リスケ
●リスケ
借り受けた金を全て返し、晴れて出発の準備は整った。
いつの間にか大所帯。
尼髪と呼ばれるおかっぱ頭を除けば、小倉の袴に腰の躾刀と、男の子の格好をしたわし。
両腕に包帯のような布を幾重にも巻き付けた宣振と、相変らず長い刀の春風殿。
それに加えて、恰幅の良い春輔殿と痩せぎすで手槍を持った男が一人。
以上、五人の道行きに。
「それで江戸までご一緒に?」
長崎帰りの箔を着けた春輔に、政殿よりご府中の屋敷の桂何某の側付きと成るよう辞令が下ったのだ。
同じ時期に旅をするから、必然的に同道となる。
「周布様によると。お殿様は『和助に姫の財布は預けられぬ』と、大層お怒りに為られたようで。
僭越ながら、姫様の路銀もこのわしが預かる事に為りました」
「仕方ない。先生もお前には周旋の才があるとおっしゃっていたからなぁ。
だが、狂介。何故にお前が?」
狂介と呼ばれた男は、
「主の暴走に、姫様が巻き込まれたら事だからな。
旅は丁度先生の護送と重なる。妙な気を起こしてくれるなよ」
陽気な、あるいは能天気な程おおらかな春風殿と比べ、狂介殿は生真面目で暗い。
「狂介殿と申されるのか。道中宜しくお頼み致します」
軽くだがわしが頭を下げると、
「姫様。自分のような者に、軽々しく頭をお下げになってはなりません。
自分は護衛でありますから、お護りする為、礼を欠くことも多いでしょうが、宜しくお含みおきを。
自分には東一殿のような見識も、春輔のような周旋の才もありません。
その代わり。お命じ下されば不惜身命、火にも水にも飛び込んでご覧に入れます。
お疲れの時は是非、自分に仰せつけ下さい。いつでも背負って差し上げましょう」
「良しなに……」
わしはそれだけ口にした。
信用すべき男だが、重たい忠義に肩が凝りそうだ。
「それにしても、狭斜の街の件。目肉以外の代価を払い戻させるとは。
ほんにお見事なリスケでした」
あ、つい平成の単語が出てしまった。
わしの言うリスケとはリ・スケジューリングの略語。例えば借金の返済計画の見直しの時に使われる言葉で、今の時代には無い。
だが、なぜか意味が通じたらしい。
「リスケ。リスケ。おーいリスケ。
有名人じゃのう。姫様にまでその名を知られておるとは」
「東一殿の『春風』と言い、春輔の『リスケ』と言い。
誰だ? 姫様に吹き込んだのは」
ケラケラと笑い出す春風殿と狂介殿。
「あはは。今の所、狂介殿だけが除け者でありますなぁ」
苦笑いながら春輔殿も笑って居る。
いったい何が面白いのだろう。わしにはさっぱり思い当たらなかった。
さて。あくまでも大人の脚でだが、春輔殿の説明によると。
ご府中への旅は三田尻の湊まで十二里は陸路で二日。
そこから大阪までは船で十日前後。大阪で三十石船に乗り換え一日で京に着く。
ご府中はそこから陸路で半月と言う算段だ。
「ちっ。高森は通らないのか」
春輔殿の説明に、春風殿は舌打ちをする。
「東一殿が桶伏せに遭わねば、多少は融通も利いたのですが、こればかりは藩庁からのお達しで。
すぐ返したとは言え、銭を貸り受けた負い目もこちらにございますれば」
「そこを何とか為らんのか?」
「旅慣れぬ姫様のお供にございますれば、船を多用するのは致し方なく」
弱りましたと春輔殿。
親父殿はわしを名目に、春風殿を師匠の護送の旅に付いて行かせたいとのお考えであったが。
やはり反対する者が存在した。
「やはり景治めか!」
「東一殿。落ち着いて下さい。いくら思う所があろうと、その呼び方は礼を欠きます。
そもそも、今は熊毛郡代様。こたびの藩庁の決定には関わっておりません」
そんなこんなで振り上げ掛けた拳は下に下げられたのだが。
二日後。船に乗り込む時点でも、春風殿は不愛想な顔で黙ったままであった。





