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廉目の地

廉目かどめの地


 わしは縮こまっているおりんの背を(さす)りながら、


「それで竜庵殿は、何故こちらに」


 と尋ねた。


幸姫(さちひめ)様。伏見はいざ(いくさ)ともなれば、取れば京を制する廉目(かどめ)の地にございます。

 清盛が福原遷都も大楠公の進言も。京は護りに難き地で有る事を踏まえたもの。

 加えて応仁の大乱の(ためし)があり、洛中での戦いは避けねばなりませぬ」


 京の寺は、いざ戦と言う場合砦として機能する物が多い。例えばこの長健寺は大阪との連絡線を(やく)す位置にある。



「先ほど、維英殿を岩倉殿の縁者と申されましたね」


 幕末で岩倉殿と聞いて浮かぶ名前は一つ。


「それは岩倉具視(いわくらともみ)卿のことにございますか?」


 竜庵殿は破顔一笑。


「左様でございます。良くご存知でしたな」


 笑う竜庵殿にわしは、


「二条新地の親分から、京の博奕の元締めのお一人だと伺いました。

 なんでもお屋敷を鉄火場になされてまで、お手許不如意な当今(とうぎん)様に献じていらっしゃるのだとか」



 岩倉具視は、起き上がれぬ死の床でさえ布団の上に正装を掛けて、見舞う明治天皇を迎えたほど、勤皇の心篤き人物である。そうわしは尋常科の時教わった。

 尋常科の二年の頃であったかな? 修身の時間ではなく、手工の時間の作業の合間に(おなご)先生が話してくれたのだ。


「男の子は、とかく礼儀正しさを女々しかと考えがちです。しかし、今は四民平等の世です。

 生まれは貧しくとも、身を立て名を上げて天皇陛下にお目見えする人も出るかも知れません。

 礼儀作法は言わば聖徳太子の百円札のようなものです。普段使いはしなくとも、あれば心強い味方です」


 後に成って考えれば、なぜ先生がそんな話をしたのかは解る。

 なにせあの頃は、わしらは喧嘩ばかりしておったからな。



「黒船来航以来、大樹公(たいじゅこう)家の天下に陰りが見えて参りました。

 岩倉殿は歌の師匠の御縁でご出世なされ、宮中でそれなりに重きを置かれております。

 彼が当代の日野兄弟たらんとする時、ここに一族の者が居ると居ないとでは大違い。

 岩倉殿の投げし(さい)が吉と出ようが凶と出ようが、決着の際には維英殿には還俗して頂く予定です。

 回天の暁には還俗して封侯の栄が用意されておりますし、瓦解の場合も堀河の血脈を繋いで頂く必要がございますれば」


「なるほど……」


 わしはゆっくりと頷いた。

 つまり彼は、連絡員としてだけでは無く、堀河のブラッドホルダーとしてもこの寺に在ると言う事か。



「ところで姫様。そこの姫様の御召し物を着た子供は……。

 あまりにも幼過ぎて、姫の御家来とも思えませんが」


 竜庵殿の問いにわしはありのままに答えた。


「宿に奉公に来た守り子です。名はおりん。数えで七つ前後でしょう」


 すると横から、


「七つ……幼過ぎやな。おりんが子守りを必要とするような歳ではございませへんか」


 維英殿は、務まるのですか? と言いたげな目だ。


「受け入れねば、折角生まれた下の子が口減らしされるのだとか。

 聞いてしまった以上、女将も突き返す訳には参らぬと。

 それに宿ゆえ、客の喰い余しでも米の飯を口に出来るのは、おりんにとっても悪い話ではございません」


 わしがそう言うと。何やら難しい顔をした維英殿が、


「この子良うとも、守りをされる子危うないか?」


 と口にした。


「でしたら、寺の境内に入れてやれば宜しいでしょう」


 話を振るのは竜庵殿。


「女は修行の邪魔言うても、こない頑是無い子供では、障りになる者やら居らへんやろう」


「いや。そうは言っても……」


「ここの和尚に言わせると、俗は川の流れで人は水車と言うことや。

 水車を掲げて流れより離しても、流れにすっぽり沈めてもうても、水車回る事はあらしまへん。

 釈尊も仏法最初の優婆夷(うばい)となる難陀婆羅(ナンダバラ)の乳粥供養によって悟りをお開きになったやあらしまへんか」


「確かにそうやが……」


「なんならわし、話を通しときまひょ。それに……」


 なにやら維英殿に耳打ちする竜庵殿。

 そして、


「おりん。わしから話を通して置くさかい、明日から堂々と山門にお入り。

 その代わり、時々宿まで手紙を届けて欲しいんや。出来るな」


 わしの腰にしがみ付いているおりんに、竜庵殿はそう言った。


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