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金主久右衛門

金主(きんしゅ)久右衛門(きゅうえもん)


名代(なだい)殿。こちらにおわすは(さち)姫様にございます」


 取り次ぐ春輔殿が、平伏する男にわしを紹介する。


(おもて)を上げて下さい」


 ゆっくりと上げる五十路を過ぎた男の顔は、わしにも一目で並みの商人とは違うと判る。

 本物の大人の風格があった。


加島屋(かしまや)久右衛門(きゅうえもん)にございます」


 わしは知らなかったが、この加島屋は鴻池(こうのいけ)と合わせて大阪商人の双璧とも言える豪商なのだそうだ。


「幸にございます。十日ほど滞在いたします。よしなに」


「おめもじ叶い恐悦至極にございます。

 お(いえ)様には先祖より高恩を受けており、私めもお家様蔵屋敷の名代(なだい)を勤めさせて頂いております」



「さて。久右衛門殿」


 わしは話を切り出す。


「こたびは金儲けの種を持って参りました」


 大阪は昔から、大樹公(たいじゅこう)何するものぞと言う気風があり、武家の理屈のみでは動かない街だ。商人の街だから、経済が全ての根幹にある。

 だから、わしは第一に金儲けの種と切り出した。


「金儲けの種……と申しますと?」


 首を傾げる久右衛門殿。


「新しい染料で、絹を紫に染め上げます。

 呉汁(ごじる)、つまり水に浸して擦り潰した大豆の汁で処理すれば、麻や木綿も同様に染め上げることが叶います」


「それはそれは」


「今、適塾(てきじゅく)の塾頭殿に追試を頼んでおりますが、早ければ一両日中にも結果は出ることでしょう。

 石炭(いわき)から舎密(せいみ)の技を用いて創り出すものなので、紫根しこんと違い作柄に影響されず、大々的に作れば紺よりも安いものと成りましょう。

 出来上がりをお渡し致しますので、検討頂けると幸いです」



 実験室的に極少量を創り出すのは容易いが、産業を興すには多大な初期投資が必要である。

 また猛毒を含む廃液の処理など課題も多い。

 しかし西洋が前世と同じ歴史の流れだとしたら、まだ合成染料は産業化されていない筈だ。


 西洋でも、紫は希少な紫貝から採る染料。皇帝の衣の色である。

 これを生糸の付加価値として輸出できれば、高値を付けても売りさばける事だろう。

 商人ならば一応は確認するはずだ。



「うーむ」


 と唸る久右衛門殿。


「そして今一つ。

 塾頭殿には、使いこなせば肺炎・脱疽だっそ敗血症(はいけっしょう)の者の命を救う、秘伝の神の薬の製造をも伝えております」


「なんと!」


「神の薬は、さじ加減を誤まれば容易く人を殺めます。

 されど熟練の医師が用いれば、これまで天命と諦めていた命をも救う事が叶います。

 もしもこれを安定的に作り出すことが出来るのならば、世は変わりましょう。

 仮令たとえ試みがしくじりに終わったとしても、本邦の学問は大きく進み、列強に伍する発展を遂げます」


 わしが言うと久右衛門殿は、


「実際に見てみぬ事には何とも申せませぬが。もし本物であるのならば、金子のご用立てはお任せください。

 また試みるのにも金子は要りましょう。試みて居るのが天下の適塾なれば、多少の都合は致します」


「言質は頂きましたよ」


 にっこりとわしは微笑(ほほえ)んだ。


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