情けの報せ
●情けの報せ
今日も今日とて、春風殿は朝帰り。本来ならば色々言わねば為らぬ所だが、彼も伊達に通って居る訳でもなさそうだ。
「姫様。今宵はお付き合い願いませんでしょうか?
新町の揚屋にお持て成しの用意がしてあります」
「春風殿。子供の、しかも女の私に何を勧めるのでございますか?」
揚屋と言えば料亭のことで、殿方が芸妓を呼んでどんちゃん騒ぎをする所だった筈。
若しくは、悪の巨魁が善からぬ事を企む場所であった筈。
筈と言うのは、前世のわしには全く関わりの無かった世界である為で、活動や後のテレビ芝居でしか知らぬからである。
ともあれ、今世は女の身。しかも認知された庶子とは言え大名の女として生を享けたこの身が関わるなど、微塵も想像していなかったことである。
わしは唇を尖らせ、
「春風様。私をそのような破廉恥な場所へ連れて行って、何がしたいのでしょうか?」
世の箱入り娘の反応をぶつけて真義を糾すと、春風殿はあばた面でも整った顔を綻ばせて、
「安心したであります。姫様も、そこは人並みの娘でありますな」
けらけらと、意地悪く笑って見せる。
わしはくすっと笑い、
「私も一応は、姫と呼ばれる身の上です。
この歳で、しかも女の身で狭斜の街のなんたるかを知って居たら変でございましょう」
と言ってやった。しかし春風殿は、解せぬ面持ちでわしを見て、
「姫様に限っては、違うと思っていたでありますが」
と返して来る。
「確かに耳学問でございますが、少しは話を仕入れています。
例えば、新町は芸妓が多く娼妓の少ない街であるとか。
芸妓の方々は、芸は売っても身は売らぬ。女人とは申せ一分のある者とか。
そうそう。あのような所では殿方の口も軽くなり、うっかり秘事を漏らしてしまう者も居るらしいとのこと。
春風殿は良き伝手を得ましたか?」
情けの報せと書いて情報と読む。身分の上下に関わらず、立場の高低に関わらず、鼻の下を長くして得意げに話す者もいることだろう。
「それさえ解っているならば、上々であります」
そう前置きした春風殿は話を続けた。
「そもそも狭斜の街と言えば様々な者が出入りする所。他人の色事を詮索する者はおらんのであります。
花街は昔より、世俗の立ち入ること叶わぬ公界にて。色恋の道に貴賤なく、誰とたまたま出くわしても取りざたされぬ場所であります」
「つまり、密談に最適なのでございますね」
「流石姫様。ご理解が早いで有ります」
「それで。私に引き合わせたい御仁とは……」
「それは来てのお楽しみであります」
「ほんに、春風殿は徒者にございますね」
「ただ、無礼講にありますれば。予め姫様にはお含みおきを」
何を企むのか、にやにやとする春風殿。
「そうそう。無礼講と言えば……」
わしはそこで言葉を区切り、二呼吸くらいの間を取った。
「元祖無礼講の後醍醐天皇の宴では、日野様のご先祖は裸踊りまでしたそうにございますね。
わたしは裸踊りくらいならば目くじらを立てませぬが、別して襁褓酒は謹んで頂きたいものにございます」
「げふっ、げふっ」
手裏剣のように打たれた言の葉に、咳き込む春風殿。
「では春風殿。参りまするか」
わしはすっと立ち上がった。