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長尾天満宮

●長尾天満宮


 小身と雖も、歴とした武士の娘は一人歩きなどしない。外出には必ず女の奉公人を伴うものだ。

 だからわしは、女将のお登勢(とせ)殿を通じて口入屋より、宿に逗留の間と区切って、お春なる少女を雇い入れ、彼女をお供に長尾天満宮を参拝に向かった。

 姫たるわしが銭を持つのは憚られる風潮なので、お春には天保一分銀で四十枚と銭を少々預けてある。


 いつもの如く。絣着物に小倉の袴。兵児帯を締めて躾刀(しつけがたな)を差し、懐に特製の手袋を忍ばせる。

 見栄えは手の内が肉球のようになった、自転車用の手袋と古代ローマの拳闘用のセスタスを混ぜ合わせたような代物だ。青苧で織られた越後上布を、分厚くウサギの膠で張り合わせ鞣革(なめしがわ)で覆い、拳を保護するために革紐を巻いている。


 参拝と言っても同じ伏見の中なのでお気軽なものだ。高々片道二里ほどだから、昭和中期の小学四年生の遠足程の距離。朝出れば夕方には帰って来れる完全な日帰りコースである。

 だから弁当も竹の皮に包んだ梅干しの握り飯と香の物に、昭和・平成の代では麦茶と呼ばれることに成る麦湯を竹の水筒に詰めた物に抑え、供の者に持たせている。



 昼近く。汗ばむ陽気の中、わしは何度目かの質問をした。


「お春。まだですか?」


「へい。そこの醍醐寺の仁王門を通り越し、半町ばかり行った所を右どすえ。

 もうちびっとの辛抱どす」


 暫くして漸く社が見えて来た。石の明神鳥居の向うに、苔生しておらぬ真新しい表道の石段が見える。


 鳥居の前で一礼し、左足を踏み出して右の端っこを抜けて内に入ったわしは、右手の木々の影に立ち止まり、懐紙を額に当てた。

「麦湯を下さい」

 差し出される竹の水筒に口を付け、一息を吐く。


「少し疲れました」

 実際には今少し余裕はあるが。ここまで休憩無しで歩いて来た分、心地良い程度の疲れはある。


「手洗い水の所まで間も無くどす」


「そうであったな」


 わしは気を取り直して緩やかな石段を登って行った。



 二度お辞儀をし、パン・パン・パン・パン・パン・パン・パン・パンと八回拍手の八開手(やひらきで)

 そして一礼し、猿播(さるは)の薬を一包。薬神でもある大国主命に捧げて祈る。


 天はいったい何をわしにさせようと言うのだろうか?

 生きてみるのは唯一度(ただいちど)である筈なのに。どんな御縁か知らないが、再び日本の国に生まれ出でた。それも国難の始まる幕末に、前世の記憶を持ったまま女の身として。



「次は八幡神(やわたのかみ)はんどしたね」


 お春が尋ねる。


「ええ。なぜか八幡姫(やわたひめ)と呼ばれておりますからね」



 来たついでになってしまうが、他にも宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)春日大神(かすがおおかみ)事代主命(ことしろぬしのみこと)住吉大神(すみよしおおかみ)天照大神(あまてらすおおかみ)豊受大神(とようけのおおかみ)の宮や(やしろ)を巡る。

 勿論、ここは天満宮なので菅公(かんこう)へのお参りも欠かせない。大宰府から持ち帰った衣服と遺物が埋められたとされる菅公衣裳塚にもお参りをしておく。



 参道の帰り道。

 先の石段の辺りで、渡世人らしき男達に囲まれて足蹴にされていた。


 わしは特製手袋を嵌め、革紐を括る。そしていつでも躾刀を抜けるように身構える。

 石段を下って、男達の顔はっきり見えたその時。


「おとうはん!」


 お春が声を張り上げた。


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