表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/152

薩摩の忍び

●薩摩の忍び


「誰でございますか?」


 誰何すると、


「お気づきになっとは。噂(とお)いの姫様(ひめさあ)でもしたか」


 微かに聞こえた独り言は薩摩言葉。

 膝行して(にじ)るように入って来た坊主頭は、一礼して名乗った。


「失礼致しました。私めは竜庵(りゅうあん)と申します」


 若い。まだ二十歳にも成って居ないであろう。



「竜庵様は、薩摩守(さつまのかみ)様側付きの方にございます」


 女将のお登勢(とせ)殿が説明を入れる。


「僧体……と言う事は、茶坊主ですか?」


「はい」


「酷く物騒な茶坊主でございますね」


 わしの茶坊主の知識が、主に時代劇からのものである為だろう。

 先程の殺気からは想像も付かない立場の者である。

 それにしても側仕えの茶坊主が、何故遠い薩摩からこんな所に……。

 あ、いやこれは。ピンと来たわしは、


「薩摩守様の、忍びにございますね」


 と、決めつけた。


「これはこれは。聞きしに勝るご慧眼けいがん

 流石、八幡(やわた)姫と名高き(さち)姫さまにございますな。

 如何にも、我が殿の耳役(みんやく)にございまするぞ」


 こ奴。あっさり忍びと認めおった。



「その、薩摩守様の忍びが、私に何の用でございますか?」


 わしの言葉と共に宣振(まさのぶ)が、わしの護りから攻めへに切り替える。

 見えざる剣の結界が竜庵殿の前面に張られた。


「されば、姫様。お屋敷のお庭で始められたやっとうは、どなた様の手解きにございますか?

 お屋敷より漏れ聞えるきっげの如き猿叫(えんきょう)。あれは、紛う事無き薬丸どんの剣。

 されど奇怪な事に、姫の回りに土佐郷士の姿はあっても、薩人(さつじん)の影が皆無にございます」


「!」


 一瞬、わしはぎくりとなった。驚きが顔に現れてしまったのを悟った。



「あれは、はしかの熱に(うな)されていた時にございます。

 夢に現れた、太刀を()き弓を背負った女の人より授かったものにございます」


 そう言って、予め考えて置いた作り話をする。

 所謂、夢のお告げを受けたのだと。


――――

 そも大八島(おおやしま)は、神代より君臣分(くんしんぶん)は定まりて、

 勾玉と匂い綴らせ皇孫(すめみま)(しら)す国なり。

 されど(くん)驕りて子に親を(しい)せと()る。

 懸かる咎により世は乱れ、早鞆(はやとも)瀬戸(せと)に剣は沈みて後は武者(むさ)の世とぞなりにける。

 爾来(じらい)。皇を民とし民を皇とする武者の(うしは)く世は続かん。


 されど見よ。み国は朝日の直射(たださ)す国なり。


 寄せ来し黒船の火砲(ほづつ)の轟きに、夢は破れん。

 輝く(あま)つ日に、七百年の雲霧(くもきり)は跡なく消えん。


 長き(みそ)ぎは天命()あらたにし、天照(あまてる)神は(いにしえ)かえして言寄(ことよ)ささんと欲す。


 物実(ものざね)を託されし神の(すえ)よ。命を()しとする土師(はじ)の娘よ。

 早鞆の瀬戸に始まりし武者の世は、所同じく早鞆の瀬戸にて終りを告げん。

 時が満ちるその日の為に、(いまし)手弱女(たおやめ)なれども剣を学べ。

 見よこの(わざ)を、一人で習うにこれに()くは無し。

――――


 あちゃから習った神代より続く江家(こうけ)の歴史と、前世の幕末の歴史の流れを元に。

 わしはお告げの言葉をでっち上げた。

 まだこの時代ならば、こんな神憑(かみがか)りな言い訳でも通る筈だろう。



「なるほど。共になさっておられた唐手(からて)、いやあれは(やわら)にございますな。

 あれも夢告(むこく)にございまするか?」


「はい。夢の中で教えられた(わざ)を真似ているだけに過ぎません」


 実際には権兵衛(ごんのひょうえ)からも習ってはいる。

 しかしそれとは別に今世(こんぜ)では習うはずの無い必殺の術。前世において、無手で敵兵を(たお)して会得した(わざ)の方もおさらいしている。

 命の遣り取りでしか使えぬ禁じ手だが、今のわしの体躯と(やわ)な手でも、確実に大の男を殺せる戦場往来の術だ。



 じっとわしを見据える竜庵殿。

 双方が固唾を飲む息の詰まる緊張が走る。


 やがて重苦しい時間が過ぎ、最初に竜庵殿がふぅと大きな息を吐いた。


「なるほど。確かに一人で剣を学ぶならば、薬丸どんの剣になるのは道理かも知れませんな」


「何故、私に問われましたか?」


 わしが訊ねると竜庵殿は、


「これは内々の話にございますが」


 と断りを入れて話し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙絵
お読み頂きありがとうございます。
お気に召しましたら、ブックマークや最新頁の下にある評価点を入れて頂けると励みになります。
なろうに登録されていらっしゃらない方からの感想も受け付けておりますので、宜しかったら感想やリビューをお願いいたします。

---------------------
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ