表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/152

正宗に似た刀

●正宗に似た刀


 対面の場。ご世子様と御前様を前にして、左右に家臣達が並ぶ。

 身分の為わしに同行できぬ宣振は、左手のお庭に控える事を許された。



さち殿。(ちこ)う」


 御前様のお声に、入口で跪坐(きざ)したわしはその場で三歩膝の足踏みをして据わる。


「苦しゅうない。近う」


 乞われて二歩。凡そ二寸ばかり前に膝行して再び跪坐。これを数回繰り返した後、御前様が言葉を変えた。


「幸殿は殿の実の(むすめ)なれば私の娘です。市井の育ちと聞きますが、家督に関わる(おのこ)と違うて、いずれ他家に()れる(おみな)なれば庶嫡の序も詮無き事」


 こう前振りをして、


「これは、殿が養女にした町人の娘にも同様にしたことです。

 これより先、私の事は。幸殿が殿を父上と呼ぶならば母上と。おとっさんと呼ぶならばおっかさんと。ちゃんと呼ぶならばおっかあとお呼びなされませ」


 にこやかにわしに告げた。

 礼も過ぎては無礼になる。わしは頭を切り替えて、


「母上様。どうぞよしなに」


 跪坐のまま、四つの指をくっ付けて親指を開いた両の手を三角形を形作る様に前に着いた。

 そしてその三角形の中に鼻を埋めるようにして、深々と頭を下げる。



「解りました。では幸、これより長門守(ながとのかみ)を兄上様とお呼びなされ。

 ご養子なれど長門守は、藩祖天樹院(てんじゅいん)様直系の尊きお血筋。このご時世です。長門守が藩主の座に着く頃には、天樹院様のご悲願が叶う世になっているやも知れませぬ」


 目で御前様が合図すると、ご世子様が口を開いた。


「幸は別式女(べつしきめ)に成りたいとの事、(かね)てより父上より伺っている。

 近う寄れ。江家の為に(つるぎ)()ると申す幸の為に、わしが(えら)んだ一振だ。

 わし手づからこれを使わす」


 黒い桟留(サントメ)革の鞘に収まった脇差。



()く、この場で検めよ。擦り上げで銘を隠してあるが正宗ぞ」


 にやりと笑うご世子様は、


「ご世子様……」


 と言い掛けるわしに


「兄上で良い」


 と言葉を被せた。



「では兄上様。本当にここで抜いて宜しいのですか?

 ここで私が自分の首を()ねれば、兄上様に血飛沫を振り掛けることが出来る近さにございますよ」


 遠回しに刃傷しようと思えば容易く出来る距離であると、昔の(ためし)を引き(いだ)すと、


「ほう」


 ご世子様は目を細め、


「『五歩の内、相如(しょうじょ)請う、頸血を以て大王に(そそ)ぐことを得ん』

 黽池(めんち)の会の藺相如(りんしょうじょ)だな」


 と出典を明らかにした。


「はい」


 ご世子様は一段高い席から手を伸ばし、


「漢籍も学んでおるのか。幸は賢いのう」


 と、わしの頭を一撫ですると、


「良い。わしが許す、いや命じる。抜いてこの場で検めよ」


 そう明言した。



「検めまする」


 懐紙を咥えて抜き放ち刀文(はもん)を見る。


「私に刀の良し悪しは判りませぬが。()の目乱れの刃文が表裏揃うとは珍しき物にございますね」


「良いか。擦り上げて銘を失って居るが、紛うこと無き正宗だぞ」


 やけに正宗と念を押す。


 あれ? 確か正宗によく似た刀が有ったような記憶がある。あれは確か……。

 悟ったわしは目を見開いた。正宗に居た刀。それは権現様の祖父・父・嫡男の血を啜り、大樹公家に仇を成すとされた刀だ。


 目を丸くするわしにご世子様は言った。


「近日中に上様より、お目通りの許しが降りる手筈だ。

 上様には、『市井育ちの数え(とお)の娘ゆえ、神()けて一切(いっさい)粗相(そそう)を咎めぬ』との仰せ。幸はのびのびと素をお見せ致すがよい。

 仮令たとえ無作法が有ろうとも、綸言(りんげん)汗の如し。万が(いつ)戯言(きげん)(もてあそ)ぶならば、弓矢に懸けて正してくれよう。

 なあに。転婆が過ぎてもご不興を買うことはあるまい。上様は殊に武芸をご奨励為されている。寧ろ幸の運が開けるやもしれぬぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙絵
お読み頂きありがとうございます。
お気に召しましたら、ブックマークや最新頁の下にある評価点を入れて頂けると励みになります。
なろうに登録されていらっしゃらない方からの感想も受け付けておりますので、宜しかったら感想やリビューをお願いいたします。

---------------------
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ