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寄り道

●寄り道


 三田尻の御舟倉(おふなぐら)

 往時は江家(こうけ)の水軍を務めた者達の末裔が、藩の船手組(ふなてぐみ)として細々と命脈を保って居る。


八幡姫(やわたひめ)様。ご尊顔を拝し(たてまつ)り……」


 仰々しく船手組の頭が、挨拶をする。これから短くない時を過ごすと言うのに、ずっとこれでは肩が凝る。

 なのでわしは釘を刺すことにした。


「そう畏まらなくても宜しいですよ。

 仲の悪い呉人(ごじん)越人(えつじん)でも、同じ船に乗り合わせたら力を合わせると聞きます。

 これより風待ちが無くとも十日余り。そう畏まり続けては、お互いに難儀致します」


「ははあ!」


 ますます畏まる組頭。

 このままでは埒が明かないので話を進める。


「船は陸伝いに北へ参るのですね」


「その通りでございます」


「ならば、海道(うみつじ)沿いは岩国の、錦帯橋(きんたいきょう)を見て参りたいと思います。

 途中寄る事は出来ますか? 算盤の玉を並べるが如しと音に聞く橋を、この目で見て行きたいと思います」


「左様でございますか。そりゃもう見事な物でございますよ」


 組頭は止め立てしなかったので、わしは財布を預かる春輔(しゅんすけ)殿に確認。


「と言うわけで、春輔殿。他藩との国境(くにざかい)で。手足を伸ばして一、二泊したいと思います」


 そして、あばた面の小男に向き直り、言った。


春風(はるかぜ)殿も宜しいですね?」



 わしがにっこりと微笑むと、流石頭の回る春風殿だ。直ぐにわしの言葉の意味を理解した。

 それでも不意打ちだったので、一瞬だが目を大きく見開き固まった。しかし次の瞬間には平伏し、


「姫様。思いもよらぬこのご厚情、真に有難く存じ上げ奉ります」

 と搾り出すように声を上げた。


「え? あ! ……姫様。わしからも感謝申し上げます。恐らくは、姫様の思惑通りに事が運びましょう」


 春輔殿も直ぐ気付き、嬉しそうに頭を下げた。


 そう。藩府より陸路で大樹公(たいじゅこう)様のお膝元を目指せば、必ず通るのが国境(くにざかい)()の地である。



 早朝。まだ(くら)い中。風も潮も全て(かな)い、船は往く。

 水先案内を兼ねて沢山の小舟が艪舳接(ともへつ)ぎ、船手組総出でわしらを見送る。



「姫様。これを」


 船倉に入ると、組頭から一升ほど入る竹の水筒を渡された。


「水で割った梅酢が入っております。飲めば些かなりとも船酔いを防いでくれます」


「良いのですか? 船では水は貴重と聞きます」


「姫様の分は、別に積んでございます。それに岩国で停泊するのならば、そこで真水を仕込めますれば」


「ならば。遠慮なく頂いておきましょう」


 別枠で水を用意されたと聞いては、遠慮する方が礼を失する。



 波の穏やかな瀬戸内の海を進む船。

 艪の軋み、波の音、海鳥の声。


 春輔殿や春風殿は胡坐を掻いていると言うのに、狂介(きょうすけ)殿は手槍を立てて折り敷いている。

 宣振(まさのぶ)もまたわしの左後ろで、襖を開け閉めする時の様に正座から足を爪先立ちにして、尻を踵の上に乗せた格好で座っている。



「宣振も狂介殿も、もっと楽にしませんか?」


 と水を向けるが、


「勤めに為ればご容赦を」


 狂介は愛想のない顔で断り、宣振もまた、


「いざと言う時、後れを取りたくない。それにわしゃは、こちらの方が慣れておるし」


「では、仕方ありませんね」


 わしは気にしないことにした。



 それからわしらは丸一日。船の中で時を過ごす。



「姫さん。岩国じゃ。一度降りるんだろ?」


 うとうとしていたわしを宣振が起こした。


「今は?」


「五つ半くらいだ。橋は一里程(かみ)の方じゃと言うから、往復で一刻(いっとき)くらいかのう。

 晴れておるから橋も綺麗に見えるじゃろう」


「姫様。自分が背負って進ぜます。但し姫様をお守りする為、何時でも刀槍を振るえるよう常に両手を開けておかねばなりません。馬代わりに成りますが、負うたお身体はご自分でお支え下さいますようお願い申し上げます」

 狂介が背を向けて屈む。


「判っていますね? 街道と他藩との地境の河の交わる所を」


「はい。錦帯橋より関戸宿(せきどじゅく)を越え、峠道を通って小瀬川(おぜがわ)の渡しまで、三里から四里と言った所でしょうか。ずっと自分の背で構わぬと仰せならば、昼には到着致します」


「では、橋を見物した後。そこまで足を延ばします」


 わしの言葉に、宣振以外の連中の顔が和らいだ。


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