稼業人
●稼業人
「なんと! そないに広まってるんか?
う~ん。ほんまにここのとこ、勤皇を名乗る盗賊も出てるさかいな」
「親分も動かれていらっしゃるのでございますか?」
「ああ。町家に詳しいこのわしにもご下命下されたねん」
お上に頼られて、満更でも無い親分の顔。
「でな。おもろい事に賊言う奴らは、たいてい遊郭や賭場に身を潜めるもんなんや。
賊言うても勤皇の賊言うものは、わしみたいな無学のものちゃう。
書を読み学問を積んだお人や言わはる。
せやけどな。学はあっても大店のお坊ちゃんみたいな世間知らずが多いそうや。
そないな人間は心弱い。斬れば幾ら洗うても、手から血取れへん気がするし、明日ぃも知れへん我身を、どないしよかと悩むわけや。
そないなんやさかい、網を張って居れば普通の者より簡単に引っ掛かる。
いざ討ち入りの前日や引き揚げた後には、必ず遊郭で女を抱かへんで居られへんさかいな」
無法者に君臨する親分なだけあって、犯罪者の心理はお手の物らしい。
「親分がお仕えする肥後守家は、初代執権たる二代様の御落胤を藩祖とする御名門と伺います。
失礼ですが親分程のお人と雖も、そんな名家の被官にはなれません。
所詮は一時雇いの奉公人。懸命に奉公したとて、雀の涙の扶持しか頂けないでしょう」
「しゃあない。なにせ京屋敷のお侍は、稼業人のわしらよりも藩から銭を貰うていーひんさかいな」
「稼業人?」
「鳶や馬子やら、博奕打ちとはちゃう一応堅気の商売のことや。
けどな。気の荒い連中の遊び言うたら飲む・打つ・買うしかあらへんさかい、客を取らへん賭場も開く。
そこがほんまの堅気とは違うねん。勿論、そこに縄張りを持つ博徒の親分はんに断りを入れてのことやがな。
なにせ気の荒い連中や。博徒の賭場に出入りなんかさせたら面倒やさかい」
どうやら、火消しの親分のようなものらしい。
「兎に角、お侍は銭を持ってへん。
国許から視察にいらはった山本様も、軍事取調役兼大砲頭取なんて言う御大層なお役目にも関わらず、お手許は実に寂しいもんや。
禄はそれなりに貰うてるんやが、皆お役目に費やされてましてな。己の為にはうどん一杯食べる銭もあらへんありさまで、時々見かねたわしらが飲み食いさせたるくらいや。
気ぃ遣うで。お侍は腹空いたのなんやの口にすることはあらへんさかいな。
ありゃあ下手したら、おこもはんのほうがまだましな物を食うとるのちゃうかな」
親分によると通商条約以来、物価が上がっている為どこも厳しい。
勿論庶民も同じだが、日銭の入る職人や商人はまだましで、物価が上がれば手間賃なども上がって行く。
問題は武士だ。大樹公家が天下を治める世になって以来、ずっと先祖と変わらぬ禄高なのだから。
「ほんでもお侍は意地があるさかい、戦の対陣の最中や思い堪えてはる。
たしかにわしかてもっと貰いたいとは思いはするんやが、別に食うに困ってる訳ちゃう。
国許ではご家老格まで面扶持渡しで頑張って居られるんや」
「大変なのですね」
面扶持とは、家禄に関係なく一家の食い扶持のみを渡すことだ。
飢饉やお家の浮沈の掛かったぎりぎりの場面でのみ行われる非常措置で、上下心を一にして難局を乗り切るために行われる。
故に押し並べて食い扶持のみを給することとなるのだ。
「と、着いたで。わしは勤皇の賊のことで、報告あるさかいな」
最後に案内されたのは、肥後守様の京屋敷。
「お嬢はんはここで待っとってくれ」
そう言うと親分は、中間長屋を抜けてお庭へと入って行った。





