ハンサムな彼女
●ハンサムな彼女
「姫様は嬉しないんどすか?」
着付けをしながらお春が訊ねる。
「この金糸の入った赤はなぁ」
どうして女児の晴れ着は赤が多いのか?
前世、男の記憶を持つわしとしては、紅い着物より馬が好い。
「上様より粗相不問の言質を頂いております。それも花押付きの文を以て。
ならば平生の出で立ちで問題無いと思いますが」
「ほんでも、今日はこちらをお召しになった方宜しいかと」
「はぁ~。厄介ですね」
溜息が出る。
「ほんに姫様は変わり者どす。毎日三度、雪より白い飯を喰えるご身分で、わざわざ玄米や麦飯を用意させるんどすさかい」
「銀舎利は江戸患いの元です。お春も白い飯ばかり食べると、何れよろける様になり、胸を掻き毟りながら悶死する羽目になりますよ」
「そうなんどすか?」
「生涯玄米で過ごした烈祖権現様は、古希を超えて七十有五の齢を数えなされ。質素倹約を権現様に倣った八代有徳院様は還暦を超え古希に迫る六十八まで健やかであらされました。
されど、美食を好まれた三代大猷院様の命は天命を知らぬ四十八に終り、大層お菓子を好まれた前大樹公・温恭院様に至っては、悔しや惑い只中の三十余五にして早死になされております」
着慣れぬ服を着せられているせいか、些か自分でも険があると思う。
「お春も用心なさいませ。美人薄命と申しますが、可惜天より享けし春秋を縮めては、泉下でご先祖様に合わせる顔がございません。まして親より先に死ぬに勝る不幸があるでしょうか?」
「姫様……」
「お春には嫁しても私に仕え、和子の世話をして貰う積りです」
「もったいないお言葉どす」
恐縮するお春。
「それにしても、流石御前様にございますね」
「はい」
「私ならばお春の服までは気が回っても、決して宣振の事までは思い至りませぬ」
長持ちの一つには、木綿なれど真新しい裃。
ご正室として奥を束ねる御前様か、お側の知恵袋の計らいである。
「お籠が参りました」
わしの直臣である宣振とお春をお供に歩ませた。
さて。お籠は入る千代田の森。その森に建つお城自体が一つの街だ。
門の前で降りて徒歩。それからタライ回しかと思えるような幾つもの取次を経て一刻あまり、茶坊主も途中から奥坊主と呼ばれる女の茶坊主に代わり、やっと案内された部屋には先客がいた。
「本当さ宜しいのだが? おらは陪臣の娘さ過ぎねぇが」
京で耳に馴染んだ会津訛り。
「ここ中奥の御小座敷で待てとの思し召しじゃ。有難くお受けなされ」
言い捨てた世話人の奥坊主がわしの横を通り過ぎる時、
「あ、あなたは……。あ! これはとんだ粗相を」
先客の知り合いに気を取られた振りをしてわざと茶坊主にぶつかったわしは、素早く手の内の物を握らせる。
所謂、お鼻の薬である。
「私もこなた様も野鄙な山出しゆえ、ご迷惑をお掛け致します」
重みと感触で確認した茶坊主は、露骨に顔色を変えた。
続けて
「貴方様もよしなに」
押し戴くように両手で、ここへ案内して貰った茶坊主の右手を握り締め、先と同じ物を握らせる。
平成の代では涜職と糾弾される賄賂である。しかしこの頃は、こうした役得が勤めを全うする為に不可欠な収入で、西洋の給仕がチップで暮らしているのと同様であったのだ。
「ご機嫌あそばせ。私は江家の庶女で幸と申します。
お国言葉からすると会津のお方にございますね」
茶坊主どもが退出すると、わしは同室の女に話し掛ける。
「失礼した。
おらは会津藩軍事取調役兼大砲頭取・山本覚馬の妹にで、八重ど申します」
「どうしてこちらへ?」
わしと同じく、独りでここへ通されたのが気に掛かる。それを尋ねると、
「兄が藩の役職さ有り、おらも鉄砲習っておった。京さ赴ぐ兄さ随ってご府中まで同行し、こごでゲーベール習っておった所、女だでらに鉄砲良ぐ撃づど評判になり、本日のお召しに預がった」
八重殿は少し困った様な顔をして呼ばれた訳を教えてくれた。
「女だてらとは酷い事を」
わしが少し眉を顰めると、
「おらは気にしてねぇ。女が武器執るのは珍しいごどじゃねぇよ。
古ぐは天照神。神武東征にも女戦どの記述がある。
巴御前始めどする女武者も名残しておりますでねぇだが」
毅然として言い切る。これは中々の器量人とわしは見た。
「素敵にございます。八重殿のような御方の事を、メリケンではハンサムと言うのだそうですよ」
決して美人とは言えない顔だが、女大学を専らとする因循固陋な者達とは違う。
学もあり、行動力もある、己の意思を貫く新しい時代の女だ。
「鉄砲の事、気に掛かります。少しお話頂いて宜しいでございましょうか?」
懇意になっておこうと、わしは興味あり気に話に身を乗り出した。





