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12 郷人として

 千方は衝撃を受けていた。


 大人の朝鳥に勝てないのは仕方無いとしても、秋天丸(しゅてんまる)でさえも、自分より明らかに強い。

 まして、夜叉丸(やしゃまる)はどれほど強いのか?


 草原(かやはら)()った時、千方は童達の中では、群を抜いて強かった。

 それは、豊地(とよち)が心血を注いで稽古をつけていたのだから、当然と言えば当然なのだが、二つ、三つ年上の子にさえ負けたことはなかったのだ。


 しかし、朝鳥との稽古を見ていて、秋天丸とやったら負けると思った。

 それは、千方に取っては重大な問題だった。


 夕餉(ゆうげ)の席で(うさぎ)の肉を食って見せたくらいでいい気になっていた自分が、浅はかに思えた。

 乗馬や半弓では(かな)わないと思っていたが、太刀打ちまで敵わぬとあれば、一体どうやって威厳を示せば良いのか。(あなど)られてしまうのではないか。そう思うと不安になった。


「なかなか面白く拝見させて頂きました。秋天丸、良い稽古をさせて貰ったのう」


 そう言いながら、祖真紀(そまき)が近付いて来た。


「あとわずかだったのに」


 残念そうに秋天丸が言った。


(たわ)け。朝鳥殿に礼を申さぬか」


 秋天丸は朝鳥に向かって、ぺこりと頭を下げた。


「いや、こちらこそ、面白い稽古が出来申した。

 普段、誰が稽古をつけているのか」


「時々、(せがれ)めが観ているようですが、あとは童らで適当にやっております。()きになり過ぎて、時々怪我(けが)も致しますが、幸い死んだ者はおりませぬ」


「なんと、死んだ者はおらぬとは、死人が出ても不思議では無い程の荒稽古をしていると言う意味か?」


滅相めっそうも無い。(わらべ)は良く怪我(けが)をするというほどの意味で御座いますよ」


「そうか、(せがれ)殿が観ておるのか」


千寿丸(せんじゅまる)様は中々のもので御座いましたな」


 千方に気を使って祖真紀(そまき)が話題を千方のことに移した。


 一瞬、どう反応して良いか分からなかったが、


「いや、散々だった。それより、秋天丸は素早いのう」


 気持ちを隠して、千方は余裕の笑みを浮かべて祖真紀に答えた。


「体が小さいので、己が他人(ひと)に勝れるのはそれだけだと思っております。そして、それを必死に磨いております。小さいからこそ素早く動ける。己の弱みを強みに変えてしまいおりました。負けん気も強う御座います」


「うむ。(わらべ)ながら天晴(あっぱ)れな覚悟じゃな」


 朝鳥が感心した様子で言った。


 それが、耳に入っているのかいないのか、秋天丸は、まだ悔しげな表情のままだ。


 千方は、はっとした。


 褒め言葉を期待している己が居ることに気付いたのだ。素直に恥ずかしいと思った。

 ”弱みを強みに変える” 祖真紀の言葉が心に残った。


「ところで、千寿丸様、お召()し物が大分(だいぶ)汚れてしまいましたな。

 お着替えは?」


  祖真紀が尋ねた。


 千常に殴られた時、そして今。倒れた時に着いた泥は払ったが、()み付いた汚れは残っている。


「おお、そう言えば、このような仕儀(しぎ)になろうとは、麿も思うておりませんでしたので、お着替えなど全くお持ちしておりませぬ。如何(いかが)致しましょうか?」


と朝鳥が言ったが、どこかわざとらしさを千方は感じた。


「ここの童らと同じ物を着ろと言うことであろう」


「ほう。()(ほど)。そう言うことで御座いますかな。では、済まぬが長、用意しては貰えぬか」


「実は、既に用意しております。朝鳥殿の分も」


「ひとが悪いのう。始めから分かっておったのか」


 朝鳥は、自分も気付いていながら、そう言った。


「むさい物では御座いますが、後で舘に届けさせましょう」


「そうか、頼む。宜しいな千寿丸(せんじゅまる)様」


「嫌と言ったらどうする」


 朝鳥を困らせてみたくなった。


「ふ、これは…… 。どう致しましょうかな。ふっはっはっは」


「中々、千寿丸(せんじゅまる)様を(たなごころ)(ころ)がすのは(むずか)しくなって来たようですな。朝鳥殿」


 祖真紀(そまき)が愉快そうに言った。


(たなごころ)で転がすなどと、そんな恐れ多いことは考えておらぬわ。何を申すか。麿は、ただ、ひたすら千寿丸(せんじゅまる)様を、殿のご期待に添える(おのこ)にお育て申そうと思っているだけじゃ」 


「それで、(かがし)の話で麿を脅したのか」


 そう言った千方は、にやりとした。


「さて、何のことやら、最近、物忘れがひどうござましてな。とんと覚えておりませぬ」


 やはり食えぬ男だなと千方は改めて思った。


「分かった。今度お会いしたら、兄上にそう申し上げておこう。朝鳥は、三年どころか二日で(ほう)けたとな」


と言って、『どうだ』とばかり朝鳥を見る。


「お、お待ちを、千寿丸(せんじゅまる)様もおひとが悪い」


「その方ほどではないわ。

 第一、この先、いつ兄上にお会い出来るかも分からぬではないか」


「恐れ入ります。この朝鳥、いささか千寿丸(せんじゅまる)様を見(そこ)のうておりました」


(わらべ)と思うてか?」


「は? まあ、そのようなことで……」



「これ、(わらべ)ども! こちらへ参るが良い」


 祖真紀(そまき)が声を掛け、(わらべ)達が寄って来た。


「改めて、千寿丸様にご挨拶致せ」


「チェンジュマルチャマ、こんにちは」


 まず、千寿丸(せんじゅまる)に声を掛けたのは、三歳ほどの女童(めわらべ)だった。


 女童は、そう言ってペコリと頭を下げた。その回わらぬ舌と、可愛らしい仕草(しぐさ)に、千方は元より、そこに居た全員が、温かい笑みを投げた。


「はっはっは。千寿丸じゃ、宜しくな。

 しかし、言い(にく)そうじゃな。六郎で良いぞ。武蔵の草原(かやはら)の者達も大方(おおかた)そう呼ぶ。皆もそう呼ぶが良い」


「ろくろう? ……なんか …… ふくろうみたい」


と言ってきゃっきゃと笑う。


 他の(わらべ)達も一斉に笑った。


「これっ」


 祖真紀も笑いながら、形だけ(たしな)める。


「そうか、(ふくろう)か? 夜目(よめ)()くようになれば良いのう。そちの名は何と申す」


(ひな)(ひな)じゃ」


「そうか。(ひな)か。朝鳥の(ひな)か? (ふくろう)(ひな)か?」


「? ? ?」


 (ひな)は、意味が分からず、キョトンとしている。


「そのようなこと、こんな小さな(わらべ)に言うても、通じる訳が御座いますまい」


 朝鳥が(あき)れたように言った。


(ひな)に先を越されたぞ。皆もご挨拶致せ、早う」


「六郎様、宜しくお願げえします。竹丸と言います」


 長身の、しかしもっさりとした(わらべ)だ。


「吾は芹菜(せりな)。犬丸の姉じゃ」


 十五~六だろうか。気が強そうで、当時としては、もう大人だ。


芹菜(せりな)(おのこ)のような女子(おなご)ですわ」


 そう犬丸が言った途端、芹菜(せりな)の手がぱ~んと犬丸の頭を払った。


「いってえ! 何する。やっぱり(おのこ)じゃ」


(なれ)(おのこ)のくせに、へらへらし過ぎじゃ」


「これ、これ、兄弟喧嘩はよせ。芹菜(せりな)、こなたはもう子を産んでも良い歳ではないか。犬丸と喧嘩ばかりしておると、(おのこ)に相手にされんぞ」


 祖真紀(そまき)の言葉に、ここぞとばかり犬丸が悪乗りをして、


「そら、言われた。相手にされん。相手にされん」


と抑揚を付けて(はや)す。


(おのこ)など嫌いじゃ」


 そう言うと、芹菜(せりな)は、ぷいと横を向いて、そのまま立ち去ってしまった。


「犬丸、(なれ)もいい加減にせい」


 祖真紀(そまき)に言われ、犬丸はぺろりと舌を出した。


 祖真紀(そまき)に促され、他の(わらべ)達もそれぞれに挨拶した。


 鷹丸(たかまる)鳶丸(とびまる)の兄弟。旋風丸(つむじまる)らが居た。 


「いや、麿の方こそ、宜しく頼む。世話を掛ける。犬丸、姉に、もそっと優しく致せ」


「向うが優しく無いだけです。吾は何も……」


「ところで、(おさ)(みこと)古能代(このしろ)殿は蝦夷風(えぞふう)の名だが、(わらべ)らには、大和風(やまとふう)の名を付けておるのか?」


 朝鳥が祖真紀に尋ねた。


「はい。十年数前に皆でそのように決めました。この(さと)がどう成って行くか、我等はどう生きて行くのが良いか。(わらべ)らの行く末など、皆で話し合った結果で御座います」


「十数年前と言えば、将門の乱の頃か?」


「はい。そうでした。…… 思うていたよりもちと早う御座いますが、この(さと)のこと、我等のこと、お話致しましょう。

 千寿丸(せんじゅまる)様、いや、六郎様とお呼びした方が宜しゅう御座いますかな。宜しければ六郎様もお()で下され」


 千方が、すぐに着替えたいと言い出した為、女を祖真紀(そまき)の住まいに走らせ、舘に衣類を届けさせることになり、千方は一旦、舘に戻った。


 千方が離れている間に、祖真紀(そまき)と朝鳥の間では、こんな会話が交わされていた。


「汗を()かれたのでは?」


「ふっ。(みこと)の目は誤魔化せんな。見ての通りじゃ。最初の二度突きには冷や汗を掻いたわい。

 秋天丸(しゅてんまる)は元より、千寿丸(せんじゅまる)様いや六郎様もなかなかのものじゃ。始めは、小手先で(あしら)うつもりでおったのよ。たかが十四の(わらべ)じゃ、何ほどのこともあろうかとな。

 まして、大事にされ我儘放題(わがままほうだい)に育って来たお子じゃ、芯は(もろ)いと思うておった」


「でも御座いませぬようで」


()うたことは無いが、豊地(とよち)と言う御仁(ごじん)、中々にやりおる。(せがれ)殿もな」


「ふふ、(せがれ)のことはさて置いて、豊地(とよち)様とやら、余程、辛抱強いお方のようですな」


()うて見たいものじゃ。(おさ)、ひょっとしたら、我ら長生きをすることになるかも知れぬぞ」


「末が楽しみになって参りましたかな」 


「ふふ。六郎様には言うでないぞ」


(かしこ)まって(そうろう)。鬼の朝鳥になるおつもりかな? 」


「いや、嫌味(いやみ)(じじ)で良いわ」


「そう言えば、お互い、髪に白いものが混じる歳。自分で何をしようと言うよりも、いつの間にか若い者に期待を掛けるようになり申したな」


「いや、麿は、ここに来るまでは、まるで、そうは思うていなかった」


「そのようで。無茶をして、殿をはらはらさせていたようで御座いますな」


「申すでない。麿は年寄になどなりたくは無かったのじゃ。考えても見よ。段々体が()かなくなり、目も耳も衰え、歯も抜けて物も食えなくなって、(とこ)の上で、あと何日生きられるのかなど考えながら生きているなど、考えるだけでも空恐ろしいわ。気が小さいでな」


「ほう?」


「ならば、斬り死にする方が良いであろう。相手が腰抜けで無ければ、痛いと思う間もなくあの世に行けるわ。

 そう思うておった…… だが、六郎様をお預かりして、ちと変わって来た。先が見たいと思うようになったのよ。今日また、更にな」


「ひとは望を持たなければ、命を粗末に致します。望があれば、例えどんなことをしても生きたいと思うもので御座いますな」


「ふん。言葉だけ聞けば綺麗事(きれいごと)のように聞こえるが、今の麿には、素直に(うなづ)ける言葉じゃ。

 …… ところで(おさ)。隠し事は良くないぞ。殿も、この朝鳥に隠し事は要らぬと仰せられていたと申したではないか」


「せっかちなお方じゃ。夫婦(めおと)でさえそう簡単には行かぬことで御座いますぞ」


「いい歳をして、建前と本音くらい(わきま)えよと言いたいのか?」 


「どう致しまして。我等、一蓮托生(いちれんたくしょう)で御座いますからな」


 ふたりがそんな話をしている間に、着替えた千方が戻って来た。


 茶の貫頭衣(かんとうい)七部丈(しちぶたけ)の半ズボンのような簡易な(はかま)、足には足の裏前半分しかない草鞋(わらじ)という姿だ。色の白さと整った顔立ちを除けば、全く(さと)(わらべ)と変わらない。


「どうか? 似合うか」


 なぜか千方は気に入っている様子だ。


「寒うは御座いませぬかな?」


 祖真紀(そまき)が尋ねた。


「大事無い。こう見えても丈夫な(たち)じゃ。だが、(きびす)が、ちと痛いのう。ま、そのうち慣れるか……」


「血豆の二、三回も潰せば、足の裏も丈夫になりましょう」 


と朝鳥。


他人事ひとごとではないぞ、朝鳥。

 その方も同じじゃ」


生憎(あいにく)と、麿の足の裏の皮は、元々厚う御座いましてな」


「厚いのは(つら)の皮の方であろう」


「言われ申したな。朝鳥殿」


祖真紀(そまき)が笑いを漏らす。

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