金主久右衛門
●金主久右衛門
「名代殿。こちらにおわすは幸姫様にございます」
取り次ぐ春輔殿が、平伏する男にわしを紹介する。
「面を上げて下さい」
ゆっくりと上げる五十路を過ぎた男の顔は、わしにも一目で並みの商人とは違うと判る。
本物の大人の風格があった。
「加島屋久右衛門にございます」
わしは知らなかったが、この加島屋は鴻池と合わせて大阪商人の双璧とも言える豪商なのだそうだ。
「幸にございます。十日ほど滞在いたします。よしなに」
「おめもじ叶い恐悦至極にございます。
お家様には先祖より高恩を受けており、私めもお家様蔵屋敷の名代を勤めさせて頂いております」
「さて。久右衛門殿」
わしは話を切り出す。
「こたびは金儲けの種を持って参りました」
大阪は昔から、大樹公何するものぞと言う気風があり、武家の理屈のみでは動かない街だ。商人の街だから、経済が全ての根幹にある。
だから、わしは第一に金儲けの種と切り出した。
「金儲けの種……と申しますと?」
首を傾げる久右衛門殿。
「新しい染料で、絹を紫に染め上げます。
呉汁、つまり水に浸して擦り潰した大豆の汁で処理すれば、麻や木綿も同様に染め上げることが叶います」
「それはそれは」
「今、適塾の塾頭殿に追試を頼んでおりますが、早ければ一両日中にも結果は出ることでしょう。
石炭から舎密の技を用いて創り出すものなので、紫根と違い作柄に影響されず、大々的に作れば紺よりも安いものと成りましょう。
出来上がりをお渡し致しますので、検討頂けると幸いです」
実験室的に極少量を創り出すのは容易いが、産業を興すには多大な初期投資が必要である。
また猛毒を含む廃液の処理など課題も多い。
しかし西洋が前世と同じ歴史の流れだとしたら、まだ合成染料は産業化されていない筈だ。
西洋でも、紫は希少な紫貝から採る染料。皇帝の衣の色である。
これを生糸の付加価値として輸出できれば、高値を付けても売りさばける事だろう。
商人ならば一応は確認するはずだ。
「うーむ」
と唸る久右衛門殿。
「そして今一つ。
塾頭殿には、使いこなせば肺炎・脱疽・敗血症の者の命を救う、秘伝の神の薬の製造をも伝えております」
「なんと!」
「神の薬は、さじ加減を誤まれば容易く人を殺めます。
されど熟練の医師が用いれば、これまで天命と諦めていた命をも救う事が叶います。
もしもこれを安定的に作り出すことが出来るのならば、世は変わりましょう。
仮令試みがしくじりに終わったとしても、本邦の学問は大きく進み、列強に伍する発展を遂げます」
わしが言うと久右衛門殿は、
「実際に見てみぬ事には何とも申せませぬが。もし本物であるのならば、金子のご用立てはお任せください。
また試みるのにも金子は要りましょう。試みて居るのが天下の適塾なれば、多少の都合は致します」
「言質は頂きましたよ」
にっこりとわしは微笑んだ。





