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八島の護り如何ならん

八島(やしま)の護り如何ならん


彦根(ひこね)中将(ちゅうじょう)。如何した?」


 大樹公様が発言を許すと、丸に橘の紋の男は威儀を正し、


「お(おそ)れながら上様。入り鉄砲に出女(でおんな)の禁は祖法(そほう)にございます」


 と、家臣を代表して言った。しかし当の大樹公様は即座に良いと断じ、


「猫の仔か虎の()かは知らぬが、登茂恵(ともえ)法度(はっと)の鎖で縛り付けられる者では無い。

 こ奴の為人(ひととなり)()るに、錠前は外より寧ろ内に掛けた方が役立つと見た」


 そう前振りして、


「先ず入り鉄砲だが、剣付鉄砲は弾を込めねば変わった槍に過ぎぬではないか。

 但し隠す事は相成らん。堂々と持たせよ。


 次に出女であるが、登茂恵は大名の子ながら市井生まれの市井育ちと聞く。

 既に江権中将には世子がおり、(むすめ)ゆえ間違っても江家(こうけ)家督(かとく)に関わる筈もない。質として何程の価値が有ろう。

 いや寧ろ、登茂恵が予に臣従を望むのであればご恩を施し奉公を求める方が()い」


 と彦根中将様を諭した。


 そしてわしに、


「登茂恵に尋ねる。八島の護りはどうあるべきか?」


 と下問された。



「そもそも兵法(ひょうほう)とは一人の武に(あら)ず。大将として兵士(つわもの)共を率いる(わざ)でもあろう。

 故に兵法にて(われ)に仕えることに為った、登茂恵に尋ねるのじゃ。

 何を言っても咎めぬ故、有体に申せ」


「上様には、私に兵を預ける事もあり得る。とのお考えにございまするか?」


「時の流れはとどめられぬ。

 権現様の頃は、南蛮人・紅毛(こうもう)人の全てを合わせたよりも鉄砲を持ち、それで(あた)を打ち払う事が出来た。

 されど八島に入る蛮書には、我らが太平の夢にある内も、羶血(せんけつ)(やから)は戦国の世を続けたと書かれておると聞く。


 世の博士は(しがらみ)があり、礼を重んじるばかりに(まこと)を幾重もの袱紗(ふくさ)に包みがちじゃ。

 大樹公たる者、天下を癒す上医たれとの権現様のご遺名を拝すも。(われ)には到底、糸脈で病を見破る事など能わぬ。


 故に譜代・抱え者を問わず、表裏無き直言を求めておるのじゃ。

 登茂恵よ。そちは(われ)を、桃李(とうり)の言すら聴かぬ暗愚と思うか」



 累代の家臣も一代限りに召し抱えた者も関係なく智慧を求めている。

 そして大樹公様より、桃李すなわち自分が取り立てた者を蔑ろにする積りはない。との言質を貰った。



「ならばご台命(たいめい)()け。申し上げ奉ります」


 わしは居並ぶ重臣達に向けて、これは大樹公様の命令であると言い放つ。


――――

二葉(ふたば)(こも)る 栴檀(せんだん)

 薫りは今も 語り草

 三歳(みとせ)の頃に筆を()りて

 書いたる文字は天下一♪


(新井白石 著作権消滅

 詞:石原和三郎/曲:田村虎蔵)

――――


 前世の尋常科で習った歌をひとくさり歌う。


「聞き慣れぬが、漢詩の如き起承転結の節とは面白い」


 確かに唱歌には、朧月夜・春の小川・村の鍛冶屋・富士山・村祭りなど歌詞も曲も起承転結の物が多い。


「メリケンの歌の様でもありますな」


 勿論、邦楽ではなく西洋音楽だ。


 わしのうたいは興味を引いたらしい。そんな中、わしは静かに語りを続ける。



「かの碩学(せきがく)・新井筑後守(えちごのかみ)様は、三歳の頃に天下一と(したた)められたそうにございまする。

 面白い事に、メリケン国にも似たような話が御座います」



 ここで一旦間を置き、視線だけで辺りを伺う。何を語るのかという顔をしているお歴々。

 掴みは悪くない。



「メリケンには、僅か三つで熊退治。そう歌われるデービー・クロケットと申す武人がおりました。


 お伽噺の金太郎ではあるまいに。上様にはそう思われるかもしれませぬ。

 しかしこれは物語ではなく真の話にて、彼が寡兵を以て一国相手の戦で討ち死を遂げたのは僅か二十年余り前の事にございます。


 僅か三つで熊退治。これを成し得たのは、(ひとえ)に鉄砲の威力(ちから)

 乳を飲み、襁褓(むつき)の取れぬよちよち歩きの童子とて、鉄砲を使えば獰猛な熊をも討ち取る事が出来るからにございます。


 お察しの通り。三歳の童子に出来る事は、農民町民にも出来る事。弾に当たれば万夫不当の豪傑とて簡単に死にまする。


 兵士(つわもの)(ども)の押し並べて鉄砲を備える異国と戦うには、こちらも鉄砲を揃えねばなりませぬ。

 最後の(けつ)こそ白刃が役に立つとも、そこに達するまでに火砲(ほづつ)や鉄砲の力を欠くことは出来ませぬ。


 戦国の世に織田の三間(さんげん)槍が他家の二間半の槍を制したように、鉄砲には鉄砲を以て、火砲には火砲を以て当たらねばならぬのでございます。


 また、鉄砲や火砲を買い揃えば敵うと思えばさにあらず。

 敵は烈士満(れじまん)を組み。大将が倒れても副将と定められた序列によって指揮を引継ぎ、足軽ばかりに成っても戦いを続ける兵士(つわもの)達にございます。

 大将一人(たお)れればそこで負け戦の我らでは、到底太刀打ちできませぬ」


 戦いの組織その物を改める必要をわしは説いた。


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