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トシ殿の剣

●トシ殿の剣


 防具を着けた竹刀試合。この頃の道場で使われる物は、平成・令和と変わりない。

 防具外れを打たれたとしても、竹刀は打突を軽減する。あるいは(しな)いあるいは壊れ、痣が出来る程度に抑えてしまうのだ。

 安全性では十分に考慮されてはいた。しかし何事にも例外はあるもので、竹刀でも例えば喉笛を潰すほどの突きを繰り出せば、人を殺すことが可能だ。



「何でもありとの事なので。大事に至らぬよう、お二方には面・胴・小手 の他に当流に伝わる頸当(くびあて)脛当(すねあて)甲掛(こうがけ)を着用して頂きます」


 神道破軍流師範代摩耶(まや)殿が装着してくれる。

 頸当とは喉笛を護る為、肩から顎のあたりを覆う詰襟の様な物。甲掛は足の甲を護る物だ。

 着けると結構物々しい。


「じゃあ行くぞ」


 相対し蹲踞から立ち上がるトシ殿は、ひょいと担ぐように竹刀を左肩に担いだ。

 左右の肘窩(ちゅうか)を覆い隠すように腕を畳み、右の拳を顎に付け、右の肘をわしの左目に向ける。

 竹刀を完全に隠し、指呼の間に入り込んだその肘がやけに目立つ。


 正眼に構えたわしは、踏み込んで肘を打つと見せかけて、すっと横に滑るように半歩ズレた。

 わしもトシ殿も先に動いた方が不利と見て足を止め、介者剣法(かいじゃけんぽう)の流れを汲む撞木踏み。



「へえこいつを知ってんのか」


 あちらもわしを難敵と見た。

 それ剣は力・心・体の一致。その心を崩そうと舌刀(ぜっとう)を振うトシ殿。


「一見大きな隙に見えるその肘こそ、私を吊り上げる釣り竿でございましょう」


 隙が無いなら相手の隙を創り出すのも兵法(ひょうほう)だ。だから舌刀には舌刀で応じるのが定法。


「いいねいいね。飛び込んで来ねぇだけの腕があるじゃねぇか。

 よう摩耶(まや)っち。お()ぇさんにゃ()ぇが、覚えとくがいい。

 これが神道破軍流・太刀の弐、琵琶法師だ」


 他流の者なのにやけに詳しい。


「い、いつの間に。まだ私も教わって居ないのに」


 摩耶殿が狼狽している。


「そりゃ使いこなせねぇからさ。使うにゃ(はや)さも肝も要るしよ。

 果し合いでしくじりゃ、腕を無くすだけなら御の字だかんな」



 わしと試合をしている筈なのに、トシ殿はかなりの徒者(いたずら)だ。

 わしの事など眼中に無い感じで摩耶殿と話している。



「余所見をして宜しいのですか?」


「うんなら、やってみっか」


「御冗談を。簡単な算術にございます。それよりどう致しましたか? 相手は私だけですよ」


「お()ぇもな。まるで側背からの助太刀に備えているようじゃねぇか」


 互いの竹刀は定寸なれば、腕の長さを加えたものが切っ先の届く距離。つまり真面にやれば上背と腕の長さの差だけトシ殿の竹刀は長いと言う事だ。

 勿論手はある。と言うか足がある。トシ殿の間合いを越えてわしの間合いまで踏み込めばいい。

 当に言うは易しの典型で、今この時もわしには隙が二つしか見いだせない。

 言うまでも無いがどちらも、わしを奈落の底に引きずり込む恐るべき誘いなのだから。



 なおも睨み合う事暫し。正眼に戻したトシ殿が、巻き舌の目立つ喋りで提案した。


(らちゃ)あ明かねぇな若様。一つ提案がある。いっちょここは同時に仕掛けねぇか?

 おい摩耶。銭を投げ上げろ。落ちたと同時に勝負だ」


「簡単に仰いますね」


「俺も、真剣ならやりゃあしねぇよ。命の懸からぬ竹刀だから出来るんだ」


「そうですね。今は竹刀でありましたね」


 わしとトシ殿は、「ははは」と笑う。



「摩耶!」


「はい!」


 摩耶殿が一文銭を投げ上げた。道場の床に音を響かせる時。


「きぇぇぇぇ!」


「えぇぇぇい!」


 同時にわしらは踏み込んだ。


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