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厄介ごと

●厄介ごと


「あなたは?」


 わしはあばた面の小男に尋ねる。


「は。御世嗣(ごせいし)様奥番頭・小左衛門が一子、東一(とういち)と申します。

 我が家は江家(こうけ)が備後を治め給いし時より随身し、二百石の家禄を頂戴しております」


 やれやれ。厄介毎に為らなければ良いが。


「殿の子と申しても。私は(しず)()が産んだ娘です。どうして藩を動かせましょう。

 そもそも、(しゅう)は船で家臣は水にございます。

 藩の意思があなたの師匠を引き渡すことであれば、主と(いえど)も抗えません。

 三百諸侯に、勝手をやって押し込めに遭った当主がどれ程いると思いますでしょうか?

 まして、当主でもない雌鶏が時を作るなど混乱の元です」


 それでも男は、わしがため息を吐くのも構わず捲し立てる。


「我が師が、弟子や諸国の友人を通して纏めた『飛耳長目(ひじちょうもく)』によると。清国より齎された書簡に『英虜(えいりょ)(しゅう)は女』とあります。

 英虜はエゲレス国の事。清国は自分が冊封しておらぬ者を王と認めぬ高慢な国でありますゆえ、酋とは即ち王の事。つまりエゲレス国の王は女なのです。

 そして本邦にも、推古以来何人もの女の天子様が登極されております」


 危険な発言だ。それはお手付きの子の、しかも女のわしにお家の家督を狙えと唆しているとも取れる。

 この男が何を考えているのかは判らないが、隙を見せる訳には行かない。


 幕末でイギリスの女王と言えば、大英帝国全盛期に君臨したヴィクトリア女王の事だろう。

 あれとわしとではそもそも立場が違い過ぎる。


「エゲレスの国主は女。その話は既に存じております。

 されど夫君(ふくん)は妻を主君と立て、一の臣下として控えておるそうですね。

 単に男女を入れ替えただけで、君臣の別はきちんと分かたれているのです。

 残念ながら、私は江家の当主ではありません」


 因みに。前世の史実でヴィクトリア女王の夫アルバートは、出産と育児に追われる女王の名代として実質君主の役割を果たして居た。

 しかし彼が正式に王配殿下(プリンス・コンソート)の称号を得るのは、すでに晩年に為ってからだったと記憶している。



 ここまで言って漸く、彼は説得を諦めたらしい。どこまで芝居なのかは知らないが、あばた面の小男は目の前で露骨に落胆して見せた。


 わしは敢えて彼の東一と言う名乗りを無視する。


春風(はるかぜ)殿は、知識があろうとも頑固で人の話を聞かぬ所がありますね。

 此度(こたび)の話も(いささ)かお急ぎ過ぎるのでは無いかと存じます。

 十年後には大を成す器であろうとも、今は才はあれども血気盛ん過ぎて、空回りしているように思えてなりません」


 私の言葉に、ぱっと桜が咲く様な笑みを浮かべたあばた面の小男は、


「それで(とお)なのか……。僕は見誤っていたよ。

 惜しいかな。君ほどの大出来物(おおできもの)が庶子で、しかも女とはなぁ」


 いきなり砕けた感じに戻る。


「先生が江戸に送られると聞き、急ぎ遊学より戻っては来たが。最早抗えぬか。

 先生に叱られ、周布(すふ)の兄貴に諌められ、同じ事をまだ子供の君にも言われてしまった。

 いや。悪かった。確かに無理筋だよなぁ」


 師匠に兄貴分。そして主筋のわし。三人に同じ事を言われるまで、考えを変えない頑固さは相当のものだ。


「それにしてもその見識。見事なもんだ。

 僕も君の才媛の噂を耳にしては居たのだが、殿のお子ゆえの世辞かと割り引いて聞いていた。

 侮ってすまん。この通りだ」


 気持ち良いほどあっけらかんと、地べたに膝を着いて平伏する。


「解って頂けましたか。それは重畳です」


 言いながら、わしは飛び退いた。

 地面にべちゃっと爆ぜたのは、泥の玉だ。


「誰だ!」


 飛び起きたあばた面の男が、刀に手を掛け呼ばわった。


「春風殿。私とあなたが話すことを快く思わない手合いでしょう。

 今のは当っても着物を汚すだけの事。

 私には警告、あなたにはあわ良くば罪を着せたい(やから)の仕業かと。

 私も一応はここの姫なのですから、あまり事を荒立てたくはないのでしょう」


 頷くあばた面の小男は、


「幸姫様。ここにも妖怪の手が伸びているようであります。

 臣がお頼み申し上げたことで、目を付けられたのかも知れません」


 再び言葉を改めた彼は一礼する。


「我が師は間も無く江戸に送られる事でしょう。

 僕はこれより、道中陰ながらお護り致す所存。では」



 わしは厄介毎に巻き込まれてしまったようだ。


 恐らく、好むと好まずに関わらず。軽輩でも接触しやすい主家の娘と言う理由で、今世(こんぜ)のわしは翻弄される事だろう。

 この分では、自前の家臣と武力を持たねば危ういかも知れん。


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