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子供の勧誘者

●子供の勧誘者


 寺の門から出て道なりに歩いていると、数えで大きな赤ちゃんを背負った守り子が近付いて来た。

 守り子の年恰好はわしくらい。幾重にも継ぎの当たった襤褸(ぼろ)(ひとえ)に、半ば解れた おんぶ紐。

 赤ちゃんは数えで二つくらいだろう。でんでん太鼓を手に持って守り子の背中で遊んでいる。



「あんた昨日の子だね。あんた達も追い出されたの?」


 勢いに呑まれて思わずコクリと首を縦に振るおりん。


「それじゃあさ。いい事教えてあげるよ。こっち来な」


 京は侍の街では無い。だから良く知らないのだろう。大まかには知っていたとしても、わしの着物は木綿の平織り(がすり)。武士の子と判っても、せいぜいわしは浪人の子くらいにしか見えておるまい。

 どう見ても高貴な身分には見えないおりんの存在が、良くも悪くもわしの身分のカモフラージュに成っているようだ。



「あぁ~ぶ」


「よしよし。良い子だね~」


 背の赤子をあやしながら、守り子はわしらに


「付いて来ると、炒ったお豆やおイモが貰えるよ」


 と話し掛けた。



 前世に於いて炒り豆も蒸かしたサツマイモも、昭和四十五年の大阪万博辺りまでは子供のおやつとして人気があった。

 何せパチンコの両替に使うチョコレートを物欲しそうに眺める子供が居たし、チョコレートを見せたら子供がどこまでも付いて来たものだからな。

 後の飽食の時代では見向きもされないビスケットですら、いくらあっても物足りない憧れのお菓子だったからこそ、ビスケットが増えるポケットの童謡が誕生したのだ。



「おイモ! くれるの?」


 おりんの喰い付き方が半端ではない。


「あたいに付いて来な」


 守り子はそう言うとわしらに背を見せ歩いて行く。


 わしの前世、チョコレートで幼児が誘拐された時代があった。しかし今ならイモ一つで簡単に勾引(かどわ)かしが出来そうだ。

 おりんに限らず。人攫いから見ればこのわしも立派な商品だろう。だからわしは周囲に気を配って、襲撃に備える。



「あ……」


 河原に出るとおりんが先に反応した。


「昨日、石ぶつけられたとこ」


 回らぬ舌でわしに告げる。


「ん? ああ。銭で買って貰えるヨモギなんかの獲り合いから石合戦に成ったんだよ」


「ヨモギがですか?」


「ああ。ちっちゃい子でも子守しながらでも出来る稼ぎさ。持ってくとほら」


 子供の両手位の籠と、割り印を捺した木札を見せる。


「籠一つで木札を一枚くれて、十枚集めればおイモやお豆や銭と換えてくれるんだ」


 なるほど。子供の駄賃ならそう悪いものでも無い。


「ちょっと前までは、レンゲの根っことかわらびやゼンマイみたいな野菜も買ってくれたんだよ。

 この河原はうちの街の縄張りだ。後で木札の半分をうちらに寄越しな。

 そしたらあんたらも採って構わんよ」



 彼女の言う野菜とは山菜の事だろう。しかし、子供にヨモギを集めさせている? 何の為に?

 親方は絶対、餅屋や菓子屋の類ではなさそうだ。



「石合戦になるくらい貴重な稼ぎなのに、どうして教えてくれるんですか?

 私たちは余所者ですよ」


 半分とは言え自分の物にして良いとは、ヨモギを取り合って石合戦に及ぶ子供達にとってかなり寛大な計らいだろう。


「うちの大将が気にしてるんだ。巻き添え喰らってこんなちっちゃい女の子に石が当たったんでね」


 どうやらその詫びと言う事らしい。


「どうする? やるならうちの大将や親方と顔繋ぎしてやるよ」


 守り子の少女はそう言った。



「大将。連れて来たで」


 町外れ。畑の傍の掘立小屋。

 中は暗い。案内の守り子に、場所が小屋の中と聞いた時から片目を瞑って居たわしは、小屋に入ると眼を見開いた。

 見回すと使い込んだ桶や天秤棒に鎌や鍬が掛けられ、大小の樽が置かれ、隅には藁の束が積まれている。


「その子か?」


 差し詰めここらのガキ大将か?


 紺染めの継ぎの少ない(あわせ)の野良着を縄で縛り、四斗樽の漬物石の上に腰掛けて踏ん反り返る十二、三、四の悪たれが一人。ヨモギを持って来た子供に紐の付いた小さな木札を渡していた。


「昨日は巻き添えにして悪かった。すまん。この通りだ」


 と、高い位置からおりんに向かって頭を下げて、腰に下げた小袋から、萎びた物を取り出した。


「ほら、食え」


 放って寄越すガキ大将。

 目の前に飛んで来た物を受け取れば、粉を吹いた干柿だった。


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