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借金のカタ

●借金のカタ


「おとうはん!」


 お春の声に、やくざ者らしき男達がこちらを向いた。


 駈け寄るお春が、父親らしき男に背中から覆い被さるように抱き締める。



「お春! 来ちゃあかん」


「また博奕? 岩倉はんの所で懲りたんじゃなかったん?」


「お春。ほんまに気術(きずつ)無い」


 わしは割って入ろうとする気が失せて行くのを覚えた。


 駄目男は一時雇いの家来の身内に過ぎぬ。病や怪我で拵えた借金ならばいざ知らず。博奕で借金を拵える男を助ける名分が無い。

 それに。博奕は他の放蕩よりも(たち)が悪い。

 酒ならば、人の飲める量と言う歯止めがあり。女ならば金の切れ目が縁の切れ目で片が付く。持ち金を失ったらそれ以上に使えない。

 しかし博奕に限っては、持ち金の何倍もの借金を一度の賭場で拵えてしまうのは容易い事だ。仮令(たとえ)千両の小判をくれてやった所で、一朝にして元の木阿弥になる事だろう。今よりも酷い借金を拵えて。



 おいおい。

 わしの目の前で、時代劇のお決まりの様な展開が流れる。娘を借金の(かた)にと言うアレである。

 そうこうする内に、抗うお春が財布を落とした。


「お。結構入っとるな。どうせ端金やろうが、利分(りぶん)の足しに貰ってやるわ」


 拾った男が、誰の金かも、中身の多寡も確認せずに懐に仕舞った。

 それはわしの金なんだがな。しかも中味は到底端金と言う事の出来ない。



「返して! そら……」


 パーンと頬を張る音が響く。


「お前のお父はんはな。うちの賭場で今までに十両もの借金を作ったんや。

 おまけに今日は一文の種銭も持たんとな」


「十両……」


 呆然とするお春。



 江戸時代は、十両盗めば首が飛ぶと言われた時代だ。


 因みに労働賃金を元に計算すると、平成の末の価値にして一両は二十万円強。詰まり平成換算で二百万円。

 利子を考えれば、江戸時代の庶民には返済不能と言っても過言ではない。

 そう。娘を売る以外には。



「お侍の娘でもええとこ十八両。ほんまなら娘を叩き売っても追い付く銭ではおまへん。

 そこを娘を引き渡せば堪忍すると言うのに、それもあかんだとは。ほんまに諦めの悪い」


 絵に描いたような展開だ。

 お春の手を掴み。父親を足蹴にしながら連れ去ろうとしている。


 わしは五人のやくざ者を値踏みする。

 立ち振る舞いから見て兵法(ひょうほう)の心得は皆無。出入りの場数を踏んでいたとしても単なる力任せと見た。

 確かに武術を持たぬ者同士ならば、鍛えた足腰と膂力(りょりょく)に度胸が加われば、一端の剛の者で在ろう。しかし、生の力に劣る者が勝る者を斃す術が兵法(ひょうほう)である。



 わしは躾刀を鞘ごと腰から抜いて、隠すように背に差し直し、近付きながら(さえず)る。


「お姉ちゃんを返せ!」


 そうだ。敢えて奴らが勘違いするように。



「あぁ~ん?」


 あ。こいつは只の馬鹿だ。袴の持つ意味をまるで知らない。


「財布も返せ! この盗人ぬすっと!」


「盗人? 頑是ないガキそやし、見逃してやろと思たが。お前も一緒に叩き売ったろか?」


 狙い通り。お姉ちゃんの一言で、わしをお春の弟か妹かと勘違いしてくれた。

 心の中でほくそ笑みながら、わしは叫んだ。


「人の(もん)盗ったら盗人(ぬすっと)やろう。返せ~」


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