二才共。秀郷の犬か? もはや逃れられぬ、観念せい!」
頭らしき髭面の男が薄笑いを浮かべながら言った。
古能代は恐怖を感じたりはしていなかった。しかし、この人数で囲まれてしまい、蝦夷に木の上から狙われていては斬り抜けるのは不可能。
矢をうまく躱して何人か斬り倒してみても、結局は殺られる。それなら、捕まった方がまだ可能性は残る。そう瞬時に判断した。
古能代は蕨手刀を投げ捨てた。あまりにあっさりと古能代が諦めてしまったので、呆気に取られたのは支由威手ら四人であった。
彼等はいずれも腰抜けではない。秀郷からの要請に答えて、祖真紀が選んだ若者達なのだ。
この状況でも戦う気は十分にあった。しかし、古能代が太刀を投げ出してしまったので、一気に戦闘意欲が萎えてしまい構えた蕨手刀をだらりと下げた。
「ふふ。意外に物分かりの良い餓鬼共だな。それともただの腰抜けか?」
その言葉に四人は挑発され、キッとなって太刀を構え直した。
「捨てろ!」
古能代が怒鳴った。
幸いにもまだ、樹上の蝦夷達は矢を放ってはいない。
「秀郷の為に命まで捨てる必要など無い。大体それほどのことをして貰っておる訳でもあるまい。命有っての物種だ。早く捨てろ!」
古能代が四人をそう諭す。
「そ奴の申す通りだ。汝達、扱き使われているだけで、碌な物も食わして貰っておらんだろう。つまらぬ意地を張らぬが身の為だ」
お互いに顔を一度見合わせた後、四人も蕨手刀を投げ捨てた。しかし、彼等には古能代の言葉が、この場を逃れる為の策なのか本音なのかの判断が付いていない。
山賊達が集まって来て、あっと言う間に五人は縛り上げられた。
連れて行かれたのは、大きな洞窟だった。
一斉に松明に火を点け、壁の所々にある穴に差しながら奥へと進んで行く。一番奥にある大岩の上に頭目が腰を降ろすと、五人はその前に引き据えられた。
「おい、そこの…… 名は何と言う?」
「古能代だ」
恐れる様子も無く、頭目を見上げて古能代が答えた。
「蝦夷だな。なにゆえ、秀郷の犬をやっておる?」
「我等が叛けば郷の者達が殺される」
「成る程。…… ならばここで死ね」
頭目は悠然と言い放った。
古能代以外の四人がハッとして頭目を見上げ、怒りの籠った目で睨み着ける。
「こんなことなら、討ち死にした方がましだった」
という思いがそれぞれの胸にこみ上げ、古能代を恨む気持ちが芽生えた。だが、古能代ひとりは平然としている。
「汝、いい度胸をしておるな。命乞いは、せんのか?」
古能代は何も答えない。暫くその目を見詰めていた頭目が突然笑い出した。
「はっはっはっは。死んだことにすれば良い。そして我等の仲間になれ。死んだことにすれば郷の者達が殺されることも有るまい、どうだ。
見ての通りここにはお前達の同族もおる。皆、嘲られ、扱き使われて逃げ出し、恨みを持って仲間に加わった者達だ」
四人は、頭目から目を放し、古能代の表情を窺った。
「いいだろう。何をすれば良い」
「ふっふ。汝は話が早い。気に入った。まずは、あの郎等を殺せ。そして、死骸を始末し、ここを引き払って塒を移す。
郎等の死骸だけ見付かれば、汝達が裏切ったのがばれてしまうでのう」
「気を使って貰って、礼を言うべきかな?」
「礼は今後の働きでして貰う。ちゃんと分け前は渡してやる。吾は秀郷と違って吝嗇では無いからの。おい、縄を解いてやれ」
五人は縄を解かれた。きつく縛り上げられていた腕を擦りながら、ほっとした表情を見せた四人だが、古能代の態度をどう解して良いのか迷っていた。普段は口数の多い者達だが、この時ばかりは、うっかりしたことは言えないと思っていた。
「では、あの者を殺して来る」
古能代は国時の名を口にしなかった。
頭目が顎で指図すると、配下のひとりが蕨手刀を古能代に手渡した。
「汝ひとりで殺って来い。それまで、この四人は人質だ。裏切れば殺す。…… まだ、信用した訳ではないでのう。見張りも付ける」
周りに居た配下の賊達が、支由威手ら四人の首に太刀を突き付けた。四人が古能代を見、古能代も四人に視線を注ぐ。
「待っていろ」
それだけ言うと、古能代は洞窟の入口に向かって足早に歩き始めた。賊の配下二人が後を追う。
国時の待つ場所に向かいながら、古能代の頭は忙しく回転していた。
まず、ぴったりと着いて来る二人の賊をどう始末するかだが、それは少し策を用いれば難無く出来る自信が有った。
問題は四人をどう救い出すかだ。
早めに二人を始末し、急いで戻って様子を探るか、国時と合流して二人で戻るか、或いは、国時に兵を呼びに戻って貰う方が良いか迷っていた。
早いに越したことは無いが、ひとりで戻ってあの人数を始末し、四人を無事救い出すことはほぼ不可能だ。
考えられる策は、洞窟の入口付近に枯草を積んで火を点け、賊達が飛び出して来る隙を突いて洞窟に侵入し、中に残っている賊を倒して四人を救い出す方法だが、そうこちらの思惑通りには行くまいと思えた。
国時と一緒に洞窟に戻っても、状況はそんなに変わらない。となれば、国時に兵を呼びに戻って貰うことだが、時が掛かり過ぎる。
迷った挙句、一か八か、ひとりでやって見る以外に無いという結論に達した。
古能代はぴたりと足を止めた。
「吾ひとりで殺るのか? それとも三人で殺るのか?」
振り向いて、二人の賊に言った。
「汝ひとりで殺るに決まっておろう。怖いのか?」
狐目の盗賊が答えた。
「なら、この辺りで待っていてくれ」
「郎等がおるのはもっとずっと下だろう」
「いや、いつの間にか、このすぐ下まで来ておる」
「何?」
「嘘だと思うなら、下を覗いて見ろ」
「よし」
と言って、狐目の賊が下を覗こうとした時、もうひとりが止めた。
「待て。…… おい、何を企んでおる。我等を突き落として逃げようとしても無駄だぞ。上を見ろ」
古能代が見上げると、今降りて来た綴れ織りの道の上の方に更に二人の賊の姿が有った。
「もし、我等に何か有れば、あの者達が走って報せ、お前の仲間は殺される」
『畜生、二重に見張りを着けていたのか!』
さすがの古能代も絶望的な気持ちになった。
その時、グワーと声を上げたかと思うと上の二人の姿が消えた。驚いて上に駆け着けようとする二人の一瞬の隙を突いて蕨手刀を抜いた古能代は、まず、狐目の賊の腹を横に払い、振り向いたもうひとりの賊の頭から唐竹割りに斬り降ろした。
刃が頭蓋骨に食い込む感触を感じた。古能代が生まれて初めて、実際に人を殺した瞬間である。しかも、一度に二人。
顔から胸にかけて大量の返り血を浴びた古能代は、少しの間、茫然と立ち尽くしていたが、はっと気を取り直し、袖で顔の血を拭い、血だらけの蕨手刀を引提げたまま、足早に坂を上って道を引き返した。
途中、上に居たふたりの賊の死体を見たが、誰が殺ったのか、他に人影は無かった。
洞窟にだいぶ近付いたところで、古能代は、一旦、叢に転がり込んだ。
初めて人を殺したことと、早足に坂道を上がって来たことに因り呼吸は乱れ、とても戦えるような状態では無いのだ。
竹筒の水をごくごくと飲み干し、叢の中に大の字に転がって、古能代は、天を仰いで暫くの間、大きな呼吸を繰り返していた。
やがて、呼吸が落ち着くと、刀の柄を握ったままの形で硬直してしまっている指を一本一本剥し、草で手を拭き柄や刀身の血も拭った。
その時、古能代はハッとした。
『夕べの国時からの報告に基づいて、既に秀郷の兵達がこの山に入っているのではないか?』
そう思い当たったのだ。
たまたま上に居た賊二人は兵達に見付かり殺されたが、自分達にまでは気付かなかった。そう考えれば理屈は合うし、それ以外の可能性は考えづらい。
とすれば、兵達は必死で賊の塒を探している筈だ。
しかし、恐らく秀郷と国時以外に自分達の存在を知る者は居ないだろう。
食料の雑穀など必要な物は、少なくなって来た頃、帰るといつの間にか補充されている。恐らく、国時が場所だけ教えて、自分達が留守の間に奴婢達に運び込ませているのだ。
もし、兵達が洞窟を襲えば、支由威手らは賊の一味として殺されてしまうかも知れない。急がねばならない。
古能代は叢から這い出し、洞窟の様子を探った。二人の見張りが立っているだけで、幸いにも、まだ襲われた様子は無い。
弓で射たのでは、ひとりを殺しても二の矢を放つ前に、もうひとりに大声を上げられてしまう可能性が大きい。賊達が飛び出して来た時、気付かれずに洞窟に入り込むなど到底不可能だ。
古能代は、見張りに気付かれないように入口近いところまで進み身を潜めた。
「あの夷俘野郎、郎等を殺して来るかな?」
見張りのひとりが言った。
「他にどう出来る? 見張りが二重についているのだぞ」
別のひとりが答える。
「この頃、秀郷の奴に壊滅させられた党は多い。もはや下野は我等に取って住み難い所となってしまっている。
この辺が潮時、武蔵か上野にでも逃れたいものだな」
「そいつは、お頭次第だ」
「お頭とて……」
そう言ったきり、後の言葉が聞こえないので、それぞれ別の方向を見張りながら話していた賊のひとりが振り向くと、一瞬、相棒が崩れ落ちる姿が目に入った。
その後ろには古能代の姿。
そして次の瞬間には、この賊も喉笛を掻き切られていた。
先程とは打って変わって、古能代は落ち着いた様子で、袖で血を拭いて、蕨手刀を鞘に収めた。
それから、二人の死体の足を持って引き摺って草陰に隠した。
草を集めて火を点けなければならない。
洞窟に入った時気付いていたことだが、一番奥の天井近くの横に裂け目が有り、自然の小さな穴が外に通じているらしい。
松明の火の揺れ方、肌に感じる空気の動きから見て、風が僅かながら入口から奥に向かって吹き込んでいる。
床は入口から奥に行くに従って少し上り坂になっているので、通気口から流れ込んだ雨水で洞窟が水浸しになってしまうことも無いのだろう。
賊達に取っては、誠に居心地の良い環境である。入口付近で草を焼けば煙は洞窟の中へ吸い込まれて行く。燻し出すにも絶好の環境なのだ。




