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志士の心得

●志士の心得


 昼下がりの伏見の宿の二階。障子を開け放った涼風が通り過ぎる。

 守り子の話が片付いて四半時。遊び人の春風(はるかぜ)殿・周旋家の春輔(しゅんすけ)殿・槍の使い手狂介(きょうすけ)殿。そして我が家臣宣振(まさのぶ)の四人。旅のお供が戻って来た。

 わしは春風殿の報告を、屏風で囲まれた中で聞く。残る三人は障子の際や階段に坐して外を警戒していてた。


「こたびは何とか抑えられたのであります。

 そも水戸は大樹公を支える一門の御三家が一つに御座(おわ)しまして、唯一大樹公家を継ぐことが能わぬお(いえ)であります。

 家格も他が亜相なれども、水戸のみ黄門と一段低くあらせられますが、その代わり大樹公選定の際には水戸の一言が大勢を決するとまで言われているのであります。


 そんな水戸でありますが。武家の統領たる大樹公ご親藩にも関わらず、その勤皇の(こころざし)篤き事、江家(こうけ)に勝るとも劣らぬお家(いえ)であります。

 それと言うのも、国史編纂を命じられた二代藩公・高譲味道根之命たかゆずるうましみちねのみことの君臣の道を正さんとするご遺志ゆえ。

 かつて吉野を盛り立てた咎で勅勘を被り、長く朝敵とされて来た楠公一族を、無二の忠臣と八島の津々浦々にまで(ひろ)めた方こそ、高譲味道根之命なのであります」

 それ故、二代藩公の遺志を継ぐという名目で過激な連中が台頭しているのだと、春風殿は説明した。


「赤穂浪士の如く、蒼生(あおひとぐさ)に身をやつし。京やご府中に潜みし輩は数知れず。

 その一部がこの(たび)の勤皇の賊どもなのであります」

 そう言って、春風殿は書き付けをわしに寄越した。


――――

 志士心得


 志士は(つと)めて、京・ご府中を始めとする街や雑踏を地の利とし隠形すべし。

 回天の業が第一歩はそれらを整える事から始まる。


 勤皇であると思い込んでいる己、又は他人より思われている己を、

 振舞い変えて血消(ちげ)しすべし。



 尊師曰く、住まいに於いて


一、極端な秘密・閉鎖は墓穴を掘るなり。

 (おもて)は、市井(しせい)布衣(ほい)に擬するを徹すべし。


一、朝に出で夕に帰るべし。構えて昼夜転倒すまじきこと。

 近所の交際、浅く狭く。大望あらば隣人挨拶欠くべからず。


一、住まいに(たむろ)して目立つは烏滸(おこ)なり。

 深夜・明け方に及ぶ密談するべからず。


一、住まいに家具足りずは凶。書き付け等の散乱は注進を招くなり。

屋移(やうつ)りに荷物無きを怪しむ者多く、無用に人目を避けねばならぬなり。


一、住まいは常に整え、小奇麗に保つべし。手紙書き付けの(たぐい)は平生より整理し抜き、それと判らぬ符丁を(もち)いるべし。


一、不要の物、拙き物は直ちに湮滅(いんめつ)すべきこと。



 尊師曰く、活計(たづき)において


一、荷担ぎたくみ商うも、全て義挙に到る意味を考えるべし。


一、何故そこに居るかを己に問うべし。

同志創るや、内より破るや。望みし技を求めるや、望みし物を求めるや。

あるいは己が口をのりする為や。

何れに於いても明らかにし、(いたずら)に二兎三兎を追いてしくじるべからず。



 尊師曰く、住まい活計において心掛けるは、度を超す秘密・閉鎖に陥らぬこと。


一、尊皇の心篤き者はすべからく、憂い隠し夢秘めたるを旨とすべし。

 殊更、(きみ)への忠(あげつら)うは孺子(こぞう)の振舞いなり。


一、別して婆娑羅(ばさら)傾奇(かぶき)の風を忌むべし。

 そは大望を捨てし犬侍(いぬざむらい)の習いにして、志士の装いに非ず。

――――


 続いて、親子兄弟、妻、友人などとの関係が説かれ、不自然に縁を切る事無く真の姿を隠し続けよと諭している。

 さらに酒の節制や色街での振舞い。道場での処士横議論に対する注意事項が書かれていた。



「なんと。真に天下を覆す心算(つもり)にございますね」


 わしの言葉に春風殿は頷いた。


 俄かには思い出せぬが、前世でこれと似た物を読んだ気がする内容だった。


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