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関わりし理由

●関わりし理由(わけ)


弊藩(へいはん)には我が兄を盟主とする『近思録(きんしろく)』なる聖賢の本を輪読する会がございまする。

 輪読会は実は、若者が血気に(はや)って事を誤まらぬよう、当時のご世子様つまり前藩主(さきのはんしゅ)様のご密命により、兄が取り纏めたものにございます」



 竜庵(りゅうあん)殿は語る。


 御成敗式目の二十二条には、継母の讒言(ざんげん)に付き、あるいは庶子の鍾愛(しょうあい)により、相続から除外された子には、その相続分を確保させなければならない。とある。

 これは学の無い者にも判る道理なので、輪読会の学びの名の元に外国(とつくに)の事例を挙げて理非を問い、賊子(ぞくし)佞臣(ねいしん)の所業を(あげつら)った。


 これらは、桑を指して(えんじゅ)を罵らせる事により存分に不満を吐き出させて、庶嫡(しょちゃく)の序を(ただ)さんとする連中が暴挙に到らぬ為のガス抜きであったのだと。



「ここで、継母とは側室の御国御前。鍾愛、つまり溺愛された子とは前薩摩守(さきのさつまのかみ)のご舎弟(しゃてい)周防(すおう)様。即ち今の殿様のご尊父様に当たります」


 ある程度の抑えは利いて居たものの、一連の騒動で切腹する者や島流しにされた者が数知れない、薩摩を揺るがす大騒ぎだったと竜庵殿は語る。


「周防様は佞臣共に担がれただけで、前薩摩守様との兄弟仲は悪くなく。前薩摩守様の亡き後は、家督は御遺言を以って円満に、周防様のご嫡男ご相続と相成りました」



 こうしてなんとか落ち着いたのもつかの間。竜庵殿の兄が、あの赤鬼羽林(うりん)の追手からとある僧を匿った。

 当初は藩も黙認していたが、遂に羽林に抗しきれず藩は僧を日向送り、つまり密かに殺そうとしたのだ。

 しかし、それでは義が立たぬと竜庵殿の兄は、斯くなる上はと共に入水する事件に至った。

 その結果、僧の方は死に竜庵殿の兄は行方知れず。藩ではその時死んだことに為って居る。


 竜庵殿の兄者が目を光らせていた内はよかったが、行方不明の後は輪読会の一部の連中が暴走を始めた。


 筋目正しい前藩主を推していた連中である。いくら遺言とは言え、継母の鍾愛によって前藩主を追い落とし掛けた者が藩主のご尊父と成る事に納得が行かない。



「かくして、殿への忠義よりも見ず知らずの天子様への忠誠が大事とばかりに、ご尊父何するものぞとなった次第にございます。


 とは言え。前藩主とご公儀によって定められた筋目正しき藩主様にございます。

 家臣の身で抗う事は難しく、それ故他藩の者を巻き込み処士横議(しょしおうぎ)を致している(よし)にございます。


 殿もご重役方も、彼らが水戸の者と連絡を取り合って居る事はまで掴んでおるのですが、他の藩の者とも関係していることが疑わしいのでごさいます。


 さて。大事に為らぬ様探れとのお下知を受けて、殿の代参の名目で諸所を探っておりました。

 するとご尊藩(そんぱん)の姫のお一人が、なにやらきっげなやっとうを始めた。と言う噂を耳に致しましたのでございます。


 さてはと調べましたが、どう見ても薬丸どんの剣なのにも関わらず、姫のご身辺に(ごう)薩人(さつじん)の影がありませぬ。

 代わりに、何やら蛮書(ばんしょ)を読みてあちらの(わざ)に通じたり、藩兵を率いて黒船を打ち払ったり。

 八幡(やわた)姫と噂される常の人ならざる姫とのお話しばかりが集まりましたのでございます。


 まあ、まさか。かほどに(おさな)き姫とは驚きましたが」



 どうやら今の言葉は本心らしい。


「所で、姫はおいくつにお成り遊ばしますでしょうか?」


(とお)にございます」


「十にしては、お小さい」


「お生まれが、天久(てんきゅう)三年の十二月末にございますれば」


 春風殿がそう言った。

 今更ながらに知ったわし。この時代は数えであるから、誕生日など気にも留めていなかった。

 ならば満はまだ八歳。尋常科の三年に当たる歳だったのか。



「ところで」


 紹介が終わると竜庵殿は話を変えた。


義卿(ぎけい)先生の発した(もう)(もう)(ひら)かれたと称し、

 吾は当代の范蠡(はんれい)なりと(うそぶ)いて、非道悪事を働く奴輩(やつばら)めが現れましてございます」


「范蠡とはまぁ……。ああ、児島備後守(びんごのかみ)様の十字の詩にございますか」


「左様でございます」



 因みに十字の詩とは、

――――

 天莫空勾践 時非無范蠡


 天は勾践(こうせん)(むな)しゅうする()し。

 時に范蠡(はんれい)無きにしもあらず。

――――

 戦前の教育を受けた者ならば知らぬ者の無い、児島高徳(こじまたかのり)が桜の木に記した漢字十文字(もじ)の詩の事だ。



「不遜にも勤皇を称して悪事を働き、深く宸襟(おおみこころ)を悩ませ(たてまつ)る手合いが跋扈(ばっこ)し、

 大樹公(たいじゅこう)家の執権たる赤鬼羽林をして、

 『いかで賊徒の首魁を、恥有る者とぐうせんや』

 と、義卿先生を(うら)むこと甚だしと聞き及びます」


「それで私に、何をせよと申されるのでございますか?」


 なるほど。これが春風殿らの仕込みか。

 わしは、きっと竜庵殿を睨み付けた。


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