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秘薬創り

●秘薬創り


 適塾(てきじゅく)

 追試結果の二つを見て、塾頭が唸る。


「二つの染料は(まこと)でありました。ならばこれも真であるのでしょう」


 秘伝書を渡されて三日目。彼らはいよいよ本命の追試に取り掛かる。



 石炭精(いわきせい)を起点に行う化学変化と物性を利用した精製。

 (さち)姫様から預かった書の内容は、追試の難しいものであった。


――――

 前準備


 以下の薬を予め作っておく。


腐尿精(ふにょうせい)

 尿を腐らせ、その蒸気を集めて作る。


重炭酸塩(じゅうたんさんえん)

 塩水に腐尿精と、石灰に塩酸を反応させて出て来る蒸気を通す。

 腐尿精は別記の方法で回収し、再利用可能。


炭酸塩(たんさんえん)

 重炭酸塩を坩堝(るつぼ)で焼く。


苛性塩(かせいえん)

 炭酸塩に石灰乳を加えて加熱する。

 動植物の組織を爛れさせるものなので注意。


酢精(さくせい)

 酢の蒸気を集めて作る。


無水酢精(むすいさくせい)

 酢精蒸気を加熱変質させた物を、酢精に反応させて創る。


酢精塩(さくせいえん)

 炭酸塩に酢精を加えて作る。

――――


 それからは秘伝書に基づいた試行錯誤の繰り返し。書いている通りにするのが大変難しい。

 我らは順を追って秘薬の錬成に取り組んだ。


――――

・一ノ段

 石炭精、即ちベンゾールをフラスコに入れ、硫酸と硝石精(しょうせきせい)の混合物を加えて、砂を敷き詰めた鍋の中で加熱して、黄色く色付いた液にする。

 生成物は桃を腐らせたような香り有と書かれていた。

 同書に拠れば、蒸気を吸いこめばめまい・頭痛・吐き気を起こす毒とある。


・二ノ段

 一を亜鉛と共に加熱して、変化させる。恐らくは舎密開宗(せいみかいそう)で言う還元なのだろう。

 生成物は淡い黄色で、吸い込めば呼吸困難から死に至る毒なりと書かれているから恐ろしい。

 これが石炭から作る染料の基本となる物である。


・三ノ段

 ここからが秘薬創りの本番だ。

 二に塩酸を加え、無水酢精(むすいさくせい)なる毒物と酢精塩を加えてかき混ぜる。

 これで生じた白い結晶を濾過して集め、沸騰する熱湯に溶解して再結晶させて精製する。


・四ノ段

 先ず、発煙するほど濃い硫酸に塩酸を通して、皮膚を侵す猛毒を創らねばならない。

 秘伝書には、反応が激しいから氷で冷やしながら少しずつ行わないと、破裂して人死にが出るなどと物騒なことが書かれていた。

 時期的に氷は非常に高価だが、大阪では手に入らぬ事は無いのがせめてもの救いだ。


 三に、このとんでもない物を反応させ沈殿を作ると、速やかに腐尿精(ふにょうせい)水と水を加える。それを直火加熱で反応させると、秘伝書にある通り白い(もや)が出て辺りを包んだ。

 鼻が目が咽喉がと、立ち会う塾生の阿鼻叫喚の悲鳴の上がる中、白っぽい粉末が出来上がった。


・五ノ段

 いよいよこれが最後の手順である。

 四に塩酸と水を加え加熱する。

 冷ましたら少しずつ重炭酸塩水を加えて白色懸濁液を得る。

 これを吸引濾過した物を、水に溶かして再結晶を繰り返し精錬する。

――――



 十日目。

 色々と苦心はしたが。こうしてなんとか、我らは先生の名を穢さぬ働きが出来たようだ。



「塾頭。これは一体何ですか?」


 今まで作っていた染料とは異なり白い結晶ができ、これが完成品だと言う。

 毒薬に次ぐ毒薬。劇薬に次ぐ劇薬を調合して行くただならぬ過程。

 顔料や染料と言うのならまだしも。これが人に用いる薬と聞いて訝しむのが当たり前だ。


「薬はさじ加減で毒となり、毒は使い様で薬となる。これはその最たるものでしょう。

 この秘伝書によると、おこり・肺炎はおろか脱疽(だっそ)敗血症(はいけっしょう)。果ては業病(ごうびょう)にすら効くこともあると言う秘薬です。


 勿論これ自体に毒性が有ったり、その扱いも熟練の医師の見立てが必要で、下手に使えば死なせます。

 しかし、手を拱けば確実に死に至る時、これを適切に用いれば、死の淵からも快癒すると書かれています。


 本来は門外不出の秘伝故、この事は(みだ)りに話さぬように」


 塾頭は皆に強く戒めた。


量・比率・規定濃度・温度管理・時間など、一切をぼかさせて頂きました。

遣って居る事は高校化学の実習程度でありますが、危険ですので万が一にもお試しに為らないで下さいませ。

また完成品の使用には現代では医師免許が必須です。

私は実際的な知識も資格も持ちませんので、物語の中でも詳しく書く予定が無い事を予めお断りしておきます。

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