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15 昔語り・阿弖流為の涙

「前の(いくさ)で多くの村々を焼き払われた胆沢(いさわ)付近は本当に荒れ果てた状況になっておりました。


 大和(やまと)の次の侵攻がいよいよ目前に迫ったある日、阿弖流爲(あてるい)は近郊の部族を集めました。


 (おさ)達が阿弖流爲(アテルイ)を囲み、その後ろには六百人余りの民人(たみびと)が集まっておりました。


 目を閉じ、暫く黙っていた阿弖流爲(アテルイ)は、やがて小さな、しかし良く通る低い声で話し始めたそうです。


 その声が六百人の民人(たみびと)に伝わるほど皆静まり返っておりました。


『夕べ、垢離武佐(こりむさ)(ばば)(しょく)()って死んだ。


『吾は大事な(かて)(くそ)に替えることしか出来ぬ。日高見(ひたかみ)(たみ)の為に戦う者の(かて)をこれ以上無駄には出来ぬ』


 そう言って何日も前から一切の食べ物を口にしなくなったそうじゃ。家族の者が何とか食わそうとしても、頑として口を開かなかったそうだ。

 また、縒蓑手(よりみて)は、生まれたばかりの赤子(やや)を死なせてしまった。十分なものを食えなかった母親の乳が殆ど出なくなっていたのだ』


 そこまで言うと阿弖流爲(アテルイ)は再び黙りました。


 深い苦悩が精悍であった面立(おもだ)ちを随分とやつれさせていたそうです。


 暫くの間、誰一人として言葉を発する者はおりませんでした。皆、(うつむ)いてそれぞれ、己の心の中の声と会話しておったのだと思います。


 やがて、阿弖流爲(アテルイ)はゆっくりと立ち上がると皆の方に進み出て、皆を見回しました。

 それに気付いて皆が見上げると阿弖流爲(アテルイ)は、目で会話するかのように、順にひとりひとりの顔を見ていったそうに御座います。一言も発せず、ひとりひとりと目を合わせて何かを語り次の者へと視線を移す。

 阿弖流爲(アテルイ)はそれを、長い長い時間を掛けて繰り返しました。


 その視線を受けたすべての者が、阿弖流爲(アテルイ)何刻(なんどき)掛けても語り尽くせぬほどのことをその視線で語っていたと感じたそうに御座います。


 突然、阿弖流爲(アテルイ)が膝を突きました。そして、地べたに両手を突くと(ひたい)を地面に擦り付けたのです。


『頭領、何をする!』


と言って周りの者達が起こそうとするのを振り払って、


『吾は田村麿(たむらまろ)の前に膝を屈することにした。大和(やまと)の前に膝を屈することと比べて、これが恥ずかしいことか? 吾が恥じねばならぬことは皆に安息の日を与えられなかったことだ。多くは言わぬが、どれほど詫びても足りるものではない』


『頭領のせいではない! 頭領の(もと)、我等は大和(やまと)をさんざんに懲らしめたではないか。頭領はいつどんな時にも勇敢だった。我等は頭領の(もと)で力を合わせて大和(やまと)と戦うことに誇りを見出(みいだ)したのだ。誰も頭領を恨んだりはしておらん。まだ戦える』


 そう強く申したのは、阿弖流爲(アテルイ)の側近と成っていた若い族長でした。名を杜木濡(そまきぬ)と申しました」


「そまきぬ?」


 朝鳥の言葉に、


「はい、その名の一部を代々のこの(さと)(おさ)が継いでおります」


祖真紀(そまき)は答えた。


阿弖流爲(アテルイ)の流れではなく、その杜木濡(そまきぬ)とやらの末なのか長は?」


 千方が身を乗り出して尋ねた。


「ま、もう少しお聞きくださいませ」


 祖真紀(そまき)は先を()かす千方を抑えて、ひとつ大きく息を吸い、そして吐いた。


「『いつまで戦う?』


阿弖流爲(アテルイ)杜木濡(そまきぬ)に尋ねました。


『もとより死ぬるまでだ』


と杜木濡は答えたそうで御座います。


日高見(ひたかみ)(たみ)が一人残らず死ぬるまでか?』


阿弖流爲(アテルイ)が尋ねました。


 杜木濡(そまきぬ)はすぐに言葉を出せませんでした。


『我等が皆、滅びて何になる。大和(やまと)を喜ばせるだけではないか。皆ひとりひとりが十人の大和軍(やまとぐん)を殺せるほどの勇者であることは分かっている。

 しかし、十人殺せば、次に大和(やまと)は百倍の軍を送って来るだろう。百人殺せば千倍の軍を送って来るやも知れぬ。戦い続ければ、いずれ滅びるのは我等の方だ。


 滅びてはならぬ! 日高見(ひたかみ)(たみ)は滅びてはならぬのじゃ。誇りを捨てて大和(やまと)()びろと言うのではない。ただその誇りは深く心の底に秘めて、例え(とら)われ(びと)となっても生き抜くのだ。

 そして、いつかこの日高見の地に、大和(やまと)に支配されぬ我等の国を作って欲しいという我等の想いを、子に孫に曾孫(ひまご)に伝えて行くのだ』


(とら)われ(びと)となって、誇りを何代も伝えられるものか。いずれ心も奴婢(ぬひ)となってしまう』


『分からぬ。分からぬが、少なくとも我等の血だけは残せる。今となってはそこに望を託すしかないのだ。


 今度の総大将はあの田村麿(たむらまろ)という男だ。吾の見るところ、あの男、若いが、他の者と比べれば相当ましな方だ。

 もし我等が死に物狂いで抵抗し、田村麿(たむらまろ)を失脚に追い込んだとしたら、それこそ大和(やまと)は、我等を皆殺しにするつもりで、次にはそれに相応(ふさわ)しい男を選んで送り込んで来るであろう。


 今しかないのだ。吾はあの男に賭けてみようと思う』


『吾は、それだけは承服出来ませぬ。吾は他の誰よりも頭領を崇めています。もし頭領が死ねと言うなら、今すぐにでも死にます。

 ですが、大和(やまと)(くだ)れと言う(めい)だけは、勇者・阿弖流爲(アテルイ)(めい)としては聞けませんのじゃ』


 阿弖流爲(アテルイ)は暫く黙っておりましたそうな。そしてこう申しました。


『ならば、落ちよ。一族を連れて山深く潜み、木の根、草の根を食ろうても生き延びよ。そして、日高見(ひたかみ)(たみ)の誇りを代々語り継げ。


 (とら)われた者達、落ちた者達、どちらが生き延び、どちらが誇りを語り伝えて行けるか分からぬが、ひとつよりふたつの道が有った方が良いかも知れぬ』


『頭領、その(めい)に従わせて貰います。皆には済まぬが、吾の我儘(わがまま)を許してくれ』


 杜木濡(そまきぬ)が皆に向かって訴えました。


 少しして、あちこちで黙って頷く姿が見え始めました。


杜木濡(そまきぬ)砺陽菜(れひな)を連れて行ってくれ』


 それは、阿弖流爲(アテルイ)の娘の名でした。杜木濡(そまきぬ)砺陽菜(れひな)は既に深い仲となっておりました。

 誰もがそれは知っており、阿弖流爲(アテルイ)もそれを喜んでいたそうに御座います。


『しかし、あるいは餓死させることになるかも知れないのです。……やはり、それは……』


『仕方有るまい。それは、一緒に行く(なれ)の一族、全ての者に言えることではないか。砺陽菜(れひな)だけを特別と思うことは許されぬ。砺陽菜(れひな)を含めてすべての者の定めを背負う覚悟無くして出来ることでは無いぞ。


 (ましら)となっても生き延びよ』


『…… 分かり…… 申した』


『皆聞いてくれ。明日の朝、すべての武器を荷車に積んで、杜木濡(そまきぬ)の一族以外の者は大和(やまと)の陣に(まか)り出る。(ばく)に着くのは吾と頭領のふたりだけだ』


 そう話し始めたのは、副頭領(ふくとうりょう)格の母礼(もれ)という男でした。


『皆は(ばく)に着く必要はない。(とら)われるであろうが、いずれ解放されるであろう。田村麿(たむらまろ)はそう約束している』


 ひとりの男が立ち上がって叫んだ。


大和(やまと)の言うことなんて信用なんねい。第一、頭領と母礼(もれ)様を犠牲にして、我等だけ生き延びるなんて……』


『北に裏切り者が出た。大和(やまと)の軍を翻弄(ほんろう)することくらいまだ出来る。だが、我等の戦法を知り尽くしている者達に背後から襲われては全滅するしかない。

 分かってくれ。大和(やまと)に下る以上、吾と頭領の役目は既に終わっている。たったふたつの首を差し出すことで六百の命が救えるならそれは我等が出来る最後の大きな仕事なのだ。他の者では出来ぬことであろう。


 田村麿(たむらまろ)は我等の命も助けると言うておるそうじゃ。だが、それを鵜呑(うの)みにしている訳ではない。

 征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)などと言う名を貰っていても、大和の都には、まだまだ上の者が大勢おると言うことだ。田村麿が本気で助けるつもりでいたとしても簡単には行くまい。

 しかし、それはそれで良いのだ。日高見(ひたかみ)の者の血を絶やしてはならんのだ。皆聞き分けてはくれぬか。生き残る者の方が遥かに(つら)い思いをするであろう。それを承知で頼んでおる』


 母礼(もれ)の言葉に、あちこちで大の男が、手の甲で目頭(めがしら)を拭い始めた頃、再び阿弖流爲(アテルイ)が言葉を発しましたそうな。


『皆、いつか又どこかで会おうぞ。我等が支配する日高見国(ひたかみのくに)でな。そして、皆で狩りをし、田を耕し、祭を楽しもうではないか』


 (いま)だかつて誰も見たことの無いものが、阿弖流爲(アテルイ)の目に光っておりましたそうです。それがやがて粒となり、一筋、頬を流れ落ちました。頭領はあの世で会おうと言っているのか。皆そう思ったそうで御座います」


 延暦(えんりゃく)二十一年(八百二年)、十三年に渡る抵抗に終止符を打ち、阿弖流爲(アテルイ)坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ率いる朝廷軍に降伏した。


 その後都に送られ、田村麿(たむらまろ)の除名嘆願も空しく、八月十三日に河内国杜山(かわちのくにもりやま)に於いて母礼(もれ)と共に首討たれた。

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