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11 秋天丸

 競馬くらべうまなどのもようしが終わると、郷人さとびとの多くは、家へ、畑へ、山へと散って行った。


 千方は冷めやらぬ興奮を胸に朝鳥に話し掛けた。


「見事であったのう、朝鳥。ここに三年おったら、麿もあのように乗りこなせるようになるであろうか? 」


「あの者達は幼い頃より、毎日馬に乗っているので御座います。

 三年では難しゅう御座いましょうな。

 まずは、あの裸馬同然のくらに慣れるのに、いく月も掛かりましょう」


「そうか。だが、折角ここにおるのであれば、乗りこなせるように成ってみたい」


「ほう? 」


と言った朝鳥の顔に笑みが浮かんだ。


「こんな山郷やまざとに置き去りにされて、寂しくは御座いませぬか。

 武蔵に帰りたいとは思われませんのか? 」


「うん。夕べまでは思った。

 だが、無理ならば仕方ない。今はあのように馬を乗りこなしてみたいと思っている」


 これが千方だ。

 好奇心が強く、気持ちの切り替えが早い。


 良く言えば前向きと言えるだろうが、祖父・久稔ひさとしが案じたのは、ある意味調子者ではないのかと言うことだった。

 だが、千方は実は気分だけで行動する子ではなかった。考える時は考える。だが、どうにもならないと思ったら、いつまでぐずぐずしてはいない。


「では、おさに話しておきましょう。

 ところで、千寿丸様は、太刀打たちうちの方はお好きですかな」


「嫌いではない。叔父の豊地と良く稽古しておった」


「では、ひと手、参りますかな? 」


「良いぞ、参ろう」


おさ、千寿丸様と太刀打ちなど致そうと思うが、何か手頃な棒などないか? 」


 片付けの差配をしていた祖真紀そまきに朝鳥が声を掛けた。


「分かり申した。お待ちを。これ、誰ぞ持って参れ」


「はい。じきに」


 ひとりの女が返事をし、祖真紀の住まいに走り、間もなく二本の棒を持って戻って来た。


 手頃な長さの比較的真っ直ぐな木の枝の皮をぎ、乾燥させてある。


 棒を受け取ったふたりは、一間ほどの間合いを取って向かい合った。


 ほんの少し右足を引いて、右手に持った棒をだらりと下げた体勢の朝鳥に対し、千方は十分に腰を落とし、左半身の体勢でやはり右手に持った棒の先を右下に向けて構えた。


「では、参られよ」


 朝鳥の言葉と同時に、つかつかと足早に歩み寄った千方は、右足を踏み込みながら右手を引き寄せ、己の体の中心線に沿って振り上げながら左手を添え、そのまま朝鳥の喉元のどもと目掛けて突き込んだ。


 朝鳥は、左足を下げ、体を開き、軽く左に払った。


 払われて少しよろけた千方が体勢を立て直し、払われた切っ先を返してそのまま切り上げるため踏み込もうとしたところ、朝鳥の右手がすっと伸びて来て、その切っ先が千方の胸元に突き付けられていた。


 思わず上体を反らせた千方は、半歩下がり、朝鳥の棒を下から跳ね上げようとした。


 しかし、それはくうを切って、手首を返した朝鳥の棒が、千方の首の右にぴたりと当てられていた。


「うむ…… 。いまひと太刀」


 そう言って千方は二~三歩下がり、間合いを取って構え直した。


 やはり十分に腰を落とし、今度は体の中心で棒を両手で握った。

 図らずも、のちの世に言う正眼せいがんの構えだ。

 しかし、小指をしっかり握り、薬指、中指、人差し指と徐々に力を抜いて行くということにまでは思い至っていない。

 全部の指に力を入れて、ただしっかりと握っているのみだ。


 千方は、そのままじりじりと間合いを詰めた。


 朝鳥の方から打ち込んで来る様子は無い。

 同じように、右手を下げて、少しだけ左足を前に腰高に構えている。


 今度も踏み込んで、突いて出た。


 朝鳥は左足を少し引き、また払いに来たが、千方は素早く肘を畳んで棒を引き、朝鳥の棒が空を切った瞬間二度突きに出た。


 朝鳥は大きく右足を退きながら右に払った。

 最初左に払った時は腕だけで払ったが、今度は、大きく右足を引いたことにより生まれた腰の回転による遠心力を利用して、腕の力を抜いて払ったので、その衝撃はもろに千方の棒に伝わった。


 その力は両手でしっかりと棒を握っていた千方の体にそのまま伝わり、千方は弾き飛ばされた。


 転げた千方は、朝鳥に視線を向けたまま立ち上がり、また構えを取った。


『足をべたりと土に着けてはなりませぬぞ。

 体の重みは足指と親指の付け根で受け止めるのです。

 そしてかかとは心持ち浮かせるのです。

 そうすることによって、素早く動くことが出来ます』


と言う豊地の言葉を思い出した。


 少し間合いを取りながら、横に動き、すきを探ったが、朝鳥は、千方が右に動こうが、左に動こうが、ゆったりと構えたままだ。


 振り上げて面を打って出ようとすると、朝鳥の棒が下からすっと上がって、千方の胸元に伸びて来て踏み込めない。


 千方は連続突きに出た。

 しかし、今度はあっさりとかわされ小手を打たれた。


「うっ」


と千方がうめいて、からんと棒が落ちた。


「本気で打つ者があるか! 」


 千方はムッとして怒鳴った。


「戯れでは御座いませぬぞ。生き残るためのすべを鍛錬しておるのです。

 打たれぬと分かっていての稽古など意味が有りませぬ。

 それに、本気で打ってなどおりませぬでな。ほんの少し当てただけで御座います。

 では、そろそろ、こちらから参ります。棒をお拾いなされ」


 言われてみれば、朝鳥の言う通りなのだが、豊地との稽古はそうではなかった。


 豊地は千方を打ったことは一度も無い。必ずぴたりと止める。


そして、


『なかなか強くなられた』


と褒めたうえで、どこが甘かったかを説明し、繰り返し動作を教える。


 それが稽古だと思っていた。


 千方は黙って棒を拾った。一瞬痛かったが、確かにそうひどく打たれた訳ではなかった。


「宜しゅう御座いますか? 」


 そう言われて構えた途端、近寄って来た朝鳥の棒が下からすっと上がって来て千方の胸元に伸びて来た。

 それを跳ね上げると、弧を描いて回った棒が左面ひだりめんに打ち下ろされる。

 受けると、切り替えして右面を打って来る。

 また受けると左面、また右と、千方は下がりながら右左と受けるよりほかに何も出来ない。


 そして、それが延々と続いた。


「待て! もう良い」


 千方はついを上げた。


 息が上がって、はあはあと肩を上下させている。


「では、今日はこの辺と致しましょうか」


 朝鳥が言った。


 千方はその場に座り込んだ。


 大きく息をしながら何気なにげ無く周りを見回すと、少し離れたところで、いつの間にか童達わらべたちが見物していた。


 千方は素早く立ち上がって、水干すいかんに着いた土を払った。


 夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまる、犬丸、旋風丸つむじまる、他に女童めわらべを含めて、十人ほどの童が立ったまま、太刀打ちの様子を見物していた。


 朝鳥は秋天丸を試してみたくなった。


「秋天丸! やって見ぬか? 」


 にこりとして、右手で一度鼻の下を横にこすった秋天丸が走って来た。


 そして、千方のそばまで来ると、ペコリと頭を下げた。


 千方は黙って棒を渡す。


 受け取った秋天丸は、朝鳥に視線を投げながら下がり、間合いを取った。


「参れ」


と朝鳥が声を掛けた途端、秋天丸は体を大きく前に投げた。

 そして、前転し、片膝立ちの姿勢で朝鳥の足を右から払った。


 朝鳥は退き足でかわすが、秋天丸は立ち上がりながら突き上げる。

 朝鳥が軽く左に払うと、払われた切っ先がくるりと円を描いて朝鳥ののどを目掛けてまた突いて来る。

 手首を柔らかく使っている。


 朝鳥は大きく右足を退き、体をひねり、腰の回転を利用して秋天丸の小手近くを右に払った。

 小柄な秋天丸は飛ばされた。しかし、土の上で一回転し、立ち上がった時には、そのまま構えを取っている。


 つつつつっとり足で間合いを詰めた朝鳥が、千方の時と同じように切り替えしで打ちかかる。

 しかし、何回か受けた秋天丸は、切り返すすきを見て、左面打ちを潜り、すっと朝鳥の右脇に飛び込んだ。


 朝鳥は、左足を軸にして右足を大きく後ろに回転させながら、秋天丸の棒を上から強く叩いた。


 カランと音がして、棒が落ちた。


「恐ろしく素早いのう」


 ふっと息を吐いた後、朝鳥が言った。


「勝てると思った」


 秋天丸は少し悔しげに言った。


「戦場で命のやり取りをして来た麿に、そう簡単には勝てぬぞ」


 朝鳥がそう応じる。

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